勇者の剣は誰がために
「く、くそがあああああ!」
最後の一人――わたしを拘束している野盗が叫ぶ。
そして、わたしの首筋にあてた短刀を一気に押し込んだ。
「うぐっ!」
わたしはくぐもった声をあげる。
激痛と熱い感触。わたしの首筋がぱっくりと開き、まっかな液体がどろりと流れ落ちていく。
命のこぼれ落ちる感覚だった。
ごめんね、ノーマン……わたしここまでみたい。
ずっと、好き……だった、よ……。
「――なーんちゃって」
にやりとした笑顔で後ろの野盗を見る。
短刀はわたしの肌には届かず、その手前でぴたりと止まっている。
「なんでだ!? ば、化け物が!?」
野盗が叫ぶ。
化け物とは失礼な。聖女であるわたしには常時複数種類のシールドが発動しているだけ。野盗のちんけな短刀など恐れるまでもない。
「くそがぷべッ!?」
わたしの顔の真横を突き抜け、ノーマンの放った右拳が最後の野盗の顔面を殴り飛ばす。
野盗は全滅した。
鎮圧完了。
「あ、あの……、ノ、ノーマンさん、ありがとうございます!」
そう言って、メリッサがノーマンの胸に飛び込んだ。
あ、あー!
しまった! それか!
うっかり忘れていた。ていうか、恐怖感がまるでなかったので喜びが足りなかった。常時シールドのおかげで、死ぬーとか思わなかったしな。
くそー、いいなあ、と思ったが……。
メリッサは怖い想いをしたのだ。おまけに、さっきのアレもある。
今回は譲ろうではないか。
「メリッサが無事でよかったよ」
「ノーマンさんのおかげです!」
「いや、俺のおかげっていうより、あいつのおかげかな」
そう言ってノーマンがわたしを見た。
「あの音はあいつの魔法で出したんだよ――よく気付いたな?」
「あんたねー、もうちょっとまともなヒント出しなさいよ。あんなの普通わかるわけないでしょ!」
「でもわかったじゃん?」
「一五年の腐れ縁が産んだ奇跡ってやつよ。奇跡は奇跡。次も通じるとか思わないでよね!」
メリッサがノーマンから離れて、わたしに向き合った。
う……。
さっきのことがあるので微妙にきまずい。
「サーシャさん。ありがとうございました」
「う、うん……」
わたしはそっとメリッサの耳元にささやく。
「あのさ、さっきのこと、ノーマンは気付いてないと思うから……わたしも別に言わないし」
「……ありがとうございます、シスター」
耳まで赤くしながらメリッサが言った。
そして、こちらも小声でこそこそとわたしに耳打ちしてきた。
「あの……それでシスター……。あんな時間にどうしてあんな場所にいたんでしょうか……?」
たぶん、わたしの耳は真っ赤だっただろう。
わたしとメリッサは見つめ合い、うふふふと笑った。
それを見たノーマンがつぶやいた。
「なんだ、わけわかんねーぞ……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
わたしたちが気絶している野盗たちをロープでふん縛ってこいつらどうしようかな? と思っていると。
「大丈夫か!?」
息せき切って入り口から飛び込んできたのはヴィーガスさんだ。
彼は、す巻き状態の野盗たちを見てほっと息をついた。
「ノーマン、サーシャ、お前たちがやってくれたのか?」
「はいそーでーす」
「よかったよ。けが人は?」
「ゼロです」
いたところでわたしがすぐ治すけどね。
「助かったよ……」
ヴィーガスさんが胸をなで下ろした。
「あの野盗たちは何だったんですか?」
「ああ……。アジトを襲撃したのはよかったんだけど、裏道があったらしくて一部を取り逃がしたんだ。こいつらなんだけどね」
ヴィーガスさんがあごで倒れている野盗たちをさす。
「で、この宿が狙われる可能性を考えて、一目散に戻ってきたんだ」
「残念なほうに読みが当たっちゃいましたね」
「本当だよ。でも、お前たちがいてくれて本当によかった。でなければ大変なことになっていたよ」
それからヴィーガスさんはきょろきょろと周りを見た。
「女将! 女将はいるか!」
「はい、何ですか?」
「ちょっと待っててくれ」
最後のセリフはわたしたちに向けて。もちろん、ふん縛ったとはいえ、野盗たちを放り出して最大戦力のわたしたちがどこかに行くつもりもなかったが。
ヴィーガスさんは女将の声がした奥のほうへと歩いていく。
それからしばらくしてヴィーガスさんが戻ってきた。
「夜分すまない、ノーマン。女将から荷台を借りてきた。こいつらを離れた場所に運ぶから手伝ってくれ」
「何をするんですか?」
首をかしげるノーマンにヴィーガスさんが答える。
「こいつらの首を斬る」
処刑の宣言。
わたしは気温が下がるような感じを味わった。まだわたしは悪人であれ、人を殺すということに慣れていない。
ノーマンが首をかしげる。
「うーん……もう抵抗もできない連中ですよ? 殺す必要までないのでは?」
「言わなかったか? 野盗は見つけ次第、斬首。今すぐ死ぬか後で死ぬかの違いだ。それに俺たちは明日この宿を出る。野盗団は崩壊したからな」
ヴィーガスさんの声に反応したのは、離れた場所で片付けをしていたメリッサだった。ぴたりと手を止め、ノーマンを見つめている。
ヴィーガスさんが続ける。
「俺たちがいなくなった後、どうする? 衛兵がくるまでこの宿に閉じ込めておくのか? 縄をほどいて抜け出してきたらどうする? そこの娘も女将さんも皆殺しになるぞ」
その通りだ。ヴィーガスさんの言い分は正しい。
治安を護るもの、法を執行するもの。
正しくその職責を全うしている。
わたしとノーマンが、その厳しさに慣れていないだけだ。
「だから、野盗どもはここで処刑する。それしかないんだ」
「……わかりました」
ノーマンが渋々といった感じでうなずく。
ヴィーガスさんがそんなノーマンの胸に剣を押しつけた。
「……? ヴィーガスさん?」
「お前が処刑するか?」
「!?」
ノーマンがのけぞった。
「ノーマン、どうしてあいつらを殺さなかった?」
「……俺、そのとき剣を持っていなかったですし……それに素手でも充分に制圧できる相手だと思ったからです」
「お前なら、素手でも充分に殺せるだろう?」
「そうですね」
「ノーマン。お前、人を殺したことがないな?」
「はい」
「ならここでやっておけ。戦いに身を置くのならいつかその日が来る。人を斬る日がな。殺さなければいけないどうしようもないクズというものはいる。魔族だけが敵じゃないんだ。そのときお前がためらえば――他の善人が死ぬんだぞ」
ノーマンは答えない。
苦しそうな表情でヴィーガスさんと胸の剣を交互に見ていた。
おそらくはノーマンだって気付いているのだろう――
ヴィーガスさんの正しさに。
「お、俺は……」
やがてノーマンの手がゆっくりとヴィーガスさんの剣に伸びた。
ノーマンの目は覚悟を決めた――とは違う、何かを離したくないような、でも離すことにしたような目だった。
そんなノーマンを見るのは少しばかり、わたしも辛い。
だがきっと、これはノーマンが超えなければならない試練なのだ。
なんて。
わたしは割り切らない。
ヴィーガスさんが犯罪者を八つ裂きにしてもわたしは何も感じないが、ノーマンは違う。
ノーマンがそれを望まないのなら、そんなことはして欲しくない。
それがただのノーマンの甘さだとしても。
「やめなよ、ノーマン」
わたしがそう言おうとしたときのことだった。
ヴィーガスさんがノーマンの手を押し返した。
「「え?」」
ぽかんとするノーマンとわたし。
「というのは、王国の剣である騎士としての意見だ」
ヴィーガスさんは剣を自分の腰に差す。
「ノーマン、お前は勇者であって王国に忠誠を誓うものではない。お前の剣はお前のためにあり、その剣と手を国のために血で染めることもない」
ヴィーガスさんはじっとノーマンの顔を見て、言葉を続ける。
「だが、俺の言った言葉も忘れるな。そのときが来たら――ためらうな、斬れ。以上だ」
話は終わったとばかりにヴィーガスさんは野盗たちの身体を抱き起こし外へと運び出そうとする。
「……覚えておきます」
そう言うと、ノーマンはヴィーガスの作業を手伝い始めた。
二人が出ていった頃、もうメリッサも食堂にはいなかった。
一人残ったわたしは小さくあくびをした。
「ふぁあ……」
なんだかいろいろありすぎて慌ただしい夜だった。
よくよく考えてみると全然寝てない。
それに気付くと、ふわりとした眠気がまぶたに降りかかってきた。
「ちょっとでも寝るかあ」
わたしは身体を伸ばすと自分の部屋へと戻っていく。
きっと――
出発はもうすぐだから。




