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野盗の襲撃

 メリッサの目は限界までまるまると開き、予想もしなかったわたしの登場に明らかに驚いていた。

 そして、その顔は羞恥で真っ赤で――泣き出しそうだった。


 逆にわたしはどんな顔をしていただろうか?

 自分自身でもまったく予想ができなかった。自分の顔の筋肉すらわからない状態だった。


「ご、ごめんなさい!」


 メリッサは早口でそう謝ると部屋から飛び出ていった。ドタバタとした足音が階下へと消える。

 一瞬の静寂。

 破ったのは、


「んあ……?」


 そんな間の抜けた声だった。眠りから覚めたノーマンがベッドから身体を起こす。

 そのままぼーっとしていたノーマンが、床で這いつくばっているわたしに視線を向けた。


「……何やってるんだ、サーシャ?」

「……ホント何やってるんでしょうね……」


 わたしはため息をつきながら立ち上がった。


「ほら……ちょっとあなたを驚かせようとしてね、クローゼットに隠れてたら眠くなっちゃって」

「抜けてるなあーお前」


 そう言ってノーマンがへらへら笑った。

 あれだけいろいろあってもぐーすか寝ていたお前に言われたくねえ! とは思ったものの、当事者なので言い返さなかった。


「じゃあね、ノーマンお休み」


 なんだか疲れた……。

 わたしが自分の部屋を出ようとしたとき――

 どごおッ!

 階下からとても暴力的な、何かが打ち壊される音がした。


 直後、荒々しい足取りで何かが宿に入ってくる音。何か男の声が聞こえる。友好的とはとても言えないような声だ。その中にいりまじる女の悲鳴。

 女の悲鳴?


「メリッサ!?」


 部屋を飛び出した後、メリッサの足音は階下へと向かっていた。


「ノーマン!」


 ノーマンは掛け布団をはね飛ばし、一目散に廊下へと飛び出した。もちろん、わたしも追いかける。階段を駆け下り――わたしたちの足は階段中腹の踊り場で止まった。


「おっと、動くんじゃねえぞ!」


 そんな声のせいで。

 一階の食堂に汚れた皮鎧を身にまとった五人組の男がいる。彼らの足下にはぶち破られたドアの破片が転がっていた。おのおの剣や弓で武装している。知性と品性をどこかに置き忘れてきたかのような、野卑た表情だった。

 ちょうど同じような連中を最近見たことがあった。


 メリッサたちを襲っていた野盗どもだ。

 おそらくはあいつらの仲間だろう。

 ぶっちゃけ野盗なんてものの数ではない。こっちには上級魔族ですらぶっ飛ばすノーマンがいるのだから。


 だが、状況はそう簡単ではなかった。


「動くなよ! この女が殺されたくなかったらなあ!」


 野盗どもが騒ぐ。メリッサが野盗に捕まっていた。彼女の白い首筋には短剣が押しつけられている。


「メリッサ!」


 騒動に気付いて出てきたであろう女将が蒼白な顔で叫んだ。


「俺たちのアジトが襲われちまってなあ……ねぐらがないんだよ。この宿屋を使わせてもらうぜ!」


 やれやれ面倒なことになっていた。

 強引にいっていいのなら、メリッサ負傷覚悟でノーマン特攻が早いのだが。どうせわたしが回復できるからね。だけどさすがに人質の負傷を前提とした作戦ってのはなあ……。

 シールドの魔法でメリッサを守れたらいいのだが、残念ながら今の段階のわたしでは接触が発動条件となるので無理だ。

 さて、どうしたものやら。


「おい、そこのぺちゃぱい」


 一回目は素で聞き逃した。


「おい! そこのぺちゃぱい!」


 二回目は気付いたが、聞こえないふりをした。


「おい! そこのぺちゃぱいチビ女!」

「うるせえ!」


 さすがにキレたので返事をした。いけない。聖女っぽくない言葉使いをしてしまった。


「そこのチビ女。お前もこっちにこい。おっと! 男は動くな!」


 どうやら人質を増量したいらしい。

 野盗のひとりが弓に矢をつがえて、わたしの胸に狙いを定める。


「サーシャ……」

「別に。大丈夫だから」


 わたしは両手を上げると野盗たちのもとへと向かった。


 ふたつわたしたちに有利な点がある。

 ひとつ目はわたしをただの村娘だと野盗たちが侮っていること。

 ふたつ目はメリッサに近づくチャンスが生まれたこと。それはシールドの魔法をかけるチャンスでもある。


 一階に降りたわたしは野盗に押さえ込まれ、メリッサと同じく首筋に短刀を押しつけられる。


 こら、変なところ触るんじゃない!

 ていうか、臭い! 体臭も口臭も! あー、もう最悪。


 メリッサとの距離は――残念、少しある。

 男のホールドもなかなか厳しく、ナメクジ腕力のわたしではふりほどくのは難しそうだ。

 どうしよっかな-……。


「サーシャ!」


 ノーマンがいきなり声を上げた。


「てめえ、黙れ!」


 野盗のリーダーが大声で叫ぶ。

 わたしは引っかかるものを感じた。ノーマンはとぼけてはいるが、常識がないわけではない。この状況で叫ぶことがよろしくないことくらいはわかるはずだ。


 では、なぜ?

 それはきっと、今この瞬間に伝えたいことがあるからだ。

 それは、何?

 ノーマンの手が踊り場の端っこに飾られている花瓶にかけられていた。彼の目はじっとわたしを凝視している。


 まるで、お前ならわかるだろ?

 みたいな感じで。


 ノーマンの手が動いた。

 ふわっとした放物線を描いて、花瓶が階段の手すりを超えた。


 そして、そのまま落下する。


 わたしはその瞬間に、すべてを理解した。

 ぱちんと指を鳴らして魔法を発動させる。


 最大出力の模倣する聖歌隊サイノス・ヴィーストを。


『模倣する聖歌隊』はわたしの周囲にある音を大きくして聞こえやすくする魔法。

 それを最大出力にするとどうなるか?


 花瓶が床にぶつかって割れた瞬間――

 それは音の暴力となってわたしを中心に荒れ狂った。


「うおおおああああああ!?」


 野盗たちが混乱に陥った。それはそうだろう。こんな音、全く想像していなかったのだから。

 だが、しょせんは音。

 いくら練度の低い野盗たちとはいえ、気を反らせるのは一瞬。


 しかし、その一瞬だけで――

 ノーマンには充分だった。


 ノーマンは階段から飛び降りるやいなや、メリッサを拘束している野盗に襲いかかり、これを一撃で昏倒させる。


「て、てめえ!」


 野盗たちがノーマンをロックオンするが、遅すぎる。ゼロ距離に飛び込んだノーマンを止められるはずもない。

 あっという間の速度で野盗たちは床に崩れ落ちた。


 これこそが勇者の武力。

 楽勝――!

 そう思ったときだ。


「く、くそがあああああ!」


 最後の一人――わたしを拘束している野盗が叫ぶ。


 そして、わたしの首筋にあてた短刀を一気に押し込んだ。


「うぐっ!」


 わたしはくぐもった声をあげる。


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