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宿屋の娘さん、ノーマンが好きですか?

「あのさ、サーシャ」


 ようやくノーマンが意を決したような表情で本題に触れた。


「俺どうもメリッサちゃんのことが好きになったみたいなんだ」

「そう……」


 わたしは無表情でその言葉を聞いた。ノーマンがいなかったら、まじかよおおおおおおおおおお! って叫んで顔を手で押さえるくらいはしてただろうが。

 というわけで、ここで言います。


 まじかよおおおおおおおおおお!


「サーシャはど、どう思う?」

「どう思うって、何がよ」

「ほら……姫さまの件があるからさ。脈あるかな?」


 はー……のぞき見なんてするんじゃなかった。

 のぞき見なんてしちゃったおかげで、わたしはノーマンとメリッサの様子を知っている。


 知らなければ――

 知らない。わたしはメリッサと別に話してないから。

 って突き放せるんだけどなあ……。

 知っているから、そうは言えない。


 別に知った上で知らないと言ってもいいけど――言えなかった。単純にそういうキャラじゃないからだ。損な性格ですね。


 本気のノーマンに嘘をつくことなんてできないのだ。

 特に自分自身のためだけになんて、絶対に。

 ノーマンが幸せならいいじゃない。それで。


「……結構、脈あるんじゃない?」

「そ、そうか!?」


 ぱっとノーマンの顔が明るくなった。

 その明るさが棘のようにわたしの心臓をちくりとする。

 ああ、こいつ本気なんだなあ、と思った。


「今度は俺も自信があるんだよ!」

「過信じゃないの?」

「そんなことないって!」

「いーい? 油断禁物よ。女心は変わりやすいんだから。詰めを誤ったら一瞬でアウトなんだからね」


 女心は変わりやすい。

 確かにそうかもしれないが、変わらないものもある。わたしのノーマンへの恋心とかね。

 ノーマンが首を振った。


「いやいや! 大丈夫!」

「なによその謎の自信は」

「だって、サーシャがいるからさ」

「はあ?」

「サーシャがアドバイスしてくれるだろ?」


 わたしはお前のお姉ちゃんか! 人の気持ちも知らないで!

 拒否ってやろうかと思ったが、そうしないところがわたしの優しいところ。


「はいはいはいはい。そのときは頼りなさいな。三文ロマンス小説で鍛えた恋愛テクで助けてあげますよ」

「はははは、頼りにしてるよ」


 それからしばらく雑談をかわしてから――ノーマンが上機嫌で帰っていった。


 ぱたん、とドアが閉じたのを確認して――

 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1。


「まじかよおおおおおおおおおお!」


 わたしは顔を手で押さえてベッドに倒れ込んだ。


 期せずしてわたしは自分の知りたかった情報をゲットしてしまったわけだが――

 実に最悪な内容だったわけで。


 どうやらメリッサは気がありまくり。

 そして、ノーマンも気がありまくり。


 これ、サーシャさん的にあかんやつやん? サーシャさんの恋心が粉砕されるケースやん?


 ノーマンの横にわたし以外の誰かが立つ未来――

 あまり楽しい想像ではなかった。


 いや、より正確に言うのなら、心が痛い。

 まさかこんなことで悩む日が来るなんて。

 様々なものが変わろうとしていることをわたしは知った。


 ノーマンは勇者になり、わたしは聖女になった。孤児院で静かに暮らしていた田舎者のノーマンとサーシャではない。世界は広がり――それゆえに多くの人たちとの出会いがある。


 変わらないものなど、ないのだ。


「やっぱり、わたしも積極的にいかないといけないのかな……」


 わたしは独り言をつぶやく。

 だが、ノーマンに対するわたしのような、わたしに対する適切なアドバイザーというものは存在しない。


 わたしの問いに答えてくれるものはわたしだけ。

 わたしはじっと自分の心を見つめることにした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 夜遅く――

 もう誰もいない食堂でメリッサは夕食を食べていた。


 働き者のメリッサはいつもなら手早く食べてすぐに仕事へと戻るのだが、今日はそうではなかった。

 スプーンで食べ物をつつきながら、はあ、とため息をつく。

 自分の頭の中に浮かぶ顔が気になって食事に気が入らなかった。

 もちろん、浮かぶのはノーマンの顔だ。


(これって……この気持ちって……)


 人生で始めて感じる胸の苦しみ。メリッサはその感情が何なのかぼんやりと気づいていたが、まだ気づかないふりをしていた。

 おかげで食事にも身が入らず、延々とつんつんしている。


「おや、どうしたの?」


 と言いつつ、母親である女将がメリッサの前に座った。


「いつもなら、さらさらさら~って食べてごちそうさま~って出ていく子なのに」

「別にいいじゃない。そういう日もあるよ」


 メリッサは不機嫌な口調で言った。メリッサと母親の関係は良好だが、今は母親にあまり干渉されたくなかった。何事もなかったかのようにぱくぱくと食事を始める。

 そんな娘を母親はにやにやとした顔で見ていた。


「ねえ、メリッサ」

「なによ」

「ひょっとして――勇者さまのことが好きなのかい?」


 食事をするメリッサの手が止まった。

 どう切り返せばいいのかわからず、頭が混乱していた。


「どどど、どうして、そんなことを?」

「あら、図星?」

「え、いやいや、お母さんの言ってることよくわからないけど?」

「あらそう? わたしは娘の言っていることがよくわかるけど?」


 女将がくすくす笑い、メリッサの肩に手を乗せる。


「何年あんたの母親やってると思うんだい?」

「う……」


 それは一切の反論を許さない言葉。

 突きつけられた自分の感情が恥ずかしくなり、メリッサは真っ赤になってうつむき、


「……そうかも、しれない」


 その言葉だけを絞り出した。

 陥落した娘を見て女将がにっこりと笑った。


「おやおや……わたしの娘も恋をする年頃になったんだねえ」

「もう、お母さん! からかわないで!」

「冗談冗談。ノーマンさんのどこがいいの?」

「よくわからないけど――一緒にいると落ち着いた気分になるし、勇者みたいな偉い人なのに偉そうじゃないし……それから、なんだか頼りがいがあるっていうか……だけど、これって恋なのかな? もっとドキドキするものだと思ってたんだけど」


 メリッサは自分のよくわからない感情を、よくわからないまま必死に言葉にしてみた。

 それを目を細めて聞いていた女将がこう答える。


「それは恋じゃないかもね」

「え……?」

「愛の卵ね」

「愛の、卵?」

「ドキドキするような恋もあるけどね。そういうのはどうせ最初だけ。いずれは平穏で平凡な関係――愛になるんだよ」

「お父さんとお母さんも、そんな感じで始まったの?」

「ううん。お母さんとお父さんは熱々ボンバー」

「説得力!?」

「お父さんとお母さんも最初の頃はすごかったのよ。若かったからね。でも、数年もしたら落ち着いた関係になってね……結局いきつくのはそこ。でもそれはそれでいいものよ」


 だから、と母は続ける。


「別にドキドキするような恋から始まらなくてもいいの」

「そうなんだ」


 自分の気持ちが認められたようでメリッサは気分がよくなった。


「いいんじゃない、メリッサ。勇者さまはいいお相手だと思うわ。お母さん応援しちゃう」

「でも、ノーマンさんがどう思っているか……」

「そうね……。なら、お母さんがお父さんを落とした必殺のテクを教えてあげようか?」

「ひ、必殺のテク!?」


 わらにもすがりたいメリッサには強すぎるワードだった。


「お、教えて、お母さん!」

「わかったわ。いい?」


 女将がこほんと咳払いして続けた。


「ノーマンさんの寝込みを襲いなさい」


 メリッサは飲んでいた水を喉に詰まらせて盛大にむせた。


「それ母親が娘に言うセリフ!?」


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