ノーマンさん、宿屋の娘が好きですか?
「……ノーマンさんがいると安心しますね」
「え、そう?」
「はい。野盗が出るようになってからは外に出ないようにしていたんですよ」
「ああ、危ないからね」
「はい。でも今なら――ノーマンさんが護ってくれますから」
「はは。それくらいなら喜んで。腕っ節なら自信がある」
「お願いしますね。頼りにしてますから。……あ、ごめんなさい。ノーマンさんお昼寝したいんですよね?」
「いいよ。メリッサちゃんと話してるのも楽しいからさ」
「そうですね。わたしも――ノーマンさんともっとお話したいです」
かーーーーーーーーーーっ!
もっとお話がしたいですぅ!?
これもう愛のささやきってやつじゃないですか?
青春のきらめきってやつじゃないですか?
月がきれいですねって言葉が恋の告白だとどっかの三文ロマンス小説に書いていて、おいおいそれはさすがに拡大解釈しすぎだろ(笑)って思ってたわけですが、それが愛の告白だというのなら、もっとお話ししたいは結婚して子供三人くらい作ろうね的な感じじゃないですかね?
わたしが
「ノーマンお話しよ♪」
とか言ったら、絶対にノーマンは
「え、めんどい」
と言うに決まっている。ていうか前言われた。この扱いの差よ。
なんて悶々としているわたしを差し置いて――
二人は春の風に吹かれながら楽しげに話を続けた。
わたしは自分でもいつそうしたかを思い出せないのだが、『模倣する聖歌隊』を解除していた。
もはや聞く必要はないと感じたからだが――
聞くのが少しばかり辛かったのもある。
ノーマンが他の女性と談笑しているのが辛かったのだ。
小さいなあ、わたしの器……。
二人の楽しげな会話が、時間を刻むように流れていく。
やがてゆっくりと陽が沈み始め――
二人が身を起こした。
ノーマンとメリッサが何かを話しながらこちらへと向かってくる。わたしは慌てて木影に隠れた。二人はわたしに気づかず、楽しげに談笑しながら宿へと戻っていく。
「はあ……」
わたしはため息をついてその場に座り込んだ。
おそらく――メリッサはノーマンに気がある。
三文ロマンス小説を一〇〇〇冊以上読破した恋愛エキスパートのわたしの判断だ。間違いない。
うーむ……。
まさかノーマンを好きになる物好きがわたし以外にいるなんて――軽い衝撃である。ライバルは永久に現れないだろうと思っていたのだが。
問題はノーマンがその気なのかどうかだ。
ノーマンのことだからだいじょ――いや……姫さまに出会って一〇分で恋に落ちてたからなあ……。
ノーマンに訊くしかない。
わたしはそう決心して宿へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ノーマンに訊くしかない。
なんて固い決心とともにわたしは宿に戻ったわけだが――
夕食後、わたしは自分の部屋でうだうだしていた。
いやー……ノーマンに訊くしかない(きりっ)みたいに思っていた時期がわたしにもありました。
訊けねえ……。
「ねえ、ノーマン。メリッサのこと、好きなの?」
そんな直球の質問、わたしにはできねえ……。
基本へたれですからね。こっそり後ろでのぞき&盗聴するしか能のないナメクジですからね……。
おまけに、さっきの夕食でやっぱり――
「はい、あーんしてください。ノーマンさん」
「あーん」
「いい食べっぷりですね、ノーマンさん♪」
目の前でこのラブラブなやりとりを見させられましたから。わたし? 無表情で食べてましたよね。心のなかで血涙を流しながら。
一応、メリッサの名誉のために言っておくと――
彼女はわたしの給仕も完璧にこなしてくれていた。飲み物はなくなる前に用意してくれたし、肉も切り分けてくれた。
それを完璧にこなしながら、ノーマンへのサービスももりもり。
くー……給仕スキルが完璧すぎる。
露骨にノーマンだけえこひいきしていれば憎めるのだが……。
そんな二人の熱々っぷりを目の前で見て――
「ねえ、ノーマン。メリッサのこと、好きなの?」
なんて訊く気がしない。
根性振り絞って訊いてたとしても、
「え? 見りゃわかるだろ?」
なんて答えられた日には『死』である。神さま、聖女サーシャ、今から御許に返ります……。
というわけで、
「訊けるわけないじゃーん!!!」
なんて言いながらベッドでごろごろと転がっているのが、ナメクジ聖女にできるすべてだった。
そのとき――
こんこん。
ノックの音がした。
『おーい、サーシャいるか?』
「ノ、ノーマン!?」
ベッドで転がりまくっていたわたしは驚きのあまりオーバーラン。激しい音を立ててベッドから転がり落ちた。
「いてっ!?」
『なんか音がしたけど――大丈夫か!?』
「大丈夫、気にしないで。ところで何?」
『話があるんだけど、時間ある?』
「別にいいけど」
ノーマンがドアを開けて入ってきた。
「……何やってるんだ、お前?」
「ちょっとベッドから落ちただけよ」
そう言って、わたしは立ち上がってベッドに腰掛けた。ノーマンがテーブル前のイスに座る。
わたしから話を始めた。
「で、なに? 用事?」
「うん、そうだな……」
少し言いにくそうにノーマンがもごもごしている。
うーむ……。
この露骨に言いにくそうな態度――わたしにどうにも嫌な予感しかしない。
重くなる空気を振り払うようにノーマンが口を開いた。
「あ、そうだ。サーシャお前、俺より遅くに帰ってきたけど、どこかいってたの?」
あんたたちをストーキングしていました!
なんて言えるはずもなく。
「散歩よ」
と短く答えた。「どのへん?」なんて追撃がくると面倒なので――
「あなたたちは?」
と話の方向を変えてしまう。
「俺も似たものかな。メリッサちゃんと一緒に散歩してたよ」
「そう。楽しかった?」
「うん。気さくでいい子だよな、メリッサちゃん。一緒にいて飽きなかったよ」
それからしばらくとりとめのない話が続いた。
だが、どこかノーマンは上の空だった。本当に話したいことが他にあるが、まだそこには踏み込む決心がつかず時間稼ぎの会話をしている――そんな感じだ。
聞く側としてはじりじりして辛いのだが、わたしは促すことなく黙って聞いていた。
なんとなくノーマンが言い出すことはわかっていた。それに備えてわたしも静かに心の準備をしたかったからだ。
ひとしきりノーマンが喋り――
部屋が静かになった。
「あのさ、サーシャ」
ようやくノーマンが意を決したような表情で本題に触れた。
「俺どうもメリッサちゃんのことが好きになったみたいなんだ」




