きゃっきゃうふふの二人とナメクジ聖女
「そうだ、ノーマンさん! 少しお散歩しませんか?」
「散歩?」
「景色がとーってもきれいなところがあるんです!」
「へえ、いいね……だけど、ヴィーガスさんから宿屋を守るよう言われているからなあ……」
「あ、大丈夫です。そこの丘ですから。この宿見えますし」
「そっか。じゃ、暇だし行こうか」
「はい!」
やがて、二人の話し声がゆっくりと遠ざかっていく。
わたしががばりと身を起こし窓から外を覗くと――
そこには連れだって歩く小さな二人の姿が。
どう見ても仲良しこよしである。
……。
……なんだろう、あの漂うカップル感は。
いや、うん、きっと幻想である。彼氏いない歴=年齢のわたしには恋なんてよくわからないしね。うんうん。ちょっと余裕のないわたしの脳内が見せる強引なこじつけである。
そうそう。
二人はただの客と店員。それだけの関係。
そう自分を説得しきったのに。
――二人の後をつけようかな。
そんな言葉がぽこっと泡のように頭に浮かんだ。
「いやいやいやいや! ないない! ないから!」
わたしはベッドにのたうちながら、悲鳴を上げる。
さっきの会話が聞こえてきたのは完全に事故である。耳にふたはありませんから? 聞こえてくるものは仕方ないですよね? 的な。なのでぎりぎりセーフ。
だけど後をつけたとしたら――
それはもう明らかに故意である。言い訳の余地はない。
ははは。
さすがにねえ? いくらなんでもねえ? ちょっとサーシャさん余裕なさ過ぎじゃないですかねえ?
嫉妬してる女はみっとみないぞ☆
余裕の態度で男を泳がせる――それくらいの甲斐性が女には必要なのよ?
そうそう。ノーマンとメリッサはお友達。ただのお友達。
わかった? サーシャ?
五秒後。
部屋を飛び出したわたしがそこにいた。
さっきノーマンたちがいた場所まで走っていき、仲むつまじい二人の背中を捜して――
いた。
二人が目指す丘にはところどころ木が生えている。
木に身を隠しながらわたしはこそこそと後を追った。
いや、違うのだ。
これは断じてのぞきとかそういう下劣な好奇心にかきたてられた行為ではない。
旅の仲間であるノーマンくんは勇者だ。魔族からすれば即暗殺したい超重要人物。彼が狙われたときを考えて、聖女であるわたしはなるべく彼の近くにいたほうがいい。
そう、そうなのだ。
これは聖女としての義務。
後ろめたいことなどどこにもありはしな――
嘘ですごめんなさいただののぞき根性ですぅ。サーシャは性根の腐った聖女なんですぅ。
いやもうね、マジで心配なんです。
ノーマンというか――なんかメリッサが本気なのではないかと。
姫さまのときは相手にもならない感じで余裕ぶっこいてましたが、今回はそうではないような気がしていて。
メリッサから漂うんですよ。
チョロイン臭が。
ノーマンくん単純だから、女性から言い寄られたらころっといきそうな気がしていて……。
うう……ノーマン大丈夫か……。
わたしのロマンスが危機なのだ。三文ロマンス小説を部屋で読んでいる場合ではない。
なんて思いつつ歩いていたら、いつの間にか二人は丘の上にたどり着いていた。
何かを話しているようだが、聞こえない。
丘の頂上にはあまり木がない。おかげでわたしとノーマンたちの間には結構な距離があった。
何を話しているかはよくわからないが――
楽しそうな様子だけはつたわってくる。
きゃっきゃと楽しげな声が消えてくる。
ああ……ぼっちで寂しくのぞきしているわたしにとっては、まるで拷問である。
……気になる。気になるが……。
わたしはとうとう我慢できずに奥の手を使うことにした。
わたしは小声で『模倣する聖歌隊』の魔法を発動させる。
「いやー、メリッサちゃんの言うとおり、景色がきれいだな!」
ノーマンの声がわたしの耳元で小さく聞こえた。以前のような爆音にならないよう、細心の注意で調整している。
これ盗聴やん。
もう自分でもどん引きである。
言い訳の余地がない盗聴やん。
だけど! だけど!
私の心は千々に乱れている。あ、だめ、サーシャ、それ以上はダメよ、人としてダメよ、という気持ちと、ぐへへへへへ、なんて口では言ってるけど身体は正直だな! という気持ちが拮抗している。
ダメなのだ。
ずっと好きだったノーマンがなんか彼に気のあるっぽい女と一緒にいるのが辛いのだ。
それを見ない振りして、ふーん、わたし気にしませんけど? みたいな態度をとることができない。
へん!
はいそーですよ! 史上最悪の汚れ聖女がわたしですよ!
「きれいでしょ? ここら辺をすっかり見晴らせるのがいいんです」
楽しげな声でメリッサが応じる。
「そうだな。遠くまで見えるよ。へえ、すごいな」
「あの辺で子供の頃よく遊びましたね」
「メリッサちゃんはこの辺でずっと暮らしてたの?」
「はい。そうですね。子供の頃はここしか知らなかったから、はじめて街に買い出しに出かけたときはびっくりしました。こんなに人っているんだ! って」
「あははは。俺も孤児院育ちだから。似た感じだったよ」
「うふふふ。そうなんですね」
楽しげである。
とにかく楽しげである。これがもしも小説で台詞ごとに発言を描写するなら『ノーマンが楽しげな声で言った』の連発だろう。
漂う楽しげな空気にわたしのHPはゼロである。
そんな楽しげな二人をじーっと遠くからのぞき見している彼氏いない歴=年齢の三文ロマン小説大好きな残念なナメクジがいた。
わたしだった。
わたしだった!
しかものぞき見だけではなく、盗聴までしている。
残念度がオーバーキル状態である。
リア充オーラ漂う男女ペアと、ナメクジ聖女のわたし。これはもうなんだろうか。神を呪うべきなのだろうか。
「うーん、日差しが気持ちいいなあ」
ノーマンが楽しげな声で言って身体を伸ばす。
今はちょうど昼下がり。季節は春。じめじめとしたわたしの心とは真逆の心地よい季候である。
「宿が暇でこんな温かい日は、よくここでお昼寝してますよ」
「じゃあ、ちょうどいい。昼寝しようぜ」
楽しげな声で言って、ノーマンがごろりと横になった。
「うふふ。そうですね、じゃ、わたしも」
楽しげな声で言って、メリッサも横たわる。
ノーマンの横に。
う、うおおおおおおおおおおおおお!
わたしは思わず樹皮をがりがりした。ごめんなさい、樹木さん。はい、回復魔法。
見晴らしのいい草原で男女がごろ寝。
これはもう、お前たちとっととつきあっちまえよ案件である。
いや、つきあわれると困るわけなのだが。
「あー、気持ちいいな……」
「そうですねー」
メリッサが楽しげな声で応じ、さらに続けた。
「……ノーマンさんがいると安心しますね」
 




