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有閑聖女の非能動的のぞき行為

「俺たちで野盗たちをぶったたこう!」

「ほ、本当ですか!」


 メリッサの顔がぱっと明るくなる。


「ちょ、ちょ、ちょ、ノーマン! 勝手にそんなこと言って!」

「うん? 何が悪いんだ?」

「え、いや……うん……」


 わたしは言葉を呑み込んだ。わたしたちの優先事項は打倒魔王なのだ。言い方は悪いが、野盗退治は寄り道。助けたい気持ちは山々だが、わたしたちにはわたしたちにしかできない任務がある。

 そう思ったのだが――

 メリッサが瞳きらきらさせてチョー期待してるんだよね。


 言えねえ……正論でも言えねえ……。


「そうだな。野盗をつぶそう」


 ヴィーガスさんがノーマンに同調する。

 おっと意外。わたしはヴィーガスさん反対するかと思ったので。


「ヴィーガスさん賛成なんですね」

「意外かい? 確かに魔王打倒のほうが優先順位は高いがね……だけど俺は王国の剣なんだ。こんな王都のお膝元での狼藉を見逃すわけにはいかない。だけどノーマン、サーシャ。お前たちはお留守番。俺ひとりで行ってくる」

「え?」


 驚いたのはノーマンだった。


「そんな。俺も行きますよ。敵の数が多かったら――」

「勇者ほどではないけどさ――風の騎士を舐めるなよ」


 ヴィーガスさんが不敵な笑みを浮かべる。


「野盗団なんぞ、何人いようが負けはしないさ」

「それはそうですけど……」

「それにどちらかというと、この宿屋が心配なんだよ」

「え……うちですか?」


 メリッサが不安げな声を上げた。


「そうだ。野盗団がここを狙ってこないとも限らないからな。何かあったらノーマン、お前が食い止めろ」


 ノーマンが静かにうなずく。


「というわけでメリッサちゃん。一泊だけじゃなくて宿泊延長で女将さんによろしく」


 翌朝。

 ヴィーガスさんはひとりで馬に乗って出ていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ヴィーガスさんがいなくなり、帰ってくるまで宿に待機。

 これはすなわち、休みである。

 ぶっちゃけ、聖女に指名されてからばたばたの連続だったため、ゆっくりできる時間はありがたい。


 そう、こういうときは――

 読書。


 三文ロマンス小説を読むに限る。


 わたしはベッドに寝転がり、こっそり荷物に忍ばせていたお気に入りの三文ロマンス小説を読みふけり、にやにやしていた。

 わたしの脳内で着飾った貴族の男女や騎士たちがふわふわとロマンスを繰り広げる。


 ――ああ、姫よ、姫よ。あなたにわたしの愛を捧げましょう。

 ――だめですわ、騎士さま。わたしには父の決めた婚約者が。

 ――存じております。しかし、私は私の心に嘘をつけませぬ。

 ――ああ、なりませぬなりませぬ。私には王族という立場が。


 おお……幸せだ……。

 半ば脳内をとろけさせながら、わたしはうっとりと有閑な昼下がりを過ごしていた。


 そのとき。


「いやー、俺って薪割りには自信があるんだよ」


 出窓の外から話し声が聞こえた。


 ……ノーマン?


 わたしはベッドから身を起こし、窓から外を見下ろす。


 そこには大量の薪を両手に抱えて歩くノーマンの姿があった。その横には宿屋の娘メリッサがいる。


「ノーマンさん筋肉質だし、薪割りうまそうですよね」

「だろ? 本当にうまいんだ。期待しててよ」

「ノーマンさんがお仕事手伝ってくれて嬉しいです」

「いやー、はっはっは。これくらい楽勝だよ。暇だから任せて」


 なんて言いつつ、ノーマンは斧で薪をぱっかんぱっかん割り始める。もともと力仕事が得意なタイプなので実に手慣れたものだ。


「わーすごーい。ホントじょーず!」

「はっはっは、言ったろ?」


 ぱっかんぱっかん。

 そんなBGMを背後に二人はとりとめもない会話を続ける。正直、中身はたいしたことないのだがやたらと楽しそうだ。


 むむむ……。

 わたしは三文ロマンス小説を横に置いて二人をじっと見ていた。


 昨日の晩から思っていたのだが――

 なんかあの二人仲良くない?


 もうちょっとこうさ、初対面なわけだから少し遠慮とか距離とかあるものじゃないの? と非コミュ系で人見知りするタイプのわたしは思うわけです。


 だけど、あのふたり、なんか壁みたいなのがない。

 まるで昔からの友人だったよね、みたいな雰囲気。

 いや……友人、なのかな……。


 あの中身のない会話できゃっきゃっしてるのって恋人っぽくない?

 年齢=彼氏いない歴のわたしにはよくわからんけど。


 わたしの胸にざわざわとした不安がこみ上がってきた。

 まさかあの二人――お互いに――。


 いやいやいやいやいやいや。ないない。そんな都合よく人間が恋に落ちてたまるものか。

 人間にはね、理性と品格というものがあるのです。

 なんてわたしがぐるぐるとした思考にとらわれているうちに、ノーマンの薪割りは終わってしまった。


「ありがとうございます、ノーマンさん! 速いですね! 疲れました?」

「はっはっは。こんなの朝飯前さ。よゆーよゆー」


 そう言いながら、ノーマンが両腕を横に伸ばして背伸びをする。その顔がすーっと上を向く――

 わたしは慌てて部屋の中に身体を引っ込め、ベッドに倒れ込んだ。


 ……ていうか、どうして逃げたの、わたし?

 で、ようやく気づいた。


 わたしのやってること――

 のぞきじゃないですか。


 楽しそうな二人をこっそり部屋からのぞいて聞き耳を立てている。

 これはもう、純度一〇〇%ののぞき。


 あかん。言い訳でけへん――

 い、いや! 違う!


 わたしはそう主張したい。別に盗み聞きをしようとしたわけではないのだ。彼らが大きな声で会話をしているから、上の階にいるわたしの部屋まで聞こえていたのだ。


 つまり、わたしは何も悪いことはしていない!

 などと自己正当化したものの。


 やっぱり罪悪感はぬぐえず――


「あれ、あそこってサーシャの泊まってる部屋?」

「あ、そうですね」

「おーい、サーシャ! 起きてるかー!」


 ノーマンがそんな脳天気な声で呼びかけてきたが、反応できなかった。


「反応ないな」

「旅でお疲れなんでしょう。寝てるのかも」

「そうだな。あいつ体力ないしな。孤児院にいた頃、疲れた疲れたってよく言ってさ、俺はあいつをよくおんぶして連れて帰ったよ」


 こ、こら、ノーマン! 人の恥ずかしい過去を!

 わたしが寝ていると思って……!


 だが、嘘ではない。ひとつだけ言わせてもらうと半分だけ嘘。ホントのところはノーマンにおんぶしてもらいたいだけだったりする。

 好きな男におんぶしてもらうための、惚れた女のかわいらしい甘えである。いやー、サーシャさん、かわいいね!


「ホントかなー?」

「え?」

「サーシャさん、ホントは歩けるのにそう言ってるだけじゃないですか?」


 ぐ――!?

 ずばり言い当てられて、わたしは顔が熱くなるのを感じた。


「え、なんで?」

「なんでって、ノーマンさんに甘えたいんじゃないですか?」

「はっはっは。ないない。あいつそういうやつじゃないから。それにあいつと俺の関係はそういうのじゃないしね」


 なくないですぅ。

 そういうやつなんですぅ。

 わたしはあなたとそういう関係になりたいんですぅ。


 どうしてノーマンのわたしに対する認識は、わたしの思っている方向から真逆のほうに全力疾走するのだろうか……。


 いい加減、気づけよ。


「そういう関係じゃないんですかあ……」


 メリッサがノーマンの言葉を繰り返す。

 ん……?

 何か含みのあるような響きに聞こえたけど気のせいだろうか?


「そうだ、ノーマンさん! 少しお散歩しませんか?」


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