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あーんする人、したい人

「メリッサ! あんたは勇者さまの隣に座って、専属給仕! ほら、がんばりな!」

「ちょ、ちょっと、お母さん!?」


 目を白黒させながらメリッサがノーマンの横に座った――というか、母親の圧力で無理やり座らされた。


「め、迷惑ですよね?」


 メリッサが隣のノーマンに訊く。


「いやいや。俺の隣いつもこれだから新鮮でいいよ」


 逆隣にいるわたしを親指でぴっと指さし、ノーマンが言う。

 いつもこれ。

 まさかの物扱いである。


「一緒に食べよう。そのほうが楽しいぞ」


 なんて言いつつ気軽な感じでノーマンが誘う。

 こらこら、女将さんの命令とはいえ悪ノリの類。あくまでも店員のメリッサはきっと断――


「はい。よろこんで!」


 ノリノリかよ。

 わたしはやや胸がざわついた。


 いや、まあ、別にわたしが狭量というわけではない。いや、確かに、まあ、普通の人よりも胸は――いや、胸じゃなくて胸中は狭量かもしれないが。ていうか、胸もだろって言うな。


 単純に、ノーマンの横に年頃の女の子が座るのが気になるのだ。


 ほら、わたしノーマンのこと好きだし。

 こいつ姫さまに勝手に一目惚れした前科あるし。


 ま、まあ?


 あれだけ手ひどく失恋したわけだから、さすがのノーマンくんも今回は自重するだろう。それに旅先でちょいと寄っただけの宿屋だし。

 今回は何もないよね?


 宴が始まった。


「はいはいどうぞー!」


 約束した通り、次々と女将さんが熱々の料理を大きなテーブルに持ってくる。

 その供給スピードに負けない速度でがつがつと食べているのはもちろんノーマンくん。

 と――


「いやー、君たちよく食べるね」


 食べている様子を、やや引きながらヴィーガスさんが論評した。


 君たち。

 そう。ノーマンと――わたしだ。


 ノーマンのようにいつでもどこでも食い意地全開ではないが、わたしはTPOをわきまえた上でがっつく。

 食えるときに食っとけの精神である。


「まあ、あれですよ」


 わたしは食べる手を止めずに言った。


「孤児院ってもぐそんなに食べ物がんぐんぐあるわけじゃもぐないですからねぱくり。食べれるチャンスはぐぐぐ逃さないもぐていうか」

「とりあえず食べきってからでいいよ」

「んぐ……おっと失礼。食べることに集中していました」


 王宮のパーティーでは抑えていたので、つい暴走してしまった。


「でもアレとは一緒にしないでくださいよ」


 わたしはアレを指さした。

 もちろんノーマンである。どう見てもわたしの二倍は食べている。


「はへすぎはな?」


 皿をくわえたままノーマンが言う。

 ホントはお前、喋る気ないだろ?

 ことんと皿を置き、ノーマンが隣のメリッサに訊く。


「がっつきすぎたかな。引いた?」


 メリッサは首をぶんぶんと振った。


「いえ! 食べっぷりのいい男の人ってカッコいいと思います!」

「いやー、メリッサちゃんはいいこと言うね!」


 ノーマンが上機嫌に笑い、メリッサの肩を軽く叩く。

 あ、セクハラだ。セクハラだ。せーんせーに言ってやろ。


「ちょとやめてくださいよノーマンさん!」


 なーんて言って調子に乗ったノーマンをこらしめるんだ。

 いけ、メリッサ!


 と、わたしは思ったが――

 メリッサはまったく気にしたそぶりもなくケラケラ笑っていた。


 あ、あれ?

 なんかわたしだけ空回りしている?


 気にしすぎかなー……。


 ノーマンはメリッサと楽しく会話しながら、手元にある一枚もののステーキ肉にフォークを突き刺した。

 肉のかたまりを、そのままノーマンが持ち上げる。


「ちょ、ちょっとノーマンさん!?」


 驚いた顔でメリッサが止めに入った。


「肉を切ったほうがいいのでは?」

「え、ああ……俺ナイフの使い方が苦手でね……」


 ノーマンが頭をかく。


「大丈夫ですよ。わたしがやりますから。置いてください」


 にこにことした表情でメリッサがノーマンのステーキ皿を引き寄せる。そして丁寧な手つきでステーキ肉を切り分けた。


「ほー、うまいものだなー」

「給仕も長くやってますから。はい、どうぞ」


 メリッサがフォークを刺しだした。その先端には彼女がさっき切り分けたステーキ肉が刺さっていた。

 どう見ても、フォークを渡そうとしていない。


 これって、あの伝説の――

 あーんして?


「え? え?」


 どうすればいいのかわからないノーマンが激しくキョどる。


「ノーマンさん。あーん」

「え、ええ……いいのかなあ?」


 なんて言いつつ、ノーマンもまんざらではない。

 鼻の下がぴょるんと伸びている。


「いいですよー。ほら、お母さんから勇者さんをよくして差し上げろと言われてますし――それに皆様は命の恩人ですから」

「じゃあ、遠慮なく」


 おい、こら! お前、そこは紳士的に断れよ!


「あーん」


 遠慮なくノーマンはぱくっと食べた。

 おおおおおおおおおおおおおおおお。


 あーん……あーん……わたしだってノーマンにしたことないのに。


 いい、いや、悔しくないから!

 別に悔しいわけじゃないから!


 だってノーマンの人生初あーんを奪われたわけじゃないし! 確か幼児の頃、わたしの隣でシスターにあーんってやられて離乳食食べてた! そうだ。初あーんはシスターなんだ。


 だから、あーんは特別なことではないし、わたしがしたことなくても別にいいのだ。先を越されたとかそういう概念のものではない。


 落ち着け――

 落ち着け、サーシャ。


「サーシャ」


 ヴィーガスさんが口を開いた。


「なんですか?」

「せっかくだから、お前もノーマンにやれば? あーん」


 ヴィーガスさんのにやにやとした表情。

 こいつ――!

 絶対に面白がって言ってるな!?

 だが、だがだがだが。これはチャンスではないか?


「仕方ないなー。ヴィーガスさんが言っているから、わたしが食べさせて・あ・げ・る。感謝しなさいよ!」


 なんて言えるではないか。

 よし、これだ。さすがは風の騎士、ナイスパス。


「じゃ、じゃあ、仕方な――」

「えー、いいよ、サーシャは。あーんとか言って、何も刺していないフォークで口つっついてきそうだし」


 ごす。


 ノーマンの返答を聞いて、わたしは激しくテーブルに突っ伏した。

 ノーマン……お前のわたしに対する印象がよくわかりました。


「いやー、メリッサの家の飯、うまいよな」


 上機嫌でノーマンが言う。


「ありがとうございます。食事の味はうちの宿の自慢ですから。そう言っていただけると嬉しいです」

「だけど、こんなに旨いものをこんなに出してもらって、本当にただでいいの?」

「そうですね。お母さんがそう言っていますから、はい」


 メリッサがにっこりと笑う。


「まあ……食事も高級部屋の割り当ても――宿には損がないからな」


 ヴィーガスさんが口を挟んだ。


「損が、ない?」


 わたしが首をかしげる。


「そんなはずないですよね? 材料費はただじゃないし、高級部屋は他の客が泊まってくれるかもしれないし」

「周りを見ればわかるだろ?」


 周り?

 わたしは言われたとおり周りを見て――

 すぐにヴィーガスさんの言わんとしていることを理解した。


「お客があんまりいないですね」


 食事時の割には、わたしたちを除くと数人の客しかいない。


「つまり、ヴィーガスさんはこう言いたいわけですか。お客がいないから食材は捨てるだけだし、高級な部屋は開きっぱなしで遊ばせているだけ――なら、勇者の一団にただで提供しても損はない、と」

「そゆこと」


 ヴィーガスさんはうなずいた後、ぱちりとメリッサに片目をつむって見せた。


「ごめんね。意地悪な言い方をして」

「いえ。感心しました。さすがは優秀な騎士さまですね」


 にこりとメリッサが――曇りがちな笑顔を見せた。


「でも、宿屋の評判が悪くてお客が減ってるわけじゃないんです」

「わかってる……さっきの野盗だろ?」

「はい、そうです。ここら辺に野盗が出るようになって客足がぱたりと減ってしまって……」

「そうか……」


 ヴィーガスさんが難しい顔で腕を組む。


「ヴィーガスさん、野盗が出るって話ですけど……ここら辺って王都から近いですよね? 」


 ――王都の周りは治安もよくて街道も整備されているからね。


 確かヴィーガスさんはそう言っていた。


「ああ。近くだ。だから治安はいいはずなんだ。なのにこんなところまで野盗が出ているとは……」

「言いにくいですけど、王都の治安維持能力が衰えている、と?」

「そうなるな」


 ヴィーガスさんは大きなため息をついた。


「よーし、わかった!」


 いきなり声を張り上げたのはノーマンだ。


「俺たちで野盗たちをぶったたこう!」


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