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宿屋の娘メリッサ

「あ、ありがとうございます!」


 襲われていた人たちが感謝の声を上げた。だが、その声をヴィーガスさんは片手で制した。


「すまない、話は後で」


 ヴィーガスさんが虫の息の野盗のひとりを引き起こした。


「お前たちはこれで全員か? ボスとアジトの場所を吐け」


 野盗は首を横に振る。


「だ、誰が……お前に……」


 絶命寸前の声で仲間を売らないという、せめてものプライドを吐き出す。


「そうか。ならば交換条件だ。俺と一緒にいるあの女の子は司祭でね。回復魔法が使える。情報を教えてくれればお前だけ楽にしてやろう」


 男の瞳に迷いが生まれた。

 うわー、あいつ治すのかあ……。正直、気が進まないけど、やらないとも言えないなあ……。


「う……嘘だ……」

「信じないのはお前の勝手だ。どうせ死にかけは他にもいる。他のやつに聞くだけだ。俺は誰でもいい」


 男はしばし迷った後、ヴィーガスさんの耳元で情報を教えた。

 ヴィーガスさんがうなずく。


「わかった」


 ヴィーガスさんが腰から短剣を引き抜き、正確に心臓を刺し貫いた。


「て、てめ……」


 野盗の男は呪うような目でヴィーガスさんをにらむと血を吐き出し、ぐったりと力を失う。


「お、おお……」


 わたしは息を吐いた。

 容赦ねえ……犯罪者相手とはいえ、容赦ねえ……。


 わたしの声に気づき、ヴィーガスさんがわたしのほうを向く。


「聖女には毒だったかな? それとも、けが人は助けたかった?」

「いえいえいえいえ! もうこれっぽっちも! そんなこと思わないんですけど! むしろやらなくてよかったーって思ってるくらいなんですけど! ――いや、なんていうか、すごいですね……」

「どうせ野盗は死罪だ。君に治してもらってから斬首してもいいけどね……俺にも君にもこいつにも意味がない。こうするのが一番だ」


 確かにそうだ。ヴィーガスさんの言い分は一〇〇%正しい。


 こいつらこそ今さっきまで無力な人たちを襲い殺そうとしていたのだ。そして、今までも何人も殺してきたに違いない。

 殺されて当然の――くずなのだ。


 だが、まだわたしの心には割り切れない何かがある。

 きっとそれはノーマンにも。


 人が死ぬということと――

 約束が破られたことと。


 だけど、わたしたちが正しいというつもりはない。

 ヴィーガスさんのほうが正しいのだ。間違いなく。

 たぶんそれは――わたしたちが踏み込んだ世界に対して、わたしたちの覚悟が足りていないだけ。


 だからわたしはヴィーガスさんが薄情だとは思わない。


「さて、君たち大丈夫かい?」


 ヴィーガスさんが被害者の四人に声をかける。

 彼らの話によると、王都での商売の帰り、野盗の集団に襲われて必死に逃げていたらしい。


「こんなところに野盗が……」


 ヴィーガスさんが暗い声でつぶやく。わたしが訊いた。


「こんなところ?」

「ああ……ここはまだ王都から近い場所だ……治安は悪くない場所なんだよ。普通なら野盗が出るはずはないんだが」

「出ちゃったと」

「つまり、それだけ王国の治安維持力が落ちているということだな」


 ヴィーガスさんのため息は重い。


「車輪の応急処置は終わりました。そろそろ出発できますよ」


 荷馬車の車輪を見ていた男がそう言った。


「君たち行くあてはあるのかい?」


 ヴィーガンさんが訊くと女がうなずいた。

 年の頃はわたしと同じ一五歳くらいだろうか。上等なものではないが庶民的でこざっぱりとした白いシャツと青いスカートを身にまとっている。顔立ちは王女さまのような立派さはなく普通だが、そばかすが少しばかりチャーミングだ。

 悔しいことに、わたしより胸がある。


「わたしの家がこの近くで、宿屋をやっています」

「君の家?」

「はい。実はわたしは商人ではなくて――買い出しのために同乗させてもらった宿屋の娘なんです」

「そうだったのか。じゃあ、ちょうどいい。そろそろ俺たちも宿をとらないといけないから、ついていこう」

「あ、ありがとうございます!」


 女が頭を下げた。腕利きの護衛とお客を一緒にゲットできるとはなかなかの幸運である。

 そうして、わたしは女の子――名前はメリッサというらしい――の宿屋へと向かうことになった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「え、ええええええええええ!? こちらの少年が勇者さまで! こちらの少女が聖女さまで! こちらの男性が風の騎士さま!?」


 宿屋中に響き渡るような声をあげたのは、宿屋の女将おかみだった。

 メリッサさんとはよく似ているが、こちらはメリッサの倍くらい横の幅があり、まさにザ・おかみさんという感じだ。


「ちょ、ちょっとお母さん、声が大きい……」


 メリッサが恥ずかしそうに口に指をあてる。

 あー……そういう反応なのか……。

 王都を出てから別の宿屋に泊まったことはあるが、基本的に身分は伏せていた。ヴィーガスさんがそうしようと言っていたからだが――その意味がようやくわかった。


 で、今回はどうしてバレたかというと――

 今回は宿にくる途上でメリッサたちに自分たちの身分を明かしてしまったからだ。


 何というか話の流れで、つい……。

 わたしがうっかり口を滑らせてしまいまして……。


「サーシャさんは回復魔法が使えるんですか?」

「ええ、まあ……」


 そこでね、そこで濁して終わらせてたらよかったんだけど。

 ちょっとこう、回復魔法使えるぞどや! みたいな気持ちで心が大きくなっちゃいまして……。


「その、聖女なんでね」

「え、あの魔王を倒すために神から選ばれる……あの!」

「まあ、その、聖女? みたいな?」


 鼻たかだかだった。

 鼻たかだかだったからそのまま口からこぼれてしまった。


「あそこのとっぽい兄ちゃんが勇者で、あそこのカッコいい人が王国最強の風の騎士ね」

「すごおおおおおい!」


 いやー、気持ちよかった。


 ……ごめん、反省してる。


 それだけだったらそこで終わりだったのだけど、特に口止めもしなかったので、宿に入るなりメリッサが母親にわたしたちのことを紹介したのだ。身分付きで。

 そうしたら、まさにこの、大興奮である。


「いやいやいやいやいや! よくぞこんなボロ宿に来ていただけました。これはもう末代までの自慢だねえ、メリッサ!」

「そ、そうだね……」


 言いつつ、ごめんなさい……という顔でメリッサがわたしたちを見ていた。

 ええんやで……。

 悪気はなかったのは知ってるし……もともとわたしの身から出たさびやさかいな……。


「「おい、サーシャ」」


 野郎たち二人から冷たい視線が。ほら二人ともわたしを責めてる。はー、聖女のわたしは誰に告解すればいいのだろう……。


「そうだ!」


 宿屋のおかみが両手をぱんと鳴らした。


「サインもらえませんか!?」


 サイン!?

 サインってあの、超有名な人が来ましたよ、という証拠に残していくあの署名のこと!?

 くわー、わたし超有名人感きてるううううう!


「すまない女将、王女さまのお付きのような公的な旅ならば協力したいのだが、今回はちょっと」


 風の騎士はあっさり首を振る。


「うーん、俺もちょっとそういうのは恥ずかしいかな……書いたことないし」


 ノーマンは照れてそっぽを向く。

 こ、この男どもは!

「サ、サーシャさん! お願いします!」


 宿屋の女将がどこからか取り出した色紙を差し出してくる。

 そりゃ女将としては必死だろう。これからは『勇者ご一行逗留の宿』で売り出したいのだから。一筆あるかどうかで信頼性が違う。


 む、むー。


 個人的には書いてみたいのだが。聖女サーシャ見参! って書いたらさぞ気持ちよさそうだ。

 だけど、こう他の二人がノーだとなあ……。


「サーシャさん」

「はい」

「宿屋の料金――ただにするから。部屋も一番いいやつ」

「オッケー! のった!」


 は!

 うっかりノリでオッケーしてしまった。でも仕方がない。習性だから。あまり裕福とは言えない環境で育ったのは紛れもない事実。おばちゃんの「安くしとくから」とか「おまけするで」には弱い。

 その瞬間――勝った、と思ってしまうから。


 気持ちいいんだよね。


 つーか、そもそもこの旅は街の役所にいけばいくらでも旅費がもらえる仕組みなので値切る必要はないのだが……。

 いかんなー、身に染みついた癖というものは。


 というわけで、わたしは生まれて初めてのサインを書いた。

『聖女サーシャ』

 さすがに見参はやっぱり恥ずかしくてやめた。


 よし。これでよし。

 情けは人のためならず。気分をよくした女将は約束どおりわたしたちにいい部屋を用意してくれて、おまけに夕飯は大きなテーブルにおさまりきらないほどの豪勢なものを用意してくれた。


「勇者さま一行以前に、大切な娘の命の恩人なんだ! 歓待しなきゃ罰が当たるよ!」


 ありがたいことである。


「メリッサ! あんたは勇者さまの隣に座って、専属給仕! ほら、がんばりな!」

「ちょ、ちょっと、お母さん!?」


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