上級魔族すら屠る勇者パーティー、野盗と出会う
前回までのあらすじ:ノーマンとサーシャは上級魔族を倒して姫さまを助け出す。二人は姫さまと別れ、風の騎士ヴィーガスとともに魔法都市グレイノールを目指して旅に出た。
はじまったばかりの旅はわりと快適だった。
てっきり道なき道を踏破し、野宿に次ぐ野宿! 携帯用の食料はすぐに底をつき、始まる狩りと自給自足! 今日の成果がなければ飯は抜き! 働かざるもの食うべからず! 疲労と不潔と空腹にさいなまれる地獄のサバイバルが今ここに始まる!
ほら、そのお肉わたしによこしなさいノーマン!
みたいなのを想像していたのだが。
ここ数日ほど、朝からがんばって馬で街道に沿って進み、昼下がりから夕暮れまでの間に次の宿屋を見つけ、そこでぐっすりと眠ってまた次へと進む、みたいな生活を送っている。
まあ……馬の乗りすぎで身体中が筋肉痛で死にそうなのだが。
歩かないから楽な旅だよね~馬くんがんば~みたいな感じでいたのだけど。
そうか……馬に乗るのも筋肉がいるのですね……。
インドア派の運動不足な聖女とは違い、体力系の勇者ノーマンは余裕しゃくしゃくで馬を乗りこなしているのだが。
ともかく旅自体は存外に快適だった。
なんて話を騎士ヴィーガスさんにしたところ――
「ははは、そうだね。今のところはね」
と恐ろしい回答をいただいた。
「今のところ、とは?」
「王都の周りは治安もよくて街道も整備されているからね。街道沿いには宿屋も点在している。だけど、中央から離れれば離れるほどそうじゃなくなる」
風の騎士ヴィーガスは整った顔にいたずらめいた笑みを浮かべた。
「ま、そのときは苦労してもらうから、今のうちに旅の満足度を貯金しといてくれ」
満足度って貯金できるんでしたっけ?
わたしの狭い心の中だとあんまり保存スペースがないので、きっと不満が発生したらすぐぶーぶー言ってしまいそうだ。
なんて話をしていたら――
やおらノーマンくんが馬の足を止めた。そして、おっかない表情であらぬ方向を見つめている。
「どうしたの、ノーマン」
わたしもヴィーガスさんも馬を止めてノーマンにあわせる。
「し――音が聞こえる」
ノーマンは口元を指でおさえた。
わたしにはなにも聞こえなかったが――しかし、勇者ノーマンの五感の鋭さは無視できない。
わたしは指を鳴らし、引き金となる言葉を紡いだ。
「模倣する聖歌隊!」
するとどうでしょう。
ドドドドドドドドドドドドドドドド!
ガラガラガラガラガラガラガラガラ!
地鳴りのような、半端じゃない大音量がわたしたちの周辺に響き渡った。たまたま王都に行ったときに公演していた、魔法音楽団による先鋭的音楽ジャンル『デス・メタール』並みの大音量。
これは自分周辺の音量を拡大する魔法なのだが――
しまった。
音を大きくしすぎた。聖歌隊がんばりすぎ。
いやー、言い訳すると始めて使う魔法でして……。
なんて余裕はなかった。
「あわわわわわわわ!」
驚いた馬が暴れ出して、わたしは落ちそうになる。
「はや――音――さ――ろ!」
音に声をかき消されながらも――ノーマンくんはそう叫び、腕を伸ばしてわたしの馬の手綱をつかむ。自分の馬を押さえ込みながらなので、わりと純粋にすごい。
ノーマンくん……かっこいい……。
なんて乙女心に染まっている場合ではなかった。
「模倣する聖歌隊!」
再びわたしは魔法を発動させ――
ちょうどいい音量へと修正した。
馬が落ち着くのを待って、全員で大きくため息をつく。
「いやー……マジすいません……音を大きくしすぎちゃいました。言い訳すると始めて使う魔法でして……」
わたしは謝ったが、優しく柔らかなツッコミやイジリが飛んでくることはなかった。
聞こえる音に切迫感が満ちていたからだ。
先ほどのやかましい音は全力で疾走する馬と、その馬がひく馬車の車輪の音。荷馬車をこんな必死に走らせる状況は何だろう。
おまけに聞こえる声。
「逃げられるわけないだろうが!」
「女と荷物を置いていきな! 命だけなら助けてやるぜ!」
なんてろくでもない発言ばかり。
「怖い……!」
「大丈夫だから! 誰かがきっと助けてくれるから!」
なんていう声まで聞こえてくる。
これはもうなんて言いますか。明らかに犯罪の香りしかしません。
ろくでもない状況ではありますが――
よかったですね。
その『誰か』はここにいます。
それもとびきりの最強が。
「行くぞ!」
ヴィーガスさんが音の方角に向かって馬を走らせた。もちろん、わたしたちも後に続く。
犯行現場はすぐ近くだった。
馬がへろへろに疲れ、車輪の壊れた馬車が立ち往生している。馬車の前には三人の男性と一人の若い女がいた。彼らを取り囲むように馬に乗った七人くらいの武装した男たちが立っている。
さびと汚れのついた装備からして王国正規兵のはずがない。
野盗だ。
野盗が商人の荷馬車を襲った。そんなところだろう。
「どうしたどうした? もう逃げないのか?」
「逃げられないなんてわかっていたくせによ。無駄だったな!」
はっはっはっはっは、と野盗どもがあざける。
荷馬車の男女は口惜しそうに唇を噛んでいるが――
いやそうでもないから。
あなたたちの決死の逃走は、正しく報われる。
「そこまでだ!」
ヴィーガスさんが叫ぶ。その声に野盗たちがびくりと反応する。それとは対照的に、男女の表情はぱっと明るくなった。
だが、まだ距離がある。
弓を構えていた野盗が弓を向け、ヴィーガスさんへと打ち放つ。
あ、危ない!
だが、馬上のヴィーガスさんは止まらない。
瞬間、わたしは頬に何かしらの風を感じた。一瞬の突風。
同時、ヴィーガスさんに放たれた矢は何かに弾かれたようにあらぬ方向へとすっ飛ぶ。
わたしは魔法を使っていない。
おそらくはヴィーガスさんが『風の騎士』としての力を使ったのだろう。
風の騎士って呼称だけではないのか……。
「な、なに!?」
わけがわからないという顔で野盗が驚く。
その間にヴィーガスさんとわたしたちは野盗の前にたどり着いた。
「さて、見ての通り、わたしは王国の騎士だが」
野盗たちの薄汚い装備とは違う、細やかな意匠の施された金属鎧がヴィーガスさんの所属を物語っている。
「王都のお膝元でこのような狼藉を犯すとは度胸があるな」
ヴィーガスさんがすでに抜いていた剣を野盗へと向けた。
「野盗は見つけ次第、斬首。王法を知らないのか?」
「黙れ! 後ろにいるのはただのガキだろ! お前ひとりで俺たち七人を相手できると思ってんのか!?」
……ただのガキねえ。
わたしはともかく、隣にいるノーマンくんは普通の騎士が束になってもかなわない上級魔族すら瞬殺する人類最強なんだけどね。
「できるさ」
ヴィーガスは笑う。
「いいだろう。俺ひとりで相手してやる。かかってこい」
「え、えええええええ!?」
わたしはびっくりした。
「ちょ、ちょっとヴィーガスさん、ひとりでやるって!?」
「おいおいおいおい」
ヴィーガスさんが困ったような表情を浮かべる。
「俺って信用ないの? まあ、ノーマンに比べると頼りないかもしれないけど――こんなやつらは敵じゃないよ」
「ふざけやがって!」
野盗たちは馬から飛び降りた。もう馬車前の男女など目に入っていない。目の前にいるヴィーガスさんをばらばらに刻む。それだけしか頭にないのだろう。
「ま、見てなって」
ヴィーガスさんはそう言って馬から下りて――
本当に戦いは、一瞬で終わった。
あまりにもあっけなくて、それゆえに面白みもなく、詳細に描写する必要もない戦闘だった。
ヴィーガスさんが剣を振るうたびに野盗がひとり、またひとりと倒れていく。ただそれだけ。野盗の切れ味の悪い剣はヴィーガスさんの鎧に傷すらつけられない。
あっという間に、七人の野盗は全滅した。
さすがは王国最強の四騎士。その実力は伊達ではない。




