姫を救うは勇者の本懐
「次はお前だぜ、上級魔族さん」
ノーマンが宝剣の切っ先をぴたりとルガイアに向ける。
「お、おのれ……調子にのりおって……!」
魔族の周囲に黒い玉が七つ出現した。
「くらえ!」
黒い玉のひとつがノーマンに向かって飛んでいく。
ノーマンは宝剣を振り――その玉をたたっ斬った。
「な、なに!?」
「ん?」
「ま、魔法を斬っただと!?」
「え? 斬れないものなの?」
ノーマンは首をひねった。そもそも魔法が斬れるとか斬れないとか考えたことがなかった。
何かが飛んできた。反応できた。だから斬った。
それだけだ。
なので驚かれてもノーマンも困る。斬れたのだから。
「ふざけるなァッ! なぎ払え!」
残り六発の弾丸が打ち放たれる。
同時、ノーマンが前に出た。
一瞬の――六連撃。
またばきほどの時間で六つの弾丸を破壊したノーマンはルガイアに突進、一気に剣を振り下ろす。
「お、おおおあああああッ!」
ルガイアの悲鳴が上がる。ルガイアの右手が切断され、宙を舞ったのだ。
さらにノーマンが宝剣を繰り出すが、空振り。
ルガイアはすでに後ろへと下がり、距離をとっていた。
「き、貴様――!」
憎悪の目がノーマンを見た。
「やるじゃないか、上級魔族さん。俺は一撃目で真っ二つにするつもりだったんだけどな……ぎりぎりで反応されたか」
「貴様は危険だ――今ここで必ず殺す!」
「できるか? 俺は魔王を倒す男だぜ?」
ノーマンが一気に間合いを詰める。
あと数歩でルガイアに肉薄する、そのとき――
ノーマンの動きががくんと止まった。突然、足が床に張り付いたかのようにびくともしない。
(な、なんだ……!?)
考えている暇はなかった。
目の前のルガイアが飛びかかってきたからだ。
交錯。
ルガイアがノーマンの背後へと抜けた。
ノーマンは身をひねり浅い一撃だけですませた――はずだが。
右胸にぱっくりと傷が開き、血が流れ出た。
「くっくっくっくっく……どうだ少しは肝が冷えたか?」
ルガイアがおかしそうに笑う。
ルガイアの左手の爪がいつのまにか指ほどにも長く伸びていた。爪にはノーマンの血がべったりとついている。
ノーマンは足踏みした。
ねちゃりとした粘着質な感触が足裏から伝わる。
じっと目をこらすときらきらとした細い糸が張り巡らされていた。
蜘蛛の巣のように。
「糸――!」
「そうだ。俺は蜘蛛を眷属として操り――蜘蛛の力を使う。お前は俺の張り巡らした蜘蛛の巣に飛び込んできたのだよ」
「それはそれは……」
「もうお前に逃れる手段はない! 死ね! 黒蜘蛛葬々!」
ずむずむとルガイアの足下から小さな黒い蜘蛛がわき上がる。蜘蛛たちはかさかさと耳障りな音を立てながらノーマンへと突進。動けないノーマンの身体によじ登り、身体中を這い回り、全身を真っ黒に染め上げていく。
「はは、ははははあ! どうだ生きながらにして蜘蛛に食われていく感触は!? 魔界の蜘蛛どもは常に飢えて意地汚い。骨まで食われて死んでしまえ、勇者!」
勝利を確信したかのようなルガイアの声。
だがしかし――
まるで光の柱が出現したかのように、ノーマンの身体から聖気の光が放たれた。
一瞬にしてすべての小蜘蛛たちと足下の糸が断ち切られる。
「……!」
言葉を失うルガイア。
ノーマンは平然とした様子で立っている。足下を確認するかのように小さく足踏みをした。
「で、お前の切り札はそれで全部か?」
ルガイアの顔が怒りでゆがむ。
「な――なめるなあああ!」
ルガイアが絶叫しながらノーマンに飛び込む。
鉄すらも切り裂く、雷鳴のごとき速度の手刀。
普通の騎士たちならば一撃で戦闘不能にするほどの攻撃。
だが、今のノーマンには遠く及ばない。
ノーマンはその一撃をかわし――
宝剣デュランダルの一振りでルガイアの胴をなぎ払った。
「く、くああああああああああ!」
絶叫。
ルガイアの身体がみるみる灰化する。絶叫が終わると同時、ルガイアの身体は木っ端みじんに砕け散って、この世から消え去った。
しんと大聖堂が静寂に包まれる。
ふう、とノーマンはため息をついた。
(終わったか……)
クラウディア姫を守り、魔族を倒す。その困難な大任をノーマンは見事に果たした。ゆっくりと、だが確実に心地よい充足感がノーマンの胸を満たし、体全体へと広がっていった。
(俺はやったんだ)
実のところ――これが初陣だった。
今まで孤児院で暮らしていた普通の人間なのだ。畑を耕す鍬や薪を割る斧を持ったのがせいぜいで、剣なんて握ったこともない。
命のやりとりを前提とした戦いは初めてだったが、なんとかノーマンはやりきった。
ノーマンはクラウディアたちを見た。クラウディアとシスターたちの目はまさに――英雄を見る目だった。
ノーマンが腕を上げると、
彼女たちがわっと沸いた。
それは恐怖からの解放とそれに伴う心の底からの安堵、そして生きている幸せを歌い上げた声だった。
(そうか、これが勇者ってやつか)
ノーマンは自分の役割の重さと意味を、ようやく知った。
(やるしかないよな。俺が)
肩にのしかかった責任は重かったが――不思議と心地よかった。