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勇者の進撃

「ノーマン! 目ぇぇぇ覚ませ!」


 かけ声一発、わたしは思いっきりノーマンの頬を殴りつける。

 ノーマンが数歩よろめいた。


「いって……」

「回復魔法かけてあげようか?」

「いや、いらない」


 ノーマンが笑った。彼らしい強い笑い方だった。


「あー、目が覚めた。行ってくる」

「いってらっしゃい。大丈夫?」

「勇者は――姫さまを救うって決まってるだろ?」

「ええ、そうね」


 ノーマンの目に、もう迷いはなかった。


 そう――その目だ。


 勇者になる前から変わらない。自分のできる限りのことをする。救えるものはみんな救う。救えないものだって救ってみせる。


 そんな勇者にふさわしい目。

 昔から変わらないノーマンの目。

 わたしが好きになった目。


「ノーマン、姫さまはさっきの執務室のあった建物、その最上階の南にある大聖堂にいる。わかりにくかったら巨大蜘蛛の行き先を目指しなさい。そこに姫さまがいる」

「わかった。行ってくる」

「姫さまを頼んだわよ」

「任せろ」


 ノーマンは風のような速さで部屋を飛び出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ノーマンは部屋を飛び出した。

 その速度は――常人を超えている。勇者に付与されたスキルによって、その身体能力ははるかに高められていた。


 疾走。

 一陣の風のごとく。


 ノーマンの突き進む先に影が見えた。廊下で騎士たちとレッサーデーモンが対峙している。


 ノーマンは背中に担いだ宝剣デュランダルに手をかけ――

 すれ違いざまに一閃。


 一刀で切り伏せられ、レッサーデーモンは灰となって消えた。


 あまりの速さに、騎士たちはすべてが終わってから、何事かが起こったことに気づいた。

 振り返り、急速に離れる背中を見てようやく何が起こったかを確信する。


「勇者! 勇者さまだ!」


 圧倒的な力を持つ――

 救世主の降臨。


 現れるレッサーデーモンを次々にノーマンは切り捨てていく。

 足は止まらない。

 

 すれ違った瞬間、魔族は灰へと変わる。


 空間を切り裂くかのような勇者の進撃スピードにあわせて、その狂喜にも似たかけ声が城内へと広がっていく。


「勇者さまが来たぞ!」

「勇者さまだ! 勝てるぞ!」


 ノーマンは中庭に面した廊下に飛び出した。


 巨大蜘蛛が張り付いていたであろう向こう側の建物には、打ち込まれた爪の跡が転々と続いている。

 だが、蜘蛛も魔族もそこにはいなかった。


 すでに最上階の壁が破壊され――蜘蛛は建物に侵入していた。いや、それどころか――

 すでに大聖堂のドアすらぶち破り、半身を中へと押し込んでいる。


「ゆっくりしている暇はないな」


 だが、いまだノーマンは同じ建物にすらいない。


 違う建物にいて、ここから下に降りて中庭を突っ切り、上へとのぼっていく。どれほどの時間がかかるだろうか。

 状況は一秒を争う。


 ノーマンに介入する手段はない――

 普通ならば。


 その普通を超克するからこその、勇者。


「行くぞ!」


 ノーマンは廊下から外へと飛び出し、そのまま『外壁』を走った。

 そう、壁を走った。


 ノーマンの速度は垂直に切り立つ外壁すら駆け上る。一気に壁を駆け上り、こちら側の建物の最上階へと到達した。

 目指すは向こう側の建物――最上階の大聖堂。


 大聖堂の窓にノーマンは狙いを定めた。

 一瞬だけ足を止め、同時、両膝を屈伸させる。


 距離は三〇メートル。

 問題はない。

 ノーマンは壁を蹴った。


「行っけええええええええええええええええええ!」


 矢のような速度で一直線に大聖堂の窓へと飛行する。


 窓の割れる音。

 同時、ノーマンは大聖堂へと身体ごと飛び込んだ。


 大聖堂奥で身をこわばらせるクラウディアと、彼女を守るように立つシスターたち。その前に立ちはだかる巨大蜘蛛と魔族。

 巨大蜘蛛の太い脚の爪が今まさにクラウディアに振り下ろされるところだった。

 あと数秒で――クラウディアの命は絶たれる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ノーマンは絶叫した。

 背中の剣を引き抜き、そのままの勢いで蜘蛛の振り上げた脚を一撃で切り飛ばす。


 甲高い蜘蛛の悲鳴。


 ノーマンは大聖堂の長机を吹っ飛ばしながらも着地した。


「ゆ、勇者さま!」


 クラウディアが歓喜の声を上げる。地獄の底で天使に出会ったかのような、そんな希望に満ちた声。


「すいません、姫さま――ちょっと寝てました」

「目は覚めましたか?」

「ええ。サーシャのやつが。手痛く起こしてくれましたから」


 ノーマンが左頬をひと撫でする。

 そんな仕草がおかしかったのかクラウディアが小さく笑った。


「やっぱりサーシャさんがいると頼もしいですね」

「あいつはなんだかんだで世話焼きですからね。昔から」

「やあやあ、お初にお目にかかる。あなたが勇者かな?」


 そう言って割り込んできたのは、蜘蛛の横に立っていた魔族だ。

 青白い顔に歪んだ笑みを浮かべて立っている。


「私の名前はルガイア。あなたたちの尺度で言うなら、上級魔族となる。どうぞ――怯えて恐れて、かかってくるといい」

「そうかい?」


 ノーマンは軽く流す。胸の中はとても軽かった。怯えも恐れもこれっぽっちも存在しない。

 死ぬ気も負ける気もまったくなかった。


 ルガイアが唇をがめる。


「その余裕……絶望に変わる瞬間が楽しみだ。さあ、いけ!」


 蜘蛛が猛然とノーマンに襲いかかる。大聖堂の長机を蹴散らし砕きながら猛進する。

 牛ほどもある巨大な脚がノーマンに降り注いだ。


「ノーマンさま!」


 クラウディアの悲鳴が響く。

 同時、蜘蛛の爪がノーマンの立っていた場所を刺し貫いた。床の石は割れ砕き、大穴がうがたれている。


「ははあ! このルガイアが! 勇者を! 勇者をやったぞ! お褒めください、魔王さま!」


 ルガイアの歓喜の声が響く。

 だがそこにノーマンの死骸はなかった。


「……遅いぜ」


 すでにノーマンは蜘蛛の背後へと回り込んでいた。

 右手には抜き身の剣を持っている。

 直後――

 肉のずれる音ともに蜘蛛の身体がばらばらになった。蜘蛛の身体は床に崩れ落ちると同時、灰となって消え去る。


「な――!」


 ルガイアが驚愕した。


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