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聖女と、彼女が恋する勇者と

 そこは薄暗いトンネルだった。

 シスター服を着た少女――わたしが規則的な足音を立てながら石造りの通路を歩いていく。歴史ある王城だけあって、古びた香りがわたしの鼻孔をくすぐった。


 長く歩いて、ようやくわたしは通路を抜ける。


 視界が開けた。

 きらりとした太陽の輝きを見てわたしは目を細めた。春の心地よい風がわたしの頬を撫でる。


(間に合ったか……)


 わたしはほっと胸をなで下ろした。

 わたしの視線の先に広がるのは、王城の端っこにあるちょっとした広場。

 そこに二人の男が立っている。

 心地よい気候からはほど遠い、ぴりっとした緊迫感を漂わせて。


 あー……この空気。言ってみたい。


「やめて! わたしのために争うのはやめて!」


 ……冗談冗談! って言ってもダメだな。きっと石が飛んでくる。

 はい。余計なことはしません。観客に徹します。


「見せてもらおうかな、勇者の実力を」


 一方の全身を金属鎧で固めた優男が言った。年は二〇後半くらいだろうか。

 背筋がぴんと伸びたたたずまいは美しいが、へらっとした表情が不真面目な印象を与える。

 だが、彼の実力を疑うものはいないだろう。

 彼の名は風の騎士ヴィーガス。王国最強の四騎士のひとりなのだ。


「お手柔らかに頼みますよ」


 答えたのは黒髪黒目、中肉中背でこれといった特徴のない少年。年はわたしと同じ一五歳。名をノーマンという。

 わたしの幼なじみである。

 彼とわたしは同じ孤児院で育ち、それこそミルクしか飲めず自力で寝返りもできない頃から一緒に育った。

 完全武装のヴィーガスさんに対し、ノーマンは平服のまま剣だけ持っている。立ち姿まで美しいヴィーガスさんに比べるとぼやっとしてだらしがない。


 ま、仕方がないのだが。

 だってノーマン、剣の修行とかしたことないからね。


 孤児院育ちで剣のシロウトの平民がなにゆえに王国のエリート騎士とわたりあうのか?


 理由はたったひとつ。

 ノーマンが勇者だからだ。


 神より魔王討伐の任を与えられ、ノーマンは勇者となった。

 伝説によればその力は一騎当千。魔族との戦いで連戦連敗崖っぷち滅亡寸前の人類が引き当てた奇跡のカード。


 ノーマンはさっそく王城に呼び出されたわけだが――

 眉唾なのは事実である。


 勇者だと詐称さしょうし、王家をだまして金や地位をふんだくろうとしている悪いやつの可能性だってある。

 というわけで、王国最強の騎士がその腕を試すことになったのだ。


 伝説の勇者と風の騎士の一戦。


 この世紀の一戦の観客はわたし以外にもたくさんいる。騎士、貴族、政治家などなど。城内の暇な連中が目撃者になろうとあちこちから視線を送っている。


 いろいろな視線があるが――

 その多くがわたしたちに好意的ではない。


 ま、そうだろう。

 血統書付きの貴族さまからすれば孤児院育ちのわたしたちなんて雑種の上に捨て犬なのだから。


 でもね。

 だからこそ燃えるのだ!


 ぎゅっとわたしは手を握る。


 確かにこちとらキャベツ畑生まれ、聖ルミナス孤児院育ちなわけですよ。だけど、そういうのを負い目に感じたくないわけで。

 意味もなくへりくだるのは嫌なんです。


 というわけで、ルミナス魂を見せたろかいと。

 王国勤めがなんぼのもんじゃいと。

 わたしたちの背中にはわたしたちを育ててくれた一〇〇人のシスターがいるのです。言い過ぎた。一〇〇人もいない。

 ともかく、わたしなんぞはそう思うわけであります。


 わたしは小声でぼそっとつぶやいた。


「がんばれ、ノーマン」


 戦いが始まった。


 初動は静のノーマン、動のヴィーガスさんとなった。

 動かないノーマンをヴィーガスさんが攻めて攻めて攻めまくる。

 シロウト目に見てもヴィーガスさんの動きは金属鎧を着ているとは思えないほどに速く、攻撃は的確だ。さすがに王国最強の名は伊達ではない。


「ううおおおお! いけぇ! 風の騎士!」

「ぶっ飛ばして偽物だって証明してやれ!」


 衛兵や騎士たちからやんややんやと声援が飛ぶ。当たり前だが全部が全部ヴィーガスさんへの声援。完全にアウェーだ。

 だが、ノーマンはどこ吹く風。

 こちらも素早い動きでヴィーガスさんの攻撃をいなしていく。


 ……すげーな。


 ノーマンの動きは洗練からほど遠い。シロウトが頑張ってどたばた戦っている――そんな感じだ。だが、それでも剣術を極めたヴィーガスさんの攻撃をかわし続けている。


 素のステータスだけで極限までに開いた技量の差を埋めてしまっている。

 それほどまでの身体能力の向上。

 それが勇者に与えられた力なのだろう。


 さて。

 そろそろこう思われる頃だろうか。ノーマンが何者かわかったけど、べらべら喋っているお前は誰なんだよ、と。


 というわけで二人の戦いが膠着状態の間にわたしの自己紹介をしておこう。


 わたしの名前はサーシャ。ノーマンと同じ時期に神から聖女に任命された一五歳の少女である。

 男のノーマンと変わらない長身で、胸は大きく腰はくびれ脚はすらりと長い。厚ぼったい唇がとてもセクシーな美女だ。二人の戦いを見ている政治家のおっさんたちがちらちらとわたしを見てくるのも仕方がない。きっとわたしを愛人にしたいのだろう。

 罪作りな女ね、わたし。

 聖女なのに。

 おっさんたちのこそこそした話し声が耳に入ってきた。


「聖女だからどんな美人かと思ったが……子供?」

「背がちんちくりんだな……一五〇あるのかな?」

「顔、薄!」

「胸がない……板?」

「聖女っていうか、石碑だな」

「しっ! 聞こえるぞ!」


 ……ていうか、聞こえるように言ってるだろ、こら。

 え? さっきの自己紹介と違うんじゃないかって? ちょっと何言ってるかわからないかな……。

 ち、違うの。政治家ってほら、みんなぼーんきゅっぼーんな愛人を囲ってるじゃない? 孤児院のシスターが読んでいた三文ロマンス小説に書いてたけど。さすがのわたしでも金で物を言わせてゲットしたスーパー美女にはかわないわけ。彼らの目が肥えすぎてるの。さすがにね、さすがのわたしでもね、ちょびっとは劣るわけ。ちょびっとだけね?

 ……あの賄賂もらってそうな政治家どもに天罰落ちないかなー。


 なんて無駄な思索をしている間に戦局が動いた。


「ヴィーガスさん。俺、攻撃しますね」


 ノーマンが言った。


「ちゃんと防いでくださいよ」


 ヴィーガスさん目がけてノーマンがぶんと剣を振る。

 鼓膜を突き破るような、バカみたいに大きな金属音が響き渡った。


 おお、と観衆がどよめく。


 それもそのはず、剣で受け止めたヴィーガスさんの身体がぽーんと後ろに吹っ飛んだのだから。

 ヴィーガスさんは地面に転がりこそしなかったが、後ろ歩きにたたらを踏んでなんとかバランスを保つ。

 大きく息を吐いてからヴィーガスさんがつぶやいた。


「……冗談だろ……」


 ヴィーガスさんは剣から離した手をぷらぷらと振っている。痺れて自由がきかないのだろう。

 ノーマンがじっとヴィーガスさんを見た。


「まだやりますか?」

「まさか。降参するよ。いや、強いね。同じ人間とは思いたくない」


 あっさりとヴィーガスさんが負けを認めた。

 観衆たちの口から動揺がこぼれ落ちる。


「そ、そんな風の騎士が負けるなんて……!」

「王国最強なんだぞ、ヴィーガスさんは!?」

「じゃあ、あいつはやっぱり本物の勇者なのか……」


 そんな声がぼそぼそぼそぼそと。


 ふふん。

 どやぁ!


 わたしは『惚れ惚れとした』気持ちでノーマンを見つめた。

 これは言葉の綾ではない。

 言葉の通り、わたしはこの男が好きだったりする。

 LikeではなくLoveという意味で。


 覚えておいてほしいのでもう一度言っておくが――

 わたしサーシャはノーマンが昔から好きなのだ。


 正直、顔も普通だし気もきかない男だ。人並み以上にあるのは力仕事をもりもり手伝って鍛えた筋肉くらい。冴えない田舎者みたいな男なのだが、これが腐れ縁の怖いところ。縁が腐っちゃうと愛情になるのだろうか。


 ノーマンがわたしをどう思っているかは知らないけれど。

 告白待ちなんですけどねえ……。

 いつ気づいてくれますか、ノーマンさん?


 ヴィーガスさんがノーマンに手を差し出した。


「ようこそ、我らが城へ。勇者ノーマン。歓迎するよ」


 幼なじみが王国最高の騎士と握手をかわす。

 よかったね、ノーマン。

 わたしは胸に心地よいものを感じながら、惚れた男の晴れ姿を瞳に映した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ヴィーガスさんとの戦いが終わった後、わたしたちは許可をもらって姫さまに謁見した。


「この国を――いえ、この世界をお頼みします。勇者さま」


 その言葉とともに謁見は終わり、わたしたちは割り当てられた部屋へと戻った。


「あー、疲れたー」


 わたしは頭のベールを外すと、シスター服のままベッドに倒れ込んだ。本当はシスター服も脱ぎたかったのだが、どうやら王宮は『勇者と聖女の歓迎会モード』に突入しているらしく、まだまだイベントが目白押しだった。

 いや、そういうのいいから、というのが本音だが、大人の世界はいろいろあるのだ。

 次のイベントまでの短い時間、わたしたちは割り当てられた部屋で休むことにした。


 わたしたち――そう、わたしたちである。


 ノーマンも同じ部屋に戻ってきて、隣のベッドの上に腰掛けている。こちらは王宮から支給された礼服をきっちりと着たままだ。


 つまり、わたしたちは男女で同室だった。


 王家の名誉のために言っておくと、彼らにデリカシーが欠けているわけではない。

 王家はわたしたちに別々の部屋を用意していた。


 断ったのはわたしたち、正確にはわたしだ。


 一二歳になるまで孤児院では大広間で雑魚寝である。そして、ノーマンとは言葉がしゃべれない頃からの腐れ縁なのだ。今さら男女だから別々の部屋で寝ようね♪ などというかまととぶった話をする仲でもない。

 離れているほうが不便だし――


 というのはすべて口実にすぎないのだけど。


 わたしは単純にノーマンの隣にいたかったのだ。

 そう、わたしはノーマンのことが好きだからだ。

 好きな男と、同室。

 ぐへへへ……。


 そんなわたしの下心を無意識に感じ取ったのか、部屋を割り当てるとき王宮のメイド長は困った顔でこう言った。


「しかし、サーシャさま。何か間違いでもあれば……」

「いえ、大丈夫です」


 鏡の前でさんざん練習した『聖女的な笑み』を浮かべてわたしはこう答えた。


「わたしは聖女です。間違いはありません」


 さて。

 このハイコンテキストな会話の解説をしよう。


 彼らの心配は、もちろん男女の関係的な話である。わたしとノーマンは結婚していないし、今のところ恋人同士でもないので確かによろしくない。

 だが今回の場合――よろしくないにはもうひとつの意味がある。


 それはわたしが聖女であることだ。


 聖女である条件は『清らかな乙女』であること。つまり、男性と関係を持った場合、わたしの聖女としての力はきれいさっぱり消えてしまうのだ。

 王宮が心配しているのはもちろんこっちだ。


 わたしと勇者がうっかり燃え上がって――的な。

 魔王軍との戦いで連戦連敗崖っぷちの状態で、ようやく神さまからもらった勇者と聖女カード。しょーもないことで失いたくない気持ちはわかる。

 なので、わたしは万が一にも過ちはありませんよだってわたしは聖女ですからねうふふふふ、と言って否定したのだ。


 まあ、本当のところは――

 わたしは過ちがあってもいいと思うし、少しばかり期待していたりもするのだが。


 だって、ノーマンが好きだから。

 もちろん、わたしのほうからノーマンを襲ったりなんてできない。だってわたしは聖女で――その責任があるから。

 でももしもノーマンのほうから夜這いをかけてきて、


「お、お前のことが好きなんだ、サーシャ……」


 なんて言ってきたらもうちょっと、きゃー! である。もちろん助けを呼ぶ悲鳴ではない。

 興奮を、胸のときめきを――我慢できる自信がない。


 ごめん、神さま。

 ごめん、世界。

 わたしは愛に生きます。


 なんてちょっぴりどきどきしながら思ったりもするが、ないな。だってあいつ、昔からわたしのこと畑に立てられたかかし程度にしか思っていないしな。わたしと育ててくれたシスターどっちが好き? って聞いたら絶対にシスターって言うだろうしな。なんで? って聞いたら、お前は口うるさいけどシスターは優しいからとか答えるだろう。確かに反論できない事実なのだが。


 というわけで、何も起きません。

 腐れ縁の男と女が雑魚寝しているだけです。


 ありがとう、神さま。

 よかったね、世界。

 わたしは仕事に生きます。


 とはいえ、この時点までわたしは0.1%くらいの可能性を頭に残していた。それくらいの妄想くらいいいじゃないか。こちとら聖女として節制してるんじゃい。


 だけど――

 その0.1%も打ち砕かれるなんて、思ってもいなかった。


「なー、あのさ、サーシャ」

「なによ」

「俺さ、姫さまに恋しちゃったかも」


 ふーん、恋ねー。

 やるぅー、大人じゃーん、ノーマンくーん。

 って――


「はあ!?」


 姫さまに、恋しちゃったかも。

 びっくりな言葉である。なぜびっくりかというと姫さまと会っていたのは一〇分くらいだからだ。


 一〇分って。

 なぜ一〇分の出会いから恋が始まるのだ。おかしいだろ。


 どうしてノーマンがそんなことを言い出したのか。

 わたしは謁見の間でのことを思い出すことにした。

 わりと必死に。


 だって――

 わたしの恋がクライシスじゃないですか、これ!?


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