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Stahl Felswand  作者: Wf.Neuwerk/Strias-Enou.5.2
Kapitel Eins - Überleben
2/2

Folge 2 : Erwachen







 (やわ)く吹き抜く風。


 風に(そよ)ぐ木々の緑。


 緑を()き分け差し込む光。


 光を受けた草々の(しずく)(きら)めく土。


 (こずえ)(たたず)(さえず)る鳥々。



 草木が広在する此地(ここ)では、(わず)かな音だけが反響し、時間の流れさえ緩伸(かんしん)である。大凡(おおよそ)、社会から隔絶(かくぜつ)されたといえる空間で、其処(そこ)に巣くう生命は皆、各々の現在を謳歌(おうか)しているようだ。花は唄い、草は(おど)るよう。小さきもの達もその生を(まっと)うしている。そんな空気に()てられて、()したる者は目覚める。







——..........


 重厚なる目瞼(まぶた)がゆっくりと開かれる。その眼は焦点を定めず、其処に在るが(まま)である。(やが)て眼が順応してくると、状況を確認する余力が出てくる。


——.......ここは、


 伏したる者、Jörg(イェルグ) Bergmann(バーグマン)は横になったまま何とか目線を動かすが、土枝の茶色と草葉の緑色が広がるのみである。


——.......森?


 Jörgは視た物を(つぶや)くのみであった。彼の視界は明瞭だ。そのことが彼の認識をより困惑させた。(かつ)て自分が居たはずの世界が此処にはなかったからだ。未知なる事拠に脳の理解は空転している。


 未だ夢見心地である。嗅ぎ慣れぬ青草の匂香、陽光を広受し、しかし冷然たる地面、其処に散咲する未見の草花......それら全ては非常であった。眼前が見慣れぬ情景で覆われてしまっている。脳が理解すべき事柄は、此処には余りに多い。そうして、五感を通じて否応なく侵入してくる多量の未知は激流を形成し、脳で洪水たる倒錯を引き起こした。処理可能な情報量を(いちじる)しく超過した結果、脳は理解の消化不良に陥ってしまった。思考回路は短絡し、正常な電気信号さえ泥流の彼方である。溺沈(できちん)した命令系統は、Jörgの起き上がる意志を伝達できない。そして、それらが疾呼(しっこ)する非常事態の警鐘(けいしょう)を、しかしJörgは認知できない。今の彼は、"分からないということ"さえ分からないという、正に倒錯する螺旋(らせん)浮墜(ふつい)であった。


 そして、記憶の欠落もこの事態に拍車を掛ける。今に至る前後の記憶がなく、自分が何故此処にいるかを理解できない。比較対象も、納得のできる一連もない。目覚めたらこうなのでは、(そもそ)も対処の仕様がない。死角からの想定外に太刀打(たちう)ちできるほど、彼は成立してはいないのである。果たして此処は夢か現実か。辛うじて動作する(わず)かばかりの思考は、本能的に現状からの逃避を試みた。

 ——本来の居床に繁茂する森緑は無いはずだ。岩と山が互存する黄土色の大地であったはずだ。眼前の光景は成立し得ない。ならば夢幻の類か?しかし、全身を沁走する事象はその悉くが痛烈に現実だ。ならばやはり現実なのか?しかし、此の光景は成立しない——脳は自らに語る。しかし、それは即座に千日手(せんにちて)となる。既に短絡された回路からは自力では抜け出せない。


 空漠(くうばく)たる現夢、茫茫(ぼうぼう)たる世界、縹緲(ひょうびょう)たる自己。彼を斉襲(せいしゅう)する余多(あまた)の不確実は、最早(もはや)彼の人格さえも圧壊しようとしていた。



 そして、その思考の濁流に、新たな一石が投じられる。





WUUUUUUUUFF!!!






 咆吼震響(ほうこうしんきょう)、けたたましい鳴き声が周囲を揺振する。その雄叫びは周囲の生命に逃動を促し、その(ほとん)どは逃走した。Jörgは、空気が急激に低冷し、風の表情さえ鋭寒となるを錯覚する。彼は死角からの突然に魂消(たまげ)てしまうのだが、その余りに強い衝撃は彼の脳内から全ての疑問を追放し、結果として彼は思考を獲得したのである。しかし、筋肉の緊張は依然(いぜん)解除されず、上体を起こすので限度であった。その状態で、Jörgは轟啼(ごうてい)の発生元を視上げる。



 其処には、見慣れぬ獣が一匹。



 獰猛(どうもう)な黄眼、鋭堅に反り返る牙、逆立つ濃灰色の毛並み、その旺々(おうおう)たる(たたず)まい——狼ともとれるその姿形は、しかしその(いず)れもが特異質を放っている。Jörgは、瞬時に眼前の猛獣が現世のものでないと確信し、数刻後の痛酷な未来を予知した。


 ——逃げ、なければ。


 Jörgは行動を試みた。しかし、筋肉の緊縮は未だ快復する気配を見せない。動けない。その事実が、彼を一層と強張(こわば)らせる。全身を悪寒が駆け巡り、Jörgはいよいよ自らの絶命を実感した。猛獣はJörgを鋭く睨視する。


WRRRRR....


 猛獣は鈍く唸っている。そして、それはゆっくりと接近してきた。全身を走る悍慄(かんりつ)にして、Jörgは最早(もはや)神に祈る事しかできなかった。


——万夫不当(ばんぷふとう)たる神よ、、私は、我が生命を、絶する窮地におります、、我が四肢は、恐怖に迫害され、我が思考は、平然を、失っております、、神よ、私を、この危機から、お救い下さい、、神の威光によって、この災いを、お(はら)い下さい、、私が、以前の平穏を、取り戻せるよう、お導き下さい、、


 (およ)そ祈りと呼ぶには滅裂(めつれつ)であった。全身は震え、しかし手は固く結び、涙し、嗚咽(おえつ)を吐きながら祈りを捧げていた。目を瞑り、震えた声で(きた)る瞬間に備えることしか出来なかった。


 猛獣は依然唸りながら、その間合いを狭めている。


 ——主、Jesus(イエス) Christus(キリスト)の、御名に、依って祈ります、





 祈りは届かず。猛獣は四肢で地面を強烈に叩き、Jörgに向け跳躍した。眼前の生命をを噛砕せんと開口する様は、底見えぬ人呑み渦流の様相を(てい)する。血走る鋭眼は大きく見開かれた。死を覚悟したJörgは事の顛末(てんまつ)神託(しんたく)し、叫んだ。











 ——Amen(アーメン)!!!













 血肉引き裂かれんとするその時、Jörgの予想だにし得なかった事象が発現した。

 そしてこれは、(いず)邂逅(かいこう)するであろう宿命に抗斥(こうきん)する"1"と成り得るものであり、これは(ただ)の序章に過ぎない。
























 1つの運命が、天解する。


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