第二糞
あれから一週間がたち、「stool池谷」というニックネームもすっかり定着した。因みにストゥールとは英語で大便を意味している。とてもオシャレだ。
「くそぉ……くそぉ……俺じゃないのに……俺じゃないのにぃ!」
和人は恨み節を唱えながら便所飯を決め込んでいると、ふと外に人の気配を感じた。なぜ便所の個室にこもっているはずの和人が、便所の外の気配を感じ取れたのか。それは、あれ以来他人の一挙手一投足に敏感になってしまったからだった。
今だって、なるべく人が来ない穴場の便所を使っている。掃除も行き届いていなく、臭い。
和人は弁当をかっ食らうと、偽装のために髪を整えながら便所を出た。まさか大便をしているなどど思われてはいけない。
そして、さりげなく周囲をうかがう。
すると、物陰からこちらを覗いているやつを見つけた。しかし、見つからないようにしている訳ではないのか、そこから動こうとしない。
(あれは……佐藤さん?)
それはクラスメイトの佐藤さん(女)だった。
最近、誰かに見張られているような気配を感じていたが、それは彼女だったのかもしれない。
(何のために? スパイ? それともパパラッチか? いや、これは……)
とにかく、触らぬ神に祟りなしだ。なるべく自然にやり過ごすことにした。
「あーつらいわー梅雨だから髪型決まんなくてまじつらいわー」
完璧だ。
そう思って佐藤さんの前を通り過ぎると、彼女に動きがあった。
(つけてくる……だと!?)
試しに歩くスピードを変えてみるが、彼女は機械のように誤差なくつけてくる。和人は思考する。
(最近の気配、監視、尾行……まさか!)
もう、疑う余地もない。これは。彼女は。
(俺のことが好きなんだ!)
和人は己の推理力に酔いしれた。
(どこだ、どこでフラグが立った!? ……いや、そんなことはどうでもいい。地味だと思っていたがよく見れば可愛いじゃないか。愛しの楠さんに嫌われてしまった今、このフラグを回収しない手はないはずだ)
後ろをチラ見すると、彼女はブラウスの内ポケットに手を忍ばせている。
(ラブレターか? 古風だな。だが、そこがいい!)
和人は立ち止まり、思い切って振り返った。
「佐藤さん」
突然声をかけられ驚いている佐藤さんに向かって、和人は言い放った。最高の決めポーズとともに。
「俺は、全然OKだよ」
決まった。これは完全に決まった。全米がそう確信し、彼女の言葉を待った。
「あ、あの……大丈夫ならいいんだけど。でもやっぱり心配で……」
(心配?この期に及んで何の心配があるというんだ?)
「あ、あの……これ!」
「これは?」
佐藤さんが内ポケットから取り出し、手渡してきた物を見ると、それは手のひらサイズの箱だった。パッケージには「つらい便秘に」と書かれている。
「そ、その……便秘薬なんだけど、私も、そうだから……が、頑張って!」
佐藤さんはポニーテールを揺らしながら走り去っていった。
和人は便秘薬を見つめながらそっとつぶやいた。
「佐藤さん、便秘だったんだ」
気づけば、憂鬱な梅雨の空に小さな晴れ間が覗いていた。