大きな先生の存在
2人の手当は、先生が手際よくこなしてくれた。
流石は沢山の子供を育てている先生だよ、怪我の手当はお手の物か。
でも、怪我の手当が終わったからと言っても、2人が辛いのは変わらん
肉体的にも、精神的にもだ。
「ひとまず手当は終わりましたが…ですが、打撲ですし
急いでお医者様の所へ連れていった方が良いですね」
「そうですね、悪化したら大変ですし」
「…ウィングちゃんとフランちゃん、大丈夫だと良いけど」
かなり思いっきり蹴られていたし、かなり辛そうだよな。
「あ…だ、大丈夫、だよ…えへへ、心配掛けてごめんね」
俺達の会話が聞えたのか、ウィングが少しだけ目を開けて
こちらを心配させまいと話しかけてきているが
大丈夫そうには見えないんだよな。
「そんな弱々しい声じゃ、嘘だってバレバレだろ」
「だ、大丈夫だから…心配しないでよ」
「……はぁ、酷くなったら不味いんだから」
「大丈夫だって、酷くはならない
それにね、私、少しでも長くここにいたいの」
「わがままを」
「お願い……もう少し、後、1時間でも」
結構長いな、こう言うときって大体5分とかなのに。
「…ねぇ、リオちゃん、もう少しだけ…私からもお願いしても良いかな?」
「何でだよ」
「だって、ウィングちゃんがまだ居たいって言うんだから
こう言う時はウィングちゃんのお願いを聞いてあげるべきだよ
それに、私だってまだ一緒にいたいし」
「…トラは?」
「私も良いとは思うけど、でも、辛いのはウィングとフランだよ?」
「私は、大丈夫…でも、お姉ちゃんは」
「…大丈夫、ウィングの方が酷いから、私はこれ位慣れてる」
「……じゃあ」
はぁ、まぁ、2人が良いと言うなら、願いを聞いてやろう。
きっとまだこの場所で暖かさに触れていたいんだろう。
実の親にあんな事をされた後だ、そりゃあ、暖かさに触れたいよな。
「分かった、1時間だ、1時間はここにいよう、でも、1時間経ったら
すぐに城に戻って手当てして貰う、これで良いか?」
「うん、ありがとう、リオちゃん」
「まぁ、先生に許可を貰わないと何にも出来ないけど」
「…良いですよ、許可します、心配ですけどこの子がその方が良いと言うならね」
「ありがとう…先生」
ウィングの珍しいわがまま、先生も聞いた方が良いと
そう思ったのだろう、心配ではあるがな。
「先生! 先生! お客さんはどうしたの!?」
俺達がウィングの心配をしていると、小さな子供達がやってきた。
俺達がここにお世話になってる時の後輩みたいな子だ。
そうか、もう5歳くらいか、うん、何だか成長を感じる。
「あ、あぁ! お、お姉ちゃん達じゃん!」
「久し振りだね、2年ぶりくらい? 元気だった?」
「お、おぉ! これは、皆を呼ぶしか無い! でも、1つ良い?
なんでウィングお姉ちゃんは寝てるの? 怪我したの?」
「はい、実はウィングちゃんは…その、派手に転けてしまって」
ここで嘘をついたのは多分、あの子に心配を掛けたくないからだろう。
「先生みたいに?」
「先生よりも酷く派手に転けたんですよ」
「へぇ…それじゃあ、隣の子は?」
「ウィングちゃんのお姉さんです」
「え!? でも、私達と同じくらいに見える…あ、そ、そう言えば
お姉ちゃん達も何だか私と同じくらいに見えるんだけど?
もしかして、成長遅いの? 2年前と同じ風に見えるけど」
「それが分からないんだよね、全然大きくならないんだ
本当なら7歳くらいなのに、身長が一切変わらなくて困ってるの」
そうだよな、実際ならもうちょっと背が伸びてもおかしくないのに
身長の変化は無いに等しい…訳が分からないな、面倒だ。
このままじゃ、ちょっと高いところにある物を取るにもよじ登るか
アルルとかを呼んで取って貰わなきゃならないし。
面倒なんだよなぁ、そう言う作業、速く背が高くなんねぇかなぁ。
「不思議ですね、ちゃんとご飯を食べていますか?」
「食べてるよ、ちゃんとさ」
美味しいからな、結構…うん、あいつが作る料理だと考えると
何か入れてるんじゃ無いか? とか、疑っちまうけど
そう言う事は一切なかったし、まぁ、大丈夫だろう。
「なのに大きくならない、不思議ですね」
「何でだろう?」
「…さぁな」
うーん、分からないな、そう言えば、メア姫はちゃんと成長してたっけ
だから、この世界では成長が遅い、と言うわけでは無いと言うのは分かる。
なのに、俺達は成長していないんだよな、不思議なことに。
あ、もしかして、魔法使えるからかもしれない、確か向こうでアルルが言ってた
魔法を使える子は生理が速いだとかなんだとか…いかん、嫌な事思い出した。
「へぇ、まぁ、なんだっていいや、お姉ちゃん達! 遊ぼ!」
「お、お前が聞いてきたから色々と考えて!」
「難しい話しになったから良いの! ほら、遊ぼ!
おままごとしよう、おままごと!」
「おぉ、良いね!」
「じゃあ、ウィング姉ちゃんは病気で寝てるお嫁さん!
リオ姉ちゃんはウィングお姉ちゃんの旦那さん!
トラ姉ちゃんととフレイ姉ちゃんの2人は娘さん!
私は妹に変な感情を抱いてるお兄ちゃん役!
えっと、フランお姉ちゃんは、ウィングお姉ちゃんの
お姉さんだし、病気の心配をしているウィングお姉ちゃんの
お姉ちゃんって感じで、あ、皆も呼ぼう!」
「もうすでに色々とごちゃごちゃなのに、更にごっちゃにするのかよ」
「複雑に絡み合った人間関係って奴だね! なんか聞いた気がする!」
「何処でそんな言葉を覚えたんだよ、お前は」
しかし、怪我してるウィングとフランまで巻込もうとするとは。
でも、2人とも嫌とは言ってないし、悪い気分じゃ無いのだろう。
だったら、まぁ、俺も大人しく参加するとしよう、その方が良いだろう。
「で、どんな内容でやるんだよ」
「えっとね、まずウィングお姉ちゃんが寝ているところに
私達全員が向って、頑張ってって応援するの、で」
自分が頭に思い描いていることをペラペラと話し出した。
こいつの頭の中ではもうすでにどのように話を進めていくかが
完全に決まっていて、俺達参加者にはその物語を変えられない
そんな気がするな、まぁ、話を聞いてる周りは嬉しそうだったし。
別に何も言わなくて良いかな、結局最後はウィングが助かったし。
流石にこの状況で死んじゃった、とかは不吉すぎて洒落にならない。
まぁ、そこそこ楽しめたよ、心なしかウィングも元気になったし。
「さて、それじゃあ、さっさと城に連れ帰るよ」
「はい、気を付けてくださいね、あ、そうだ
ちょっと孤児院の皆で色々と作った物を渡しますね、はい」
先生は袋から可愛らしい動物が刺繍されているハンカチを出した。
「はい、このトラさんの刺繍は当然トラちゃんのです」
「ありがとう、嬉しいよ」
トラが渡されたハンカチに書いてあるトラの刺繍はかなり汚かった。
それでも、ちゃんとトラだと分かるし、少し愛らしい。
多分、孤児院の子供達が作ってくれた物だろう。
「で、このウサギちゃんはウィングちゃん」
「ありがとう、先生」
ウィングに渡されたウサギも所々失敗している。
それでもやっぱりちゃんとウサギになってるし
何よりも温かい気持ちになった。
機械的な刺繍とは違う、個性的な刺繍
どんだけ不格好でも、気持ちがこもっている物は嬉しい。
「で、この猫ちゃんはフレイちゃん」
「おぉ! 可愛い!」
フレイに渡された猫は片耳が垂れていて
所々違和感がある、だけど、これもかなり良い出来だ。
さて、この流れだと次は俺だな、どんな動物か楽しみだ。
「で、このワンちゃんの刺繍はリオちゃんに」
……なんで犬? え? なんで犬? やっぱり犬なの?
いや、予想はしてた、少しそんな予感はしてた。
でも……い、犬、犬かぁ。
「えっと先生? 俺って犬苦手だって何度も言いましたよね?」
「ですが、リオちゃんがワンちゃんの散歩をしていたって話を
子供達から聞きましたよ? やっぱり好きなんですよね?
ほら、いやよいやよも好きの内と言いますし」
「散歩してた犬が特殊なだけで、犬全体は苦手です
それに、まだ特殊な犬ですら苦手なんですけど」
「ですが、その子と楽しそうに戯れていたと」
「多分それ、襲われていたの間違いです」
散歩をしていたときにナナと楽しそうに戯れてはいない。
完全にビビってたのは覚えてるけど、戯れはしていない。
ただ不意にこっちに来たナナに押し倒されたのは覚えてる。
多分その所を見て、楽しそうにしてると勘違いしたんだろう。
実際はかなり焦りながら急いで引き剥がそうとしたけど
全然剥がれないでペロペロと舐められたんだよな。
……地獄だった、やっぱり犬の散歩は嫌だな。
でも、飼うと決めたのは俺だ、だから、やることやらないとな
そうじゃないと無責任だろ…恩犬でもあるしなぁ。
「ワンちゃんに襲われるって、何したんですか? 尻尾を踏んだとか?」
「ナナちゃんはリオちゃんの事大好きでいっつも飛びついてるんだよ
でも、リオちゃんはナナちゃんのことが苦手で
必死に剥がそうとするんだけど、リオちゃん力無いから引きはがせないで
ナナちゃんはリオちゃんが喜んでるって思ってペロペロ舐めてるの」
「戯れているだけじゃ無いですか、想像しただけでもほっくりします」
「当事者の俺は恐怖でしか無いんですけどね…それ」
かなり苦手な動物が何度も飛びかかってきて、頬を舐めてくるとか怖い
それを止めようにも、力が無いからどうしようも出来ず
ただ一方的に舐められるという地獄と言うね…はは。
「でも、捨てたりはしないのですね、苦手なのに」
「そんな真似しませんよ、1度飼うと決めた以上、どんだけ怖くても
責任持って最後まで一緒にいてやりますよ、捨てるのは無責任すぎる
そんな事をするくらいなら、はなから飼わなきゃ良いのに
本当に捨てる人ってあれですよね、命の尊さがまるで分かってない!
多分食事でも感謝の気持ちとか無いでしょうね
本当にそう言う大人にはなりたくないと!」
「やはり優しいですね、リオちゃんは」
「や、優しくはありませんよ」
「リオちゃんがそんな風に成長してくれて良かったです」
「……」
あぁ、ま、そうだな、最初の頃に俺は食い物粗末にしてたしな。
折角出て来た飯も不味いから食べたくないとか言ってた時期もあった。
その度に先生に怒られて、頭を叩かれて理不尽に感じてた。
でも、そんな生活を続けている内に俺は変わった。
ちゃんと食事は食べるし、苦手な物だって食べる様になった。
それがだんだんと当たり前だと感じてきた、実際当たり前だ
でも、その当たり前が出来ない人は多い、素直に感謝してるよ。
「本当に感謝してますよ、先生、俺を変えてくれて」
「ふふ、確かに私はお手伝いをしましたね、でも、良いですか?
変われたのはリオちゃん自身の力ですよ
私はただきっかけを与えただけなんですよ、そこから変われた
それはあなたに優しい心があったからですよ」
「でも、きっかけが無いと変われなかった、だから、感謝してます
ありがとうございます、先生、俺に変わるチャンスをくれて」
このチャンスが無ければ、俺は…多分人を殺すことに
ここまでの躊躇いを抱かなかったかもしれない
ただの殺人鬼になってたかもしれない。
もしかしたら、殺すことに喜びを覚えるクソ野郎になってたかもな
もしくは、周りに流されて、自分の考えも持てなくなってたか。
どちらにせよ、想像もしたくない最悪な自分だ。
「本当に感謝してます、それに、先生が居なかったら
多分ここにいる俺達全員、死んでますから」
先生が居なけりゃ、俺達は他人だっただろう。
他人なら、全力で守ることは無い、だから、2度目の戦争の時
俺達が他人なら恐らくトラ、シルバー、ウィング、メルトは死んでいた。
きっと殺すことが当然だと考えてしまっていたであろう俺の手で
恐らくはマルも死ぬし、マルの母親のハルさんも死んでいた。
そうなりゃ、アルルの説得での協力要請が出来ないから
俺の救助のためにアルルは死亡、俺もほぼ間違いなく俺も死んでいた
いや、もしかしたら死んでは無かったかも、ただ捕まって
フランの傀儡にされていただろうな。
そうなりゃ、フランだって今みたいに笑ってなかっただろう。
俺達4人が先生に拾われなかったらと考えたらほぼ全滅だ。
生存するのは恐らくフレイとマナだけだっただろう。
いや、もしかしたらフレイのことだ、無茶して
最初の戦いで殺されていたかもしれない、そうなると
孤立したマナも連鎖的に死ぬ…全滅だな。
……本当に、先生に拾って貰って良かった。
「もし先生がいなかったら、俺達は全員死んでますね
今考えたら、ほぼ確定ですよ」
「リオさん達は優秀ですし、もし私が居なくても」
「全滅ですよ、だって先生が居なかったら多分俺は周りを助けない」
「……あぁ、確かにリオがいなかったら死んでた気がする」
多分トラはあの時の魔道兵のことを思い出したんだろう。
「じ、実を言うと私もそんな気が…」
「私も…」
「……リオがいなかったら、私はきっと暗闇の中だった」
「当然俺も皆がいなけりゃ確実に死んでた
もし先生が居なかったら、皆との縁も無いから
勿論全滅…先生はずっと俺達を守ってくれているんですよ」
「そう…ですか…私はちゃんと皆を守れてるんですね」
先生は少しだけ涙を流し、ポケットに入っていた
ひまわりの刺繍がしてあるハンカチで、その涙を拭いた
…あのハンカチは俺達が先生のために作ったハンカチだ。
相変わらず、酷い出来だよ…でも、ちゃんと使ってくれてるのか。
「ふふ、なら、これからも私は皆さんを守りますね」
「はい、お願いします!」
「ふふ、そうだ、忘れる所でした! 今度皆さんが帰ってきたときに
渡そうとしてた物があるんだった! 待っててくださいね!」
先生がそそくさと戻っていき、すぐに帰ってくると
先生は4着の可愛らしい服と結構明るい紺色のスカートを持ってきた。
「お揃いの服です、皆さんの瞳の色と髪の毛の色
その2色と白色をシマシマにした服ですよ、リオちゃんは茶色と赤と白
フレイちゃんは赤と黄色と白、ウィングちゃんは黒と黄緑と白
トラちゃんは黄色と茶色と白です」
その服は結構フリフリがついていて、なんかスゲー女の子っぽい服だ。
色合いはまぁ、髪の毛とかそこら辺だから
女の子っぽくない物もあるが、まぁ、俺の服は割と良いだろう。
大人というか、男っぽい色合いだし。
フレイの色はめちゃくちゃ明るいな、実にフレイらしい。
ウィングは落ち着いた色合いだ、黒と黄緑だけじゃあれだが
白色が黒色の存在を緩和してくれてる気がする。
トラはなんか堂々とした感じだな、それっぽい。
「スカートは同じ物です、今まで、可愛らしい服
なんかを買ってあげられませんでしたからね、あまりセンスはありませんが
似合うと思いますよ」
「ありがとう先生! これ、先生が作ったの!?」
「はい、いつか渡そうとしてたんです」
「嬉しい! ウィングちゃんが治ったら一緒に着るよ!」
「はい、気に入ってくれれば嬉しいです」
…女々しい服なんて、興味も微塵も無いんだけど。
でも、先生が俺達の為に作ってくれた服だ、喜んで着よう。
はは、まさか自分から着てみようなんて思う事があるなんて、考えもしなかった。
きっと、俺自身、それだけ先生にこの服を貰ったのが嬉しかったんだろうな。




