奇襲のための行軍
アルルの風邪は意外と速く治ってくれて、ロスは2日程度で済んだ。
まだ本調子では無い様子だが、それでも満足に動けなかった時と比べればマシだろう。
それにこれ以上時間を無駄にしたら困るからな。
「ご、ご迷惑掛けました…」
「気にしないで良いですわ、調子が悪いときに向うと大変ですもの
ただ……せめて食事の時は咳をしないで欲しいですわ」
「す、すみません」
2日目もシルバーに看病を任せたが、その時は1日4回は服を着替えていた。
朝食後、昼食後、夕食後、風呂の後だ、つまりあいつは毎食シルバーの服を汚してたって事だ。
何というか、かなり迷惑というか…何だろうか、体質? 体質なのか?
「まぁ、良いですわ、わざとでは無いのでしょうし」
「あ、はい、それは断言できます、わざとあんな事しませんよ」
わざとあんな事をしていたとすれば殴られても文句言えないからな。
何てったって、1日で3着も服を汚したわけだし。
「そうですわよね、これでわざとだと言われたら殴って差し上げようかと」
「わ、わざとじゃ無いですよ、そんなふざけた事をするわけが無いじゃないですか」
アルルが必死に言ってはいるが、シルバーもまだ機嫌を損ねているらしい。
きっとお気に入りの服とかも汚されたんだろうな、最初の服とか。
流石に1度汚されたのにお気に入りの服を着てくるわけが無いだろうし。
ただ最初の服は俺が急にアルルの看病をお願いしたから、お気に入りの服だった可能性があるからな。
「ま、まぁ、あれだ、機嫌を損ねるのも分かるが、ほら、今日から戦争だし
気分変えてくれよ、引きずったままじゃ、いざって言う時に困るし」
「大丈夫ですわ、もう気分は切り替えていますの」
「な、なら良かった」
等と言っているが、まだ明らかに機嫌は悪い、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
でもまぁ、一応普段通りには動けそうだし、これ以上何か言って余計機嫌を損ねられても困る
ここはちょっとでも強引に話を進めた方が良いだろう。
「あーっと、まぁ、一応皆に俺達の行動の説明をしようと思う
これから戦いが始まるわけだが、攻撃部隊達はもうすでに戦場に向っている
向こうの指揮は全部ハルさんに任せているから、俺達はその為の支援となる」
「お母さん、大丈夫かな?」
「大丈夫だって、お前が1番分かってるだろう? あの人の指揮能力は優秀だし
戦闘能力だって十分あるからな」
「うん」
やっぱりマルは少し母親の事を気にしているらしい、当然だけどな。
「それにマル、こう言うときに大事なのは心配することじゃなくて信じることだからな
覚えておいた方が良い、心配して自分に何かあったら大変だからな」
「うん、分かった、私、信じるよお母さんの事」
と言っても、まだ完全に信じ切れていないようだ、仕方ないことだがな。
まぁ、適度な心配なら良いんだ、過剰な心配はヤバいがこれ位ならな。
それに、俺も割とフレイ達のことを心配して動いてるから心配を全部取り除け何て言えないし。
「で、防衛は防衛部隊が担当してくれている、ちゃんと防衛部隊のトップも居るから
こっちは大丈夫だ、メア姫達の事も近衛兵が居るから安心出来る
だから、俺達は守りの心配は必要せず、ただ制圧する事を考えて進むぞ」
「分かった!」
こう言うときに防衛の心配をしないですむのは割と楽で良いよな
戦力も少ないわけだし、防衛なんて気にしてたら満足に制圧できるわけが無い。
「因みに支援部隊は攻撃部隊の支援で、俺達への支援は無いに等しい
まぁ、そもそも俺達の行動自体支援みたいな物だから問題無いけどな」
俺達みたいに少数の部隊が攻撃、と言うのは結構無理があるからな。
俺達みたいな少数精鋭の仕事は攻撃じゃ無く、戦いを勝利に導くことだ。
攻撃、支援、諜報、潜入、内部崩壊などの多種の手法で勝利をもたらす、そう言う部隊だ。
「で、俺達の進撃は森を利用し、攻撃場所の背後に回り、その後ろから潜入
この時、出来る限り戦闘は避ける、で、最終的に敵の頭を潰し
動揺の間に移動、敵部隊の背後からの攻撃となる
そっからは各自の行動に任せよう、因みに俺はその時はお前ら全員の支援攻撃を行なう
ただ、俺も1人だからな、あまり過信しないでくれよ」
「つまり私達は隠れて後ろから敵を倒し、その後暴れれば良いと」
「簡単にまとめればそう言う事だ」
流石はトラだな、俺の説明をちゃんと理解してくれたのか。
やっぱりこいつに説明するとなると楽で良いな。
フレイ達とは大違いだが、まぁ、そっちはマナ達が何とかしてくれるだろう。
「それじゃあ、最初、俺達は全員で動くからな、はぐれるなよ」
「分かった」
「所でリオさん、地図ってあるんですか? それが無いと迷うんじゃ」
「あぁ、それは大丈夫だ、オーム国と戦闘していた時期が合ったらしいし
あの場所の周辺地図は貰ってる、今とは少し違うかも知れないが、自然の地形が
そう簡単に変わることは無いだろうからな、ほら」
俺は地図を出し、アルル達に見せた、地図を見た感じ
最初に攻撃する場所は周囲を森で囲まれているらしい。
この事から考えて、向こうは森の中心を開拓し小さな街を作ったという感じだろう。
まぁ、街の規模はあまり参考にはならないかも知れないが、地形が分かれば動ける。
「そんな物があったんですね」
「そりゃな、地図も無しに奇襲なんて出来るわけが無い」
「ですよね」
「じゃ、いくぞ、出来るだけ速く行動すればこっちの被害は減るからな」
「分かりました」
俺達は地図を頼りに向こうの背後を突くために森の中に入った。
正面の森の中ではあまり見張りなど居なかったが、後方に近づくにつれ敵の見張りが増えてきた。
「結構居ますね」
「奇襲警戒はしているって訳か」
まぁ、当然と言えば当然だな、周囲の地形が森なんだから奇襲警戒は必須だろう
なんせ隠れ放題の森が周りにあるんだ、戦力を裂いてでも警戒してないと
あっさり奇襲を食らって敗北する。
「こっからは場合によっては戦闘もあり得るな、警戒しよう」
俺はサイレンサーをカスタムし、アイアンサイトのウィンチェスターを召喚した。
この状態なら消音機能もあるし、接近での狙撃が発生するであろうこの状態でも戦える。
まぁ、ドットサイトやホロサイトでも良いんだが、個人的にはアイアンサイトがやりやすい。
あれだな、多分ゲームで結構アイアンサイトでの長距離狙撃とかがあったから何だろうな。
「アルルは周辺警戒、マルは周囲の敵のスポット、他は俺の後に付いてきてくれ
それと勝手に魔法を使ったり行動したりするなよ? ちゃんと俺の指示に従ってくれ」
「分かった」
マルの魔法で周囲の敵の位置が把握、更にアルルの観察能力のお陰でより一層安全性は増す
正直この状況での潜入は人数が多かろうと割と可能だ、俺達は何とか攻撃も無しに森を進む。
しかし、どうしても突破できそうに無い場所が出て来た。
「これは結構な防衛だな」
多分森の中間当たりだろう、そこには10人くらいの兵士が巡回している。
さて、どうするかな、動きもランダム、突破するには何人か仕留めないと無理そうだ。
セミオートで一気に潰すのもありだが、ちょっと数が多すぎて少し面倒。
「…そうだ、フラン、お前の催眠術って距離関係ある?」
「無い、ただ、今は1人しか」
「どれだけ操れる?」
「完璧に操れる」
うへぇ、1人しか操れないとは言え、相手を完璧に操れるってヤバいな。
「因みにどういう条件なら操れるんだ?」
「操りたい奴を長い間見てたら操れる」
「距離があっても?」
「うん、でも連続で見ないと駄目」
そうか、姿を長いこと見ないと操れないのか、まぁ、ちょっと見ただけで操ってたら強すぎか
「そうか、じゃぁ、指示を出すぞ、あの奥の兵士を催眠術で操って
隣に居る兵士に攻撃、その後しばらくの間暴れさせてくれ」
うーん、本来なら叫び声を上げさせて周りを引っ張りたい所なんだが
残念ながら向こう側は敵領地だから、向こう側から来たと叫ばせても効果は無さそうだ。
かといって、街の方に敵がいたと叫んでもやっぱり効果は薄いからな。
仕方ないとは言え、ちょっと心苦しいな。
「で、俺達はその時の騒動で俺達はここの守りを抜ける、因みに催眠術中は動けるか?」
「無理、集中しないと」
「じゃあ、フランを誰か運んでくれ、そうだなメルト、頼めるか?」
「任せて」
「じゃあ、やるよ」
フランが俺が言った兵士の方を凝視を始めた、その時のフランの目は紅くなっている。
催眠術の時は目の色が変わるのか、普段は黒いのに。
…あ、瞳の色で思い出した、いやぁ、あの時のフラン、マジ怖かったな
特徴的すぎる笑い方に、狂気染みた笑顔、最近じゃそんな雰囲気はまるで見せない。
まぁ、こっちのフランが本来のこいつか、環境って怖いもんだ。
「……」
俺がそんな事を考えていると、奥の兵士の様子が変わり始めた。
さっきまで少し笑っていたが、今のあいつは表情が無くなっている。
「ど、どうしたんだ?」
そんな彼を不思議に思ったのか、隣に居た兵士が話しかけてきた。
すると彼はその兵士に斬りかかった。
「な! ぐふ!」
不意に仲間からの攻撃を受けてしまえば、流石に防ぐことなど出来ないだろう
彼の攻撃を受けた兵士は動かなくなり、その場に倒れた。
「な、何だ!」
その様子を見た他の兵士達も一斉に操られている兵士を取り押さえようと行動を始める。
だが、操られている兵士は結構強かったのか、複数の兵士達を倒せている。
「今だ」
俺達はそのチャンスを逃さず、しっかりとその場を抜けることが出来た。
その後、操った兵士がどうなったかは知らないが、多分殺されただろう。
何というか、催眠術の魔法って恐ろしいな、今回改めてそう思った。
「こ、ここまで来れば良いですね」
「…操った人、殺された」
「そりゃあ、そうだ、1人じゃあの数は無理だろ」
「何だか可哀想だね」
「これは殺し合いだ…相手を可哀想なんて思ってたら、俺達が死ぬ」
こう言う残酷な手を取れば心を痛めることもある、でも、これは殺し合い
生きるか死ぬかの戦いだ、相手に対して可哀想などと思えば、俺達が死ぬからな。
だから手段は選べない、自分達の大事な物を守るには勝つしか無いんだから。
「そうですね、でも、フレイさんそう言う気持ちは大事ですよ
そう言う気持ちが無いと、ただの殺戮者になりますからね」
「ど、どういう?」
「相手を殺す事に少しでも心を痛める、それは大事な事です
まぁ、私もリオさんに会う前は心なんて痛めてませんでしたけど
私にとっては当たり前でしたし、当然のことでしたから」
戦争ばかりの世界に居たら、そうもなるか。
いちいち人1人殺す度に心を痛める暇は無いだろうからな。
「少しは可哀想って思った方が良いって事?」
「はい、そうです、でも、深く思ったりしたら自分が死んでしまうので気を付けてください」
「う、うん」
フレイは少し混乱しているようだが少し無理矢理に納得をしたようだ。
「それじゃあ、いくぞ」
俺達は再び奇襲を仕掛けるために歩き出し、何とか後方まで到着した。
背後の警戒は意外な事に殆ど無かった、きっとここまで来るとは想定してなかったのだろう。
だが、念の為に数人の兵士を配置していたようだが、数が少なく通り抜けるのは楽だった。
「それじゃあ、これからは建物の影を利用して進む、マル、アルル、頼むぞ」
「任せてください」
こう言う潜入の時に2人の能力は非常に役に立つな。
さて、バレないように敵の指令拠点まで行ければ良いが。




