敵国のテリトリー
マルの無事を確認して、俺達は再び移動を開始した、今は再開して1週間ほどだ。
どうやら、そろそろ長距離遠征も大詰めのようだ、周囲の雰囲気が変わってきたからな。
どうにも、前までの様な人の手が殆ど入っていない雰囲気から変わり、そこそこ整備された道に変わった。
ここからは派手な音を出さず、ゆっくりと移動を開始しないと不味いかな。
「さて、周辺警戒頼むぞ」
「分かりましたよ」
「私も」
その状況を確認した俺達は今までに無いほどに集中を始めた。
周囲の微かな音も聞き逃さないように、僅かな動きも見落とさないようにだ。
「ふぅ」
俺は狙撃銃を召喚し、スコープだけを外して望遠鏡の様にして草むらから周辺警戒をした。
そして見えた物がある、向こう側の山中に3人ほど人影があった。
向こうの山だしこっちに気が付いてる筈も無いか、だが、いずれ向こう側にも移動する。
3人程度ならセミオートの狙撃銃にサイレンサーを付ければ瞬間的に狙撃し、殺すことは可能だ。
だが危険しか無いし、容易に避ける事が出来るだろう。
そんな状況で無駄に相手を殺すことはないだろうな。
でも、一応位置を共有しておいた方が良いだろうな。
「3人か、マル、ポイント出来そうか?」
「何処?」
「あそこだ」
マルはどうやら敵影に気が付いていないようだ、距離が距離だし仕方ないが。
「ふむふむ、3人ですか、全員男、身長は・・・・170~175、年齢は20程度でしょうかね」
「は?」
俺が使ったスコープよりも倍率が低いはずの双眼鏡をのぞき込んでいたアルルが
淡々とその兵士達の特徴を話し始めた。
「おま、そんなとこまで分かるのか?」
「はい、普段は必要も無い情報だし、そんな無駄な情報を話している暇も無いので見せてませんが
これでも私は観察には自信があります、因みに例え5km離れていたとしても
肉眼でリオさんは判別できます、見慣れていますからね」
「くだらない特技の説明どうも」
どうしてこいつはいつも最後に無駄な情報を掲示してくるかね。
「えっと、あそこだね・・・・えい」
アルルと俺の説明から位置を特定したマルがそのポイントを共有してくれた。
確かにタグの様な物が見えて、相手がどの場所にいるかハッキリと分かる。
そして、その共有で分かったことは、向こう側の山には他にも5人ほどの兵士がいることだ。
多分、もう色々と位置を狭めるのが面倒になったから、向こう側の山をまとめてポイントしたんだろう。
「へぇ、こう見えるのですか、便利な魔法ですね」
「共有する場所の範囲が増えたり、共有する人数が増えると辛いの
でも、2人だけなら山を丸々囲む程度の位置共有は問題ないから」
「こりゃ、アルルいらずだな」
「は!」
軽くアルルをからかうために小さくあえて聞えるように言うと、やはり過剰反応を見せた。
まぁ、下手したらこいつの存在意義が大きく薄れるからな。
敵の位置を把握できるのなら、周辺警戒は必要なくなるだろうし。
でも、あいつが秀でているのは周辺警戒、これが必要なくなればこいつの存在意義は薄くなる。
料理は準備が良いのはプラスポイントだが、最大の特技を奪われれば
俺にとってのこいつの存在意義はマイナスに振り切れる。
あれ? やっぱりアルルの存在意義無いんじゃね?
「・・・・アルル、要らなくね?」
「い、いえ! そ、そんな訳!」
「誰だ!」
「は!」
「この、アホ!」
アルルが俺の言葉に反応し、この状況下で無駄に大きな声を上げたせいで
近場に居たのであろう兵士に声がバレてしまった!
ヤバいぞ、どうする? 殺して逃げ切るか? いや、それは駄目だ。
なら、気絶させる? いや、意識を取り戻した後に情報を共有されては警戒される!
「何処だ!? ここか!」
俺達が隠れている草むらの隣の草むらが探されている!
ヤバいぞ、このままだとこっちに来る!
「がるぅぅ!」
俺達が隠れている草むらの隣の方から狼の鳴き声が聞えた。
もしかして、え? 隣に狼いたのか!?
「げ! お、狼!」
「ぐらぁあああ!」
「うわぁぁ!」
その狼に吠えられ、俺達を探していた兵士は一目散に逃げていった。
だが、狼はそんな男を逃がそうとせず、ずっと追いかけ回す。
狼と人間の命を賭けた追いかけっこが始まったという感じか・・・・にしても
あの様子を見ていると、どうもトラウマが・・・・似てるからな、狼と犬って、同じ犬科だし。
「ふぃ・・・・な、何とかなりましたね」
「そうだが、だが!」
「あう!」
一安心すると同時に、俺はすぐにアルルの頭をグーで殴った。
「何も殴らなくっても」
「危うく見付かるところだったんだぞ? 状況をよく考えて声を出せ」
「すみませんでした」
「全く、お前はいい大人だろ? それならしっかりとしてだな」
「はい、すみません」
「本当に分かってるのか?」
「分かっています、今度からは叫びません」
「はぁ、頼むぞ全く」
危うくこいつのせいで見付かるところだったが、なんとか難を逃れて良かった。
それにしても、まさか狼に救われるなんてな、何が起こるか分からないものだ。
「それじゃあ、アルル、周辺警戒しっかりしてくれよ、それがお前の役目だからな」
「はい、それはお任せください、本気になった私の力をお見せしましょう」
それからのアルルはかなり優秀な偵察になってくれた。
本気を出せば足音だけで敵の位置、敵の距離、数、身長、男女の見分けも出来るようだった。
これだけ凄い能力があるのなら、最初から発動していて欲しかった。
「やるじゃ無いか」
「見直しましたか?」
「あぁ、少しだけな」
確かに優秀なのだが、最初にやらかした危険度が異常に高かったからな。
そう簡単に見直せる筈も無い、変態だし。
「お?」
周囲を見渡していると、向こう側の山に1箇所だけ良さそうな場所があった。
1箇所だけ飛び出ている岩場、あそこなら結構見晴らしも良さそうだ。
「よし、あの岩場に向うぞ、マル、道中のスポット頼む」
「分かったよ」
マルのスポットのお陰で、敵の位置が筒抜けだ。
哨戒の兵士が1人だけ動かないのも分かる。
待ち伏せしているのか? いや、潜入はバレていないはずだ。
最初に危ない場面はあったが、それ以降は姿を見られていない筈。
なのに、1人だけ一切動かない、ここを見張っていろとでも言われたのだろうか。
なら、それだけ重要な場所なのか? あの岩場は。
いや、そんなはずはない、狙撃も出来ない奴らにとって、あんな場所は価値すら無い岩場だ。
見張りを置いておかないといけない程じゃない・・・・
「・・・・仕方ない、草むらに隠れて移動しよう、音を立てるなよ」
「分かってます」
その兵士が何処を向いているのか分からない以上、こそこそと移動するほか無い。
俺達は草むらに隠れながら、ゆっくり、ゆっくりと移動を始めた。
そして、その異常な兵士が見えるところまで移動できた・・・・そこには
「・・・・嘘だろ?」
そこには、木にもたれ掛かってグッスリ眠っている女兵士の姿があった。
無駄に心配してしまったな、にしても、眠っているのか・・・・なら、大丈夫か。
俺は狙撃銃を出し、タイプを非殺傷に変化させ、サイレンサーをカスタマイズした。
そして、その女兵士が起きないように、更に催眠弾を腕に撃ち込んだ。
「あう・・・・すぅ」
その結果、彼女は更に深い眠りに付いたようで、もたれ掛かっていた木から外れ
右の方に倒れ込んで、スヤスヤと眠り始めた、起きなくって良かった。
「それじゃあ、あの岩に向おう」
「分かりましたよ、警戒はしっかりしていきます」
「・・・・何で寝てたんだろう?」
「眠たかったんでしょうね、分かりますよ、こんなほどよい暖かさ
それに、木々から僅かに漏れている日の光、風に吹かれざわざわとなっている葉っぱ達
こんな場所で退屈な見張りなんてしてれば、そりゃあ、眠たくなりますよ」
「いや、寝るなよ」
見張りは何だかんだでかなり重要だからな、存在しているだけでプレッシャーになるし。
現に、さっきだってそうだった、ただ寝ているだけなのに俺達は不安になったからな。
それに、今回はスポットがあったから良かった物のこれがなければ不意に姿を見ることになる。
そうなれば、こちら側としてはゾッとする、敵兵に正面から会ったわけだし。
「あ、分かるかも、見張りは退屈だからね眠たくなるよ」
「お前まで話に乗るな、とりあえずさっさと行くぞ、アルル、分かってるよな?」
「そんな念押ししなくても分かってますよ」
スポットが無いからと言って、警戒なしに移動するわけにはいかないからな。
周辺を常に警戒しながら移動しないと、もしもの場合対処できない。
まぁ、そんな簡単に危険なんて訪れるわけもなく、俺達は無事に突きだした岩に移動できた。
「よし」
さて、目的地だ、まずは狙撃銃をだして、倍率把握、そして狙撃銃を構え敵位置の確認だ。
俺はスコープを外し、岩の上から伏せた状態で周囲を見渡した。
すると、1箇所の山だけかなり人の手が入っているであろう建物を見付けた。
見えるのは右端のほんの僅かだが、場所が分かるだけでも上出来だ。
俺はそのほんの僅かな場所をしっかりと見るために、スコープの倍率を上げた。
「・・・・だろ?」
よしよし、この距離でもその場所の会話を聞けるようだな。
こう言う情報収集にはかなり優秀な魔法だな。
「いや、でも警戒は必要だろ? 何が起こるか分からないし」
「馬鹿か? こんな場所に敵が来るかよ、間抜けか?」
「まぁな、でも、帝王様からの直々の命令だ、仕方ないだろ?」
「あぁ、あの屑帝王か、全く、兵士をなんだと」
「帝王様の悪口とはな」
「な! ディアス様!?」
「帝王様の判決を聞くまでもない、死ね」
「そんな! がふ!」
「お、横暴だ!」
「帝王様は絶対だ」
「うぐ・・・・ち、畜生」
帝王様という奴の悪口を言った兵士が側近と思われる胸に大量の勲章を付けた男に殺された。
2人とも急所を外されている、ただ、ダラダラと血を流している。
「お前ら!?」
「こやつらに触れるな、反逆者だ」
「しかし!」
「こやつらは帝王様を愚弄した、故にそれ相応の罰を与えたのだ
だが、まだ有情ほうだ、死ねるのだからな・・・・苦しみながらもな」
「ディアス・・・・様、帝王様の悪口を言ったのは、心の底から、は、反省しております
で、ですので、せ、せめ、て、命だけ・・・・わ」
「よろしい」
「むぐ!」
ディアスという男が、さっき命乞いした男の顔を鷲掴みにし、基地の柵の外に持ち上げた。
「な、何を!?」
「楽にしてやるだけだ、これで苦しみから解放されるな」
「や、やめ! 俺には家族が!」
「なら、その家族も共に送ってやろう、帝王様への侮辱の罰としてな、あの世で待っているが良い」
「止めてくれぇぇ!!」
だが、男の叫びはディアスという男には届かなかった。
ディアスは男を掴んでいた手を離し、男はそのまま地面に落ちていった。
その先は・・・・見たくもない、人が酷い有様になっている姿など。
「・・・・クソ!」
その光景を見て、俺はディアスという男に狙いを定め、引き金を引こうとした。
しかし、自分達の状況を思い出し、ここでの狙撃は駄目だと、そう判断した。
バレれば警戒される、いや、殺すべきか? かなり権力を持っているようだし。
だが、相手の情報も殆ど理解していないのに、警戒されるのは避けたい。
「貴様らも見ただろう? これが帝王様を敬わぬ愚か者の末路だ
貴様らもこやつらの様に死にたくなければ、帝王様を崇めることだ」
「・・・・」
「返事はどうした?」
「は、はい!」
確実に力で国民を兵士を押さえつける恐怖政治という奴だな。
こう言うタイプの政治は基本的に長続きしない、反感がたまる一方だからだ。
だが、圧倒的すぎるほどの力での制圧だと勝手が違う。
反乱を起こすほどの気力も削がれるし、反逆の糸口すらない。
それに、あくまで推測だが催眠系の魔法を使う奴も居る。
だったら、その催眠系を重宝し、重臣達を心酔させる様に仕向ければ
重臣達の反発はあり得ない物になり、地盤が崩れる事も無い。
全く、嫌らしい催眠術の使い方をしやがる、ま、あくまで推測だがな。
だが、この推測が合っているとするならば、攻略の糸口はその催眠術を扱う奴だ。
そいつを仕留めることが出来れば地盤も大きく揺らぐだろう。
「さて、貴様らに伝えることがある、て」
「リオさん」
「な、いきなり抱き上げるな!」
俺は不意に後ろから抱き上げられ、草むらに引っ張り込まれた。
「な、何だよ」
「シー、耳を澄ませてください」
アルルの言うとおりに耳を澄ませてみると、大きな物であろう足音が聞えてくる。
確実に人間の足音じゃない、1歩1歩が普通の足音と比べものにならないくらい大きく鈍い。
「これは、まさか」
「はい、多分ですけど・・・・魔道兵です」
たかが見張りに魔道兵を出撃させるのか!? 何でだよ!
「どうなってる? 何故魔道兵が?」
「分かりません、何か情報があったのでは?」
「無いっての、いや待てよ? お前に抱き上げられる直前に」
確か貴様らに伝えることがある、て、と言ったんだったよな。
最後のて、ってのはなんだ? いや、推測は出来る。
多分、敵だろうが、どっちだ? 攻撃準備か? 防衛準備か?
クソ、分からない、もう少し情報があれば!
だが、魔道兵が周辺警戒に当たっているところを考えると・・・・恐らく防衛準備だろう。
なら好都合だ、戦いが始まったらそれに便乗して一気に潜入するか。
それから、数十分の間、俺達は草むらから動かず、状況を見ていた。
すると、動きがあった、大きな叫び声に複数の足音・・・・始まったな。




