休暇の呼び出し
なんというか、さっきは色々な事を急に知りすぎて驚いた。
まさかあそこまで知らないことがあったなんてな。
俺やっぱ、先生の事もフレイの事もあまり知らないんだな。
ま、そりゃそうか、何も知らないのが当たり前なんだ。
逆に全部知ってるのはちょっと気持ちが悪いしな。
それにだ…全部知っちまったら最悪興味も薄れるかも知れねぇしよ。
「…はぅ」
「リオさん、紅茶は美味しいですか?」
「まぁ…でも、何でまた紅茶なんだ? と言うか、服は?」
「あぁ、ある程度は完成しました、外枠だけですが」
「おい待て、まだ1時間も経ってなくね?」
「ふふふ、伊達にリオさん用の服を縫ってませんとも!」
「いつの間に…」
「因みにリオさんに着て欲しいという服の8割は自作です」
「その才能を無駄な事に使うな! ほんっとうにお前って訳分からないよな!
無駄にハイスペック過ぎるだろ! いや、もう廃スペックだよ!」
「どっちも同じでしょう?」
「地味に違うんだよ、トーンが!」
「あれは多分、廃人スペックとハイスペックを掛けたのよ」
「お前…やっぱ察しが良いな」
「廃人って…褒め言葉には聞えませんが」
「貶し言葉だからな」
「な! つまり、ここはありがとうございますと言うべきだったのですね!」
「黙れ」
「NO!」
「3文字で答えやがれ」
「ノゥー!」
「無駄な屁理屈こねるな!」
「ふふ、すきかきらいかを2文字で答えろと言う時に嫌いと答えるには
無理、と答えれば良いのです!」
「お前の事無理だから消えろ」
「ごふぅ!」
ふふふ、流石に精神的ダメージを与える事が出来たようだな。
「ははは! ざまぁ無いな!」
ダメージを受けてぶっ倒れているアルルの腹を踏んだ。
「いえ、私は踏まれて幸せです!」
「黙れ!」
「ありがとうございます!」
クソ…顔を踏んでも駄目なのか、と言うか、俺もちょっと考えれば分かることだろうに。
こいつは重度の変態…踏んだらこうなるのは簡単に分かったはずなのに!
「リオ、あなたってたまに行動が短絡的よね」
「それは自分でも思った…」
「まぁ、そこがリオさんの良いところでもあるのです! からかいやすい!」
「うっせ!」
「…戦場だと、かなり聡明に見えるんだけどね」
「た、短絡的って事はあれだ…えっと、ほら、すぐに行動出来るとかそう言う」
「その代わり、危険に突っ込みやすいですがね!」
「くぅ!」
…まぁ、うん、強く否定できない。
「はぁ…それはもぅ、ん?」
なんだ? 無線が…誰からだ? こっちから連絡することはよくあるけど
何処かの誰かから連絡が来るのは実際かなり珍しいというか。
「はい、こちらリオ」
(えっと、スティールだけど)
「どうしたんだ?」
(相談したいことがあるの。
帰国してすぐに戻ってきて貰うのはどうかと思ったんだけど
やっぱりすぐに相談したいから…出来ればすぐに)
「…まぁ、移動だけならすぐだから、分かった、ひとまず俺だけでそっちに行く」
(ありがとう)
「…どうしたの?」
「どうも何かあったみたいだ、一旦ファストゲージに戻っておく」
「では、私も」
「…まぁ、そうだな、お前には来ておいて貰っても良いか」
「はい! お任せください! このアルル!
リオさんの為なら例え火の中! 水の中!
例え世界が滅亡する瞬間だろうとも!」
「…踏まれながら言っても、なんかキモいだけよ」
「えぇー!? 本気ですよ!?」
「ならその笑顔を止めなさい」
「顔が勝手に笑顔になるので無理です!」
「キモい」
「ありがとうございます!」
「…なんでこいつが相棒なんだろうな」
「何だかんだで優秀なんだし仕方ないでしょ…
と言うか、何でこの変態、無駄にスペック高いのかしら。
なんで女子力の塊? 一部の女子力は絶望的だけど」
「それが何処のことを言ってるのかすぐに分かるんですけど」
「いやねぇ、誰も胸の事なんて言ってないじゃないの」
「言いましたよね!? 今言いましたよね!?」
「まぁ、小さくても良いでしょ」
「よくありません! 小さかったら大きな抱擁力を持てないじゃ無いですか!」
「どう言う意味?」
「リオさんの顔を包むことが出来ないのです!」
「安心しろ、例えあろうと無かろうと俺はお前の胸に顔は埋めねぇ」
「母性溢れる私に惚れるのです!」
「お前なんぞに母性の欠片もねぇよ!」
「ありがとうございます!」
もうなんか疲れるな、こいつはこんなテンションで良く疲れねぇな。
「…はぁ、もういいや、ウィン」
「えっと、うん、分かった」
俺と一緒に紅茶を飲んでいたウィンが俺を向こうへと運んでくれた。
一応、アルルも呼んで来といてくれと伝え、ひとまずスティールの元へ移動した。
「やぁやぁ、おやすみにわざわざ呼んじゃって悪かったね」
「…フェミー、なんでお前がここにいる」
「それは恩を返すため…って、訳じゃ無いんだけどね。
あ、因みに敵意が無い事を示すために今回は1人で来たよ。
ケミーやケースが居たら構えちゃうだろうと思ってね。
あの2人は強いし、君からして見れば危険な存在だろうからさ」
確かにあの2人は近くに居るだけでも無意識に構えちまう。
魔法の質が俺とは大きく違うし、正面からやり合っては敵わない相手だからな。
とてもじゃないが、1人で倒せる相手って訳でも無いし。
「…えっとね、本来ならこの子を城に入れるはずは無いんだけど。
本人も言ってたとおり、1人だけだし、敵意も無さそうだったからね。
メイルも待機させているから、何かあっても対処出来るかなと」
「まぁ、こいつと他2人が居たら、対処は出来なかっただろうがね」
「その通りだね、ケースとケミーが揃ってたら基本的にどんな手を弄しても
敵うわけが無いんだ、あの2人は規格外だからね。
例え実力が高かろうと、あの2人には敵わない。
君みたいな一部例外を除いたらね」
「除くな、あれは偶然だ」
実際、正面で戦って勝てるわけが無いからな、あの化け物2人にゃ。
「…まぁ、前座はここまでだ、本題を言って欲しいな。
なんで、お前がわざわざ1人で敵地にやって来た?」
「…それはね、情報を共有するためだよ」
「まさか! 魔法の呪いを解く方法が!」
「残念だけどそれじゃ無い。
出来ればそっちの方が私としても良かったんだけどね」
「そ、そうか…」
「今回、君達に接触した理由は…まぁ、敵の情報を知らせるためだよ」
「敵!?」
「そう、ミリターク国の動向…正確には現状をね」
「…教えてくれ」
「じゃあ、これで貸し借りは無しだ…とは、言わないけどさ。
だって、これは一方的に奉仕するわけじゃ無いからね。
まぁ、ハッキリ言うと、君達を利用するために情報を共有するんだ」
「何?」
「おっと、そんな恐い顔をしないで欲しいな、これはフェアな取引だ。
私達は君達を利用して、君達もまた、私達を利用するんだから」
「あー?」
意味が分からない…訳では無いけどな。
大体、何をしたいのかは分かる。
だが、そこはまだ早いだろう。
「っと、えっとね、君達は今、順調にミリタークから国を奪還しているよね」
「あぁ、割と結構な速さで奪還はしている」
「だろうね、で、ここで残念なお知らせだ、君達が今まで勝ってきた理由だけど
それは他国とミリタークが戦闘状態だったからなんだ。
だけど、今、その戦闘は終着…私がミリタークの長だったらすぐに
邪魔で勢力を拡大してきているファストゲージを潰しに行くよ」
「まさか…」
「そんな…じゃあ、このままだと全面戦争に!?
でも、勢力的に考えても私達にまだミリターク国の全軍を相手できる程の力は!」
「そうだろうね、君達は確かに快進撃を続け、魔法使い達を捕縛している。
だけど、向こうの魔法使いの数は尋常じゃ無いし、このままでは勝てない」
ミストラル王国の兵士達を合流させている今の状態でも勝利は困難だろう。
向こうの最高戦力である11人の魔法使いの内、4人は動けないだろうが
残り7人は普通に動けるはずだ。
憑依魔法使いの子供達に協力して貰っても、精々1万のプラスだろうが
向こうは間違いなく1万はゆうに超えている。
…ち、どうする…全面戦争になったら。
「で、だ、私達としてもその戦力を相手に戦うのは不利って言うか無理なんだ」
「戦う!?」
「前にも言ったろ? 私達の目標は復讐だと。
つまり、私達の狙いは最初からミリターク。
自分達の母国を手に入れることだったんだ」
「要するに、お前達はレジスタンスだったと」
「まぁ、そうなるかな、子供達のレジスタンスだ。
現状、なんとか仲間をかき集めてはいるけど
私達の戦力は300程度の魔法使いだけだ」
「それ、結構な数じゃ…良く集めたな」
「まぁ、ミリタークに恨みを持ってる子供達は多いしね。
そもそも、君達だって既に相当数の子供達を捕縛している。
更に最高戦力の2人をね」
「よく知ってるな…でも、それはお前もそうだろう?
それに、最高戦力の中でも最強戦力の2人だ」
「確かにあの子達は強いよ、でも、流石に圧倒的な戦力差はひっくり返せない。
ケミーの魔法はあまり多用しすぎると、自我が潰れちゃうんだから」
「何!?」
そんなえげつないリスクがある魔法だったのか!?
「そりゃね、範囲内の人物の経験と魔法をコピーする魔法だ。
当然、沢山の人間の経験を何度も続けてコピーすれば自分を見失う。
そうなれば自我は無くなり、最終的に自分が自分じゃ無くなるのさ。
最強故にどうしようも無い弱点を持っている、と言う事だよ」
「だから、圧倒的な戦力差は覆せないと」
「あぁ、流石に300程度の手勢じゃね」
確かにそんな弱点があるんじゃ、連戦はあまりにも危険か。
「ケースの身体強化魔法も体力の限界があるからね、殲滅は無理だ。
でも、私達の目的はミリタークの転覆…戦うしか無いんだよ」
「…つまりだ、お前は俺達と協力して戦いたい、と?」
「そう言う事だ、私達の手勢は大したことないかも知れないけど
全員魔法使いだし、戦闘も多少はこなせる。
少しは役に立てると思うし、ケミーという切り札もある。
ここは協力するべきだ…協力しない場合だと
最悪、私達は激突することになるかも知れない。
それは、お互いにとってはマイナス以外の何物でも無い。
流石に私達だけで君達を倒すのは不可能だろうけど
そこそこの打撃は与えられるはずだ。
でも、それだけ消耗するわけだから、君達は打撃を受けた状態で
最高戦力に近いミリタークと戦う事になっちゃう。
私達も協力しなければ君達に滅ぼされるか、ミリタークに敗北する。
お互いにデメリットしか無い…だから、協力をしたいんだ」
「脅迫のような懇願のような微妙なお願いの仕方だな」
「どっちかというと懇願の方が近いかな」
本当、子供とは思えない程に達観しているというか卓越しているというか。
ここまで扱いにくい子供ってのはどうも苦手だな。
「まぁ、その話は俺達からして見ても悪い話じゃ無い。
だが、そのお願いが真実だと証明する術は?」
「……はい」
フェミーは俺達の前に両手を差し出す。
「…これは?」
「証明は私がしよう、私が君達の人質になるよ」
「なんですって!?」
「…それじゃあ、俺達はお前の部下を利用できる立場になるぞ?
対等では無く、利用する立場になれる」
「それでも良いよ、どっちにせよこのままじゃ敗北は必至だからね」
「……まぁ良いでしょう」
そう言い、メイルはフェミーの両腕に手錠を掛けた。
「……」
フェミーは少しだけ焦ったような表情を見せる。
かなり虚を突かれたかのような表情だ。
「おや、どうしました? そんなに青ざめて」
「え、えっと…」
「これはあなたから言い出した正当な取引でしょう?
それともまさか、拘束などされないとでも思ったのですか?
自分を差し出すことで、自分に敵意が無いと証明出来ると?」
「い、いや、そんな事は…」
「明らかにさっきよりも動揺してますね、図星…でしょうか?」
「うぅ…」
「私、結構疑って掛かるタイプなんですよ?
とりあえず、このまま牢にぶち込んで拷問でもしましょうか?」
「ちょ!」
「そもそも、あなたと私達の取引が対等とでも?
残念ながら、全く戦力も規模も選択の重要性も違う。
私達はあなた達が裏切った場合の打撃はあまりにも大きい。
あなた達の場合はそうじゃ無い、子供達を殺しはしませんからね。
あなたはそれ位分かっているでしょう? どうやらリオの事を知ってるようですし
彼女がそんな選択をしないことも、恐らく知っているはずです。
報告でもリオ達がダメージを与えた子供達を助ける際にも接触したとあります。
となれば、彼女の人格を把握していてもおかしくは無い。
つまり、もし私達があなた達を裏切っても、あなた達は転覆を叶えられないだけ。
その転覆も、あわよくば私達が達成できる。全然フェアじゃありません」
フェミーは確かに少しだけ焦った表情を見せた。
どうやら、メイルの言っている事はあながち間違いじゃ無いようだ。
「…確かにあなたの言うとおりだ、私とあなた達では選択の重みが違う。
だけど、私がこの選択をした意思は! あなた達と同じかそれ以上だ!
当然、牢生活だろうと受入れよう! 拷問だって受ける!
この選択に迷いは無いし、この選択を正しいと信じているから!
…だから、協力をして欲しい、私の命と痛み程度が対価なら受入れる!
だって、あの子達が受けてきた苦しみに比べれば、他愛ないことだから」
「……ほぅ、では、牢に」
…どうする? 止めるべきか? いや、でも…このままメイルに任せるのも良いだろう。
スティールも少しは焦っているが、どうやらメイルのことを信頼しているようだ。
メイルはきっと正しいことをしている、メイルに賭けるのも良いだろうと。
なら、俺もその賭けに乗って見るのも良いだろう。
「さて、ここは拷問部屋です」
「…覚悟は出来てるよ、でも、その前に確認させて欲しい。
私がここに閉じ込められることで、私達に協力してくれると」
「えぇ、良いでしょう、あなたという対価があれば向こうも動けないでしょうし。
因みにあなたが言う2人には常に見張りを付け、動向を見させて貰いますがね。
あなたを救助に来られてはこっちも危ないんで」
「あぁ、構わない」
「…では、まずは足を奪わせて貰いましょう」
マジ…メイルの奴、ナイフを取り出したぞ!?
ど、何処まで本気なんだ!? 本当にあの子の足を奪うつもりか!?
「……どうぞ」
「潔いですね」
メイルはナイフをフェミー足首に乗せた。
本気か!? あと少し…あのナイフを横に流せば、それでフェミーの足は本当に!
「……リオ…信じてあげて」
「……」
「きっと痛いでしょうが、我慢してくださいね?
因みに今、本当の目的を話せば少しくらいは手加減をしてあげますよ?
流石に足までは奪いませんが…どうです?」
「……これ以上、私に真実は無い…さぁ、やるなら…やって」
フェミーは目を瞑り、歯を食いしばった。
確実に足を奪われると受入れたんだろう。
涙も僅かに流れ…顔は真っ青だった。
「はい」
「い!」
メイルは少し不敵に笑った後、そのナイフでフェミーの足を裂いた…様に見えた。
「あ、ありゃ?」
「まんまと騙されましたね、このナイフ、刃はありません」
「……へ?」
さっきまで真剣な表情だったフェミーが初めて子供の様な呆けた表情を見せた。
その表情からは驚きと同時に無意識に出て来たであろう笑顔が浮かんでいた。
助かったという、一安心から無意識に出たんだろうな。
「そんな間抜けた表情から察するに、本気だと思っていたようですね。
でも、何も言わなかったと言う事は…まぁ、一応信用には値しますかね」
「…私を…試したの?」
「えぇ、あなたみたいに大人びた子供をそう易々と信じられませんからね
…と言う訳で、リオ、今度あなたの腸をいただきます」
「恐いことを言うな! と言うか、何その今更!」
「まぁ、スティール様が寝首をかいていないから信用はしているだけですが」
「寝首って…」
「は、はは…は、はぁ…本当…ゾッとしたよ…こんな子供にこんな思いをさせるなんて
…お姉さん、随分と鬼畜だね…」
「戦争で鬼畜も無いでしょう?」
「…確かにね」
少々ゾッとしたが、やっぱり信用しておいて正解だったな。
やっぱりスティールの見る目はあると思うよ、本当。




