ただいま
あの子が指揮下に入り、1日経過した。
俺はマオの魔法で傷はそこそこ癒えて
フレイは足の骨折が回復した。
やっぱりマオの回復魔法はぶっ壊れ性能だな。
「はぁ…」
「リオさん、ため息多いですね」
「…昨日のがな、どうもこう…なんて言うか…その…」
「そんな暗い表情しないでくださいよ。
これから里帰りなんでしょ?」
「いやまぁ、そうだけど」
フレイも足の怪我が回復し、動くことが出来るようになった。
だから今日はひまわりに一旦帰ることにした。
フレイも早く先生に会いたいって言ってたからな。
「そんな暗い表情、大事な先生に見せても良いんですか?
絶対に心配されますよ?」
「分かってるよ…で、なんでお前はしれっと付いてきてるんだよ
お前らは今日、一応仕事だろ? 国王様に報告したりとか
訓練内容を考えてみたりとか、教育方針を全員で協議したりとか」
「私はお守りですよ、子供だけじゃ危ないじゃないですか~」
「ミロル達も待機してるんだし、そっちに付けよ」
「そっちはノエさんが居ますし」
「訓練もしてるんだぞ? あいつら。
特にミロルとマーシャは気合い入れてるんだし。
で、俺達は怪我が問題で参加できないから里帰りをしてるだけだし」
「怪我人が2人居る方が危険だと私は思いますけどね」
「里帰りするだけだろ? ちょっと近場に移動するだけだし」
「ちょっとで攫われることがあるんですから」
「攫えると思うか?」
「まぁ…一般人には無理でしょうけどね」
そりゃな、俺とフレイは怪我をしているわけだが
ウィング、トラの2人は無傷だからな。
この2人相手にただの一般人が勝てるわけ無いだろう。
「それにここは海の向こうだ、敵の偵察も来れやしねぇよ」
「いや、でも万が一があると恐いですし」
「…はぁ、ま、お前に何言ってもここから移動はしないだろ?」
「勿論ですともえぇ」
「じゃあもう良いよ、先生もお前の面は知ってるしな」
そんな会話をしながら、俺達はひまわりの前まで移動した。
ひまわりは1年前から殆ど変わっていない。
「…すね」
「ん?」
ひまわりの前に移動したら中から声が聞こえてきた。
誰かと話をしているのは間違いないな。
でだ、声のトーンから考えて、大人と話をしている?
「お客さんが来てるのかな?」
「かもな…孤児院にお客さんなんて、来て欲しくはないが」
「少し待っておいた方が良いかな」
「だな」
ひとまずは待機だな、話をしている様だし、邪魔になるだろう。
「今日は…の、ご用ですか? …は、今は」
「分かって…、今日は…伝えたい事が」
「伝えたいこと…か?」
「はい…私、この…から…かと」
「え!?」
上手く聞き取れないが、先生が驚愕したことはハッキリと分かった。
「ど、どうしたんだろう…」
「さぁな、でも、知り合いっぽいな」
初めての相手にこんな感じで会話はしないだろうしな。
「ですが! それだと!」
驚いた声が聞こえた後から、一気に声が大きくなった。
かなり驚いている様だな。
「いいんです…もう、私は…じゃ、ありません」
「そんな事はありませんよ!」
「私は…の、を見れただけで……くです」
「何を言ってるんですか!? 折角!」
「……私は、母親失格ですから」
…母親? 誰かの母親が来たって事か?
孤児院に…どうして子供を捨てた母親が来るんだ?
「……母親?」
「……ちょっと入ってみるか」
流石に少し気になってしまい、俺達は扉をゆっくりと開けて
中の会話をハッキリと聞く体勢を取った。
「私は…あの子を捨てたんですよ、ですから、私は母親失格です」
「ですが、それは致し方ない理由があったからで」
「どんな理由があったとしても…私はあの子を捨ててしまった。
小さなあの子を…私は捨てたの」
「ですけど、それは…」
「…それなのに、私は今まで…未練を捨てきれなかった
頑張ってるあの子の話を聞く度に、心配で…だけど
今更あの子に母親なんて言えるわけがありませんよ…
ですから、私はもう…この街から出て行きます。
そうすればきっと…私の未練も…これがあの子の為だから」
「何を言ってるんですか!? 子供は母親と一緒に居たいと!」
「私はもう…母親じゃありませんから…
すみません、カナンさん…沢山迷惑を掛けてしまいました。
…これからも、あの子のことを…私の代わりに守ってあげてください」
「待ってください!」
ヤバ! お客さんがこっちに来るぞ!? か、隠れる場所とか無いし!
「……あ」
「うえ!」
ヤベ! バレた! そりゃあ玄関に集まっていれば…
でも、なんだ? まるで何かに気付いたような表情を。
…ん? 待て、この人…どことなく。
「……う、く!」
この女の人は少しの沈黙の後、僅かに微笑んだ後
首を振り、涙を堪えて俺達の横を駆け抜けようと走り出した。
「待って!」
「おいあんた!」
俺と先生は同時にその女の人を引き留めようと叫んだ。
彼女は俺達の声に少しだけ反応した後、走り出す。
「待ってください」
「ど、どいてください!」
走り出そうとした彼女の前にアルルが立ちふさがる。
あの女の人はアルルをどかそうとするが
アルルは動かなかった…一般人が兵士である
あいつに力比べで勝てるわけがない。
「……ねぇ」
そんな2人の組合を見ているトラが彼女に声を掛けた。
あまり積極的に行動するタイプじゃないのに。
「……」
彼女は何も答えない…トラの言葉に反応する素振りはない。
「…ねぇ、あなたは…あなたは私の…」
トラも何となく気付いていたようだ。
俺は彼女の姿を見たとき、どことなくトラの面影を感じた。
「違う!」
トラの言葉に反応し、彼女はすぐにそれを否定した。
何を否定したのか、トラは何も言っていない。
「……私は何も言ってない…もしかして、私がなんて言おうとしたのか…分かったの?」
「そ、そんな事は…」
「私がなんて言うか予想できる…それは、私の素性を知ってるからでしょ?
それは、私とあなたが」
「違う…私は…あなたとは無関係で…」
「涙を流しながら否定しても、説得力もありませんよ」
「…私…私は!」
「もう…諦めましょうよ、リブさん…」
「…私は…私は!」
リブと先生が呼んだ女の人は、その場に泣き崩れた。
「…やっぱり、私の…お母さん?」
「違うの…私は…あなたのお母さんなんかじゃ無いの!」
「お母さん」
「呼ばないで…私をお母さんなんて呼ばないで! 私は! あなたを捨てたの!
だから! だから…私は…私はあなたのお母さんなんかじゃ無いの!」
「お母さん!」
「呼ばないで頂戴…呼ばないで…頂戴…」
…リブさんはその場で泣き続けている。
トラは躊躇いながらも泣き続けている彼女にゆっくりと近付く。
その目には…僅かな涙が見えた。
「私は…あなたを捨てたの…母親失格なの…だから…こんな私をお母さんなんて…」
「……私は、お母さんが私の為に泣いてくれて…嬉しい」
トラは泣いている母親の背に立ち、母親にゆっくりと抱きついた。
「それだけで…私は嬉しい」
「私は…母親失格で」
「そんな事無い、私の為に泣いてくれるなら…お母さんは立派なお母さんだよ…
でも、私は…私は…」
さっきまで冷静に話していたトラの声が、少しずつ鼻声になっていく。
抱きついている母親の服が、トラの涙で濡れていく。
「トラ…我慢する事無いぞ…お前の母親だって散々我が儘決めてたんだ。
お前も我が儘になれ、我が儘は…子供の特権だぞ?
我慢する必要は無い、俺達に遠慮する必要も無いんだ」
「……ありがとう…お母さん、私は…私はお母さんに笑って欲しい!
私の為に笑って欲しい…それと…私の事を…抱きしめて欲しい!
今まで…甘えられなかった分…沢山甘えたいの!」
「トラ…う、うぅうう! ごめんね! ごめんね! 寂しい思いをさせちゃったよね?
本当はもっと甘えたかったよね? ごめんね…私が…私が!」
「お母さん…お母さん…会い…たかった」
トラと母親はお互いを強く抱きしめた。
家族の再会…その瞬間を見ることが出来るとはね。
……俺達が見てきたのは、ずっと家族の別れだった。
戦場に生きてる以上、再会よりも別れを見るのは当然だ。
だからこそかな…この再会が、本当に輝いて見える。
「……どんな過去があったかは知らないが、良い母親だって事は良く分かる。
……再会できてよかったな、トラ」
「……羨ましい」
「だな、ま、俺達は下がっておこう…家族水入らずの邪魔はしたくないからな。
…あぁ、そうだ先生…ただいま」
「ふふ、お帰りなさい。怪我が無い様には見えませんけど、元気そうで安心しました」
…さて、ひとまずは下がっておこうか。
後で事情を話して貰おう。
気になるしな…あんなに優しそうな母親が
どうしてトラを捨てたのか…そこが気になるからな。




