一時帰国
腹の痛みは…多少だが引いてきた。
やっぱり全力で腹を殴られたのは痛すぎたな。
まぁ、2日程度で痛みが引いてくるならまだ大した事は無かったって事か。
まず間違いなく、ケミーは俺への攻撃を加減してくれたんだろう。
加減してくれてなけりゃ、腹を殴られたのに痛いで済むわけがない。
あいつは身体強化魔法もコピーしてたんだから。
それもフレイ以上の身体強化魔法…人間を全力で殴って
殴られた人間が生きているはずもない。
全力なら、殴られた人間は一瞬で全部の内蔵が破裂するだろう。
そもそも原型が残っているかも怪しいかな。
フレイの一撃でさえ、戦車を破壊できるほどなんだ。
その上位となれば一撃で城くらいは潰せるんじゃねぇの?
間違いなくケースもフレイもお互いに加減をしていたんだろう。
そうじゃ無けりゃ、少なくとも片方は死んでる。
身体強化魔法で耐久は変化しない筈だからな。
「はい、お姉ちゃん!」
「ありがとよ、ウィン」
スティールに許可を貰い、俺達は一時帰国が叶った。
まぁ、あまり長期間という訳じゃないけど、仕方ないだろう。
敵国を1つ取れたとは言え、状況が不味いのは変わらないからな。
「これ位しか出来ないから…それじゃあ、皆を連れてくるよ」
「あぁ、頼んだぞ」
ウィンは再びその場から姿を消した。
やっぱり転移魔法は便利だな。
1人ずつしか連れてこられないのは不便だけど
それでも距離無制限ってのは大きいよな。
「あん!」
「うおわぁ!」
少しだけ落ち着いて周りを見渡すと、正面からナナが飛びついてきた。
「な、ナナ…」
「あん!」
「い、いきなり飛びつくなよ…し、心臓に悪い…」
ナナに触れる事に抵抗はあまりなくなってきた。
犬が化け物に見えていた時期が懐かしいな。
それでもやっぱり不意に飛びつかれると心臓飛び出そうだ。
「だ、だから舐めるなよ!」
ナナは相変わらず相手を舐める癖が戻ってないんだよな。
と言うか、俺ばっかり舐めてくるんだけど…顔がベタベタする…
「くぅん…」
「あ? 腹の方を見てどうしたよ」
「くぅん」
ナナは心配そうに俺の傷を舐め始める。
あぁ、横腹の怪我か…後は腹の痣だな。
飛びつかれたときに腹が出てそこが見えたのか。
「…舐めても怪我は治らねぇよ、でもまぁ、ありがとうな」
犬にそんな事を言っても意味は無い気はする。
そもそも理解できているのかも分からない。
だが、これが怪我だと認識出来るくらいなら
言葉くらい分かってもおかしくないだろう。
しっかし、奇妙な物だよな…人は犬の言葉を理解できないのに
犬は人の言語を理解できる場合があるんだから。
そこに何の差があるのか…考えても分かりゃしないが
案外、人は犬に対してそこまで理解しようと思って無いからかも知れない。
家族とか言ってても、深くまで追及したいと思わないのかも知れない。
もしくは犬の言語は理解できないって諦めてるからかな?
人の常識とか思い込みってのは面倒だねぇ。
ま、そんな事を考えたところで何も変わらないか。
こういうことを考えて犬の言葉が分かるわけじゃねぇんだから。
「くぅん…」
「ちょ、ちょっとくすぐったいな…そろそろ止めて欲しい」
「あん」
やはり俺の言語を理解したのか、もしくは嫌がる素振りを見せたからなのか
ナナは舐めるのをピタリと止めてくれた。
少しずつだけどこいつも俺の言うことを聞いてくれるようになって来たな。
最初は止めろと言っても止めてくれなかったけど。
「よし、良く出来たな」
俺もナナに慣れたからなんだろう。
当たり前の様に頭を撫でることが出来るようになった。
最初の方は…あそこまで嫌がってたのに、人間変わるもんだな。
ほんの1年程度でここまで変われるとは思わなかった。
…いや、人間は何処までも変われるなんて事…とっくに理解できてたはずだけどな。
こっちに来る前、俺はただのゲームオタクだったんだ。
ずっと部屋に引きこもってばかりのニートだったんだ。
それがこっちに来て5年であそこまで家族思いに成長出来たんだから。
まぁ、それ以降殆ど変わっちゃい無いが…
へ、案外やろうと思えばやれるもんだな。
「…ナナ、お互い良く生き残れた物だな」
「くぅん?」
「あぁ、何でも無い」
こんな事、犬に言っても仕方ないのにな。
城の方に転移したからなのか、妙に懐かしい気分だ。
ここは俺達が最初に使ってた部屋だからな。
1年振りの帰宅って奴か、手入れはされているけど一切片付けられてない。
部屋に置いてあった家具もそのままだし。
「ナナは俺達がいない間、ここで世話になってたんだな」
「あん!」
「しっかし、なんで一切片付けられてないんだ?」
「それは、あなた達がいつ帰ってきても良い様にですわ」
「メア姫様!?」
「…久し振りにこの部屋に戻ってきてくれましたわね、リオ」
「…メア姫様、大きくなりましたね」
「もう9歳ですもの…その点、あなたは変わりませんわね」
「魔法の影響らしいですよ」
「そうなのですか? では、どうすれば良いかは」
「それはまだですね、と言うか、それを探す為に戦ってるわけでして」
「国の為ではありませんの?」
「姫様にこう言っちゃうのは何ですけど…自分は1度だって国の為に動いてません」
「……そう、少し寂しいですわね。
ですが、リオらしいと言えばリオらしいですわ
ただまぁ、戦う理由は置いておいて、今はこの言葉を言いましょう。
リオ、おかえりなさい」
「…すぐにもう一度姿を消しますよ?」
「それでも良いのですわ、少し前にも会いましたけど
こうやって普通にお話しするのは…1年振り位ですものね」
「そうですね、では…ただいま戻りました、メア姫様」
久し振りに見た気がするメア姫の笑顔…
俺はこの笑みを見せてくれた彼女の姿は王族の人間ではなく
ただの女の子に見えた…不敬な、とかは思わないけどな。
「きっとリサお姉様も喜びますわ」
「そうですかね?」
「えぇ、リサお姉様、ずっとリオ達の事を心配していましたから」
心配ね…1国のお姫様に心配されるとか、兵士冥利に尽きるね。
「さぁ、リオ」
「どうしました?」
「私のお部屋に行きましょう」
「……何でです?」
「いえ、久し振りに…」
「ただの兵士相手にそれは」
「しかし…同世代の相手との会話を楽しみたいという衝動が…」
「見た目は全然違いますけど、確かに年齢的には同じですね」
中身は違うけど…中身は高校生と小学生…ん? いや待てよ?
俺がこの姿になって何年だっけ? 確か9年?
…これ、カウントした方が良いのか? カウントするとしたら
俺の年齢って…25歳! もう立派な大人じゃねぇか!
い、いや、ノーカンだろやっぱり。
「え、えっと、そう言う役目は…やっぱりトラとかに頼んだ方が…」
「何故ですの? もしや…私と話をするのは」
「いえ! そう言うわけじゃありませんよ!? そう言うわけじゃ!」
ちょ、ちょっと痛んだ…やっぱり興奮したりするとまだ痛むか。
と言うかだ、それは良いんだけど…そうすれば良い? これ。
やっぱり話をするべきなんだろうか…まぁ、そうだな、うん。
「わ、分かりました、お話ししましょう」
「本当ですの? ありがとうございます!」
うぅ…お姫様らしくないなぁ…いやまぁ、9歳だし。
「では、付いてきてください」
「っと、あれ? 何? お姫様まで…何処か行くの?」
「あぁ、ミロル…ちょっとメア姫様とお話ししてくるから
トラ達が来たら伝えといてくれ…フレイは無理だけど」
「はぁ…モテる男は辛いわね」
「リオは女の子ですわよ?」
「…も、申し訳ありません、えっと…モテる女は辛いって事で」
「…後、モテるというのはどう言う意味ですの?」
「え゛!」
そういきなり聞かれても答えられないよなぁ。
「えっと…友達が沢山多いって事です」
「なる程! 確かにリオは友達が多いですわね!」
「…そうですね」
ま、まぁ、うん、そう言うことにしておいた方が良いだろう。
フレイ達は友達というか家族なんだけど…まぁ良いか。
「じゃあ、そう言うことだから」
「待ってお姉ちゃん…私も」
「駄目よ、あなたは他の皆を連れてこないと」
「…でも」
「その代わり、良い子と教えてあげるから我慢してね」
「う、うん」
ミロルが居ると、本当に楽だな…まさにお姉ちゃんって感じだ。
普通に俺よりも姉してる気がする…
いやだってほら、俺はほら…中身男だし。
どっちかというとお兄ちゃん的ポジションだし…
でもこう…なんというか…申し訳ない気持ちがあるんだよなぁ。
「っと、ウィン、後で一杯話そうな?」
「うん!」
さっきまで落ち込んでいたけど、少しだけ笑ってくれた。
はぁ、一安心だ…やっぱり落ち込んだ表情って苦手だな。
…大体流される理由って落ち込まれてって事が多いし。
まぁ、アルルが相手だった場合はそんな事微塵もないが。
「では、こっちですわ」
「あん!」
「ナナも来るのか」
ナナは俺の背中に飛びつき、俺の両肩に前足を乗せて顔をこちらに向けている。
まぁ、まだ子犬って位だから…でも重いんだけど。
「なぁ、流石にこの体勢はしんどいんだけど…降りろよ」
「あん!」
「…言う事聞く気無いな」
「あん!」
「元気に答えるな!」
はぁ…我慢するか。一応フレイとの訓練とかのお陰で
最近は少々力も付いてきたからな。
前はあそこまで貧弱だったのにな。やっぱり場数を踏むと違うな。
成長ってのは妙な物だな、ひまわりで世話になってた間は
かなりの頻度で体調を崩してたのに、今じゃ殆ど崩さない。
ただ…身長は変わらないんだけど…。
くぅ! ここが1番嫌なんだよなぁ!
なんで妹よりも背が低いんだよ! ミロルとウィンだったら
身長差も程々あるから問題無いのに、俺だったら俺の方が小さいし!
だって、ミロル1番身長高いからな…羨ましい。
俺なんて前の身体測定で身長95cmだぞ?
フレイは101cm、トラは99cm、ウィングは97cmだっけ?
で、ウィンは101cm…6cmも差があるんだけど、俺が姉なのに。
普段はあまり気にしてないが…たまーにこう言う感情になる。
「ふふ、ナナはリオの事が大好きなのですね」
「あん♪」
「楽しそうに答えるな…はぁ、部屋に付いたら降りろよ? 重いし」
「あん!」
「だから頬を舐めるなぁ!」
「ふふ、やっぱりリオ達と一緒に居ると…楽しいですわ」
結構な怪我をしたが、こんな平穏を守る為に怪我したってんなら…
この痛みも悪くないかなって思う。
でも、やっぱり痛い物は痛いし、出来れば怪我はしたくないがな。




