最初の肩慣らし
「は! や!」
兵士の訓練を見始めて、あまり時間は経っていないが
なる程、訓練の質は結構良いな。
接近戦闘の訓練においては、相当な物だろう。
弓矢による射撃訓練も行なっているようで、こっちも結構な物だ。
兵1人1人の質は十分過ぎる程にあるし、訓練も相当な物。
これだけの手練れが揃っていても、ここまで追い込まれているのか。
それだけ魔法の優位性は大きいと言う事だな。
「どう? 兵士達の訓練を見るのも中々の物でしょう?」
「そうですわね、必死に訓練している皆様を見ていると勇気が出て来ますわ」
特に非の打ち所が無い上出来な訓練だからな。
何も言うことは無いし、言いたいことも特には無い。
「それじゃあ、次は」
次の目的地に移動しようとしたとき、どうも嫌な音が聞こえてきてしまった。
「何!」
「…お姉様、この音は?」
「まさか…このタイミングで動くなんて…」
「スティール様! リオ様! こちらに!」
その嫌な音に反応した兵士達はすぐに俺達を引っ張ろうとした。
「待ちなさい! 私も戦うわ!」
「スティール様! 無茶です!」
「ここで負ければ、どっちみち私達は全滅でしょう!? なら、やるしか無い!」
「しかし!」
「……はぁ」
まさか、こんなにも早く化けの皮を剥がすことになろうとは。
もう少し待っててくれれば、ミストラル王国の援軍が合流したのに。
ま、どれ位待つかは分からないけど、後悔しても遅いかな。
「こんなにも早く、動くことになるなんてな」
「え?」
「……はぁ、紹介してすぐに撤回ってのも嫌だけど、仕方ないわね。
あんたらに言っておくことがある、さっき私の姪だと紹介したリオ
実は私の姪なんかじゃ無いわ」
「は!?」
「伯父様の忘れ形見でも無い、この国に所属しているわけでもない
別の国から来た英雄」
「ま、英雄なんて柄でも無いけどな」
「どういうことですか!? スティール様!」
「リオは秘密裏に手を結ぼうと思っていた国、ミストラル王国から来た兵士」
「ミストラル王国!?」
「そして、今はファストゲージ国、唯一の魔法使いよ」
「少しくらいはバレないかなと思ったんだが、こうなったら仕方ないよな
スティール、準備を急ぐぞ」
「分かったわ、あなた達は迎撃態勢に移って頂戴!」
「え? あ、は、はい!」
全く、もう少し待っててくれれば良いのに、敵もせっかちだな。
しかし、俺1人でこの状況を変えられるか怪しいな。
1度の襲撃を防衛することは出来るだろうが、一筋縄ではいかないだろう。
とにかくだ、ぼやいてても仕方ない、さっさと準備をしよう。
「はい、これ」
「あ? 軍服? ファストゲージの軍服か」
「えぇ、今、あなたは私達の部隊に所属しているんだから」
「そうだな、しかし、よくまぁ子供用なんてあったな」
「魔法使いを味方に引き入れることが出来たら使おうって思っててね」
「戦力補強か?」
「それ以外に何があるの? 私としては子供を戦わせるのは嫌なんだけどね
でも、自分の流儀を貫いて国が滅んだら元も子もないわ」
「国の長ってのも大変だな」
そんな事を言いながら、俺はスティールから貰った軍服を身に纏う。
全体的に黒色だな、当然だが下は長ズボンって感じか。
ポケットも多くて、色々と納めることが出来そうだ。
しかし帽子は無いのか、帽子って嫌いだから良いんだけど。
胸元にはナイフを入れて置けそうな位の大きさがある胸ポケット。
形的に考えて、ここは確実にナイフを入れるためのポケットだな。
不意打ちに使えるし、不意打ち対策にも使えるか。
「はい、ナイフ」
「ナイフまで渡すのか」
「そりゃそうよ、あなたに死なれたら困るもの、いざと言う時に使いなさい
伯父様の形見よ、大事に使ってね」
「なんでそんな物を俺に渡す」
「設定上は伯父様の娘だからね」
「その設定は完全に捨てただろ? 発表したんだから」
「実際はこれ位しか余りが無いのよ、資源不足で武器調達も一苦労だし。
でも、いざと言う時の獲物が無いと最悪の場合恐いでしょ?
仮にこの襲撃に勝利しても、あなたが死んで、ミストラル王国とも
敵対なんてしちゃったら、私達は絶対に滅ぶし」
「降伏する予定じゃないのか?」
「降伏と敗北は違うわ、降伏なら死者は可能な限り減らせるけど
敗北なら死者が沢山出ちゃう、それは完全な敗北なのよ」
「降伏は完全な敗北じゃ無いと?」
「えぇ、降伏する相手を選べばね」
アルトール国に降伏すれば兵も民も全員殺されかねない。
だから、降伏する相手を選んで俺達ミストラル王国か。
まぁ、降伏させる予定は無いんだけどな。
現状では同盟が1番だと考えているんだから。
「まぁ良い、とりあえず準備だな」
ひとまず無線機を取りだし、ミロルとの連絡を図ってみる。
(どうしたの? 残念ながら到着は先よ)
「そうか、実はちょっと面倒な事になってな」
(面倒な事?)
「あぁ、アルトール国が攻めてきた」
(んな! 冗談でしょ!? 早すぎよ!)
「だから、これから迎撃をしようと思うから、出来るだけ早く来てくれ
早急に持ってこれるだけの戦力をこっちに置くって欲しいんだ」
(分かったわ、しかし、こんな事になるならウィンを連れて行けば良かったわね)
「あぁ、でも、あいつを危険な領土に連れてくるのは不安だったからな、姉として」
(兄でしょ? シスコン)
「表面上は姉だ、後、シスコンじゃ無い」
(妹がいなかったから、妹が嬉しかったとかじゃないの?)
「ま、まぁ、そうだな、妹が出来たのは嬉しかった、しかも超可愛い妹とか」
(やっぱりシスコンじゃ無いの)
「違うっての! てか! そんなのはどうでも良いんだ! 早く準備しろよ!
俺が死ぬぞ!?」
(あなたがそう簡単に死ぬ訳無いでしょ? 見えない死神さん)
「俺は見られたら死ぬタイプの死神だから」
(どんなタイプよ、まぁ良いわ、急いで兵力を整えて向うわ
あなたは無事でも国は滅ぶかも知れないしね)
「俺も死ぬっての…はぁ、もう良い、頼んだぞ」
(任せて頂戴な)
「ったく、誰がシスコンだよ」
とりあえず、これでミロルがすぐに集められる戦力を集めて
こっちに来てくれるだろう、それまでの辛抱だな。
「高性能な無線機なのね、かなり距離があるのに」
「魔法の産物だからな、よし、行くか」
無線機を納め、机の上に置いてあったセキュリティシックスを取り
自分の胸ポケットの中にそいつを突っ込んだ。
ナイフはズボンの中に入れたからな、問題は無い。
正直、ナイフよりもセキュリティシックスの方が俺は接近戦で扱いやすい。
ガキの身長じゃナイフを使って致命傷を与えるのは困難だし
力も弱いから、押さえ込まれたらそれでお終いだ。
それなら、力が無くても扱えるし、致命傷を与える事が出来る
セキュリティシックスを胸ポケットに入れておいた方が良いだろう。
ちょっとデカいが、問題は無いだろう。
「よし、行くか」
「それで、あなたはどう動くの?」
「そうだな、単独で動く」
「え!?」
「本来ならアルルがいるんだが、今回はいないからな
まぁ、それなら単体で動こうかと思ってな」
「いくら何でも無茶よ! 1人は危険すぎるわ!」
「と言ってもだ、俺の戦い方は特殊でな、正直、お前らじゃ役に立たない」
「んな!」
「俺の戦い方は特殊で、基本2人での行動がメインになるんだ。
その相棒役がいつもアルルのアホだったからな」
「じゃあ、今回はどうするの!?」
「1人で動く。人数が多すぎたらデメリットが増えるからな」
「……やっぱり1人での行動は認められないわ」
「だから」
「せめて、もう1人くらい付いてないと、だから、メイル」
「…まさか」
「えぇ、あなたにリオのサポートを任せるわ」
「おいおい! 冗談だろ!?」
「全くです! 何故私がこんなガキに! 私はスティール様の護衛で」
「命令よ、従いなさい」
「しかし!」
「メイルはファストゲージ最強の兵士よ、護衛には申し分ないし
いざと言う時の対策も出来るしね」
「だが、いざと言う時が来るか分からないのに
チームを指揮できるレベルの兵士を俺の護衛に付けるのは!」
「メイルは軍の指揮は執れないわ、あくまで彼女は私のメイドという立場。
機密性の高い立場だから、兵の士気は執れない。
でも、あなたの護衛なら問題は無いからね
結局、後ろの方で遊ばせる位なら、あなたに付けた方が良いでしょう」
しかし、たかが俺の護衛如きに最高戦力であるこいつを使うのは…
それにだ、こいつと一緒にいると、何かすぐに喧嘩になるし。
「私はこんなガキの護衛など!」
「命令には従いなさい、彼女を失うことは私達に取っては致命的なの
それ位、理解しているでしょう?」
「しかし!」
「良いから!」
「……しょ、承知しました」
俺の護衛を嫌がっていたメイルだが、
流石にこれ以上スティールの命令に背くのは不味いと考えたのだろう。
こいつは忠犬、だからこそ、ある意味では信用がおける人物だ。
「……で、何処に行くのですか?」
「城壁の上だな、ひとまずは」
「分かりました、付いていきましょう」
「頼んだわよ、メイル」
「承知しました」
俺とメイルは少しだけぎすぎすした空気のまま城壁の上に移動した。
なる程、結構な状況だな、数もかなり多いようだ。
で、今は先鋒部隊が衝突して、戦闘中と。
そろそろこっちの本体も合流するかも知れないな。
にしても、若干だが動きがな、敵軍の動きがちょっと変な気はする。
全方位からじゃ無く一方から攻めるのは効果的じゃ無いだろう。
この領土以外はもうすでに敵の領土なら、全方向からの攻めも可能だろうに。
後は…あの兵士達の動き、どうも動きが素人感満載なんだよな。
行動が単純というか……後は表情がまるで無い、人形か。
なる程、確かにその通りかも知れないな。
「ここで何をしやがるのですか?」
「変な敬語を使うな」
「私の自由です、で、何をしやがるのですか?」
「情報収集だよ、戦争の基本だろうが」
「情報を集める余裕があるとは、随分と羨ましい立場ですね」
「お前一言一言トゲがありすぎだろ、てか、トゲしか無いだろ」
「あなたに対して優しさなど一切与えません」
「なんでそんなに俺を嫌う」
「あなたには関係ありません」
「関係あるっての!」
クソ! アルルと一緒も面倒くさいが
こいつと2人も面倒くさい! 何だってこんなに俺に対して喧嘩腰だ!
はぁ、本当に出会って殆ど経ってないのに訳が分からねぇ!
「まぁ良い、基本的に戦況はどっかの誰かが余裕を持って見据えないと駄目なんだよ
余裕が無けりゃ、1つのもんしか見えないが、余裕があれば色々見えるだろう」
「…まぁ、確かにその通りですね」
「で、今、俺がやってる行動は余裕を持って周りを観察する役目
その結果、どんな状況が見えたかを俺はスティールに伝達する。こいつでな」
ミロルとの通信に使ってる無線機だが、これでもスティールとの連絡は可能だ。
あいつも無線機は持ってるからな、作戦の総指揮を執ってるなら当然だろう。
今回、俺の役目はスポッター兼サポーターだ。
基本的には敵の状況や行動をスティールに伝達する。
必要であれば、狙撃銃での援護を行なう。
あまり狙撃をしすぎると危険性が増すからな。
フレイとかがいれば問題は無いんだが、今回はメイルだけだ。
こいつの実力を疑ってるわけでは無いが、最悪の事態を避ける為に
可能な限り危険を伴わない行動を取りたいからな。
「そんな役目が必要と?」
「必要だ、お前は戦場に出たとき、ただ目の前の敵を倒せば良いと考えてるのか?
それじゃあただの脳筋だし、そんな思考じゃ俺の部隊にいる
怪力馬鹿以下の知能指数だ、ガキ以下って致命的だろ」
「……」
「戦いをより有利に立ち回るのに必要なのは情報が必須だ。
そこにより素早く伝達が出来る手段があれば、よりスムーズになる。
戦場を覆せる行動を素早く取れるというのは大きいんだ。
戦場は生き物みたいな物ってよく言うだろう?
チャンスを確実に物に出来る内に行動を取る為にも素早い伝達は必須だ」
「力が無くては何も出来ないでしょう?」
「そうだな、ま、力だけじゃ何も出来ないが」
「情報だけでも何も出来ないでしょうに」
「その通りだ、だから、戦争に打ち勝つために必要なのは
大きな力、正確な情報、確実な連携、素早い判断、挫けない意思
他にも色々とあるが、大きな要素はこの5つだ。
どれか1つが欠ければ、戦争で勝利することは困難だろう
意思なき者に剣は握れず。力無き者に勝利は無い。
情報を軽んじる者は背後を刺され。連携を取らぬ愚者は1人死ぬ。
判断の出来ない不断者はただ死ぬのみ。
何処かが欠ければただ死ぬだけだろう」
これが、俺がこの世界に来て経験し、理解した心得。
意思がなければ戦えない。力が無ければ抵抗も出来ない。
判断が遅ければ仲間は死ぬ。連携が出来なければ仲間を殺す。
情報が無ければ動けない。
どれか1つが欠落していれば、俺は…俺達は全滅してただろう。
「そして何より、負けないように全力で立ち回る事が大事なのさ」
「勝利を得なくては無意味ですよ?」
「勝利を追ってたら、負けが確定した時…どうする?
軍の本体は壊滅、残っているのは後方部隊だが、その部隊は撤退。
戦える部隊は自分達が指揮する部隊のみ、勝利は確実に逃した。
こんな時、勝利だけを追ってたら何も出来ないし死ぬだけだ」
「勝てないのなら何処まで行こうと負けでしょう」
「馬鹿だな、生き残れば引き分けだろ? 俺達の敗北は死なんだから」
「……意思を残す死だって」
「あぁ、あるぞ、だが、それもやっぱり敗北なんじゃ無いかって俺は思う。
っと、あぁ、そう動くか、スティール、敵の後方部隊の一部が移動した。
狙いは包囲だと考えられるが、どうする? プレッシャーを掛けるか?」
(うぇ? 無線機から声するけど、何? リオ?)
「そうだ、で、どうする? 不意打ちを仕掛けようとしてる敵別動部隊に攻撃するか?」
(え? あ、出来るならお願い…でも、どうやって)
「安心しろ、お前らに仕掛けたときと同じ様にするだけだから」
さて、狙撃銃の出番だ今回は人が相手じゃ無い…躊躇いは無いぞ。
でも、最小限の犠牲で最大限の結果を残す。
最小から最大の結果ってのは、何か格好いいだろ。




