防衛後
ミロルの撤退、これは敵の陽動部隊にはかなりの動揺を及ぼした。
奇襲部隊も壊滅、陽動部隊も総司令の撤退。
絶対的な自信があった敵の精鋭部隊にこの報告は強烈だったのだろう。
更には都市の奪還兼陽動を行なっていたという
騎士団の部隊もクリーク率いる防衛部隊により壊滅。
これほどの打撃を食らい、敵兵達はそそくさと撤退を始めた。
俺達は撤退している部隊の1割程度を捕獲することに成功。
彼らが装備していた銃火器を回収することに成功した。
そして、戦車の確保、これはかなりの大戦果だった。
「本国とトロピカル地方の防衛、あの都市も防衛できた
更には銃火器の確保、戦車の鹵獲…大した収獲だ」
「ただ、犠牲もかなりの物になりましたね」
こちらの犠牲は全兵士の2割ほどを失ってしまった。
…あれほどの規模の攻撃に対し、この犠牲はまだ少ない方かも知れない。
向こうは未知の武器を扱い、リーチも長い。
そんな装備を扱う相手に対し、この犠牲は大分少ない事だろう。
だが、どうも割り切れない、どれだけ犠牲が少なかろうが
犠牲者が出たという事実は変わらないのだから。
「そうだな」
「後、内通者、結局動きませんでしたね」
「国王を厳重な警備下に置いていたからな、動かなかったんだろう」
「…本当、誰なんでしょうか」
「分からん、だが、最高幹部にはいない、それは間違いない」
「逆を言えば、まだそれ位しか把握できていないんですよね」
「そう言う事だ」
本当巧妙に姿を隠すな、ここは陽動を使うべきだったかも知れない。
だが、あんな状況下で陽動の為に割く兵力は無かっただろう。
「後、リオさん」
「何だ?」
「体、大丈夫ですか?」
「は、今までに比べれば、大した事は無い」
今までかなりの頻度で重傷を負っていたが、今回はまだマシだった。
ただ足を骨折しただけだ、あの捻ったときに折れたらしい。
通りでろくに立てないわけだ、マジであいつらがいて助かった。
「普通なら重傷なんですが、リオさんの今までの怪我を考えてみると
まだ大分軽傷なんですよね、足の骨折だけなら」
「そうだな」
本当、俺ってマジで色んな修羅場をくぐり抜けてきてるよな。
よくまぁ、今まで生き残ってきたよ、普通なら何度も死んでるって。
……弾丸の中で銃乱射して、辛うじて生存もあったし。
…しかし、あの時の事を思い出すと、どうしてもミロルが出てくる。
あいつ、結局なんなんだ? あいつはミミなのか?
何で、あいつは死んじゃい無いはず…そんな馬鹿な。
もしも死んだというなら、どうしてそんな事になった?
俺はちょっと犬に追いかけられて死んだけど…うぅ、犬…
「わん!」
「うわぁ! にゃ、にゃんでナナを連れてきてるんだよ!」
「くふ、にゃん…うふ、うふふ、あ、鼻血が
でもリオさん! ここはニャンではなくワンと!」
「お前殺すぞごら!」
「あ、暴れないで! 状態分かってます!?
それと、大体リオさんが暴れたら」
「わん!」
「ひょわぁあ! 乗るな! 俺の腹に乗ってくるなぁ!」
「大体ナナちゃんが飛びかかってきますよね-」
何で暴れたらこっちに来るんだよ!? 普通は逆だろ!?
普通は逃げるだろ!? 何なんだよこの犬!
「わん!」
「舐めるなぁ!」
ひぃ! もうやだぁ! 何でここまで懐かれるんだよぉ!
ベトベトだ! 頬がベトベトだぁ! 止めてくれぇ!
「止め! あぶ! 舐め、あぶ!」
何かを言おうとする度に唇を舐めようとしてきやがる!
止めろぉ! 唇を舐めようとするんじゃ無い!
喋れないし、何か鼻の近くだから臭いがぁ!
でも、バナナばかり食ってるからか、案外臭わない。
だが! やっぱり口元を舐めてくるのは止めて欲しい!
「この!」
俺は取り合えずナナの口を押さえて、これ以上舐めてくるのを止めた。
「くぅん」
だが、ナナは俺の掌を舐めてくる、止めてくれ! くすぐったいからぁ!
「やめろぉ! 止めてくれぇ!」
「掌って案外くすぐったいですし」
「分かってるなら止めろ!」
「いえ、リオさんがベトベトになるのを見るのは、何だか興奮しますし!」
「気持ち悪いことを言ってるんじゃ無い! マジでお前!
うお! や、やめ! くふ! そろそろ、やめ!」
「あぁ、リオさんがベトベトになっていく、うふふ~!」
「ふざけてないでこいつを引っぺがせ!」
「あー、はーい、これ以上リオさんがジタバタして
色々とぐちゃぐちゃになったら大変ですからね」
アルルがようやく俺からナナを引き剥がしてくれて
俺はようやく解放された、本当に勘弁して欲しいよ。
「は、はぁ、キツい…」
「いやぁ、ナナちゃんもかなりリオさんの事が大好きなんですね」
「そもそも、なんでこいつがここにいるんだよ」
「ここはトロピカル地方のお城ですよ、今はそこで飼ってるのですから
この場所にナナちゃんが居てもおかしくないでしょ?」
「くぅ…マジで勘弁して欲しい」
「しかしリオさん」
「何だ?」
「今の状況…実はかなり凄いんですよね」
こいつは何を言い出してるんだ? 全くもって理解不能だ。
「はぁ? 何が?」
「…リオさん、今…シルバーさん入院中ですよ?」
「それが?」
「……いや~、今現在、私を止める人がいないと言うことです」
「…ま、まさかお前!」
「冗談ですよ、満身創痍のリオさんを襲うのは私のプライドが許しません」
「満身創痍じゃ無かったら襲ってくるのか?」
「愚問ですね」
もうやだこいつ、何か日に日に変態度が増してきている気がする。
本当、勘弁してくれよ…。
「あ、リオさん」
「何だよ…」
「りんご食べます?」
りんごなんてあったんだな、それなら食いたいな。
「くれるんならくれ」
「はーい、剥いで来ますね、少々お待ちを」
アルルが俺のベットの横に座り、りんごの皮を剥いでくれた。
結構な頻度で俺達の料理を作ってくれているからか
かなり上手に皮を剥いで行った。
アルルは器用にりんごの皮を使い、息をする様に兎剥きを完成させた。
これはかなりの物だな、こんなに器用なのに銃の腕はからきしか。
まぁ、手先の器用さと銃の精度は直結しないから仕方ないか。
「はい、出来ました」
「はぁ、早いもんだな、1分も掛かってないんじゃ無いか?」
「まぁ、なれてしまえばこんな物ですよ、はい、リオさん」
爪楊枝でりんごを刺し、俺の口元に近付けてきた。
「……何の真似だ?」
「え? やだなぁ、分かるでしょ? はい、あーん」
「……」
「あーん!」
「……」
「なんでお口を開けてくれないんですか!?」
「誰がお前なんかに食わせて貰うか、自分で食うわボケ」
「いえ! やっぱりりんごの皮むきと来たら! あーんですよ!?
あーんに違いありません! 絶対そうですし! ですから、あーん!」
「だから! 自分で食うっての!」
「こればかりは引けません! やっぱりこれはやるしか無いでしょ!?」
「やらない!」
「大人しくやってください!」
……こいつ、妙なところで頑固だな、なんであんな事をしないといけないんだ。
そんな事をするのは精々小さい子供と母親か、仲の良いカップル位だろ!
「絶対にやらん! それをやるのは仲の良いカップルか小さい親子だろ!」
「ふ、大丈夫ですよ、端から見ればこれは仲の良い姉妹のやり取りです」
「俺の気持ちの問題なんだよ! 他人からどう見られるとか知ったことか!
そもそもここは病室! 俺とお前くらいしかいないのに
何で俺が他人の目を心配してると思ったんだ!」
「で、では、私にあーんして貰うのが嫌なのですか!?」
「もちろんだ! だから、1人で食う!」
「く、くぅ! い、良いじゃないですか! あーんくらい!
せ、せめて1回! 1回だけでもやらせてください!
そうすればもうしません! だから、お願いします!」
あ、アルルの奴め、まさか土下座までしてくるとは。
「ど、どんだけこの行動に全力なんだよ」
「えぇ! 全力全開です! な、何なら、足でも舐めますから!」
「そこまでなのか?」
「はい! 全力です!」
う、うぅ…そこまで必死なのかよ、たかだか一瞬の行動で…
しかし、こいつにプライドとかあるのか?
少しくらいはプライドを持って行動して欲しい物だ。
「……わ、分かったよ、1回だけだ!」
「は、はい! やった!」
アルルが大人とは思えないほどに嬉しそうに跳ねた。
何で大の大人が子供みたいにはしゃいでるんだよ。
「さ、さぁ、リオさん! あーんを!」
「う、うぅ…」
「さぁさぁ! はい、あーん!」
「…う、うく、うぅ…あ、あーん」
「り、リオさんが目の前で小さなお口を開けて
私のりんごを頬ばってくれている、うふ、うふ、うふふ…
しかも、お目々まで瞑って、わ、私は、私は!」
「あむ…」
「げんか、ぐふぁ!」
アルルが目の前で鼻血を噴き出して、その場にぶっ倒れた。
最初の方なら心配して声を掛けているかも知れない。
だが、もうこの光景も見慣れた物だ、この変態女め。
いい加減にしてくれよ…んー、しかしこのりんご案外美味い。
ま、あれだな、あの馬鹿の鼻血が体にかからなくてよかったよ。
「あはは~、わ、私の花園だぁ…」
「んー、案外美味いぞ、なんて言っても聞こえてないだろうが」
アルルは鼻血を流して気絶しているからな、こんな状態の奴に
俺の小さな声が届くわけが無い、本当にいちいちオーバーな奴だ。
「リオちゃん、体調は大丈夫?」
「お前らも来たのか」
「うん…ありゃ? 何でアルルが鼻から血を流して倒れてるの?」
「……」
フランがぶっ倒れているアルルの方に歩いて行き
軽く頬をつついたり、鼻を摘まんだりした。
そんな事をしても起きないことを確認した後に
フランは悪い笑みを浮かべて、病室から飛び出した。
「何だ、あいつ」
「フランちゃん、何か良いこと閃いたのかな?」
「さぁな」
「まぁ、今は良い、で、リオ…大丈夫?」
「大丈夫だ、今までの怪我と比べりゃ、骨折程度、大した怪我じゃ無いからな」
「足の骨が折れたんだよね? 普通はもっと大変なんだろうけど」
「いや、だって、俺は何度も命に関わる怪我をしてきたからな
それに比べれば、骨折なんてミツバチに刺された程度だろ」
「い、痛いじゃん」
「オオスズメバチに刺されるよりは断然マシだろ?」
「オオスズメバチに刺されたこと無いからわかんない」
「そ、そうだな」
考えてみれば、オオスズメバチに刺されたことが無いのに
痛みが分かるわけ無いか…だが、ミツバチに反応したと言う事は
フレイはミツバチに刺された経験があるという事だな。
まぁ、何でもかんでも興味持って触りに行く様な奴だったし
あり得そうだけどな。
「…きひひ」
俺達が会話をしていると、大きな筆を持ったフランが帰ってきた。
フランはその筆を使い、アルルの顔に盛大に落書きを始める。
「出来た」
アルルの顔には髭やまぶたに目玉を描かれ、ほっぺたにも髭。
目玉を囲うように丸もされてたし、鼻の先は花の絵を描かれている。
「ぷふ…」
その強烈な顔をみて、つい笑いが溢れてしまった。
「私もやる!」
で、そんなフランに触発されたフレイがアルルの顔に落書きを始める。
結果、アルルは全身に落書きをされてしまい、悲惨なことになった。
だが、ど、どうしても笑いが…ぷふ、な、情けない、くく!




