変わっても変わらない
合宿が始まって、もうすぐ1ヶ月が経過する。
何か長かったな…でも、長く感じた理由の殆どが
最初の方で色々とあったからなんだよな。
あの後から、別に何かハプニングが起ったとかは無いし
あの最初の数日間だけが異常な程に濃厚だった。
まさか風邪なんて引かないと思ってた俺が
風邪を引いてしまうとは思わなかった。
「そろそろ1ヶ月だね」
「だな、まぁ、長かったが、別にいつも通りだったな
あいつらもすっかりサバイバル慣れしてきたし」
「リオちゃん! これ、食べられるっしょ!」
「まだ食えるのか?」
「もちろん! 私達が奪った命、無駄にはしないよ!」
全員、今まで以上に好き嫌いが無くなってきて
料理に失敗した場合でもそれを意地でも食べるようになった。
狩りの効果なのか、フレイは気配を消すのが上手くなり。
トラは今まで以上に正確な投擲が出来るようにもなった。
ウィングはすぐに色んな物が出せるようにもなったし。
ウィンは同時に2つの物を一緒に転移できるようになった。
フランは催眠術を動物に掛けたりする場合、瞬時に出来るようになったし
メルトは両手を魔道兵の腕に変えることが出来るようになった。
マルはスポットの範囲が動物か人間かの区分けが出来るようになって
全員、かなりの成長をした、俺は別に何も変わってない。
何か寂しい気がする…ただ、少しだけ狙撃銃を出す速度が上がったかな?
とか、思ってみたいが、多分殆ど変わってないと思う。
早く動く奴を狙撃できるようになった…とか、思ってみたりしたが
考えてみれば、元々早く動く奴も狙撃できてたし。
狙いにくい急所を狙えるようになった…とか、思ったりしたが
やっぱり元々出来てた…俺だけ成長が微妙な気がする。
でもまぁ、海中の魚を撃ち抜けるようにはなったぞ。
「リオちゃん! これも食べよう!」
「そうだな」
「リオ、こっちは?」
「いけるだろ」
「お姉ちゃん、お、お茶を入れたよ」
「あ、ありがとう」
「リオ、この道具はここで良いかな?」
「大丈夫だ」
「リオ、動物のスポットもう大丈夫?」
「もう良いだろう、あと2日程度、今の食料で十分だ」
「リオ…誰だ?」
「フラン、くだらない事は止めろ」
「リオちゃん、お魚どう捌いた方が良いかな?」
「これはこうだな」
何だかこの1ヶ月で俺が色々と引っ張りだこになった気がする。
「リオさんはこの1ヶ月で子供達に好かれたという感じですわね」
「いやいや、リオさんは元々こんな感じだと思うね」
「子供達の中心がいつもリオさんですね」
「それもいつも通りだよ」
いや、色々と聞いてくるのが俺って問題があると思うぞ
何で本来保護者的立場であるはずのあいつらには質問が来ないのに。
俺ばかり質問が来るんだよ、何だ? 質問しやすいのか?
でも、やっぱりサバイバル関連の質問は向こうにして欲しい。
「…はぁ」
それから2日の時間が経過し、合宿が終わる日がやって来た。
その日はシルバー達は全員姿を消している。
「皆いないね、どうしたんだろう」
「さぁな」
それから少しの間、子供だけで過ごしていたが。
入り口からただいまという声が聞えてきて確認しに向った。
「リオさん、今帰りましたわ」
「あぁ、何処行ってたんだ?」
「アルルさんをお迎えに行ってました」
そうか、今日はアルルが戻ってくる日か…どうなったかな、あの馬鹿。
まともになって帰ってきてくれてりゃ良いけど。
「お久しぶりです、リオさん…アルル、ただいま戻りました」
「だ、誰だそいつ!?」
何あいつ! 何あの謎のキラキラオーラ! 毒っ気が完全に消えてやがる!
その上、何かどことなく発せられている謎のイケメンオーラ!
え? あいつ、こんな真面目で落ち着いた表情出来るの!?
「リオさん、私ですよ、アルルです、久し振りすぎて忘れてしまいましたか?」
話し方も妙に落ち着いていやがる…何だ? 訳が分からないぞ!?
「おや、リオさん、少々服が乱れていますよ? 駄目じゃ無いですか
また風邪を引いてしまいますよ?」
あぁ、服が少し乱れていたのか、あまり気が付かなかった。
しかし、普段のアルルなら結構暴走して飛び込んできそうだが。
「本当、誰お前」
今のアルルは静かに近づいてきて、テキパキと衣服を整えてくれた。
その後、すぐに1歩下がって小さくお辞儀をしてくる。
マジで誰これ…立ち振る舞いとかも紳士のそれなんだけど。
「凄い変わり様でしょう? アルルさん、私が色々と叩き込みまして」
「な、何を叩き込んだんだ?」
「シルバーさんから紳士としての振る舞い等を教わりまして」
「お前、男じゃ無くて女だろ? 紳士じゃ無くて淑女だろ」
「リオさんが精神は男であるとした様に、私は精神を紳士としたのです
今までの無礼の数々、誠に申し訳御座いません
今日からの私は前までの私とは違い、紳士にリオさんに仕え
一生、リオさんを支え続けて見せましょう」
「…な、何か、キモい!」
あり得ないだろ!? 何か立ち振る舞いが全然あいつじゃ無くて逆に怖い!
「おやおや、リオさん、女の子がキモい等と言ってはいけませんよ?
精神は男でも立ち振る舞いは淑女として、そんなに可愛らしいのですから」
「ナチュラルに変な事を言うな、何か逆に怖いわ」
「失礼、今までの私の振る舞いのせいですね、ですがご安心ください
もうあの時のような振る舞いはしませんので」
「…し、シルバー、マジにこいつはアルルなのか?」
「アルルさんですわ」
「え? アルルなの?」
「はい」
「あの変態なの?」
「ま、まぁ…そ、そうですわ」
「紳士と言ってくださいませ」
……な、何か、し、信じられないな…と言うか、色々と変わりすぎて
逆に取っつきにくいというか、やりにくいというか。
前までの変態野郎よりかはマシ…なのか?
「では、リオさん、お部屋にエスコート致しますよ」
「いや、1人で行けるから手を差し出すな」
「それは失礼しました」
うわぁ…や、やりにくい、超やりにくい…
それからもアルルはずっと俺の後ろの方で待機している。
何か…お、落ち着かないなぁ、いや、前までもいつも近くにはいたけど。
その時は側面とか正面とかにいたんだよな。
でも、今は何歩も後ろに下がってる。
「な、なぁ、なんでそんなに離れてるんだ?」
「リオさんのパーソナルスペースに入らないためです
私が近寄ると、リオさんに不快な思いをさせてしまいますので」
…そうか、そう言えばそんな単語があったな、パーソナルスペースか。
でも、今まで結構普通に手が届く範囲にあいつがいても
別に不快には感じなかったんだよな。
まぁ、慣れてたからかね。
「そ、そうか…」
やっぱり今のあいつは慣れねぇ! 当たり前が変わるのが1番怖いわ!
「な、なぁ、シルバー…」
「何でしょう?」
「あいつ、何か執事っぽくなったな…」
「そうですわね、かなり楽になったでしょう?」
「まぁ、そうだけど…何か落ち着かないんだよなぁ」
後ろの方でテキパキと俺の部屋を掃除しているアルルを見て
何だか気持ち悪いと感じてしまった。
「いずれ慣れると思いますわ
もうアルルさんに悩まされることは無くなるでしょうし」
「そう…か?」
何だか別人と感じてしまって、慣れる事が出来そうに無いんだよなぁ。
それから俺達はひとまず城に戻ったが…アルルはあのままだった。
「アルル、かなり変わったね、何か凄いよ」
「あ、あぁ…何か別人みたいで近寄りがたい」
「うん、私もそう思う、前のアルルはかなり近寄りやすかったけど
今のアルルは…何だか違う気がする」
「あの笑顔…本当の笑顔じゃ無いみたいでちょっと怖いなぁ…」
あのアルルに近寄りがたいと思っていたのは俺だけでは無く
フレイ達も同じ様だった、やっぱりあれは慣れない。
「…くふふ、悪戯しちゃう?」
「い、悪戯?」
「ほら、アルルにリオちゃんの可愛いところを見せて、こう」
「嫌だ、なんでそんな真似しないといけないんだ!」
「大丈夫だよ、あのアルルなら問題無いって」
確かに問題無いかも知れない、だが、俺の気持ちの問題だ!
「あ、そう言えば、アルルが前…」
「猫の手? じょ、冗談きついぞ、俺がやるの?」
「うん」
「ふざけるな! それならお前らも一緒にやれ! 何で俺ばっかりそんな!」
「あはは、面白そうだし、私もやるよ?」
「私も」
「皆がやるなら私も」
「マジで!?」
ヤバい…墓穴掘っちまった! まさか全員乗ってくるとは!
「じゃあ、やろうよ」
「ま、マジでやるの?」
「うん、あ、皆も集めてきたよ」
「やり過ぎだろ…」
作戦決行はすぐに行なわれた、しかもフレイの奴
何処から持って来たのか知らんが猫耳まで持ってきやがった。
まぁ、不格好な所から考えてみて、こいつが作ったのか?
悪戯に全力すぎるだろ、こいつ。
「アルル」
「はい、なんで!?」
「ニャー! 猫パンチー」
「にゃー」
「ほら、リオちゃんも」
「マジで? マジでやるの?」
「ほらほら!」
「うぅ…何でこんな…にゃ、にゃー」
「く!」
アルルが顔を思いっきり殴られたかの様に鼻血を噴き出した。
「おぉ!?」
「こ、これは…これはぁ…! り、リオさん! その、その格好は!」
「くそう、何でこんな事に…」
「リオさーん!」
「あだぁ!」
不意に走り出してきたアルルが俺を抱き上げてきた!
「何すんだこの!」
「いやぁ、可愛いですねぇ!」
「極端すぎるだろ! この、馬鹿!」
「あだぁ!」
は、はぁ、ビビった、全く何なんだよ、マジで極端だなぁ。
「あはは、アルル戻ったね!」
「はぁ、だな…」
「よかったね、リオちゃん!」
「よくない、こう普通になってくれりゃあ良いのに」
「あれがアルルの普通なんじゃ無いかな?」
「あぁ! リオさん! 1ヶ月間もご無沙汰で私はぁ!」
「来るな!」
「ぎゃふ! あたた…でも、やっぱり私はこんな感じが良いです」
「やれやれ、少しは落ち着きを持てよ、この馬鹿め」
…まぁ、さっきまでの違和感しか無いアルルよりはまだマシか?
あのアルルは怖かったからな、これはウザいだけだし。
「いえ、流石に1ヶ月間も会えなかったら暴走もしますとも!」
「だからって飛びかかってこなくても」
「それよりもですよ!? リオさんのあんな姿を見たら!
私は、私はぁ! 暴走にゃんこになりますとも! ニャー!」
「黙って寝てろ」
「あだぁ!」
…まぁ、よかった…かな。




