次への準備
「まさかシルバーさんはお酒に酔うとああなるとは」
「予想外だったな、あれは」
酒に酔うとかなり強引な性格になるとは思わなかった。
何てったって俺とトラを担いで城壁の上に行くくらいだ。
普通じゃあり得ないだろう。
「で、今日は二日酔いですからね、あんなに飲めば当然ですが」
「ケイさんも二日酔い、死にかけだな」
ケイさんは来ているのだが、二日酔いでぶっ倒れている。
周りの兵士達もケイさんがこうなる理由は大体知ってるようで
かなり酒を飲んだんだと理解している。
つまり、普段から何度も酒を飲んで二日酔いで
ぶっ倒れていると言う事だな、良いのか? それで。
「よいしょ、お姉ちゃん、お姫様達から伝言預かってきたよ」
さっきまで居なかったウィンが突如目の前に姿を現した。
普通ならあり得ないことなのだが、これはウィンの魔法らしい。
空間転移系の魔法、テレポートだな、だが、移動できるのは自分と
自分が手に持っている物と同時だけらしく
手に持っている武器を相手の体内に召喚、なんて言う使い方は出来ず
一緒に転移できる人も1人と少ない。
更に転移できる場所は自分が1夜以上過ごした経験がある場所にしか
移動できないという、結構使い勝手が悪い転移魔法だ。
しかしだ、それでも1夜を過ごした場所になら
距離関係なしに瞬時に移動できる能力は凄まじいと思う。
伝令としての能力も凄まじいから、伝達もスムーズに出来る。
場合によっては戦線離脱も可能、問題は一緒に逃げられるのが1人だけで
その後救助に戻ってくることが出来ないと言う点だ。
だから、転移で離脱できるのは重傷者程度位か。
でもまぁ、中継拠点を作ったりすれば往復は可能だし
その場に物資を運ぶことも容易に出来るから利便性は高い。
だから、ウィンには小さな戦士達の伝令として頑張って貰ってる。
伝令なら命の危機に瀕する可能性も低いだろうしな。
適正レベルは知らないが、推測ではA~S位だと思う。
「ん、伝言って何だ?」
「えっと、どうやらそろそろ次に侵攻しようという計画が出てるらしいんだ」
「あまり経ってないのに、随分と積極的に動くな」
どうも今は波に乗っていると判断してか、かなり速い進行だな。
「うん、後、今は兵士? を、こっちに向わせてるって」
「到着次第進撃という感じか」
「そうらしいよ、で、お姫様はちょっとだけ進撃ルートを
私達に探って貰おうと思ってるらしいんだ」
「ルートを探るだけか?」
「詳しくは聞いてないんだ、ごめんなさい、今から聞いてくる?」
「いや、大丈夫だよ、まぁ、メア姫達が危険だと考えているのに
敵基地の捜索まで指示してくるとは思えないしな」
あの2人はそこら辺かなり甘いからな、多分頼んでくるのは
安全だと分かっている範囲内だろう。
「そうだね」
「じゃあ、分かったと伝えておいてくれ」
「うん!」
俺の言ったことをすぐに実行するためか、ウィンは再び姿を消した。
やっぱり便利だよな、ウィンの転移魔法は。
距離無制限というのがかなり強い、伝令としては最強クラス
運搬でもかなり利便性が高いしな。
手に持っている物と一緒に転移できると言う事は
手にさえ持っていれば、重い荷物も運べると言う事だしな。
「ウィンさん、かなり優秀ですね」
「あぁ、もしかしたらお前よりも優秀かもな」
「か、可能性ありそうですね」
「それに変態行動が無い分、お前より断然やりやすい」
「ほ、ほら、リオさんとウィンさんは姉妹ですし
やりやすいという感情があるのは、と、当然ですよ!」
まぁ、何を言おうとも、こいつの変態要素がマイナスに振り切れてる以上
何を言おうとも、俺的な順位ではどう考えてもウィンの方が上なんだよな。
「はぁ、やれやれ」
「あはは…」
そんなやり取りの後、ひょいっと目の前にウィンが姿を現した。
「お姉ちゃん、伝えてきたよ、そしたらお願いしますわ、だって!」
「ま、やることはやるさ、で? いつ頃出発する?」
「3日後はどうですか? その間に荷物も色々と用意しますから」
「じゃあ、3日後だな、じゃ、今日の食事の後、フレイ達にも伝えるか」
「ですね」
その日の晩飯、俺はフレイ達に今回の指令のことを告げた。
一緒に席に着いていた兵士達は自分達も行きたいと言うが
俺はここの防衛を頼みたいと言い、何とか説得した。
流石にこの人達をまだ巻込みたくはないからな
その内その可能性があるとは言え、少なくとも今はまだ速いと思う。
出来ればフレイ達も巻込みたくはないのだが、俺達は部隊だ
俺1人ではもしもの事があったときに対応出来ない可能性もある
お互いが生き残るためには少しでも生存確率は上げておきたいからな。
その後、準備は順調に進んでいき、3日後はすぐに来た。
全員ある程度の武器や装備を整えての捜索開始だ。
「よし、捜索開始日だが、その前に指示の確認をしよう」
「指示の確認ですか?」
「あぁ、もしはぐれた時、指示を出せるようにな
遠くまで聞える音と言えば、俺が使う狙撃銃の音だろう
この音が一定の間隔で鳴ったら撤退命令だ、分かったな」
「はい、ですが、どれ位の間隔ですか?」
「あぁ、やるから良く聴いておけよ」
俺はウィンチェスターを召喚し、空に向けて1発
弾を込めて2発目、もう一度弾を込めて3発と撃った。
「まぁ、こんな感じだ、分かったか?」
「その間隔ですね、分かりました」
「えぇ、特に私たちはしっかりと覚えねばなりませんわね」
「まぁ、ウィングさん達が忘れるかもしれないしね」
「お世話が役目だし」
ま、こいつらが覚えていれば大丈夫か。
「じゃ、行くか」
指示の確認をした後、偵察に向うことにした。
「えっと、確かケイさんのお話しではこの山を抜けた先だそうです」
「山を登るの大変そうだね」
「えぇ、大変ですよ、だから登山道具を用意しました!
それとこの山は木々が多く、足場も不安定
離れるのは危険なのでちゃんと引っ付いてきてくださいね」
「じゃあ、フレイさん、手を繋ぎましょう」
「ん? 何で?」
「はぐれると危険ですので」
「じゃあ、分かった!」
意外とすんなりとマナの言う事を聞いたな。
でも、マナ、ナイス判断だ、フレイはすぐに何処か行くからな。
だから、はぐれやすい所ではちゃんと手を繋いでやらないと。
「では、私たちも繋ぎましょうか?」
「ん」
「マルさんも」
「分かった」
シルバーはトラとマナの手を握った、これならはぐれないかな。
「だったら、私達も手を繋ごうか」
「うん」
「メルも」
「うん」
メルトはウィングとメルの担当か、大丈夫だろうな。
「…では! リオさん! 私と!」
「いや、俺は別に」
「はぐれたら大変ですよ!? 大変なのですよ!?」
「俺は大丈夫だって、だからお前はフランとウィンの手を握ってろ」
「何でですか!? この流れなら、私はリオさんとおててを繋いでも
何の違和感もない筈! 下心なんて無いのですよ!?
私は純粋にリオさんがはぐれたら大変だから手を握ろうと!
あと、リオさんの小さなお手……いえ、何でもありません!」
「お前、全く隠れてないぞ? 良いからフランとウィンの手を!」
「私はお、お姉ちゃんと手を繋ぎたいな」
「はぁ!?」
ウィンの奴、何か随分と甘えてくるな、甘えたい年頃なのか?
「うぅ! く! く! 微笑ましい! 微笑ましいのですが!
でも、でも! どうして私と手を繋いでくれないのですか!?」
「ん」
「フランまでどうしたんだ? アルルと手を繋げよ」
「…ふふふ、アルル、あなたは地図を持ってる、分かってるよね?」
フランがめちゃくちゃ悪い表情でアルルの方を向き
挑発するような口調でアルルを攻撃した。
何かフランに言われるまで気が付かなかったな。
そう言えば、アルルって地図持ってるからそもそも手を繋げないのか。
「し、しまった! 私には地図が!」
「この中で1番地図を読むのが得意なのはアルル
だから、誰かに渡すと言う手は使えない」
「うぐ!」
「これで、リオの左手は私の物」
「うぐうぅぅう! な、何と言う! 何という拷問!
リオさんの小さなおててを自然に触れる絶好のチャンスが!
まさか! まさか地図なんかに阻まれるとはぁ!」
「まぁ、精々悔しがれば良い、私は勝者の余裕をアルルに見せ付ける」
「うぐぅぅぅ!!!! 悔しい! でも、頬が緩んでしまう!
リオさんが2人の小さな子とおててを繋いでる姿!
微笑ましい! 微笑ましいのですよぉ!」
めちゃくちゃ悔しそうに叫んでるな、全くブレ無い奴め
出来れば、もう少し自分がどれだけ重要なポジションか自覚して欲しい。
「うっさいな、地図読むことに集中しろよ
お前、自分が大事なポジションだって自覚あるのか?」
「え?」
「お前、自分が地図を読み違えた場合の事、考えてんの?
迷うぞ? 山道なんてよ、それにこの山は木々が覆い茂ってる
こんな状況で迷えば終わりだ、遭難なんて洒落にならない
だから、今のお前はこの中で誰よりも重要な仕事をしているんだ
もっと真剣にしろ、俺達を守る為だぞ?」
「……り、リオさんの不器用な慰め! 最高ですね!
はい! お任せください! 私、地図を読み違えたりしませんよ!
リオさんに任せられたこの大事な仕事! 確実にやり遂げます!」
「ん、頼むぞ」
さっきまで少々落ち込んでいたアルルだったが
何とかやる気を取り戻してくれたらしい。
はぁ、何とか自分のポジションが大事だと分かってくれたか。
「では、こちらの方向です」
「分かった」
しばらくの間、アルルの案内で山を進んでいった。
現状、ちゃんと進んでるのかどうかも分からないが
アルルを信じて付いていくしか無いか。
こいつは地理とか得意だからな、目も良いしそういう所は評価してる。
だから、多分大丈夫だろう。
「よしっと、じゃあ、このまま…あれ?」
「どうした?」
「リオさん、あそこ、見えます? 人影です」
アルルが指差した場所には確かに人影があった。
数は3人くらいか、なんでこんな所に?
と言うか、俺が肉眼で確認できる距離だと言う事は
多分そこまで離れていないのだろうけど。
「…どうする? 話しかけるか…だが、敵の可能性もある」
「ですが、ここはどちらかと言えば私達の領土の筈
もしかしたら、遭難者と言う可能性もありますね」
「よく分からないけど、話しかければ良いんじゃ無いかな?
敵だったら倒せばいいだけじゃん? 3人だけだし」
「……うん」
「でも、不用意な行動は避けたいけど…」
「ここは話しかけた方が良いと思いますわ
向こうは3名、こちらは12名、万が一敵だとしても
私たち全員で挑めば容易に制圧することは可能です
それにもし遭難者だとすればあちらの命は風前の灯火でしょう
こんな来るのは恐らく私たち程度ですわ」
「…だな、じゃ、話しかけるか」
遭難者だった場合ヤバいからな、敵だとしても制圧は容易だし
ここは人命優先で行くとするか、死なれると困るし。
「すみません、遭難者の方ですか?」
「……えぇ、ちょっと探し人を」
「探し人? 一体」
「あんたら侵入者だ」
敵か!? だが、この人数差を見ても怯まず敵だと宣言した!?
そんな馬鹿な! どんだけ自分に自信があって…な!
「敵だったんですか、安心しましたよ、遭難者じゃ無くて!」
「ぶっ倒しちゃうもんね!」
「馬鹿! フレイ! アルル!」
「うげ!」
「あだ!」
俺は突撃しようとしたフレイの首根っ子を引っ張り
すぐに後ろに居たアルルに体当たりして転がせ
フレイと一緒に岩陰に隠れた。
それと同時位に周囲に聞き慣れた爆発音が響く。
「この音!?」
「…冗談じゃ無いぞ、こんな馬鹿な事!」
あいつらが手に持っていた武器…あれは恐らくベレッタだ!




