理想の妹
あのやり取りの後、腕を押さえたアルルが病室に帰ってきて
フレイ達を連れてひとまず病室から出て行った。
どうやら夕食時らしい、まぁ、暗くなってきてるしな。
しかし、あいつらが帰ったら一気に暇になってしまった。
病院で寝るのは慣れたくなかったが、慣れてしまったが
いつもアルルが部屋にいて暇は無かったんだが
今回は重なる失言でシルバーが無理矢理連れ帰った。
ま、あんな事を何度も何度も言ってたら流石にな。
「ふぃ…」
こうなると夕食が出来るまで外を眺めることくらいしか出来んな。
いや、普通に動けるから別にここで寝転がってる必要は無いんだけども
それでもやること無いし、寝転がってる方が楽だしな。
それに、下手に動いて傷が開いたりしたら中々に面倒だし。
「仕方ないな」
俺は退屈だし、のんびりと外を観察した、夕暮れに染まる空が綺麗だ。
「……はぁ、暇だな」
「よいしょ、よいしょ」
暇だ暇だと外を見ていると、扉の方から可愛らしいかけ声が聞えてきた。
……なんでここに来たのか知らないけど、ウィンだ。
「ウィン、どうした? こんな何も無い所に来て」
「あはは、お姉ちゃん、何も無い何て事無いよ
だって、ここにはお姉ちゃんが居るもん
それだけでここに来る理由になるよ」
一切の曇りの無い笑顔で嬉しいことを言ってくれるな。
本当に幸せそうだよ、こいつは。
「嬉しいことを言ってくれるな」
「えへへ」
「だがよ、流石に車椅子を自分でこいで来ることは無いだろうに」
「一緒に居た方が良いし、お姉ちゃんもさっき暇だって言ってたし」
「ま、実際暇だしな、話し相手も居ないし騒がしい奴も居ない」
もし居たら、結構しんどいだろうけどな。
でもまぁ、退屈しのぎにはなるだろう、疲れるけど。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
「ん? なんだ?」
「お姉ちゃんって、どんな妹が良いの?
私、お姉ちゃんの為なら、お姉ちゃんが大好きな妹になるから
だから、教えて…私、何でもするから」
「…はぁ、何言ってんだか、自分が好きなようにしろよ
お前がどんな風になっても、大事にしてやるよ
ま、お前が変な道に走ったりしたら
俺が説得なり説教なりして正してやるから安心しろ」
「自分が好きなようにって…何?」
「え?」
う、うーむ、もしかして母親とかの影響で
自分らしさとかを見失っているのかもしれない。
あの女ならやりかねなしな。
「自分が好きなようにってのは、お前が自分で選んだ通りって事だ
例えばだな、お前、自分で選んであの母親から逃げだして
俺の所に来ただろう?」
「うん…あんな事をしたの初めてだった、どうしても我慢できなくて」
「そんな感じだ、自分で選んで決めてくれ」
「……あ、私、自分で決めてるんだ」
「え?」
「私、自分でお姉ちゃんの理想の妹になるって決めたの!」
「え? いや、それじゃあ、お前が」
「良いの、私はお姉ちゃんと一緒に居るだけで嬉しいから!
だから、お姉ちゃんの理想の妹を教えて!」
うん、これは…このまま続けたとしてもジリ貧、いたちごっこだな。
こうなったら、言い方を変えてやろう。
「…あぁ、そうかい」
「うん! 教えて!」
「…そうだな、理想の妹か…そもそも妹って考えたことも無かったから
どんな子が理想の妹か、なんて考えてないんだよなぁ」
「えぇ!?」
「だから、お前にもし妹が居たらどんな妹が良いかとか考えて
それを目指してくれよ」
「妹が居たら……うん、分かった!」
あぁ、こいつは理想の妹の事を思い描いていたんだな。
俺はそんな事無かったからなんとも…
まぁ、妹に憧れてた時期はあったけども特にイメージはしてなかった。
アニメの世界だけだったからな、だから、アニメに出てた妹が良いとか
そう思ってただけだし、理想的な妹の性格は考えたことが無い。
「…ふぅ、自分の理想の姿があったなら最初からそれを目指せば良かったのに」
「でも、私は」
「はは、人から強要された理想なんて、本当の理想じゃ無いからよ
やっぱ、自分で理想を抱いて、それを掴みに行こうと考えなきゃ
本当に輝いた人物にはなれないだろ?
だから、強いて俺の理想を言えば
そういう風に輝いてる妹って事になるのかもな」
「じゃあ、私、お姉ちゃんに負けないくらい輝くよ!」
俺の輝きなんて、どうせくすんだ物だろうが
でも、こいつが俺を目指すというのなら、俺も変わらないとな
目標が小さすぎたら、こいつの成長の為にならない。
だから、ま、姉として、兄として俺が出来る事と言えば
自分を目標にしている妹が追いつけないほどに成長すること。
俺に憧れてると言うなら、こいつは俺が成長すればするほど
同じ様に成長すると言う事だろうからよ。
「そうか、頑張れよ、俺も負けねぇ位伸びるからよ」
「うん!」
少し嬉しそうにしながら、ウィンはこちらに車椅子で近寄ってきた。
「どうした?」
「私、理想の妹になる為にお姉ちゃんの近くに来たの」
「お前の理想って…な、なんなんだ?」
「お姉ちゃんの為に頑張る妹…私はそんな妹が欲しかったから
だから、私、お姉ちゃんの為に頑張るよ」
「曖昧な気もするが、お前がそれで良いならそれで良い
でも、あまり俺の事ばかり考えるなよ?
ちゃんと周りに頼ったりしろよ? 1人で無茶したら駄目だからな?」
「うん!」
「……それをリオさんが言うんですね」
ん? 何処からか聞き慣れた声で突っ込みが聞えてきた気がする。
何処だ? あいつ何処かにいるのか? シルバーに引っ張られてったのに。
「よいしょ!」
「ぬぉ! お前、なんでベットの下から! 連れて行かれたんじゃ!」
「身代わりです、いつもシルバーさんに負けてる私じゃないのですよ」
「頼むからずっと負けててくれ」
「残念ですが、いくら優秀なシルバーさんだったとしても
私の溢れ続ける愛の前では無力なのですよ」
「マジ勘弁してくれよ」
「アルルさん、お姉ちゃんが嫌がってるから近寄ったら駄目だよ!」
「おわっとと、お、押すのは危ないですよ、転けたらどうするんですか?」
「お姉ちゃんが嫌な事はやったら駄目!」
「あはは、こ、これがウィンさんの理想の妹ですか
ですがウィンさん、姉妹愛だけで私の愛に対抗しようなどとは
10と2年くらい早いのですよ!」
何故12年と言わない、なんでわざわざ桁を分けたんだ?
「お姉ちゃんに迷惑掛けさせないもん!」
「ふっふっふ、私の愛の前ではただの姉妹愛など紙くず同然なのですよ!」
「では、実力行使が最も手っ取り早いですわね」
アルルの嬉々とした台詞の後に、シルバーの冷酷な言葉が聞えた。
急いでその方向を見てみると、まぁ、出入り口の前にシルバーが立っていた。
なんというか…ただの立ち姿でも圧倒的な威圧感を感じる。
その気配と言葉に気が付いたアルルは笑顔だが顔は真っ青だ。
「あ、あっれ~? ど、どうしてここが…?」
「身代わりだとようやく気が付いたのですわ
本当に無駄に巧妙な事をしてきますわね、ですが、自覚した方が良いですわ
あなたは巧妙であっても、単純、あなたの行動は容易に想像できますの」
「……あ、あ、あのー…」
「さて、私は侮辱するのもされるのも嫌いですのよ?
特に侮辱されるのは……さぁ、病室で反省なさい
リオさんが治るまで特に用事もないことですしね!」
「ひ、ひぃ!」
かなり怒っているシルバーに再び腕を引かれ、部屋から連れ出される。
その後、アルルの悲痛な断末魔が病室の外から聞えてくる。
まぁ、自業自得だ…実にあいつらしい最後だよ。
「…お姉ちゃんって、私が守らなくても、もう守られてる?」
「まぁ、そうだな…一応は」
そんな病室でのやり取り、中々に楽しかった。
その後の暇な入院生活もあいつらのお陰でかなり楽しめた
で、入院生活もおわり、ようやく普段の生活に戻った。
ウィンは正式に俺の妹という扱いになり
同部屋で眠ることになった。
今現在は兵士と言う枠組みではなく、俺の縁者という関係で
城に住むことにはなっているが、彼女にも魔法の適性はある。
だから、その内ウィンの魔法を見せてもらおうと思っている。
場合によっては一応兵士としても動いて貰う。
ただ、姉としては出来れば戦って欲しくはないんだけどな。
「お姉ちゃん」
「ん」
ウィンは毎日の様に俺の作業部屋に足を運んでくる。
毎度毎度仕事をしている時に来るんだよな。
でも、割と嬉しかったりする。
「はい、お姉ちゃん、クッキー!」
「なんだ? 今日も作ったのか?」
「うん!」
ウィンが作るクッキーは美味しいと言えるような出来ではない。
まだまだ形は不揃いで、味にもムラが多い。
美味しいときもあれば、焦げているときだってある。
「今日は失敗したんだな」
「う、うん、ご、ごめんなさい」
「謝る事は無いぞ、俺は好きだよ、こう言う手作り感が俺は好きだぞ」
「本当!?」
「あぁ、それに、ま、焦げ味ってのも悪くない」
頑張って作ってくれていると言うのが分かる。
流石に炭になったりしたらちょっと無理だけど、ちょい焦げくらいなら
なんの問題も無いし、これも割と味があって良い。
「じゃ、いただきますっと」
「ど、どう!?」
「ん、美味いぞ、味付けも最初より良い感じだ」
「本当!? お、美味しい!? よ、良かった!」
「所で、アルルとかに教えて貰ってるんだっけ?」
「うん、アルルさんの料理美味しいから!」
「あいつ、お前にどんな教育してるんだ? ちょっと不安だ」
「えっと、好きな人のハートを奪うなら、まずはお料理から!
場合によっては、惚れ薬というのも悪くないですよ! って」
「ほ、惚れ薬?」
そんな事を言っていたのか、でもどうせあいつの事だ
所詮口先だけだろう、飯にそんな物を入れていたことは一度もないし。
あいつ、ああ見えて実は純粋派なんだろうな。
風呂場の時も鼻血噴きだしてたし。
多分、普段積極的に行ってるけど
反撃食らうと動揺して動けなくなるタイプだな、多分。
試してみたい気もするが、なんか面倒事になったら嫌だし。
「まぁ、ウィン変な薬を使ったりするなよ?
そう言うのって、ちょっと所かかなり違うからな」
「うん? 分かった」
正直、アルルと違ってウィンは何も知らないでやりそうだし
釘は刺しておかないと不味いよな。
大丈夫だとは思うけどよ。




