イエティ・ロード
「本当に助かりました!感謝致します!!」
「「「感謝致します!!!」」」
カグヤが代表として口を開き、他の雪獣人達もそれに続いてイナバに感
謝の言葉を述べた。
「申し遅れましたが、私は『白の賢者』族のカグヤと申します。あなた様
のお名前は何と仰るのでしょう?」
「イナバです」
「イナバ殿、あなたが来て下さらなければ、我々は確実に全滅していたこ
とでしょう……改めて、心から感謝を申し上げます」
カグヤは何度も丁寧に頭を下げながら、感謝の意を述べてくる。
何となく、とりあえず、というふわふわした気持ちで助けたイナバとし
てはここまで感謝されてしまうと、何と言うか……何故か逆に申し訳ない
ような微妙な気持ちになってしまう。
「い、いえいえ。たまたま通りかかっただけなので、お気になさらず」
「そうは参りません!イナバ殿は我々全員の命の恩人なのですから!」
カグヤは輝く瞳でイナバを見つめてくる。
近くでよく見ると、リッカとはまたタイプの違う美人だ。先程のイナバ
と同じ言葉を使って表現するなら、彼女もAPP16くらいはかたいだろ
う。
年齢は人間で言うと16、7歳くらいに見える。身長はリッカよりも少
し高く、160cmくらいだろうか。プラチナブロンドの長く綺麗な髪、
白い肌、血の様に濃い真紅の瞳、イナバと同じような垂れ下がった長い兎
っぽい耳、そして華奢な体形をしているにも関わらず、胸がやたら大きい。
イナバは普段、女性の胸をジロジロ見るような失礼な事はしないよう気
を付けているが、ここまで自己主張されてしまうと(別に自己主張してい
るつもりは無いだろうが)ついつい目が行ってしまうというものだ。
「ところで、イナバ殿は我々と同じ雪獣人だとお見受けしますが、この辺
りの部族の方では無いですよね?イナバ殿ほどの力を持った方がこの辺り
に居たら知らないはずが無いですし……他の地方の部族の方でしょうか?」
「!!……え、ええ!ここからずぅっと遠い所から来ました。何と言うか
………まあ、武者修行のようなもので、あちこち見て回っているんです」
カグヤに問われ、ハッとなってイナバは適当な出任せで答える。
ここでいきなり、異世界からやって来た元人間です!と言ったところで
色々とややこしい話になりそうな気がしたからだ。
まあ、武者修行云々は嘘だが、遠い所から来たというのは嘘では無いの
で完全に出任せというわけでもないだろう、と1人で勝手に納得する。
「なるほど……しかし、先程から思っていたのですが……」
カグヤは顎に杖を持っていない方の手を当て、何やらブツブツと呟きだ
す。
顎に手を当てるのは、彼女が考え事をする時の癖だろうか。
「イナバ殿のそのお姿……その立派な体格は一見『ウォーリア』の様に見
えますが……その耳は私達と同じ『ソーサラ』の特徴……ウォーリアとソ
ーサラの特徴を合わせ持つ…………まさか!『ロード』!?」
カグヤは何かに気付いた様にハッとなると、驚愕の表情でイナバを凝視
する。
「ロード!?」
「まさか!?」
カグヤの言葉を聞いて、他の雪獣人達もざわめきだす。
カグヤの言葉を聞いて、イナバはこの異世界の雪獣人には少なくとも3
つの種類があるらしい事を悟った。彼女の言葉から推測するに、熊耳の逞
しい体格をした者達を『ウォーリア』と呼び、兎耳の者達のことは『ソー
サラ』と呼ぶようだ。そして、その2種類の特徴を合わせ持つ者を『ロー
ド』と呼称するのだろう。……まあ、イナバの体は確かに大きいが、この
丸いボディを立派と言えるかは疑問だが。
(ロード?……ああ!そういえば……)
イナバは思い出す。このアバターを選択した際に読んだ説明文のことを。
『雪獣人の最強種!イエティ・ロード!!」
と書かれていた。
「ええ。確かに俺はイエティ・ロードです」
イナバがそう言うと、雪獣人達のざわめきは更に大きなものとなる。
「ロード!あれが……」
「本当に!?……確かに伝承で言い伝えられる特徴と一致してはいるが…
…」
「しかし……何と言うか、その……想像していた感じと違うというか……」
そんな雪獣人達の言葉を聞いてイナバは、
(まあ……そうなるよな)
と思う。別に疑われている事に不快感は無い。
こんな毛玉が自分達の最強種ですよと言われたら、こういう反応にもな
るだろうと納得できた。
むしろ『見た目は強くなさそうなのに、実は強い』というコンセプトの
キャラメイクが成功しているという点を喜ぶべきだろう。
しかし、ほんの僅かだが『やっぱり下手に奇をてらわず、ストレートに
強そうな、威風を感じさせる様な見た目のアバターにすればよかったかな
ぁ……』という気持ちも、本当にほんの僅かだが湧いて来る。
「あなた達!やめなさい!!失礼ですよ!!」
「カグヤ様の言う通り!命の恩人に対して何たる無礼!!それに先程の戦
いを見れば、イナバ殿のお力は疑いようが無かろう!」
「「「!!も、申し訳ありません!!!」」」
カグヤが大きな声で他の雪獣人達を叱り、ガディアがそれに続く。
他の雪獣人達は、慌ててイナバに頭を下げて謝罪する。
「イナバ殿、いえ!イナバ様!本当に申し訳ありません!!」
「ああ、いえいえ。全然気にしていませんから」
ふとリッカを見ると、非常に不愉快そうに顔をしかめている。先程の
雪獣人達のイナバに対する態度が余程気に入らなかったのだろう。
「リッカ、俺は本当に気にしてないぞ」
しかめっ面になっても可愛いなぁ、などと思いながらリッカをなだめる
様にイナバがそう言うと、リッカはすぅっといつものクールな表情に戻り
無言で軽く頭を下げる。
「何と寛大な……」
カグヤは感動の面持ちで、濡れた様な瞳をイナバに向けてくる。
「と、ところでお聞きしたいのですが、あなた達は何故あのマンティコア
と戦っていたのですか?」
カグヤの眼差しを受けて、またしても照れくさくなったイナバは、それ
を紛らわす様にカグヤ達に質問をする。
「はい。この辺りは昔から、私達『白の賢者』族が縄張りとしていた狩場
だったのですが、2月ほど前に別の地方から流れて来た、あのマンティコ
アが居付いてしまいまして……獲物を取られてしまうどころか、獲物を狩
りに来た部族の者達が何人も殺られてしまった為、今回、里の選りすぐり
の精鋭達を私が率いて、討伐に来た次第です」
「なるほど……」
カグヤの話を聞いて、イナバは心の中でホッとする。
どうやら、どっちが悪いという話でもなさそうだ。要は互いに生きる為
の狩場の縄張り争いだ。どちらも悪くないとも言えるし、どちらも悪いと
も言えるのではなかろうか。
雪獣人達をボコる必要はなさそうで良かった、とイナバは思う。どちら
かが悪いという話で無いのなら、どちらの味方をするかと言ったら、やは
り心情的には同族の雪獣人達に軍配が上がる。
(……しかし、選りすぐりの精鋭、か……)
雪獣人達は1番レベルの高いカグヤでもレベル40台、次いで副官の様
に見える熊耳の男 (ガディア)が30台、他の者達は皆20台だ。
『この異世界には現在のところ、レベル100の壁を突破できている者
はいない』という説明は受けていたが、これで『選りすぐりの精鋭』だと
言うのなら、どうやらこの異世界の平均レベルは想像していたよりも低い
のかもしれない、とイナバは考える。この『白の賢者』族という部族があ
まり強い部族ではないという可能性も有るが。
(あのでかい狼も、もしかしたらこの辺りでは雑魚ってわけではなかった
のかもしれないな……)
イナバはそんなことを考えながら、ふと気付く。
雪獣人達、特に熊耳の――ウォーリア達は皆傷だらけだ。兎耳――ソー
サラ達はカグヤも含めて、皆魔力がほとんど尽きかけているらしく回復魔
法をかける余裕は無いようだ。
イナバは魔法の収納袋の1つから、丸めて蝋燭で封をした皮紙のような
物を取り出すと、封を割ってそれを広げる。
「【大地からの癒し】!」
カグヤ達の体がほんのり光り、傷が癒えていく。
イナバが使ったのは、魔法の巻物だ。これには1枚につき、1つの魔法
が封じ込められており、開いて封じ込められている魔法の名前を詠唱する
ことでその魔法を使うことができる。使い捨てアイテムであり、1度使う
とただの皮紙に戻ってしまう。そして、その皮紙には2度と魔法を封じ込
める事はできなくなる。
これはイナバはまだ知らない事だが、この異世界には使い終わった皮紙
を新品だと偽って、魔法使いに売りつける詐欺師も多いのだとか。
この巻物に封じられていたのは【大地からの癒し】と言う、大地に足を
着けている(素足である必要は無い)複数の者達を広い範囲で同時に治療
し、体力を回復してくれる、四つ星の広域回復魔法だ。
まあ、四つ星魔法程度では全快とまではいかないだろうが、そこそこ回
復できるだろう、とイナバは考える。しかし――
「おお!傷が全て!あっという間に!!」
「疲れが吹き飛んだ!全快だ!!」
「これは……四つ星の!」
雪獣人達は次々に驚きの声を上げる。
……え?全快?マジで!?イナバも別の理由で驚く。まさか四つ星魔法
程度で全快までいくとは。
「イナバ様……貴重な高級解毒魔法薬だけでなく、四つ星魔法が封じられ
た巻物まで我々の為にお使い下さるとは……本当に何とお礼を申し上げれ
ば良いのか……」
カグヤの顔は紅潮し、瞳は潤み、その表情にははっきりと尊敬の色が見
て取れる。
(いや~……使った解毒の魔法薬は中級だし、四つ星魔法程度の巻物なら
まだまだ数あるしなぁ……そこまで感謝されるとは……)
どうやら『転生の門』の中でのアイテムのレア度の設定と、この異世界
でのアイテムの価値の感覚は大分違うものらしい。
魔法に関しても、八星魔法まで使えるイナバにとっては『四つ星魔法程
度』という認識だが、この異世界――少なくともカグヤ達にとっては四つ
星魔法も十分凄いもののようだ。
思い返してみれば、カグヤ達がマンティコアと戦っている時に使ってい
た魔法はどれも三つ星以下のものだった。
この辺の認識のズレは、彼女達に話を聞くなどして早めに修正していっ
た方が後々の為にも良さそうだな、などとイナバが考えていると、
「イナバ様……」
少しばかり緊張を感じさせる調子でリッカがイナバに声を掛ける。
何事かと後ろを見やれば、マンティコアが立ち上がろうとしていた。
一応、あのマンティコアは【大地からの癒し】の効果範囲に入らないよ
うにしていたので、回復はしていないはずだ。
手加減して殴ったとはいえ、中々にタフな奴だなとイナバが少し感心し
ながら見ていると、マンティコアは僅かにヨロめきながらイナバの方にゆ
っくり近づいて来る。
雪獣人達がざわめき、皆身構えて臨戦態勢を取る。
「ヤツめ!まだ……」
「……いや。そんな身構えなくても大丈夫だと思いますよ」
「え!?」
緊張するカグヤ達やリッカを、イナバは軽い調子でなだめる。
カグヤ達は少し戸惑う。確かにイナバにとっては敵ではないのかもしれ
ないが、カグヤ達にとっては強大な相手だ。例え手負いの状態だとしても
警戒をしないというわけにはいかない。
しかし、イナバには分かる。このマンティコアにはもう一切戦意が無い
ということが。
イナバはスキル【脅威感知】の効果で、マンティコアが先程まで溢れん
ばかりに放っていた敵意や殺意といったものが、今は全く放たれていない
という事を知っていたのだ。
それどころか、ゆっくり自分に近づいて来るマンティコアの瞳にはリッ
カやカグヤが自分を見つめる時に感じさせる、熱のようなものと似たもの
が宿っている様に見える。
マンティコアはイナバの目の前まで来ると、スッとその場に静かに伏せ
る。
その姿は、よく躾けられた犬が主人に見せるそれを彷彿させる。
「!!これは服従の証!!」
「なんと!!」
「あの狂暴なマンティコアが……!」
「信じられん……」
カグヤ、ガディアに続いて、他の雪獣人達も口々に驚きの言葉を漏らす。
どうやらこのマンティコアは自分に服従の意を示してきているらしい事
をカグヤ達の反応から、イナバは悟る。
「どうやらこのマンティコアも、イナバ様の偉大さに気付いたようですね!」
リッカがやけに誇らしげに、フフンッ!といった様子で言う。
まるで自分の事の様に嬉しそうだ。
イナバはほんの少し考えた後、マンティコアの頭にポンッと優しく手を
乗せ、言った。
「お前……俺に付いて来るか?」
マンティコアは、これまた犬の様に3本の尻尾を振りながら、コクコク
と頷いた。