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野次馬する兎

ユニークアクセスが100を突破。

読んでくださっている方々、皆様に感謝を!

 【召喚魔法(サモン・マジック)】。

 この異世界では『精霊界』と呼ばれている別の世界から、様々な精霊を

呼び出し、使役する魔法である。

 『天使』と呼ばれる『光の神』の使いであると、この異世界では信じら

れている精霊、『悪魔』と呼ばれる『邪神』の眷属であると言い伝えられ

ている精霊、ドラゴンをはじめとする、この異世界にも存在する『魔族』

と分類される者達と瓜二つの姿をした精霊、そしてこの異世界では見たこ

とも無い、奇天烈な姿をした精霊、本当に様々な精霊達が『精霊界』には

存在する。


 この精霊界にいる精霊達は、『幽体』と言われる……言わば『魂だけの存

在』と言ってもいいものだ。

 精霊達の多くは、精霊界に居る際は本来の姿を取らず、煙の様な気体を

思わせる姿で精霊界を漂っている。

 精霊達は精霊界で自然発生的に生まれ、基本的に不老不死、繁殖の必要

も無く、食事も空気中のマナを取り込んでいれば必要無い。

 また、精霊界にはこれといった娯楽が無い為、精霊達は特に何をするこ

ともなく、特に何も考えずに空気の様に漂っている。ただそこにあるだけ

だ。

 レベルの低い、低位の精霊ほどその傾向は強い。


 『雪乙女』という種類のとある精霊は、今日もいつものように精霊界で

ただ漂っていた。

 すると、どこからか『呼ぶ声』が聞こえてくる。

 その雪乙女は知っていた。

 これは別の世界の誰かが、自分をその世界に召喚しようとしているのだ

と。

 初めての経験ではない。これまでにも何度か召喚された事はある。

 別の世界に召喚されるというのは、この精霊界にいる精霊達にとって唯

一の娯楽と言ってもいい。

 召喚される理由の大半が戦闘の為だが、もしその戦闘で、召喚者の魔力

と召喚された世界のマナを使って創った、仮初の体を破壊されたとしても、

別に死ぬわけではなく『幽体』となって精霊界に帰還するだけなので、基

本的にこれといったリスクは無い。


 召喚者に使役されるというのも、別に苦痛ではない。

 と言うのも、召喚された精霊達は皆、基本的に召喚者に対して高い忠誠

心を持っているのだ。

 これは召喚魔法の効果の中に、召喚した精霊達が好き勝手暴れないよう

にする為、忠誠心を持たせる効果があるからだ。

 ただし、召喚された後の召喚者の態度や、扱われ方によって多少上がっ

たり、下がったりするし、そもそも召喚者の魔法使いとしての力量が足り

ないと、忠誠心が植え付けられない状態で召喚されてしまう事もある。


 今回はどんな者が、どんな目的で自分を召喚するのだろう。

 雪乙女の心の中は、期待半分、不安半分だった。

 その理由としては、その雪乙女は今までに何度か、『ハズレ』と言って

もいい召喚者に召喚されたことがあったからだ。

 『試しに召喚魔法を使ってみたら、たまたま上手くいっちゃっただけで

特に用は無いので、もう帰っていいよ』と言われたり、召喚された途端迫

り来る攻撃に対する盾代わりに使われ、ものの数秒で精霊界にUターンし

た事もあった。

 1番最悪だったのはある日、人間の男の魔法使いに、その男の部屋に召

喚された時の事。

 その魔法使いは、召喚された自分を見るといきなり発情しだし、体を貪

ろうとしてきたのだ。

 さすがにドン引きし、(その魔法使いの力量が低くて、与えられた忠誠

心が元々低かったこともあり)植え付けられた忠誠心は一瞬で霧散した。

 その男を氷漬けにして、不快な気分にさせられた報復として、男の部屋

の中にあった魔導書グリモワやマジックアイテム等をいくつか破壊してから時間切

れになるのを待って帰還した。


 今回はそんな者でなければ良いが、と思いながら、雪乙女は召喚に応え

る。



 今回は『魔族』に召喚されたらしい。

 召喚された精霊は、忠誠心以外にもいくつか与えられるものがある。

その1つは召喚者に関するいくつかの情報だ。

 召喚される際に、直接頭の中に情報が入り込んでくる。


 この魔族の名は、『イナバ』と言うらしい。種族は『雪獣人(イエティ)』のようだ。

 雪乙女は表情にこそ一切出さないものの、内心大いに驚いていた。

 召喚者が魔族だったということに対してではない。過去にも魔族に召喚

された経験はある。

 与えられた召喚者の情報の1つ、その『戦闘能力の高さ』に対してだ。


(あ、ありえな………何? この途轍もない強さは!?)


 今回、自分を召喚したこの雪獣人(イエティ)、白くて丸くてモコモコしていて、正

直見た目は強そうには見えない。

 それどころか、なかなかに愛らしい。お腹に抱きついてモフモフしたい。

 だが、解る。召喚された者として。

 この召喚者が凄まじい力を内包しているという事が。


 広大な精霊界で極たまに見かける、高位の精霊。

 自分達とは次元の違う、ただ1体でこの異世界に在る大きな国をも滅ぼ

し得る存在。

 雪乙女が見たことのある、そんな高位精霊達の力をも、この目の前の|雪

獣人イエティは軽く凌駕しているように感じられた。


 これほどの力の持ち主が、自分の様な弱い低位の精霊を何の為に召喚し

たのか?それは解らない。その情報は入ってきていない。

 雪乙女が驚きによって暫し声を出せずにいると、召喚者の方から声を掛

けてきた。


「え、え~と、あのぉ……こ、これから色々と手伝いをしてもらうことにな

ると思うから、その……よ、よろしく!」


 凄まじい力の持ち主だが、その物腰は見た目の印象通り柔らかかった。

 どうやら戦力としてというより、主に身の回りの世話をしてもらいたく

て自分を召喚したらしい。

 それならまあ、納得だ。媒介アイテムを用いての召喚のようだし、これ

からそれなりに長く仕える事になりそうだ。

 精霊界ではやる必要が無いし、今まで召喚された際にはそんな事をやれ

と言われた事が無いので、掃除や料理など家事全般は一切経験が無いが物

覚えの良さには自信があるので、これから覚えていけば良いだろう。

 いくつか、それなりに役立ちそうな魔法も使える。


「……畏まりました。お役に立てますよう、精一杯務めさせていただきます。

召喚者イナバ様」

「あ、いいよ、いいよ! 様なんて付けなくても、気楽にイナバって呼ん

でよ」


 雪乙女は心の中で、召喚者……イナバの評価をさらに上げる。

 人族と比べて、戦闘能力というものをより重視して上下関係を決める傾

向が強い魔族でありながら、圧倒的に弱い自分に対しても威圧的な態度は

無く、呼び捨てで構わないと言う。

 イナバの力量が高いおかげで、元々高い状態で与えられていた忠誠心がより引き上げられていく。

 どうやら今回は良い主人に出会えたかもしれない。

 そんな主人を呼び捨てにすることなど、とてもできない。例え本人が構

わないと言おうと。


「畏れながら、お断り致します。

主人たる召喚者様を呼び捨てにすることなど、とてもできません」


 主人は少々戸惑っていたが、意を汲んで下さったのか、それならそれで

構わないと言ってくれた。


 さらに主人は、雪乙女という種族名のままで呼ぶのはよそよそしいから

と名前を与えてくれた。

 『リッカ』……正直、名前を付け合う習慣の無い雪乙女には、名前の良し

悪しは解らないが、響きが良いと言うか何と言うか、とにかくその名前は

雪乙女の琴線に触れた。なんとなく気に入ったのだ。


 さらに、この主人が与えてくれたものは忠誠心、情報、名前だけではな

いようだ。

 雪乙女――リッカは、自分の力が明らかに、召喚される前よりも大きく増

していることに気付いた。

 おそらく主人の、何らかのスキルによる影響だろう。

 別に、好戦的というわけでもないリッカですらが、高揚し、血が滾るの

を感じるほどの力の上昇ぶりだ。


(……本当に凄い力の持ち主だわ)


 イナバの偉大な力の一端に触れ、リッカの中の忠誠心が更に高まってい

く。

 そして、不意にリッカは何かが決壊し、自分の中に新しいものが生まれ

てくるのを感じる。

 今まで自分の中にあったものと非常によく似ているが、明らかに違うも

の……これが召喚魔法の効果によって、『与えられた忠誠心』では無く己の

中から湧き出てきた『真の忠誠心』というものなのだろうか……。

 リッカは粛々と頭を下げる。


(このお方に付いて行ったら、どんな景色を見ることができるのだろう……)


 リッカの中には、忠誠心に匹敵する好奇心、そして未来への期待が満ち

満ちていた。






「リッカ、ちょっと様子を見に行ってみようと思うんだけど……」

「ご随意に」


 リッカも特に反対はしないので、好奇心に負けて、(おそらく)戦闘を

見に行くことにした。


「さて! 現場に向かう前に…………これこれ!」


 イナバは魔法の収納袋(マジック・バッグ)の1つから取り出したアイテムをリッカに手渡す。


「これは?」

「『忍の腕輪』。装備者が発する音や匂いが周りの者には感じ取れなくな

って、更には魔力を感知する能力からも逃れることができるマジックアイ

テムだ。近づくのを察知されて、あっちに着いた途端に不意打ち喰らった

りするのも嫌だろ? 念の為だ」

「……私がお借りしても宜しいのですか?」

「大丈夫、大丈夫!!」


 イナバは忍の腕輪を思い浮かべる。

 すると、宝箱の腕輪の中から忍の腕輪が飛び出し、イナバの腕に装着さ

れた。魔法の武具やアイテムには全て、装備者に合わせて大きさを変えら

れるという基本能力が備わっている為、忍の腕輪はイナバの太い腕にもピ

ッタリと嵌るサイズになっている。


「リッカのそれは予備で、俺の分はこの通り、ちゃんとあるから!」


 リッカが首を傾げる。


「ん? どうした?」


 リッカから返事は無い。


(???……あ! もしかして……)


 イナバは慌てて、忍の腕輪を外す。そして、もう1度同じことを言って

みる。


「リッカのそれは予備で、俺の分はこの通り、ちゃんとあるから!!」


 リッカは『ああ、なるほど!』という顔をする。

 やはり、リッカにはイナバの言葉が聞こえておらず、何やら口をパクパ

ク動かしている様に見えていたらしい。

 忍の腕輪の効果は、本物のようだ。


「……このような強力なマジックアイテムを複数所持しておられるとは……

さすがはイナバ様!」

「そ、そう?」


 リッカの顔にはお世辞を言っているという様子は微塵も無い。

 純粋にイナバのことを凄いと思っているようだ。


(『転生の門』で用意されていたアイテムの中では、そんなにレア度の高い

物では無かったんだけどな……有用そうだから、とりあえず1個は宝箱に入

れといたけど……)


 イナバはそう思いつつも、リッカの輝く尊敬の眼差しを受けて、それを

口に出す気にはなれなかった。


「じゃ、じゃあ、行こうか!!」

「は!」


 2人は忍の腕輪を装備して、戦闘音の聞こえてくる方向へと向かう。

 イナバは「ほっほっほっ」と小走りで駆け、リッカはそれに続く。

 自分には自らの足音が普通に聞こえているが、後ろに続くはずのリッカ

の足音は全く聞こえない。マジックアイテムという物は実に偉大だ。


 暫く進むと、戦闘音が大分近くなってくる。

 大分前から確実に1Km以内には入っているはずだが、スキル【脅威感

知】には何も反応無し。

 どうやらあちらは、こちらの接近には気付いていないようだ。

 気付いていたら、こちらに対して何かしらの『意』を放っているはずだ

から。


 イナバは一旦立ち止まる。リッカも合わせて止まった。

 イナバはリッカの手を取り、話しかける。


「聞こえる?」

「はい」


 忍の腕輪を付けた者同士は、直接触れ合う事で腕輪を外さなくても互い

の声を聴くことができる。当然、外には音は漏れないまま。


 リッカの手に触れる際、そこそこ緊張したのは内緒だ。

 こんなに可愛い娘の手を取るのに、緊張するなというのは(少なくとも

イナバには)無理だ。

 心なしか、リッカの顔が少し赤くなっているような気がするが、まあこ

れは気のせいだろう。


「大分近づいたから、念の為にリッカは俺の後ろに」

「いえ、もしもの時は私が盾になりますので、イナバ様こそ後ろに!」

「だ~~~~めっ!! リッカが後ろだ!!」

「…………畏まりました……」


 イナバの不退転の意志を感じ取ったのか、今度はリッカの方が折れる。

 渋々といった様子でイナバの後ろに付いた。


 自分を守ろうとしてくれているリッカの気持ちは非常に嬉しいものだが

もしもリッカが目の前で殺られるようなことになったら、精神的ダメージ

がハンパじゃない事になりそうなので、リッカを盾にすることなどイナバ

にはできない。

 まあ、もしもこの先に見るからにヤバい、身の危険を感じさせるような

奴が居たら、その時は即時退却すればいいだろう、と考え、先に進む。


「……お!」


 イナバはちょうど自分が隠れられそうな大きさの岩を見つけ、その陰に

隠れる。リッカもちゃんとイナバの後ろに隠れた。

 そして、2人はそ~っと顔を出して、その先を見る。


 70~80mくらい先だろうか。そこでは予想通り、1体のモンスター

と複数の人間のような姿をした者達が戦闘を行っていた。

 しかし、よく見るとそれは人間ではなかった。

 イナバは目を瞠った。その姿はついさっき見た憶えがある。

 そう……ついさっき、キャラメイキング画面の中で。


 今度はリッカの方からイナバに触れ、


「……あれは、イナバ様と……同じ……?」

「………ああ」


 間違いない。姿形はイナバとは大分異なるものの、その者達の種族は…


「あれは、雪獣人(イエティ)だ」

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