表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

プロローグ―― 暇を持て余した神様の悪戯

「……このゲームもそろそろ飽きたな」


 特に古くも新しくもない、とあるアパートの一室。

 それなりに綺麗に整頓された、必要最低限の家具しか置かれていない部

屋の中でその部屋の唯一の住人である男、稲葉浩いなばひろしはそんなことをポツリと

呟きながら最新のゲーム機の電源を切り、床に寝っ転がる。


「…なんか新しいゲームでも買ってくるかな…」


 天井を見上げながら、再びポツリと呟く。


 仕事場と家の往復を繰り返すだけの日々を送るサラリーマン、稲葉浩の

楽しみは唯一の趣味であるゲームのみであった。

 職場から帰ってきたら、食事と風呂の時間以外は就寝までひたすらお気

に入りのゲームをプレイする生活を送っている浩だったが、現在所持して

いるソフトは皆、正直言ってもうやりたいことが無いと言えるぐらいやり

込んでしまっていた。


(明日、帰りに近くのゲームショップにでも寄るかぁ……あ!明日は休み

だから明後日か……)


 そんなことを考えながら、浩はふと、部屋の隅に置いてある、ある物に

気付く。


(…ん?あれは……)


 近づいてよく見てみると、それはよく利用している近所のゲームショッ

プで今年の正月に買った、ゲームソフトの福袋だった。


『定価3万円分の商品が1万円で!!』


 という、謳い文句に惹かれて購入したものだった。


「……そういえば買ったなぁ、こんなもん…」


 浩の記憶では、中に入っていたのは浩が既に持っていたり、全く興味の

無いジャンルのゲームのソフトばかりで、随分とがっかりした憶えがある。

そんなわけで結局手を付けずに部屋の隅に放置して、そのまま忘れていた

のだった。


(もしかしたら…何か見落としていたソフトがあるかも……)


 そんな淡い期待を抱き、再び福袋の中を漁ってみることにした。


(ん~~……やっぱ無いかぁ……ん?)


福袋の、記憶通りの中身に再びがっかりしそうになった――その時、浩は

ある1本のゲームソフトを発見する。


(あれ?…こんなん入ってたっけ?)


『転生の門』


 そう書かれた、記憶に全く無いゲームソフトを見ながら、浩は軽く首を

傾げる。

 最新のハードのソフトのようだが、福袋に入っていた記憶どころか、そ

もそもこんなタイトルは聞いたこともない。

 ソフトのパッケージ裏を見て、制作会社を確認してみる。


『株式会社トリック☆スター』


 制作会社の名前も聞いたことが無いものだった。


(…まぁ、いっか!)


特に深く考えることなく、そう結論を出すと、そのままパッケージ裏に書

かれたゲームの簡単な説明にも目を通す。


『剣と魔法のファンタジーな異世界に転生して、思うままに冒険しよう!』


(……ベタだけど…嫌いじゃない!)


 浩はニヤリと笑う。

 こんなソフトが入っていたとは、嬉しい誤算と言うやつだ。

 その説明文に大いに興味を惹かれ、さっそくプレイしてみることにした。

 パッケージを開けると、中にはソフトだけで説明書などは入っていなか

った。


(あれ?……しゃあない。やりながら覚えるか……)


 そう思いながら、ソフトをハードにセットし、ゲームをスタートする。

 タイトルロゴの後、ゲーム内容を説明するテキストが流れる。


『ようこそ!転生の門へ!

あなたの理想の姿で異世界に転生し、未知とスリルに溢れた新たな生活を

始めましょう!』


(ああ…ゲーム内で説明するのか……まあ、それにしたって説明書が付い

てないってのは、やっぱ珍しいけど……)


 そう考えながら、テキストを読み進めていく。


『まずはさっそく、あなたの新たな器となる身体を選んでください!

転生後、末長く付き合うことになる身体です。慎重にお選びください!』


 そんなテキストが流れた後、キャラメイキング画面らしきものが表示さ

れる。上から順に、『名前』『種族』『装備』などの項目が並んでいる。


「……まずは種族だな」


 浩は少し考え、そう呟く。

 選んだ種族の見た目などによって、付けたい名前も変わってくるだろう

から、とにもかくにもまず決めるのは種族からだろう、そう判断し『種族』

の項目を選択する。

 すると、種族の一覧が表示される。実に数多くの種族がある。

 人間や妖精人エルフ半妖精人ハーフエルフ闇妖精人ダークエルフ山小人ドワーフ等を始めとする様々な『人族じんぞく』。

 また、このゲームでは『魔族』と分類されている、様々なモンスターの

種族も用意されている。

 剣と魔法のファンタジー物では定番のモンスターであるドラゴンや悪魔、

吸血鬼ヴァンパイア等の人気のありそうなベタなものから、子鬼ゴブリン巨鬼トロール豚鬼オーク、スライ

ム、ゾンビ等のベタではあるものの選ぶ人が少なそうなものなど、本当に

数多くの種族が選択可能だった。

 また、種族を選ぶと、選んだ種族に応じたプレイヤーの分身――アバタ

ーの選択画面が表示されるのだが、その数もまた凄かった。

 1つの種族につき、選べるアバターの数が最低でも50種類はあるのだ。

 何十種類のも種族に、それぞれ50種類以上ものアバターが用意されて

いるのだから選択できるアバターの総数は軽く数千種類にも及んでいた。


「凄いな……こりゃあ、キャラメイクには時間が掛かりそうだ」


 予想以上に楽しめそうな予感がするゲームに出会え、にやけながらそう

呟く。

 明日が休みで良かった、などと考えながら、浩はキャラメイクに没頭す

る。




 それから数時間後、キャラメイクを始めたのは夜の10時くらいからだ

ったはずだが現在、外はすっかり明るくなり閉められたカーテンの隙間か

らはキラキラと輝く朝日が射し込んできていた。

 徹夜してのキャラメイクをようやく終えた浩が見つめるテレビの画面に

は、ある1つのアバターの姿が映し出されていた。


 まず目に付くのは垂れ下がった、兎のような長い耳。

 黒くつぶらな瞳に、これまた兎のような鼻と口を持ち、全身が真っ白で

ふわふわモコモコとしていそうな体毛に覆われている。

 両の腕は太く、力強い逞しさを感じさせるが、他に要素が完全にそれを

打ち消してしまっている。

 直立する、まん丸に太った巨大な白兎……端的に言ってしまえばそんな

感じの見た目のアバターである。

 巨大な白い毛玉と言っても良いかもしれない。


「……どうしてこうなった?」


 自らが数時間掛けて作成したアバターを見つめながら、浩は呟く。



 数時間前、浩は悩んでいた。

 それはもう真剣に悩んでいた。


「やっぱり選ぶなら、いかにも強そうなカッコいい見た目のアバターがい

いな……おぉ、このドラゴンのアバターいいな……いや、さっき見た悪魔

のアバターの方が俺好みかも…………しかし、このダークエルフも捨て難

い…………人馬族(ケンタウロス)ってのもありか……」


 ぶつぶつと独り言を繰り返しながら、浩は悩む。

 こんなに悩んだのは何年ぶりだろうと思うほどに、悩みに悩みながらア

バターを吟味する。


 そして……あまりにも長い時間真剣に悩みすぎた結果、浩の脳はショー

トした。

 いつしか『ストレートに強そうな見た目のキャラより、見た目は強くな

さそうなのに実は強いってキャラの方がカッコいいんじゃね?』という天

邪鬼的な思考に陥り、最終的に選択したのが、現在テレビ画面に映し出さ

れている純白の毛玉である。


 このゲームでは『魔族』という括りの中に入れられている、『雪獣人イエティ

という種族のアバターの1つ。当初、浩が求めていた見るからに強そうな、

浩が思うカッコいい見た目のキャラとは真逆と言っても良い、『かわいい

系』といった感じの見た目であろう。

 人によってはこれを『カッコいい』と言う人も、もしかしたらいるのか

もしれないが少なくとも浩の目にはそう見える。


「どうしてこうなった?」


 テレビ画面の中からつぶらな瞳でこちらを見つめてくる毛玉を見つめ返

しながら再びそう呟く。

 浩の頭に冷静さが戻って来たのは、アバターを決定した後、そこからま

た長い時間を掛けて『レベル』を設定し、『ステータス』のポイントを振

り分け、『職業ジョブ』を選び、装備する『武具』や『アイテム』を決め、習得

する『魔法』や『魔技まぎ』『スキル』など選択し、ほぼキャラメイクが完了

した……という頃だった。


「……やっちまった……」


 顔を手で覆い、うな垂れる浩。


「…まぁ、いっか!」


 しかし、それもほんの数秒であった。

一瞬、最初からキャラメイクをやり直そうかとも考えたが、せっかくこれ

だけ長い時間を掛けて作成したものを消してしまうのは躊躇われるのと、

さすがに数時間掛けただけあって、目の前の毛玉にもすでに僅かながら愛

着のようなものが沸き始めていた為、その考えは即座に却下した。


(とりあえずこのキャラのままで、一旦ゲームをプレイしてみて…どうし

ても気に入らなくなったらキャラメイキングし直せばいいだろう)


 そう判断し、メイキング画面の1番下にある『作成完了』のボタンを押

す。

 しかし――


『まだ『名前』が決定されていません!』


 というテキストが表示され、再びメイキング画面に戻されてしまう。


「…あ、そうだ名前付けるの後回しにして忘れてた」


 浩は再び真剣に考え始める。

 昔一度、あるゲームのアバターに付ける名前がなかなか思い浮かばず、

もういいやという気持ちになって、迂闊にもてきとうな名前を付け、後

々名前を変えるにはセーブデータを新しく作り直さなければならないと

知り、『もっといい名前にすれば良かったぁー!!』と激しく後悔した

ことがあってから、浩ゲームのアバターや味方キャラに名前を付ける際

には少し真面目に考えるようにしている。


(ん~~……兎っぽい耳…白兎……お!)


 浩は『閃いた!』という表情を浮かべ、アバターの名前を入力する。


『イナバ』


「…うん!」


 浩は名前を入力し終わると、満足気に頷く。


(基本的には苗字とはいえゲームのキャラに本名と同じ名前を付けるの

は避けるべきなんだろうけど…このゲームはオンラインじゃないし、兎

っぽい見た目にも合ってる………と思うから、今回はいいだろ!)


 『名前』も決定し、今度こそ本当にキャラメイキングを完了させ、改

めて『作成完了』のボタンを押す。

 すると、先ほどとは違うテキストが表示される。


『お疲れ様でした!これから生まれ変わる、あなたの新たな身体は本当

にこれでよろしいですか?』


 『はい』と『いいえ』の2つのボタンが表示されたので、浩はもはや

特に迷うこともなく『はい』のボタンを選ぶ。


『では、いよいよ転生の門をくぐり、異世界へと旅立ちます!覚悟はよ

ろしいですか?』


「……覚悟って…随分大げさだな」


 軽く笑いながら、先程と同じく『はい』のボタンを選ぶ。


『それでは行ってらっしゃいませ!

 新しい身体、新しい世界、新しい人生!存分に楽しんで下さい………

…………稲葉浩さん』


「……え?」


 そのテキストを見た瞬間、浩は思わず素っとん狂な声を上げる。

 なぜ自分のフルネームが?アバターに苗字と同じ名前こそ付けたが、

フルネームをどこかに入力した憶えは無い。


 軽く混乱していると、突然テレビ画面から光が放たれた。


「な!!」


カーテンの隙間から入り込む朝日や、室内を照らす天井の電球が放つ光

なんかとは比べものにならない、目を開けていることさえできないよう

な凄まじい光は浩と浩の部屋の中を全て飲み込み、白く塗りつぶしてい

った。



 数秒ほどして、光が消えていくのを浩はまぶた越しに感じ取る。とは

言っても、辺りが真っ暗になったというわけではない、目を開けること

が出来る明るさまで戻ったという感じだ。

 恐る恐るまぶたを開けてみる。


「……な、なんだぁ?今の光…一体何…………がぁ!?」


 そして、目にした光景に浩は絶句する。

 浩の目に映るのは、つい先ほどまで向かい合っていたテレビの画面で

も、見慣れた自らの殺風景な部屋でもない。


 一面が雪に覆われた平野……どこまでも続くかのような銀世界であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ