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親愛なる刑事さん

2015年の拙作。再掲載。

 現場に着いたとき、私はこれ以上にないほどの衝撃を受けました。いや、正確に言うなれば、一報を受け先輩とパトカーに乗り込み、無線から流れる指示の下走り始めてすぐに、嫌な予感が胸の中でざわついていたのです。その悪い予想が的中し、悲しいという感情があっという間もなく心中を満たしました。

 見慣れたアパートの、見慣れた部屋の中央。彼女はうつぶせになったまま、ピクリとも動きません。

「被害者はミツマユキコ、この部屋に住む二八歳。隣人から争う音が聞こえるとの通報があり交番から巡査が訪れたところ――」

「こりゃあ痴情の縺れかね」先輩は顎をさすりながら、私のほうを向いて呟きました。「どう思う?」

 捜査に私情は禁物です。「そうですね、そのようなところかと思います」

「なんだ珍しいな。嫌に歯切れが悪いじゃないか」怪訝そうな目は、容疑者を見る目でした。「お前は、どう思うんだ?」

 先輩は威圧的と表現するには痩せぎすで、声の迫力もありません。ただ、落ち窪んだ目、忙しなく顎をさする手は、十分に人を圧倒します。私も、彼を前にすると、萎縮してしまうことを重々理解しています。

 このときも、所作は疑惑を持っているときのものでした。

 私は嘘がつけません。

「彼女は、私の恋人です」大仰に驚かれます。「痴情の縺れだなんて……、そうあってほしくないと言う私の願いかもしれませんが」

「恋人。ほお、そうか」なるほどなるほど、と声が続きます。「痴情の縺れの線は濃いかもなあ。お前、何年だ?」

「付き合い、ですか。かれこれ九年ほどになります」

「九年というのは他人同士が付き合うには長い年月だぜ。お前はその間、彼女を恋人から昇格させずにいたわけだ。積極的理由か消極的理由かということはこの際関係がない、結果だけを言えば、彼女を待たせていたことに代わりはない。そうなりゃ、女心は移ろうものさ。お前との関係を切らないまま、誰か適当な男に寄り添っていたかも知れねえ。お前が、言葉で、想いを伝えないからな」

「そんな馬鹿な!」自分の声に、鑑識課の人間が顔を上げるのがわかりました。「そんなことがあるはずがない!」

「お前に彼女の何がわかるんだ?」

 私は部屋の中央の彼女を見ました。

 彼女のことは私が一番理解しているはずだと、そう心では思っております。誰よりも彼女を愛し、誰よりも彼女を支えようと努めている、彼女もそれをわかってくれていると、そう思っております。

「痴情の縺れだなんて……、私は認めません」

「まあどうだっていいさ。お前はこの捜査からは外れろ。ここからは参考人として事件に関わってもらう」

「嫌です。私は彼女を殺したやつが憎い、彼女を愛しているからこそこの手でこの事件を解決したい!」


 部屋に私の声が響きました。

 鑑識課の人間が立ち上がると、拍手を始めます。

 その突然の所作に、私は頭の中が真っ白になりました。

 ましてや、中央に倒れていたはずのユキコが、すっくと立ち上がると、両手で顔を覆い、

「愛している……、本当に?」

 そう言うのです。

 先輩は微笑みながら、

「一芝居打った甲斐があったってもんだ。サクライ、言葉で想いを伝えるのが大事なんだぜ。そりゃ、刑事だろうがニートだろうが関係ねえ。言葉を持っているんだから、言葉で考えを伝えなきゃいけねえんだ。お前はうじうじうじうじ、いい加減、一人前になりな」

「先輩……」彼の目が、珍しく情感を持ち、私はそれに酷く感激したのです。「ありがとうございます」

 そしてユキコのほうを向き、

「結婚しよう、ユキコ。遅くなってごめん」

 そういうと、彼女は頷き、

「ずっと、待ってたんだから」

 私に抱きつきました。

 一際大きな拍手が、部屋を包みました。

 照れくささに頭を掻きながら先輩のほうを見ると、彼は窓を開けて煙草を吹かし、

「こりゃあ、隣人から通報が来ちまうぜ」

 笑ったのです。




 そうこうしているうちに私たちは事件を三件も見過ごしました。先輩は謹慎、私は刑事課から会計課へ異動、鑑識課の連中は減給処分を受けました。ユキコはあっさり実家へ帰りました。

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