優男
2010年の拙作。再掲載。
「雄介くんってさあ、彼女出来なそうだよねー」
「俺だってそれなりに恋愛はしてんだぜ」
「雄介くんの恋愛は中学生レベルな気がする」
「失礼だなあ美鈴ちゃん」
やんわりと笑う雄介くんは、一口ビールを飲むと、トイレに行くと言って席を立った。残されたわたしはポテトを突いたりカルーアミルクを飲んだりして時間を過ごす。ぼやけた意識の中では彼との距離感を間違いそうで恐ろしい。
出会ったのは大学時代だった。お互いに別々の友達グループの中で生活していたのだが、そのお互いのグループの一人ずつでカップルが出来たため交流が生まれた。こちらは三人、向こうは四人のグループだったから、当時女子グループでは「あいのりみたいで面白いね」なんて笑ったりしていた。実際は、そのカップル以外にカップルが出来たことはなかったけれど。
雄介くんと特別に仲が良くなったのはグループが混ざってしばらくした頃、皆で飲みに行った帰りだった。その日風邪気味だったわたしは二次会へ行かず帰るつもりでいた。酒も控え、べろんべろんに酔っぱらった友達を介抱しつつ自分が辛くなったらトイレに行く、なんてことをしながら、なんとか場の雰囲気を盛り下げず努力をしていたつもりだったのだけれど、雄介くんにはなんでかばれてしまった。それで周りに冷やかされながら雄介くんと二人で居酒屋を後にして、タクシーを拾ってわたしの住んでいるアパートまで帰った。送って貰ってそのままばいばい、というのも寂しいな、と思って部屋に招き入れた途端、なんだかそういう雰囲気になってしまって、もちろん、お互いそういう目で見たことはなかったはずだし、別にその日だって何かしようって思って二人で帰ったわけではなかったのだけれど、結果的に、なんとなく、セックスをして、結局彼はうちに泊まった。
周りにそのことがばれることはなかったけれど、その日以降冷やかされることは多かった。
それから、お互いに付き合う気なんてないのに、二人で会ってみたりすると、だいたい決まってセックスをした。理由もなにもなかった。ただ、若い男と女がわざわざ約束までして夜に会うってそういうことでしょ? というような不安定な暗黙の了解に流されていたのだろう。周りも、そうだし、なんて言い訳をしながら。
今日も多分、わたしは雄介くんとセックスをするのだろうし、雄介くんもちゃんとゴムを持ってきてるんだろうな、と思う。
「いやあ、トイレ行ったら吐いてる人いたよ、介抱してたら手にゲロ掛けられちった」なんて笑いながら帰ってくると、右手をぶらぶらとさせる。
「その手で触んないでよー?」
「ちゃんと洗ったって」
「でもいーやー」
「ほうれほうれ」
「やめてよー」
こういうスキンシップの中でも、お互い、どこか冷静な部分があるのだろうな、と思う自分が、いやらしくて嫌いだった。
結局、酒もほどほどに適当な言い訳をしてうちに来ると、早々にセックスをした。した、というよりは、済ませた、というほうが近いかもしれない。義務的、儀礼的に行為に及ぶのだ。
ベッドの上で、彼の腕を枕に寄り添っていると、薄暗い頭上から声が聞こえてくる。
「俺さ、彼女、出来たんだよ。さっき言いそびれたけど」
「ふーん」
「だからさ、もう、今日で終わりにしない?」
「なにを?」
「なにをって……」
「二人で飲みに行くのを?」
「いや、そうじゃなくてさ」
「セックスするのを?」
「うーん、なんて言うのかなあ」
「わたしさあ、雄介くんのこと、好きだよ?」
「やめろよ、そういうの言うの」
「なんで? 本当だよ?」
「セックスしたくらいでさ、すぐそう言うの、やめろよ」
「セックスした言い訳に、言ってると思ってるんだ?」
「女ってそうだよな、俺そういうのわかんねえよ」
「じゃあ雄介くん、別にわたしのこと好きじゃないんだ?」
「そういうわけじゃないけどさあ……」
「男って、そうよね。良いよ、別に。もうしないよ。冗談だもん、好きだなんてさ」
「だよな、まさか本気じゃないよな。お互い了解の上だよな、こうなるのはさ」
「まあね」
それからゆっくり起き上がって着替えを済ませた雄介くんは、帰るよ、と言って玄関口に行った。わたしは裸のままで見送る。
「雄介くんって、優しいよね。優男って言うの?」
「優男、ねえ」そんなことを言いながら靴を履いている。「ねえ、優男ってさ、逆から読むと、男優なんだよ。急に胡散臭いよな。世の中、逆立ちしてる優男は多いんだよ。なんでもいいんだ。女に近づくのに手っ取り早いのは、優しくすることだって思ってるやつは少なくないよ。美鈴ちゃんはさ、そういうのに、引っかかっちゃだめだぜ」
「……そいよ」
「ん? まあいいや、もう多分、この部屋にも来ないんだろうなあ。なんか、ごめんな、せかせかして。帰るよ。二人で、は無理かもしれないけど、たまには大学の連中で集まって飲んだりしようぜ。じゃあな」
「うん」
そう言って雄介くんはさっさと帰っていって、わたしは残された部屋で少しぼんやりした後、脱ぎっぱなしにしてあった服を着て、部屋の中で煙草を吸った。もう遅いよ、なんて、少しの言葉すらはっきり言えないわたしが、誰かを好きだって、はっきり言えるわけなんてなかったし、ちゃんと聞いてもらえるわけも、無かったかな。
舞い上がった煙は、静かに、消えていく。今日は寒いな、そう思った。