香水
2015年の拙作。再掲載。
香水の匂いが鼻を突いた。
思わず振り返り、それにより驚きこちらを見た年配の女性と、視線がかち合う。恥ずかしくなって首を垂れひとつ謝ると、怪訝そうに眉根を寄せているのを尻目に歩みを再開する。
母の香りだ、と思ったのだ。もう十年弱は昔のことになると言うのに、匂いの齎す記憶の再生に不意を突かれてしまった。もちろん、目と目を合わせ、あの人が母でなかったことは、理解出来た。出来たが、それじゃあと言ってまたすぐに忘れるわけでもない。
母は、私が中学生のときに父と離婚した。離婚した原因は父の浮気だと言うが、父が浮気をした原因は、私には今もって言葉として与えられていない。私の目から見れば彼らは特に何の障害もなく生活を共にしていたように映ったが、子どもに自分たちの恥部を晒すほど、彼らは子どもではなかった、ということだろう。怒鳴り合う声のひとつでも聞いていればまだ、憤りや侘しさに心を傾けることも出来たが、唐突に別れを告げられたところで、困惑するのが精一杯だった。まして、原因を作ったという側に私を残していく母の心情には、理解が及ばない。あるいは彼女も、縁を切り、新しく男でも作ろうとしていたのかもしれない。そうなれば私はお荷物で、お荷物ならば、当たり前だが置いていったほうが身軽だ。
当時の私はどちらかと言うと内気なほうで、友達は多くなく、相談する矛先がなかった。親の離婚など、結局は経験をしないと同情も理解も出来ないものだが、それでも誰かに聞いてほしかった。残念なことに周囲はささめくだけで、誰も真っ向から私を見なかった。
父と娘、そして浮気をしたことによる離婚であることは、私たちよりも親の世代で、すぐに弄ぶ話題となった。そう考えること自体に羞恥心を抱かないのか、私たちがふしだらな関係であると吹聴する人間まで居た。暇も行き着くと、私と父こそが関係を持っていたために母が出て行ったのだ、と歪曲されていく。見てくれと人当たりのよかった母は、その場に居なくとも味方が多かった。
一度だけ、父に内緒で、母と二人で会ったことがある。向こうから連絡を寄越してきたのだ。
そのとき私は高校生になっていたが、ほとんど学校に行かずアルバイトに明け暮れていた。中学と違い、同級生たちは自分の恋愛に忙しく、親の離婚がどうだと騒がれることもなければ、特別に行きたくなかったわけでもないが、そうしないと、生活ができなかったのだ。せめて高卒の経歴を与えてやりたい、という父の心遣いは嬉しかったが、本末転倒であることは否めなかった。しかし日々さらばえていく父に、そんなことは言えなかった。
母は会うなり、生活はどうだと聞いてきた。私は実情をうまく誤魔化しながら返事をしたつもりだったが、離れていてもそこは親、見抜かないはずもなかった。彼女はしたり顔で、一緒に暮らさないか、と言ってきた。そこには、新しい父も、居ると言う。
喫茶店はそれなりに混雑していて、却って私たちの会話は雑談のひとつとして溶け込んでいたが、それでも、嫌に鮮明に、母の言葉が頭に残った。母は母だが、もう、父の妻ではないのだと、当たり前のことを、何年も経てようやく理解して、目も喉も渇き、胃が逆流を起こしそうな気配を感じていた。
首を振ることも出来ず、それを良しとしたのか、考えておいてね、と言葉を残した母の去り際、漂ったのが、甘い香水の匂いだった。家に居るときには付けていなかったはずの、新しい装飾。
私はその日のうちにメールアドレスを変更し、以後一切母と連絡を取っていない。もちろん、今も父は私と母が会ったことを知らない。それが一番収まりがいいのだろうと考えていた。
匂いに振り返り、それを醸すのが母だったとしたら、私は一体、何を言うつもりで居たのだろうか。泣いて再会を喜んだだろうか。それとも。
考えているうちに家に着いた。
居間では父が新聞のクロスワードを解いているらしかった。私の足音に眼鏡を外して振り返り、おかえり、と言葉をくれる。彼も、随分年を取った。いつから染み付いた癖だったか、
「悪かったね」眉をくっと上げ目頭を揉むと、「すっかり熱中してしまった。もうこんな時間か」
「いいよ、謝らなくて。ご飯作るから雨戸閉めておいて」
「うん、わかったよ。ありがとう」
膝に手を付いて緩慢に立ち上がる父の後姿から視線を外す。
私も、年を取った。予測を確信に変える程度には、思考も成長し、経験も積んだ。
私はあの香水の匂いが嫌いだ。それだけは、はっきりとわかる。
冷蔵庫を開け、今日のメニューを考える。
私は母の代わりではないし、母はもう、私にも父にも、必要ない。そしてそれは多分、あの時には既にそうだった。
どこかの夕餉の香りが鼻をくすぐる。




