爪
2015年の拙作。再掲載。
爪が、切っても切っても伸びてくる。
最初は、勘違いだと思った。昨日切った気がしたけれど、あれは気のせいだったのかもしれないなんて、記憶の齟齬を理由に誤魔化してみたが、その日に切っても、翌日にはすっかり元の通りに戻っていた。
一週間くらいは大して問題がなかった。戻るだけで、それより長くなることはなかったから、毎日切ればいいんだと無理くり納得し、ルーティンにしていた。
それが二週目からは、ヴァンパイアだとか、狼男のように、指先から五センチほどもオーヴァーしているのだから、困惑してしまう。
自覚がないということは全て寝ている間に起こっている。そう思って徹夜をしてみたが、一瞬目を離すと、また切り裂くためのような長さの爪に変化していた。
毎朝切れば、仕事や人付き合いに問題はなかったが、それでも爪を気にする毎日は鬱憤の溜まるものだった。友人に話し、実際に伸びたままの爪を見せたが「そこまでして冗談を極めなくていいよ」などと笑い飛ばされた。
ひと月もすると、昔テレビで見たような、何年も爪を切っていない老女のように、くるくると巻かれるほどの長さに伸びるようになった。切るのも痛く、毎朝が苦痛で、容認されないストレスで、仕事もままならなくなり辞めた。
切らなければ伸び続けるのだろうかと、長い長い爪をどこかに引っ掛けてしまわぬよう気を付けながら、思った。結果は散々で、そんなこと試さなければ良かったとの感想が残るだけだった。
切る。伸びる。切る。伸びる。
毎日がその繰り返しで、頭がおかしくなりそうだった。もはや朝を迎えるまでもなく、隙さえあらば伸びてくる爪は、容赦なく宿主を追い詰めていく。
病気だろうか。はたまた呪いだろうか。そんな埒のあかないことばかり考えるようになった。
もう、剥がしてしまおう。
幸い、ペンチもあった。長い分、勢いで割りやすいに違いない。
それは悶絶ものだった、などという文章におさまる程度では当然なかった。私は一つ一つ剥ぐ度に絶叫をあげ、血に染まる指を見て、自分の行為に恐怖を覚える一方、それでもどこかで愉悦を感じてもいた。
剥ぐ、ではなく、抜く、でなければいけなかった。
恨みか辛みかはわからないが、爪は、爪根から体内へ、今までの成長速度で逆側へと伸びたのだ。
しかしこれで、毎朝の爪切りからは解放されるのだと、最後に思った。




