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ヒーロー

2011年の拙作。再掲載。

「ヒーローが居て、私がピンチのときは必ず駆けつけてくれるの」

 優子さんは笑いながらそう言ったが、その目はどこかうつろだった。僕は彼女の望むヒーローにはなれない、と思って目を伏せた。

 病室を出て、自販機の前に座っていると、敦さんが歩いてきた。彼は優子さんの兄で、僕も仲良くさせてもらっている。

「優子はあんなんだ。もう構ってやらなくていいぞ。辛いだろう」

 ベンチに座る僕に背を向けて、自販機で缶コーヒーを買っている。僕は何も返事をすることができず、ただ黙って缶の縁を見ていた。

「昔な、こんな話を読んだ」言いながら隣に座る。「毎日丘の上に本を読みに行く男の子が居るんだが、いつだか、その丘の上にある家の二階から少女が自分のことを見ていることに気づく。それで男の子はその子に一目惚れしちゃって、果てにはスケッチブックを持って愛を伝える。でも、少女にはその言語が読めなかったし、読めないよと書いた少女の文字も男の子には読めなかった。男の子はそれでもずっと愛を伝えていたんだが、少女の方は助けを求めていた。その少女は実は売り物だったんだよ。臓器売買だな。だから毎日男の子に助けてって言ってた。この家の人に売られるって訴えていたけど、ついには男の子にメッセージは届かないまま、彼女は死ぬ。男の子は必死に勉強して、二年後に彼女の助けを知る。そして自殺する」

「それが、なんですか」

「知らなかったんだから、仕方ないってことだよ。お前も、知らなかったんだから、仕方ない」

 僕は黙る。

「知らない事は罪だっていう人もいるよ。でも、知らないもんは仕方ない。知ろうとしたって知れない事は、世の中たくさんあるよ」

 敦さんはそれだけ言うと飲みかけの缶コーヒーを僕に渡して、優子さんの病室のある方へ、歩いて行った。

 僕は病院を出て、振り返りもせず家に帰った。

 少女のピンチに気付けなかった男の子は、あとでその事実を知って自殺する。ああ、自分は彼女のヒーローにはなれなかったんだ、と。自分は彼女がピンチであるにもかかわらず、ただ浮かれて、ああ。無力と無知は、罪ではないにしても、人を殺すだけの能力を持っている。

 ヒーローにはなれなかったのだ。僕は。優子さんの。優子さん。ああ。僕は、一体。ああ。

 僕のピンチに駆けつけてくれるヒーローも、居ないのだろう。

 そうして僕は眠る。おやすみ、と繰り返しながら。

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