嘘みたいな出会い
2010年の拙作。再掲載。
電車に乗るなりうとうとしはじめて、やがて眠ってしまった。連日のテスト勉強による徹夜と、それが今日で終わったという安堵感、加えて乗り込んだ電車の終点が降車駅であることが、熟睡を招いた。
誰かの声で目を覚まし、空席だらけの車両内を見渡す。隣に一人いるだけであとはいなかった。
「おはようございます」と声をかけられたので顔を傾けると、笑顔の青年がこちらを見ていた。
「おはよう、ございます」と間抜けに答えてから、なんとなく状況を理解する。「すいません、もしかして」
「ええ、肩を貸してました」彼が後を継いだ。「ずいぶん気持ち良さそうに寝ていたので起こすのもあれかなあと。あなたは覚えてらっしゃるかわかりませんが何度か目を覚まされたようですが特に窓外を確認することもなかったので、終点が降車駅かなあと思ったのですが正解でしたか?」
「は、はい」寝起き早々圧倒されるばかりだ。何より、こんな好青年がこの世に存在するというのが圧倒的事実である。
二人で電車を降りると、それでは、と彼が言うので申し訳なさが先行して引き留めてみると、「じゃあお茶でもごちそうになろうかな」と微笑むので、すっかりやられてしまった。
駅ビルの喫茶店に入ってホットコーヒーを二つ頼むと、わたしたちはカウンター席に座った。彼の申し訳なさそうな申し出で喫煙コーナーであるが、わたしは嫌煙家というわけでもないし付き合わせたのはこちらなので了承した。もとより他に客はいなかったし、彼が吸うまで煙らしい香りもなにもなかった。
コーヒーが届くまでに改めて謝罪とお礼をすると、彼は特に過剰に否定したり肯定したりせず、いえいえ、とさらりと流した。あるいは彼はこういうことをするのが好きな変態なのかもしれない、とすら思ってしまうほどの慣れたそぶりだが、なにせ顔も声もいいのだから、許せてしまう。ただしイケメンに限る、というのはいま使う言葉なのだろう。
お互いに自己紹介をしたりだとかはしなかった。ともかく睡眠不足を心配され、わたしがお礼を言う、という掛け合いが続いていた。
コーヒーを飲み終えてようやく、彼がこんなことを言い出した。
「用事はないですがそろそろ失礼します。お金は割り勘にしましょう、先ほどのお礼というのを取っておけば、またお会いしたときお茶する言い訳になりますからね」
そういうと会計の方に向かってしまうのでわたしは追いかけて、自分の分だか彼の分だかわからない一杯分のコーヒー代金を置いて店を出た。
昔の人が「一度は偶然、二度は奇跡」とかなんとかということを言っていたような言っていなかったような気がするので、わたしは颯爽と電車に乗り込んでいく彼の後ろ姿をあっさり見送った。次に会ったら今日より詳しく聞いて親しくなろう、ということをぼんやりとした脳みそに刻んで、欠伸を一つすると改札を抜け、街の雑踏に消えた。




