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千代子と黎人

2012年の拙作。再掲載。

 待ち合わせに少し遅れてやってきた山本さんは軽やかなステップでにこやかにスーパーのビニール袋を揺らして近づいてきた。首元のマフラーが右へ左へ行ったり来たりを繰り返している。僕は遊び盛りの猫のようにそのマフラーの先端に視線を振られている。

 息を切らしながらお待たせと言った彼女の肩をぽんと一つ叩いてやると悪いねえと微笑んだ。労うことは大事だ。

 街を行く様々な組み合わせの男女の中でも僕たちは少し異彩を放つタイプであったろう。何せ僕たちは一般的にあてがわれるそれぞれの性別にあった服装と、逆の物を着ている。つまり僕はロングスカートを、彼女は作業員みたいに大きめのカーゴパンツを穿いている。髪型もそう。僕は肩までのストレートを揺らし、彼女は短髪を掻きむしる。僕たちは、だからこそ友達になれたのだと思う。

 隣を歩く山本さんは周りの視線なんて全く気にしないし、僕もそんなには気にしない。でも、たまにすれ違う好みの男の子の薄ら笑うような目で、顔を伏せてしまう。そういうとき山本さんは僕の足を小突いて、それでも顔を上げずに居ると横からゴツンと頭突きをしてくる。僕は山本さんのこういった無邪気な男性らしさを好きだけれど、それは女性の持つ特別な良さであるから、彼女に恋愛的な好意を向けることには至らない。

 男性らしい山本さんと、女性になりきれない僕は、これから僕の家に向かう。

 電車に乗って小さな子供に手を振って、バスに揺られて二十分、バス停からコンビニを超えたところの路地を入ってすぐに僕の家がある。今日は親は居ない。おじゃましまーす、と玄関に入るなり乱暴に靴を脱ぐ彼女を笑って、そっとそれを直してから自分も家に上がる。右手にある階段を上って奥にあるのが僕の部屋だ。彼女がここに来た回数はもう二ケタを超えるくらいなので、何も言わずにそそくさと僕の部屋へ向かう。入れば入ったですぐにベッドに腰掛け、早く来いよー、と笑うのだ。

 彼女の持ってきたスーパーの袋には、安っぽいものではあるがチョコレートがたくさん入っていた。一口サイズのものから業務用のやつまで大小様々用途様々なチョコレートがはち切れんばかりに狭そうに袋に入っている。その袋をばっさばっさと大ぶりにひっくり返すと、じゃあ始めますか、と彼女は言った。

 僕たちはお互いに適当なチョコレートを手に持つと、何か高尚なことを始める前の儀式のようにお互いに固唾を飲んで見つめ合った。それから乾杯をするようにチョコレートを合わせると、

「ハッピーバレンタイン」と言って無心にチョコレートを食べ続けた。

 これが性別を超えた僕たちに取り決められた二月十四日なのだ。

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