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最初の事件(朝霧探偵シリーズ)

2012年に書いた拙作。

 こうしていまさらになって思い返してみても、あの一件についてはいろいろと思うところがある。朝霧という人間を探偵に祭り上げた一つのきっかけとして語らざるを得ない事柄ではあったが、その事柄の当事者としてはどうしても私情が挟まってしまい、きっと正確な情報や結末を伝えるには偏りの大きい言葉になってしまうことであろう。しかしこうしてあえて思い出してみるというのも、藤崎ことこの僕が、紛れもない新聞部員であり、いかんせんその新聞のネタがないというのだから、それは仕方のないことだと、主に朝霧には了承してもらいたい。

 あれは僕たちがまだ初々しい中学生のころで、着慣れない制服を身にまとっているからこそそう見えるのだろうというくらい顔も声も言動も小学生とそう差異のない時分であった。僕は新しい環境に劣悪な感情を込めないよう丹念に人付き合いを良くし、クラスの中心人物やら主要キャラクタにならずとも、周囲に認知されるくらいの人格を形成しようと努力していた。いたいけな中学生としては少々ひねくれた性格だったかもしれないが、思春期というのが難しい頃合なのは高校生諸君としても知るところであろうと思うので、あえて深く言及はしないでいただきたい。ともあれ誰とでも仲良く、深くはなくとも広い交友関係を築き上げようと躍起になっていた。

 朝霧とはそうした「お友達作り」の一環で知り合った。当時から彼は長い前髪に視線を隠し、丸まった背中を伸ばそうともしない陰険な雰囲気の持ち主であったが、そういう弾かれかねない人間とも仲良くしてやろうというのが当時の僕の信条で、お愛想よろしく彼に近づいていったものだが、彼はため息だかなんだか分からないような返事をするばかりで、会話らしい会話も成り立ちはしなかったのは、広く彼を知る各々の想像するところと合致しよう。今でこそ彼は人間らしく言葉を操り巧みにいろいろな相談事を解決してしまう「探偵」であるが、当時はただの暗い野郎で、多分、相当の人間は嫌いとも思わないくらい彼に関しては無関心だった。

 僕はそれでも彼の注意を引こうといろいろな話をしたものだった。勝手なイメージで失礼なことであるが、アニメの話をしてみたり、漫画の話をしてみたりと懸命になっていた。そうした中で彼の一番の興味を引いたのはミステリー小説だった。それも、読者も一緒に推理するタイプのものではなくて、探偵がいろいろとかぎまわり推測し、あれよあれよと結論を述べてしまうタイプのもの、つまり、シャーロックホームズだ。

 時々今でも、僕は彼のことをシャーロックホームズにたとえることがある。というのも、彼の思考タイプもホームズに多分に影響されていると見られるからだ。彼は僕の知らないところでああでもないこうでもないと想像を張り巡らせ、それを裏付けるものもしっかりと取る。そこまでを一々説明してくれないところはホームズほどやさしくはないのだが、それは僕と朝霧という人間が、ホームズとワトソンほど仲良くないからであろうことは想像に難くない。

 ともあれ僕と朝霧は、僕の計画通りそれなりに話をする仲になった。といってもたいていの場合僕は彼の話にはついていけず、うんうんと聞いている振りをしながらぼんやり上の空だったりするのだが。

 事件、というほど大げさなものではないにしろ、その異変が起きたのは桜も散った五月半ばのころだった。放課後に下駄箱へ行ってみると、靴の上に仰々しい封筒がおいてあったのだ。封筒の表には定規を当てたようにまっすぐな線を重ねて、僕の名前が書いてあった。こういう場合当然というのか、差出人の名前はどこにもない。それを開いてみると、中にはA4サイズの紙が一枚折りたたんで入っているのみで、後には何もない。紙にはパソコンで打たれた文章が連なっている。内容は今でもはっきり覚えている。「君を待っている。屋上の風が気持ちいい。空が美しい」と、それだけのものだ。どう見誤ったとしても、これを恋文とするには無理があるというものだが、ともかくこの差出人が屋上で僕を待っている、という内容は中学一年の粗末な頭でも分かった。事態はよく分からなかったから急ぐでもなく、屋上へ向かった。なぜ素直に従ったのかに関しては、僕にも良く分からない。多分、見たい番組の一つもなくて放課後をもてあましていたからこのちんけな遊びに乗ってやろう、とでも思っていたのかもしれない。

 階段を上りに上ったものの、屋上へ続く扉には鍵がかかっていて外へは出れない。考えてみれば当然のことであるのだが、考えていなかったのだから仕方ない。下駄箱からここまでの徒労を考えてため息を吐きながら振り返り、今上ったばかりの階段を下り始めたとき、僕の背中をトンと押す者があった。僕はその流れに逆らうことができず、わずか十数段とはいえ、階段を転げ落ちた。

 目が覚めてみると保健室に居た。外は夕暮れに赤く染まり、カラスがよく鳴いていた。半身を起こしてみると近くのパイプ椅子には朝霧が座っていて、目が覚めた僕を見るともなく見て、それからつぶやくようにいった。

「君は馬鹿だな」

 まさか開口一番、気遣うでもなくそんな言葉が出てくるとは思いもよらなかったので僕はひどく狼狽したのを覚えている。それから困惑顔の僕に向けて彼はさらに追い討ちをかけてくる。その手には先ほどまで僕が持っていたはずの封筒があって、それをひらひらとさせながら、

「こんなものにほいほい従うものがあるなんて」

 面目ない気持ちになって、面目ない、というと、彼はニタリと口の端を吊り上げて、

「犯人が知りたいか」と言った。

「分かるのか?」と問うてみると、答えたと言っていいのか、

「この印刷紙には五つの特徴がある。一つ、用紙の上部が細くだが黒ずんでいる。二つ、中央付近の印字が薄くなる。三つ、紙の右側が手で切ったように直線でない。ほかにも二つあるわけだが、言わずともこの紙がどこで印刷されたものか、まじめに授業を受けていれば君にも見当がつくであろう」と言う。

 そのとき僕は確か、全く彼の言っていることを理解できていなかったが、こくこく素直に頷いた。当時の僕はとにかく反応が素直だったのだ。

 保健室を抜け出して二人で向かったのは、学校内にあるパソコン室だった。その中学校では確かPCルーム、といっていたような気がするが、本筋には関係ない。ノックをしてみると中から返事があったので連れ添って入ってみると、学年教諭のS先生が居た。適当な言い訳を朝霧が言うと、彼は文句一つ言わずパソコンを一台使わせてくれるという。朝霧は目に付いたパソコンの前に座るとそれを立ち上げ、ワードを開くと「あ」を打ち続け、一枚埋まるとすぐに印刷をかけた。出てきた用紙を見て驚いたのは、僕だけだったが、そう驚くのも無理はない。彼が先ほど列挙した特徴というものが、全て当てはまるではないか。

「後は、彼に今日の昼過ぎにこの印刷機を使った生徒を聞けば解決だよ」

 朝霧は訥々とそう言ってみせる。

「昼過ぎって、どうして」

「昼休み、君はサッカーをしにグラウンドに出ていただろう。少なからずそれで封筒が届いたのが昼過ぎであることは確定される。それから、これは心理的なもので万人に通用するとは限らないが、君の宛名が書かれたそんな仰々しい封筒、できれば長く手元には持っておきたくないだろう。推測するに、昼休みないしは五時間目と六時間目の間の休み時間を使い印刷し、授業中にこつこつ宛名を書いたのだろうね」

 S先生に聞いてみたところ、それでなくても今日印刷機を使った生徒は一人しか居らず、それがクラスメイトのNくんであると知った後にはなんとも脱力したものだ。何せそのNくんというのは僕が最初に仲良くなった一人であり、僕がなろうとすらしなかったクラスの中心人物であるのだから。

 翌日になって腕に多量の湿布を貼った姿を見るや、クラスメイトたちは大騒ぎになった。それなりの交友関係のつもりだったが、相手にとってはそうではなかったらしく、みな一様に顔を心配に染め、労わってくれた。中でもNくんはほかより率先していろいろと手伝ってくれたのだが、そういう流れで、美術道具一切をもって美術室へ移動する際も彼は僕の荷物を持ってくれていた。自然、二人は並んで歩いていたのだが、僕は後ろに朝霧の姿を認めると、なるべく周囲に聞こえぬよう声を潜めて、Nくんに真実を知っているという旨のことを言ってみた。それをどうして言ってしまったのか、今になって思えばよくわからないところだが、きっと背後に迫るあの朝霧の物言わぬ威圧感と、僕は何もしていないにせよ、物事を解決したという高揚感があったのだろう、言うが早いか、Nくんは大きな声を出して僕に謝った。前を歩いていた同クラスの者たちが振り返る気配があったが、お構いなしにNくんは泣き声のような声音で続ける。

 それは書き記すにも恥ずかしいくだらないことなのだけれどNくんの意中の相手が僕を好いていたとかどうとか、まあそんな若々しい理由であった。何とかしてそれを邪魔しようと思索した結果、僕を怪我させて、恐怖を植えつけてあわよくば引きこもりにでもさせてやろうと考えていたらしい。なんとも恐ろしいことであるが、彼としては僕が全く怖気づかず学校に来ていることの方に恐れおののいたらしい。とはいえ、あんなぶっきらぼうに説明のない手紙を読んで屋上に行ってみて、挙句突き落とされた相手に荷物を持たせるくらい無神経な僕としては、そんなところまで思いもよらなかったのが事実であった。その背景には当然、早々に犯人が分かって恐れるものがなかったというのも事実かもしれないが、たとえ犯人が分からずとも、馬鹿な僕は何も考えず当たり前に学校には行っていただろうなとは思う。

 屋上の、それも外に居るということをにおわせれば、一度は必ずドアを開けようとするだろう、そして当たり前だがそこの鍵は教員が管理している下、開くはずもなく、あきらめた僕は帰ろうと階段を下り始める。そこに、物陰に隠れていたNくんがさっと現れ背中を押す。それだけの話だった。

 Nくんはどうしてこうもあっさりと自分にたどり着いたのか、申し訳なさの裏に隠しているつもりなのだろうが、ありありとその興味を僕にぶつけてきた。だから僕は立ち止まり振り向いて、朝霧が全て解決したのだ、と言った。その解決方法を語ると、Nくんはそれはすごいと犯人らしからず驚き、周囲に話し始めた。果たしてそれでいいのかと思いもしたが、クラスの中心人物という地位はすばらしいもので、彼が僕を突き落としたことは少々の非難で終わり、それよりも朝霧のほうへ全員の興味が向いた。

 朝霧は照れているのか面倒くさがっているのか良く分からなかったが、想像と観察と知識とで大体のことは分かるのだ、とか何とか言っていた。

 その日から朝霧は「探偵」として認知され、僕はどうしてだか彼の「相棒」役となってしまった。直接は話しかけにくい彼の代わりに、彼と唯一「友達」になってしまった僕へ相談が舞い込み、それを彼へと伝える日々は、こうして始まったのである。


 果て、ところで中学一年生にして、これほどの推理力が備わっているものだろうか、と読者諸君はお思いになったかもしれない。これはまだ「朝霧探偵」としては最初の事件に過ぎず、正直に言ってしまえば、彼には今ほどの想像力というものがなかった。

 以下は当時の、その事件後に僕と朝霧の間で交わされた会話を、覚えている限り再現したものである。それをもってこの記事の締めとする。

「どうして朝霧にはNくんが犯人だと分かったんだ?」

「それは説明したとおり、印刷紙の特徴を見て、だよ」

「どうして印刷紙の特徴を見ようと思ったんだ。あんなの、ありふれたものだし、注意しなければ分からないよ」

「君のホームズに対する姿勢は、私の百分の一にも満たないだろう」

「なぜホームズの話が出て来るんだ?」

「『花婿失踪事件』という話を読んでみるといいよ。私はあの話を読んでからというもの、印刷されたものを見るとどうしてもその特徴を探してしまってね」



 筆   本橋高校新聞部 二年 藤崎淳

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