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深窓の令嬢編 05






人生の真理を悟ったような気がした。

昔の偉人が言ったように、人はそれぞれ一見平等公平な存在であるかのように見えるのだけれども、そもそも『平等』などという考え自体が大きく的をはずしている。

生まれた家が身分の高い上流家庭だったり、資産家だったり、見目形が美しく生まれればそれは紛れもなくアドバンテージだ。前世はその『平均したら平等』というわけの分からないクソみたいな社会の、『負』の部分を一方的に負わされて、真に平等であるならば得られたであろう色恋や子を残す権利さえも、恵まれたやつらが当たり前のように奪い浪費し、おこぼれさえも回っては来ない。

人生の悲喜こもごもを生み出す『核』は、この奪い奪われるという構図に他ならない。

そこに気付いてしまえば、金持ちに生まれることも、美しく生まれることも、『奪う力』を得るために有利であるための要素のひとつでしかないのだと分かる。欲しいものを奪うために、女は美を磨き、男は腕を磨き、金の力を求めて就活にしのぎを削る。

奪う者が相対的に幸せになり、奪われた者がその割を食って不幸になる。

いま、彼は純然たる『奪われる側』だった。

ちょっとありえないくらいに美しく生まれたという『チップ』を、アリーの腕力と狂気が強奪している構図だ。

前世のブサメンがやや救いがたい処女厨であったために、『美』はけっして目減りしないものなのではなく、汚されるほどに価値が減少していくものだと知っている。目下、彼の存在の価値は、アリーに『喰われ』続けているのだ。




「逃げなきゃ…」


あまり頭は働いていない。

ぼんやりと見上げた明り取りの窓が唯一の脱出口だと、思考の硬直に陥るほどに働いていなかった。

石壁の継ぎ目に爪を立て、じりじりと這い上がっていっては、落ちた。

ようやくたどり着いても頭ひとつがまず通らない程度の穴であるから、そこからの脱出が不可能であることを理解しただけで終った。

窓の外は、3階ぐらいの高みにあり、よしんば抜け出せたとしてもその後がなかった。

この牢屋に出入りする扉は、朽ちてはいるものの風雨に晒されなかったために堅牢さを保っている分厚い鉄製のものである。外から閂でもかけているのか押しても叩いてもびくともしない。

ぼんやりと足元から身体を浸してくる『絶望』を感じながら、彼は寝転がった。いろいろと生臭いものを吹いたフェルト布から立ち上ってくる敗者の臭いが、きゅうと胸を締め付けてくる。

考えろ。

諦めたら今生が終る。

多分そのうちに心が折れて、ただ食って排泄するだけの人形に落ちぶれ果てる。まだ考えが巡るいまのうちに、あがかなければ。


(…砦。…ここは昔の『お城』みたいなもんなんだよな)


そうしてすぐに思い至ったのは、お決まりのように偉い人たちが人知れず逃げ出すために作ったに違いない、隠し通路という発想だった。

むろんこの部屋が牢屋であるとしたら、普通に考えて隠し通路などあるはずもない。

だけれどももしこの砦を作った貴族が、極度の人間不信に陥っていたとしたらどうだろうか。魑魅魍魎の跋扈する策謀まみれの上流社会で、いつ自分が無実の罪で陥れられ、社会的資産的なものを根こそぎ奪われるのではないかと不安にさいなまれ続けている人間であったとしたら、万一のことを考えたかもしれない。

部下に裏切られ、おのれ自身が収監される可能性にも思い至っていたに違いない。

もしかしたら。

そこで跳ね起きた彼は、牢屋を構成している石材ひとつひとつを入念に確かめることにした。

その確認作業で一時間ほどかかった。そうしてようやく見つけたのは、膝ぐらいの高さにある小ぶりな石材の抜けた虚であった。

彼の全力を持ってしてようやく引き抜くことのできた1個の石。

が、その中にはスイッチも鍵もなく、ただ中材の別の石が見えただけだった。むろんその石材はびくともしない硬さだった。

単にそこだけもろくなっていたとか……途方に暮れそうになって坐り込んだ彼は、そのまま上のほうに視線を変えていったのだが……そこで違和感を覚えた。

彼の身長どころか大人ですら手の届かない天井付近で、妙に隙間の多い石材が見つかった。普通なら手も足も出ない場所なので、可能性さえも検討しなさそうな場所だった。

そうして彼はまた、おのれが引き抜いた膝の高さのくぼみを見る。

そのくぼみに足をかけて、必死になって伸びをしている疑り深い貴族の姿が思い浮かんだ。まさかとは思った。ほかにすがるものとてない彼はそれでも試さずにはいられなかった。

くぼみに片足をかけ、ぎりぎりまで手を伸ばす。

大人だったらそれで易々と手が届いたことだろう。5歳児にはハードルが高すぎた。

が、そこで奇跡が起こった。

大人では不可能であっただろう……とくに指先の細い彼であったからこそ可能となった、フリークライミングで言う『ポケット』がわずかにあったのだ。

神様がいらんことをした優れた身体能力が、そのわずかな手がかりをもって彼の小さな身体を更なる高みへと持ち上げることを可能とした。


「と、届いた」


石を掴んで、そのまま落ちた。

尻をしたたかに打って顔をしかめつつも、彼は努力の結果を見定めるべく顔を上げた。

鉄の輪と鎖がそこからぶら下がっていた。

もう余計なことは何も考えなかった。再びくぼみに足をかけて、彼はそれに飛びついた。そして全体重をかけて引っ張った。


「やった……マジだった」


鎖で繋がったギミックが作動した。

数百年ほったらかしだったその仕組みが動いたことがそもそも奇跡だった。

ごつっ、という重い音がして、片隅の壁が崩れた。壁の中に空洞が現れて、どうやら隣の部屋へと抜ける通路になったようだった。

安心からへたり込みそうになった彼であったけれども、いつアリーが戻ってくるかと恐怖心が勝って、どうにか再起動を果たす。

急いで崩れた石材をどけて、空間が確保されるなりもぐりこんだ。そうしてとなりに続く空間に転がり出たことで、彼の脱出は次の段階へと進んだのだった。

そこは牢屋よりもさらに狭い空間で、おそらくは壁の中に隠された小部屋であるらしかった。そこには立派な鋲打ちの櫃が置いてあった。

おそらくは身一つでの脱出となった際の、最後の逃走資金その他として用意されたものであったに違いない。

蓋を開けると、中には錆びた甲冑一式、中剣と短剣、底に積もった埃の中には、いまだ輝きを失っていない金貨が何十枚も転がっていた。金貨はもともと袋にでも入っていたのだろうが、微生物に分解されて消え去ったのだろう。同じく櫃の片隅に腐った落ち葉のような溜りがあり、それが衣服かマントであったのだろうと容易に推察された。

これから何が起こるのか分からない。

甲冑と中剣は、彼の体力的に運ぶのが困難であったので、嫌な気持ちを振り払いながら牢屋のほうにいったん戻り、フェルト布の下に敷いてあった彼の持ち出しであるマントを回収してくる。

いずれにせよ服はズダボロで裸みたいなものである。マントを身に着けると、さすがにサイズオーバーで、肝試しのお化けみたいに引きずる感じになったけれども、裸族で帰還という羞恥プレイだけはどうにか回避できそうだった。

マントには内側にいくつか便利ポケットがあり、そこに全部の金貨を詰めて、手には短剣を持った。

短剣の金の象嵌の入った鞘は……抜けなかった。まあ数百年ぶりだ仕方がない。別にそれで戦うとかではなく、この後まだあるかもしれないギミックを掘り出したりするときに使うだけなので問題はなかった。


(ともかく早く、ここを出なくちゃ…)


彼は脱出通路であろう暗がりの続く道を見て、ぎゅっと目元に力を入れた。


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