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深窓の令嬢編 04





何か大きな勘違いをしていたのかもしれない。

綺麗に生まれたから人生イージーモード?

ないない、ありえない。

ものには程よい『程度』というものがある。過ぎたるは及ばざるが如し。イケメン度は程よいのが最適であり、それの度が過ぎればただ毒になる。

イケメンというよりもビスクドールのごとき造形美の粋である今生のエディエル・ウィンチのそれは、彼の人生どころか人格さえ否定されてしまいかねないほどに『物』としての価値が高かったのだ。

彼が一個の人間として、人生を切り開いていくだけの『力』を手に入れるだけの時間的猶予を世間は多分与えてはくれない。力のない弱者はただ奪われるだけの、人権尊重の思想以前の未開な世界である。

エディエル・ウィンチという価値ある存在に真っ先に手を伸ばしたのがアリーという娘であった、ただそれだけである。

おのれの新たな人生が実は超ハードモードであったという現実を5歳にして受け入れざるを得なくなった。子供の彼には、18歳のほとんど大人と変わらない少女の腕力を押し返すことができなかった。

イケメンでモテモテとかハーレムとか、稚拙な考えがその日彼の脳細胞から完全に揮発した。

村の泉端で、アリーの欲望が果てるまで数時間に渡り蹂躙された彼は、そのまま村に連れ戻されることもなく荷物のように肩に担ぎ上げられ、アリーだけが知る森の中の打ち捨てられた廃墟へと運ばれていった。




そこはかつて、このあたりがまだ人間の版図ではなかった頃に、魔物討伐の前線拠点として築かれた砦であった。

堅牢な石造りの城壁を備えた本格的な建物であったけれども、その作られた年代は数百年の時の彼方である。すでに城壁は名残を残すのみの残骸と化し、砦の中も半ば土に埋もれて鬱蒼とした雑草に覆われている。

街道からも遠く、村からも遠く、不便ゆえに使う者もない建物はただ朽ちていくだけである。いにしえの亡霊が棲むとの噂もあり、村人はほとんど立ち入ることもない。

その半ば埋もれた館の入口を這うように中に入ると、獣の住処であったのだろう糞尿の臭いのこもる広間に出る。真っ暗なその穴ぐらの中に明かりをかざせば、朽ちてぼろぼろになった階段が見つかる。

そこを昇った先が、アリーの秘密の隠れ家だった。

おそらくはかつて砦の牢屋とした作られた一画であったのだろう。そのひと部屋に彼は閉じ込められていた。

部屋の広さは四畳半ほどであろうか。石造りの壁の堅牢さはいまも健在で、押しても引いてもびくともしない。

天井近い上のほうに、人の頭程度の大きさしかない明り取りの窓から光が差し込んでいる。かつてははまっていたのだろう鉄格子もいまは朽ちてなくなっているものの、人が出られるような大きさではなさそうである。

冷たい石床に彼が持っていたマントが敷かれ、その上にアリーが後から持ち込んできたぼろいフェルトの敷物がかけられている。

硬いがどうにか横になれるベッドみたいなものだ。監禁された彼の生活環境を高めるためというものでもなく、たぶんアリーが快適に『お楽しみ』するためのしつらえに過ぎない。

1日に2回、アリーが食べ物を運んでくる。

いたって彼女の気分次第なのだけれども、押し倒されるときもあれば、やさしく抱っこされて睦みごとを延々と聞かされるときもある。興奮しているときのアリーは、ほんとうに盛った獣そのものである。あまりに恐ろしくて身を縮めていることしかできない彼に男としての『反応』が現れるはずもなく、男女の直接の『交渉』というのはまったくない。

いちおう操は守っていることになるのだろうか。そもそも5歳児に交渉とか肉体の成熟度からして不可能であるのだけれども。アリーは獣欲を満たしつつも彼の『反応』を引き出そうといつも躍起になっている。


「エディはあたしだけのものだから、大きくなったら旦那さんになるんだよ」

「…やだ」

「エディの手も足も体もお尻も、この綺麗な髪の毛も菫色の瞳も、唇だって全部あたしのものになったのに?」

「………」


アリーは病んでいる。

その眼差しを直視するのが怖い。

後ろからぎゅっと抱きしめて、首筋をついばんでくる。彼が弱々しく抵抗すると、余計に興奮したように激しく求めてくる。身体に着けている服の残骸が彼女の手でさらにびりびりにされる。

怖い怖い!

アリーは結婚前であるからむろん処女である。

前世で結婚詐欺まがいの元嫁に奪われるまで石のような童貞であった元ブサメンにとって、これは夢のようなシチュエーションであったのだけれども、『奪われる』側に身を置くことでそうした価値観は霞のように消えてなくなった。

ただただ、恐ろしかった。

男女の発する生臭い獣臭が気持ち悪かった。半渇きの唾液の臭いが鼻がもげそうなぐらいに臭かった。嫌がる彼を押さえつけて、無理やりに唇を割って口内を蹂躙してくる。唾を飲ませようとするので、そのたびにえずいた。


「…村の人に言うから」

「誰に? なにを?」

「お父さんとお母さんに、言いつけるから」

「言えば?」

「そうしたらアリーはみんなから怒られて…」

「そうしたら、エディを連れて、この村から逃げる」


アリーの真剣な目が怖かった。

ちらりと目が合うときがあるのだけれど、なぜだか彼女は彼とは違う何かを見つめているように見えた。


「うちの親たちには、ほんとうにもううんざりなの! いいなんて一言も言ってないのに勝手に変な男との縁談なんか持ってきちゃってさ」


今年18歳のアリーは、すでに婚姻の適齢期であった。

うちの村みたいな片田舎では、親が勝手に縁組をし、子がそれを従容と受け入れるのが普通だった。アリーの身の上に起こったそれらも、村人から言わせたら至極当たり前のことでしかなかった。

彼が家出なんかを画策していた同じ頃、隣の家ではアリーの縁談を巡って家族争議中であったのだろう。そんなお隣の事情など知りもせず、家出した彼の大捜索で一時的に縁談の話がストップした。

アリーは森の中でひとりでいる彼を見つけて、衝動的に一線を踏み越えたのだと思う。そうして彼女は望みのものを手に入れて、すっかり吹っ切れてしまった。


「逃げてエディが大きくなるまで育てる。そうして幸せに結婚するのよ」




一日中彼に張り付きっぱなしではすぐに疑われてしまう。

ゆえに不承不承アリーは定期的に村に帰る。一度帰ってしまえば数時間はまず戻ってこない。

全身についた生臭い臭いをフェルトの敷物で何度も拭って。


(逃げなきゃ)


ただそれだけを考えた。


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