深窓の令嬢編 01
生まれたオレは、愛された。
これが普通な親の愛情かと感動していたオレであったが、どうやら世間一般のレベルを逸脱するくらいに愛されていたらしい。
「エディ、わたしがママよ」
「まあままあま」
「キャーッ、かわゆすぎ! ってか、かわゆすぎて食べてしまいたいわ!」
ぎゅむむむっ
くっ、苦しいデスお母さま。に、乳児はいろいろと非力なのです。
「こらこらアリア、エディが土気色になってるじゃないか! 強く抱きしめすぎなんだよ! それよりもほらこっちに……エディ、パパだよ」
「ぱっ、ぱあぱ」
さし伸ばされた手に取り上げられたオレは、今度はごつごつと硬く筋張った男の腕の中に抱きしめられた。安心したのはつかの間のこと。
痛いいたたた!
母親なんて比じゃないくらいに絞め落としてくる父親に、オレはとうとうギャン泣きして抵抗を示した。村の猟師をしているらしい父親の腕力はそれだけで凶器である。
泣き出したオレに戸惑っている父親の腕から、ひょいっと身柄を確保してくれたのは隣の家の娘さんだった。アリーさんというそばかす顔の子で、今年で13歳。
その三つ編みにしてひっつめた赤毛のくせっ毛に広いおでこ、オレは初見で彼女のあだ名を『アン』と決定している。異論はまあ許そう。
「いくら可愛いからって、赤ちゃんをいじめるもんじゃないですよ! だから今日もエディはあたしが面倒見ますから!」
おーよしよしと頬ずりしてくるアン……アリーさん。
頬ずりしながらくんかくんかしないでくれませんでしょうか。
「エディはやっぱりお花のよい香りがするわ。ミルクとカルミアの香りが混ざったみたいな……んふ、いい匂いー」
「うちの子を盗らないでぇ!」
「他所の子は帰りなさい! 子守を頼んだことなんて一度もないぞ!」
かなり情けない感じに若い両親が取りすがってくるものの、ふーんと余裕綽々のアリーさん。過剰すぎる愛ゆえに生存を脅かされているオレが、アリーさんの程よい腕の中に安全を見出していることを彼女は見抜いているのだ。
悔しそうにハンカチを噛んでいるのは母親のアリア。村一番の美人さんだったらしいが、たしかに冷静に抱っこするそばかすアリーさんと見比べても、横綱と前頭くらいの差を感じる。色白で蜂蜜色の豊かなウェーブのかかった髪に、甘やかな目鼻立ちと桜色の形のよい唇。さらには家事の途中なのか男にとっての加点対象ともなるエプロン姿ときている。
前世であったならば近寄ることも出来なかった完璧な美人さんだ。
その村一番の美人を捕まえた、父親ウォルド。
これまた村娘たちの憧れの的であったというイケメンさんで、かつ村一番の腕っこき猟師でもあるという、稼ぎとヴィジュアルを両立させた奇跡の男であったが、いまは隣家の娘に手を上げるわけにもいかず涙目でわが子の様子を追っている。
美人とイケメンのハイブリッドであるらしいオレは、もしかしたらかなりいけているのかもしれないと想像はしているのだけれども、前世が壊滅的なブサメンであったので、基本現実を確認するまでは『保留』ということにしている。
前世では生まれてすぐに親に育児を放棄され、看護師さんに哺乳瓶でミルクを与えられていたらしい。「こんなの、わたしの子じゃない」とか暴言を吐いている元母の様子がありありと浮かぶ。叩いたり蹴ったり食事を抜かれたり、あげくは煮立ったてんぷら油を浴びせかけられて、入院&施設入りとなったトラウマが疼く。
(…ふっ、期待はすまい)
現状は、奪い合いが起きるほどには愛されているらしい。
触るのも嫌なほどじゃないのならそれで充分である。
「あっ、やっぱりアリー姉ここにいた」
「またエディを抱っこしに来たの? うちにだってちっちゃい末っ子がいるってのに、この裏切りもの!」
「あんなうんこのくっさいお猿さんに興味はないの! この天使ちゃんと一緒にしないで!」
きぃぃぃーっ、とアリーが叫んだ。
おいおい、じぶんちに赤ん坊がいるならそっちを世話してやれよ。あんたの抱っこは優しいから救われてるが、べつに歳の割りにつるぺた過ぎるあんたにそれ以上のサプライズはないんだからさ。
絞め殺される前にギャン泣きすれば最悪死ぬことはないしな。
「いまなんか胸がきゅって締まったんだけど……なにかしら」
その第六感スキルいらないし。
つかもうオレのことはいいから家に帰ってやれば?
「…たく、もう仕方ないわね」
「ちょっ、何気なく帰るのはいいけどうちの子は置いていってぇぇ」
「そ、そうだぞ! 父親として断固抗議するぞ!」
「………ちっ」
この赤毛っ子、小さく舌打ちしやがった。
病んでます。
この赤毛っ子ヤンでます。
舌打ちしつつもそのまま拉致られそうです。あっ、走り出しやがったよこの赤毛っ子。そこで泣き崩れないでマイペアレンツ! 追って追って追ってぇぇぇ!
エディエル・ウィンチ。
それがあたらしいオレの名前だそうです。
今生はとっても愛されているようです。