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深窓の令嬢編 12






助けた二人は、生ける『厄介ごと』だった。




どうにかこうにか中途半端な治癒魔法が効果を発揮し、深手を負っていた担がれていたほう……若い優男の致命的だった傷がひと晩がかりでふさがったのは我ながら上出来だったのだけれども、生死の峠を越えたと分かった連れの騎士様が、


「ここにしばらく置いて欲しい」


と相談してきたあたりで雲行きが大いに怪しくなっていたんだけれども。

むろんここは彼の秘密基地であり、村人の目から……具体的に言うなら村長の孫娘とその取り巻き、さらには女会幼年部の日和見的な者たちで構成される女軍団の目から逃れるための絶対の『聖域』であったりします。

成人してしまうまでのわずかな期間、黄金のように貴重な自由を得られるそのかけがえのない場所に、いきなり現れたやつらが居場所を要求してくる……引きこもりニートとしては、まさに死活問題というやつです。


「どうぞお帰りください」


精一杯の友好的態度で微笑みを添えてそう告げたのだけれども、招かれざる客たちは悪質な犯罪者たちだったようです。

返答の代わりに、喉元に剣を突きつけられてしまいました。


「訂正する。いまからここはわれわれのものだ。出て行くのはおまえのほうだな」

「えっ?」


なにその超理論。

軒先を貸したつもりもないのに母屋盗られたんでしょうか。ひと晩掛けてがんばった治療の報酬が、この場所の強奪だとか、ちょっと冗談でも面白くは…。


「この近くにレドンネ村があるはずだ。おまえはそこの者だな? 帰って村の長たちに伝えよ。ハウリアの若木を保護せよ、とな」


本気だ、この騎士様。

兜を取ったそこに現れたのは、ロマンスグレーのダンディでした。小洒落た美容室とかに貼ってあるポスターのモデル的なやつです。彫りの深い顔立ちに整えられた口ひげ、憂いをたたえた薄青の瞳……すいません、BLじゃないんで描写はここまでです。きもいです。

そのダンディ騎士、どうやら自分のイケフェイスにそこはかとなく自信があったのかもしれません。ふっと、渋さ全開の笑みとかを送ってきます。


「……?」


相対する彼のリアクションが期待はずれだったのだろう、なんか目に見えて落ち込みました。だから男に秋波送ってどうすんだって言いたい。

実はまだ目覚めていない優男のほうも、かなりのイケメンだったりします。歳は彼よりも5、6ぐらい上でしょうか。目尻の下がったおっとり顔がなかなかのバランスで組み立てられています。色白で金髪とかもうテンプレでしょうか。

『ハウリアの若木』がこいつであることは分かります。

なんでしょう、よく分かりませんが本能が理解を拒んでいます。実は王子様でしたとか自己紹介しだしたら殴りたくなりそうです。


「拒否します。ぼくはここから追い出されたりはしません」


彼はきっぱりと言ってやりました。

この聖域を明け渡すなどもってのほかだし、村人を呼びにやるのも全力拒否です。だって彼がここにいること自体がそもそも秘密なのだから。

弱気な態度を見せたらそのまま居座られそうだったので、強気で突っ張って見せました。傷は治してやったのだから、ここは素直に礼を言って退散すべきところではなかろうかと思う。

騎士様の突きつけていた剣が喉元に触れるぐらいに近付けられましたが、ひやりとしつつも彼は頑として引きません。自分の将来を決定付けかねない、黄金のように貴重な成人前の特訓タイムがかかっているのですから当たり前です。

女軍団相手ではからっきしですけど、それが男なら強気も行けます。男衆にもまれてきた狩りの訓練がまがりなりにも彼を育てていたということでしょう。

彼が一歩も引かない、と悟ったのか、ふうとため息をついて騎士様が剣を下ろした。


「なかなか、見かけによらない勝気な娘よ」

「…娘?」


一瞬ぴくっとしてしまいましたけど、ここですぐにでも別れてしまう相手に、わざわざ説明するのも面倒だったので無言を貫きました。

それがこの後しばらく彼を悩ませ続けることになるが、むろんこのとき彼はまったく想像もしていない。

騎士様は少し思案するように顎に指を当てていましたが、すぐに決断したのか、まっすぐ彼のほうを見つめてきました。


「このザウサルレン、先ほどは命の恩人であられる貴殿に対して礼を欠いたあさましい振る舞いをいたした。ここに謝罪したい」

「は、はぁ…」

「かさねて浅ましきことと重々承知しておりまするが、伏してお願い申し上げる。…せめて連れが歩けるほどに快癒するまで、…貴殿のお許しいただけるわずかな間だけでも、ここに身を寄せることをお許しいただきたい」


打って変わってかなり殊勝に、下出にお願い攻撃が始まった。

なるほど、これは確かに断りにくい。

怪我人が治るまででいいから置いてくれてと言われたら、さすがに人道的にも放り出すことはできない。窮鳥懐に入らば猟師も殺さず、みたいな前世のことわざが脳裡にぷかりと浮かんでくる。彼もいまではリアル猟師である。


「…分かりました」


はぁーっ、と盛大なため息をついた彼を見て、膝を叩かんばかりに身を乗り出した騎士様。人生経験で押し切られた感じです。

とりあえず怪我人を石床に直接寝かせるわけにもいかず、寝床の準備を始めようと彼は立ち上がった。長い髪が邪魔だったので後ろでくるくると手際よく巻いて、折れた矢で作った束矢(1/3くらいの短い矢)を簪のように刺して止める。そのとき現れた彼の雪のように白いうなじを、騎士様が感心したように眺めていたのにも気付かず。

元ブサメンであったからこそ身に着けるに至った家事スキルが、ここで如何なく発揮されるさまを値踏みするように見られていることにも気付かず。

獲物の肉の解体用に常備していたエプロンを装着し、本人自覚なしでここに爆誕した絶世の美少女メイド。

厄介ごとのフラグが立ったのにも、当然ながら気付きません。


「このような片田舎に、これほどの器量の娘がいたとは…」


騎士様の不穏なつぶやきにさえ気付かない、不幸な主人公でありました。




数時間後、目を覚ました金髪の優男は、銀色の光に包まれてリンゴを皮を剥く美しい母性の塊のような女神様を見たという。

優男は瞬時に敬虔な信徒となった。


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