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深窓の令嬢編 11






魔法。

そう、魔法なんですよ。

治癒士のばあさんの施術を見ていたのでそれが実在することは分かっていたのだけれども、こうしておのれの手で異界の超技術を再現しようとしているのですが……まあ、アレですね。チョー地味です。

廃砦でのひとり修行が始まってかれこれ半年ほどが過ぎようとしています。

父さんに修行を公認されて浮き足立っていたころが懐かしいです。


(スタートダッシュで失敗したのかも…)


異世界転生でよくあるパターンですが、赤ん坊のころからMP使い切る訓練して総量を増大させるというアレに気付かなかったのが原因なのかもしれません。まったく魔力的なものが高まってこないんです。

治癒士のばあさんからもらった教本にも、術に入る前の気構えや漠然とした魔法の理屈を説明するくだりは少なからずあるのですが、肝心の『魔力』そのものの高め方についての記述がすっぽりと抜け落ちています。

あって当たり前なのか、それとも訓練しても大した強化はできないから放り出されているのか、年功序列的に自然増していくのか、いまのところさっぱりです。

魔力が体の奥から沁み出してくる、という感覚は分かるのです。

掘ったばかりの井戸の底から水がじわっと出てくる感じ……前にばあさんが言っていた通りの感じで、魔力は沁み出してきました。

ばあさん曰く、その沁み出してくる感覚すら才能がないと現れないのだとか。そういう意味ではたしかに魔法の才能があったのかもしれないんですけど、正直いまは微妙です。

治癒士のばあさんはもうだいぶ体が弱くて、外でこっそり教えを乞うなんてことはできません。その家に入り浸ることも女軍団のせいで難しい。

『コツ』的なものは聞いたんですけど、深呼吸しながら、沁み出してくる魔力の底に指をこじ入れていく感じをイメージするトレーニングは毎日欠かしたことがないのに、変化といえば沁み出してくる魔力がじわじわからちょろちょろに変わったぐらい。

ばあさんに聞くところによると、魔法学校の先生クラスになると藁の束を一瞬で灰にしてしまったり、立木を遠くから切り倒したり、空の樽に水を満たしたりとかできるようになるらしい。王宮勤めの賢者クラスになると、軍隊相手でも負けることがなく、空から太陽を落としたり、竜巻で蹴散らしたりとかもできるらしい。

ウソかホントかはわかりません。判断する材料すらここにはないんですから。

今現在の自分の魔力は、イメージの数量化で申し訳ないんですけど……マンションの上のほうの水道ぐらいの流量です。水圧が足りてないもどかしいアレです。

それでも魔法はどうにかこうにか発動はするので、ばあさんにもらった初級治癒術いくつかと、水と風の一番簡単な奴なら使えるようになりました。

風魔法とか、闘えるんじゃね? と希望に燃えた頃もありました。木に向かってそれを発動すると、まあ素敵! 樹皮に傷が少し付きましたわ! というぐらいの攻撃力です。遠くのろうそく消すくらいならできます。

飲み水も心配いりません。コップ一杯くらいなら、集中すれば30秒くらいでそこそこ満たすことができます。そのあと消耗して立てなくなりますけど。

半年頑張ったけどそろそろ見切りをつけるべきかな、と思ってます。まだしも優遇された身体能力伸ばす方が建設的だと思うんです。

気晴らしに弓の練習もしてますが、いまでは手持ちの弓で届く射程範囲内なら百発百中になりました。なかなかのものだとは思うんですけど、威力のない短弓だと貫通力が足りないので脂肪の分厚い魔獣とかには致命傷を与えられません。小さいやつを狩るときに便利なぐらいでしょうか。

剣とかは教えてくれる人がいないのでまさに我流。しかも着ているのがいまだに女服なので、腰に吊るしておけるベルトとかが巻けません。

そうです、女服なのです。

大事なことなので二回言いました。

村の中を歩いてるとき、最近男どもの視線が張り付いてくるようになりました。体が大きくなったのが原因なのでしょうが、暑くてスカートをパタパタとしていると、生暖かい視線が足元のほうに集まってきます。

だから男だって、あんたらみんな知ってるでしょうが。なんで男の脚見て奥さんとかに殴られてるんですかね。馬鹿じゃないでしょうか。

まあともかく。

日中は廃砦にこもって訓練を続けているわけなのですが、集中がよく途切れて、砦の高いところからぼんやりと風景を眺めていることとかが最近は多いです。日差しが気持ちいいのも悪いんです。

だから昼寝しても悪くはない……伸びをしてごろりと寝転がろうとした彼であったが。

その日彼は運命的な出会いを果たすこととなる。

視界に入る深い森の中を、木々を縫い草をかき分け走ってくる、結構必死そうな人影がありました。ぽけっとそれを眺めていた彼であったが、どうやらそれが緊急事態なのだと悟るや素早く行動に移ったのでした。

ひとりの立派な鎧をまとった騎士と、その肩に担がれた上等そうな服を着た怪我人……それらが何かに追われてこちらへと走ってくるのです。

後ろから追ってきていたのは……きったない山賊のようでした。きっと森の向こうの街道に出没すると噂されているやつらなのでしょう。

彼は近くにあった愛用の弓をとり、矢をつがえました。それを45度の空に向けて放ちました。

目測で山賊までの距離は150メル。短弓でも弦をいっぱいに引けば届かない距離ではありません。外すなどとは毛ほどにも思っていないので、残心のまま矢の行方を見守ります。

むろん最初から問答無用に人の命とか奪えるはずもありません。狩りで他者の命を奪うことには忌避もなくなりましたが、人間相手では……警告ぐらいは必要でしょう。町から離れた田舎の村では、おのれの身はおのれで守らなくてはなりません。山賊なんかが襲ってくれば、撃退するのは男衆の仕事であり、その中心になるのは鍛え上げられた村の猟師たちなのです。剣や槍なんかの近接武器で戦うような馬鹿なことはしません。森の物陰から一斉に射掛けて、ワンサイドフルボッコです。猟師たちの正確な矢は簡単に人の命を刈り取ることができる。それは山賊たちも心得ているので、被害が出始めると彼らもすぐに撤退していくものでした。

そんな撃退戦に幾度か遭遇したことのある彼も、対人が初めてではなかったりします。


コツーーーンッ!


彼の矢は、狙い通りに先頭を走る山賊の兜の額の上あたりに命中しました。いくら非力とはいえ、そこまで飛んでくる矢の運動エネルギーはかなりのものです。首から上を後ろに持っていかれて、そのままひっくり返るように転倒しました。

それでぎょっとしたように他の山賊たちの足が止まりました。

そういえばここはもう『村』のテリトリーだと思い出したようです。

いつもならばこれで戦意を喪失して引き返していくものなのですが、この時の彼らはひと味違いました。


「ここまで来て引き下がれっかよぉぉ!」

「あと少しで追いつく! ぶっころせぇぇ!」


汚いだみ声が森の中に響き渡りました。

いいでしょう、わかりました。その挑戦受けて立ちましょう。

追われる騎士と怪我人はこちらまでおよそ100メル。盗賊たちは150メル程度。

山賊たちがこの廃砦にまでたどり着くのは、走ったとして20秒ほどかかるだろう。その間に、彼が射掛けられるのは多くて5本くらいだろうか。

山賊の数はまさに5人。ぎりぎりだ。

山賊たちが立ち止っている間にも攻撃の動作を始めた方がいい。

第一射。

まずは最初に追跡を開始しようとした小柄な男のむき出しの右肩に。矢は吸い込まれるように必中。


「ぎゃああ!」

「ルーグッ」


うずくまる男をちらりと見てから、舌打ちして4人が走り出した。

やつら少し時間ロスしたから余裕ができた。あと18秒くらいか。

第二射で走り出した細身のやつの太ももに。

第三射で先頭の男の右隣のやつの利き腕側を射抜く。

第四射は今度は左隣の同じく利き腕のほうに狙いを定めて、はしっと矢を放った。これも必中。

そうして第五射の動作に移ろうとしたところで…。


「ちっくしょおおおおっ! レドンネ村のやつらぁぁっ!」


利き腕側ばかりを見事に奪いに来るその技術の正確さに、村の腕っこきの猟師が潜んでいるものと悟った山賊リーダーが怒りのあまりに吠えたのだ。

もう廃砦は指呼の間に収めているというのに、リーダーは撤退を決断した。腹立ちまぎれに唾をペッと吐いて、うずくまる仲間を叱咤しつつ引き返していく。あと二人ほど仲間がいたら危ないところだったけれども、なんとかなったようだ。

物陰に潜んで山賊たちがいなくなるのを待っていた彼は、しばらくしてようやく砦の下に張り付くようにしてうずくまる騎士と怪我人を見た。

二人とも男のようだとみて、彼はほっと息をつく。相手が女性でないから安心するとか、ほんとどうかしたんじゃないかと自分でも思ってしまうのだけれども。

ともかくいまは早急な救助が必要と認めて、彼は二人のもとへと走って行ったのだった。


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