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◇1  再会ですか?

前章タイミ2と3の間の話があります。

 



 その日は、朝から珍しくレレアン神殿に雨が降り、祭壇での奉納舞に足を滑らし転びそうになるやらと、小さな不運だとか不幸だとかが積み重なっていて、兎に角ツイていなかった。

 だから、目の前の目映いばかりの美しい青年が浮かべる苦しみ混じりの困った様な微笑みが、何故かどうしようもない重い鎖に雁字絡めに囚われて暗く苦い日々が永遠に続く始まりの様に私には感じられた。




「タイム・ミッドラン・ミルドラト・セス・ファウント・フォーリールフナーと申します。長いのでタイミとお呼び下さい、姫」


 宰相のサエス叔父様から紹介された良く見たらそれはそれは美しい青年は……タイム・ミッドランなんたらかんたらと名乗った。


 鏡の様に色を映す様な見事な銀髪が、礼を取った時に肩からさらりと落ちて息を飲んでしまう。

 男の癖に何で髪やら顔やらが造形が綺麗なのか。思わず嫉妬の対象になりそうだ。


 しかしそんな綺麗な顔に関わらず、私の頭の残念な所は名前とか固有名詞をなかなか覚えられない所だ。

 特に王族等の長い名前は不得意である。音楽と躍りじゃないから余計に。


 だから最初以外聞いた端から忘れてしまったけれど、改めて前に一歩踏み出して自己紹介を始めた王子は、余りにもその笑みが胡散臭かった。

 瞳が笑って無い様に見えたのもあったが、それよりも自分の微笑みが女性を虜にするだろう事を良く分かっている、そんな計算された印象を受けたのもある。


 確かに、格好も顔も雰囲気も良い方だ。

 もし自分が叔父様や今は居ないカラム兄様の様な体格がどっしりとした殿方のが好みでなければ、更にはその本人が横にいなければ少しは名前を覚えようとする程には心はときめいただろう。


 だから良かった。

 略称を改めて教えてくれて。残念な私の頭では全く覚えられなかったのは分かりきった事だったから。


 それよりも、サエス叔父様の説明に聞き捨てならない事があった。


「………お兄様?」


 つい呟いてしまった声に、タイミ王子は更に困った様に微笑んだ。


 私はそれでも王子を上から下まで見直してみる。不躾だったとしてもだ。


 どう見ても大好きな兄様とは正反対。


 カラム兄様は父様と同じ、まるで星が散る夜の様な輝く光沢を放つ黒髪をしていたし、肌も白より仄かに褐色がかり健康そのものといった佇まいで、体格は父様より叔父上にも似て、筋肉質が服の上から分かる程大柄だった。

 噂では、前王の祖父の頑丈そうな体型に良く似ているらしいけれど、断じて目の前の青年の様な軟弱そうな白い肌では無かったし、髪は周囲の色合いを映す鏡の様な銀髪でも無かった。


「お兄様は御父様と同じ黒髪の筈ですわ」


 私は外交上の物腰柔らかな言葉を使ったけれど、それでも言葉がきつくなってしまったのは許して欲しい。


 いきなり目の前の王子の前世が兄様と言われて、はいそうですか、と言える訳がない。

 国の古い文献や寝物語にも、七代前の王は先祖帰りだったり他国でもそんな話は色々聞くけれども、兄様に関しては早々簡単に納得は出来ないのだから。


 兄様は素晴らしい人物だ。父様に変わって王になっても、この国土は更に繁栄し安寧をもたらすだろうと嘱望されている。


 もし目の前の王子を生まれ変わりと認めるならば、今でも探索を出して探している兄様は既にお亡くなりになっていると認めるという事だ。


 冗談じゃない!!!

 大好きな兄様がお亡くなりになっているなんて、断じて認める事なんて出来ないではないか!!


 心が千千に乱れて息苦しささえ感じる。


 実際、私が兄様と話して同じ時間を過ごした記憶は二度位しかない。


 けれども王宮にいた巫女に成っていない頃は特に、毎日一度は必ず兄様を探して王宮を駆け回る位お慕いしていたのだ。


 私が過ごす東にある王宮から、兄様が良くいる南の執務室の入り口や危ないと良く怒られた騎士団の南西の演習場が良く見える西の塔、更には北にある図書室へとこっそり見に行ったのは日課の様なものだった。


 巫女長になってからも国の周りを駆けずり回るが、私は小さな頃から王宮を駆けずり回っていたのだから、皮肉にも何年経っても同じ様な事を行っていたらしい。


 しかし、それでもその行動は兄様に会いたいが為のものだった。だけれどそれ以上に、妹でなければ良かったのに、と私が何度悔しい思いをした存在だという事は周りは知らない筈だ。


 親友のタナにも言った事はないし、この先兄様が見つかって他国の姫と結婚という段になったとしても、言う事は有り得ない秘めた想いだった。


 私の気持ちは別にしても、兄様の帰還は私は勿論、父やこの国全ての民が切望し衆望している事。


 だから言い方も、顔でさえも険になっていたのではないだろうか。


 王子が、そうだろうとも、といった様な諦めた様な哀しみの様な柔らかで細やかな息遣いをしたのを、私は複雑な思いで見てしまった。


 その吐息の様な息遣いをどう考えれば良いのだろう。


 王子は、彼が確かに兄様ならば父の様に自身に厳しい兄様ならば、自嘲気な溜め息を吐くだろう、という埒もない考えが過る。


 こんな柔らかな泣きたくなる様な優しい息使いを…………私は知らなかった。



「これでもそう思われますか。カラーウィレストホーン・レレナンホロン・アスト・リューン・ララン様」


 王子が落ち着いた優しい声で私の名を呼ぶ。

 そして、額に掛かる長い銀の髪を上げ綺麗な額を晒して、私は息を飲んだ。

 俄に鼓動も跳ねる。


 分けて退かした額の左右にある生え際には、兄と寸分違わぬ魔方陣が一つづつあったのだ。

 左右翠蒼とそれぞれ微かに発光している様に見えるのは、中庭の噴水が中天に差し掛かる眩い陽射しを反射しているからに違いなかった。


 そうでなければいけない。


 我が国の風竜と水竜の加護が、簡単に他国に渡っている事がどれだけ大きな問題になるかなど、この目の前の青年が分かる筈がない。


 カラム兄様の生まれ変わりでなければ、の話だが。


 複雑な紋様となっているそれは、確かに兄様が持っていたものだ。


 一見した所で分かるのは、太く色濃い風竜の翠と水竜の蒼である御加護の紋。

 けれど良く見れば古代リューラランだったリューンとラランの国の紋が絡み合い、そして私が巫女にならなければ知る事は無かっただろう精霊の御加護もある名が浮かび上がり刻まれている。


 行方不明の兄様の名前が。


 それが、正しく竜の加護である事を表していた。

 竜の加護と精霊文字を合わせて、本当の意味での竜の加護なのだから。


 精霊文字は精霊の記憶なのだ。

 だから精霊自身が紋を入れる。

 そして精霊を見る事が出来る者のみ、その本質が浮かび上がって見えるのだ。


 勿論、見る事に関しては誰もが可能と言われてもいるが、見えやすい見え難いというのも勿論ある。代々見えやすい血筋の家系はあるが、神に使える者が日々の修行の様な生活によって見えやすくなるというのもあったからだ。


 だが、巫女や神官が竜の御加護のある紋を精霊文字込みで作れると言うのは聞いた事が無かった。

 元来、竜の御加護は人肌に彫り込む事さえ出来ない筈だ。


 竜の加護に更に精霊文字を人肌に。

 魔法と歴史の賢者の国と言われているフォーリールフナー国の者でも出来る訳がないと思う。


 呻き声を上げそうになった。


 目の前の王子を私の兄様だと納得するには未だに心が拒否をしていた。

 頭はあらゆる可能性を考えてもそれらを否定し、目の前の王子が兄様であると結論付けているにも関わらず。



「貴方がお兄様だというのなら、再会となるのでしょうね…………」


 小さく呟いた私の声に、目の前の三人の男達は三者三様な表情を浮かべる。


 私という人物を良く知っている父様とサエス叔父様は、何を言い出す気だと興味津々の顔か嫌な予感に眉を顰めるが、王子はただ静かに『再会ですか…………確かに』と呟いた。


 その言葉が今、正に再会であろうにそう考えなかったという事を表していて、何故か無性に切なくなり怒りが湧いた。



 私達は毎日忘れる事無く、兄様が無事帰還する事を願い祈念しているのに、と。


「再会?いえいえ貴方がカラム兄様と判明した訳ではないわ。………もし、カラム兄様というなら……私にして頂きたいものがあります。出来無いなんて、まさか仰らないわよね?」


 それで本人かどうかが直ぐ分かるわ、と内心怒りのまま挑む様に、そしてワクワクしながら言えば、私の気持ちは正直に出てしまった様で、ふふふ、と声まで出てしまった。


 そして息を飲んだ三人の男達を見て、更には怯んだ様な王子を見て、してやったり、と思ったのもつかの間、私はタイミ王子の言葉で凍り付いてしまった。


「では姫、何をして欲しいのでしょうか?」

 と。



 そうである。

 何かを命じたり頼むなら、それを言わなければいけない。

 ましてこの話の流れならば、兄様と分かる其を、だ。

 私と兄様との記憶は少ない。

 更には、確かに兄様だと分かる為の行動ならば数える程しかない。それも片手の指で足りる程だ。


 脳内で思い出を何度も振り返ったが、二人だけが分かるものを、と考え思い付くものを考えれば、私は一瞬で夜の砂漠で冷水を浴びた気持ちになった。


 身が凍えた気持ち。

 今日のレレアン神殿で足を滑らした所じゃなかった。


 今、やったら恥どころではない。


 だからこそ言うのが躊躇われた。

 何故私は、幾ら兄様と確認する為とはいえ、そんな後で恥ずかしい思いをするしかない言葉を言ったのだろう。


 じっと私の言葉を待っている三人を、まともに見る事が出来ない。

 私の頬が、益々赤くなって行くのが分かる。


「…………っ」

「はい?」

 首を傾げる美しい青年に殺意さえ覚える。

 何故こんな時に、その仕草が殺意さえ感じる程可愛いとか思う私は更に問題だ。

 多分、格好良かった兄様がやったらそれもまた別の意味で可愛いと感じるのだろうが。

 じっと見詰めて待っている青年から現実逃避は出来ない。

 王子はじっと待つ。

 酷い、こっちは恥ずかしい事この上も無いのに。

 話を振ったのは私だ。

 思い付いたのも、確認したいのも私。


 良く考えれば父もサエス叔父様も王子を兄様と認めたのだから私にそう紹介したのだから、否やを、異議を、確かめたいと、言った私が悪いのだ。


 そこまで思い至って更に愕然とした。

 私の馬鹿。


 言わなきゃならない状態になったのは自業自得だ。

 私は意を決して唸る様に呟くしかなかった。




「です、から…………ひこうき、か、めりーごうらんどを…………っして頂けませんかっ」



 あぁぁぁぁ…………言ってしまった…………。



 呆気に取られた王子の顔を、私は一生忘れる事は出来ないだろう…………。


 そしてまた訳が分からない、といった父王と叔父様を余所に、王子の表情が物凄く困惑した顔に変わったのも。


 引き吊る王子の顔を見るまでも無く、内心の気持ちは手に取る様に良く分かった。

 私だって嫌だ。

 こんな恥ずかしい事。


 だって仕方ないじゃないか、兄様と一緒にいたのが少なくて更に小さな時だった思い出が、今のこの歳になって、こんなに大問題になるなんて思わない。




 歳のいった女を振り回すのがどんなに重いかなんて、想像しなくたって分かるわ!!!








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