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◇1 カラウィーン




 その日、リューララン王国の北にあるレレアン神殿より一騎の砂馬が、朝から真っ直ぐに転々と魔力と共に途切れる様にではあるが砂塵を舞い上げつつ王城へと向かっているという報告を城の主は頭痛を堪える様に黒々とした眉を顰めて聞いた。




「父上!父上!お話があります!!」


「ひ、姫様!!王は御公務中で御座います!お静かにお願い致します!!それより姫様、明日からはホロ神殿でございましょう?夕方迄には行かれませぬと、明日の禊はまた寝坊でございまするよ!!」


 大理石のひんやり広々とした日陰に声が通る。

 高くもなく低すぎもしない若い女性の声は、まるで歌う様に耳へ馴染み心地好いが、追う年配の男の声はあまりにも必死で少々笑みが溢れそうになる程の嗄れ声だ。


 それは姫と呼ばれた者も例外ではなかった様で。

 声は明るく震える様に響いて聞こえる。


「そんなに大声を出さなくても聞こえているわよ。それより大丈夫。ホロには夜に出れば着くわ」


「滅相もない! 森に囲まれているのですから無頼の輩がいるに違いないではないですか! 姫の御身を考えればこそ護衛兵をつけさせていただきますぞ」


「御身って面倒く………そうだった!父上!」

「姫様!」


 会議室へと急いで踵を返す姫の靴音と白髪の老爺が慌てて追いかける声が響いた。





 巨大な大理石の影で水が滔々と流れるこのリューン城は、熱砂に囲まれているリューララン王国の中心であり至福の場所の一つである。


 北西は砂にまみれているが、北東から南西へと流れる大河は随分昔に大規模な治水工事が行われ、王宮の廻りに深い堀を作る堅固な城壁へと姿を変えた。

 今ではその水が王国の南の城下町へと涼しい風を纏うように流れて肥沃な大地を育んでいる。

 更に下降すれば、白い砂浜が眩しい海の入り江へと流れる。

 入江に面したララン港は大きく、陸の南方を回る航海には必ず立ち寄る程の重要な要でもあり大層賑わっていた。


 リューララン国は元々砂漠地帯のリューン国と川から海側のララン国が大昔に一緒になった国であり、姫と呼ばれているこの姫は通称『明暗の巫女王女(みこひめ)』と城下町で呼ばれている。


 俗名でカラウィーンとも呼ばれ、第一王女にして表向きは王位第二継承者であるが第一継承者の王子が現在行方不明により、もしかしたら将来女王になるだろうと言われている巫女でもある。勿論、第一継承者を血眼になって探してはいるのだが。


 彼女には王族らしく長い正式名もあるのだが、通常では殆ど呼ばれる事はない。

 ただ巫女の長も務めている為、神殿では真名を仕様しなくてはならない時もあり、特殊な場合だけ正式名を呼ばれる事があった。


 更に巫女長は、国の四大神殿と城の祭壇を巡り、神殿で祈りや舞や歌を各々に捧げる為休む暇が殆ど無く、過酷な労務が現状と巷では認識されており、長は比較的若い者が選ばれる。


 北の砂漠レレアン神殿は火を司り、東の森に囲まれたホロ神殿は水を司る。入り江の海に囲まれた南のナカン神殿は土を、そして渓谷に位置する西のリロール神殿は風を司っているが、巫女長はそれらの神殿を五日毎に回った後に必ず城内の斎殿で七日程祈りと舞を捧げる事となっている。


 故に、カラウィーンは北のレレアン神殿から砂馬を飛ばしてこの城に帰ってきた訳であったので、実際は巫女長であるが為に彼女の予定では明日にはホロ神殿に居なくてはならないのが現状であった。





「姫様!」

「時間が無いのはこっちも同じよ! 父上!」


「……何だ」

「陛下、まだ話は終わっておりませぬ!」


 大きな扉が開き姿を表した三人の男達は長布を頭に巻き付けた美しい少女ともう少しでぶつかる所だった。



 勿論少女はカラウィーンである。


 男達の一人は、陛下と呼ばれ、長身で穏やかそうである。

 黒々と蓄えた髭が胸元までを印象的に強調しているのは、手染めの地味な草色の厚手の服だったからだろう。

 髭と同じくその黒々とした髪もこれまた地味な白地の布で軽く覆っている。しかし、この服を軽装に変え剣を扱い奮う時には誰しもが驚き羨ましくなる程の、穏やかそうな見た目と違い汗に濡れ光る若く鍛え抜かれた肉体をも隠していたのであるが。


 そんな見た目と中身が実は違う王に声を荒くしていたのは、もう一人の男性である宰相のサエス公であった。


 こちらもやはり長身である。

 王とは正反対の見るからに力強い体躯をしており、白髪混じりの色素が抜けた様な赤茶の髪と長めに揃えられた髭が、獅子の様に梟の様に彩っていた。


 どっしりとした身体が動けば、それこそ重い足音さえ聞こえそうだが彼が歩く時には全くの無音であり、それが彼を狡猾で智謀に富む宰相であると印象付けている様だ。

 どちらかと言えば武官を束ねる将軍に見えるし、実際腕前や人を纏める実績もあるのだから兼任しても良い程であった為、尚更外見だけでなく『リューラランの梟』等と呼ばれ親しまれている存在でもある。


 小さな頃は王と歳が離れながらも瓜二つであり、あまりにも似通っていたから兄弟でありながらも影武者候補の筆頭であった。

 成長と共に全く正反対に育ってしまったが、あくまでも体格というだけであり智謀も腕も王には負ける、とはいえ国の中でも大変優れている事には変わりが無い。


 因みにこの国では、この王と宰相に剣や体術そして智謀を駆使しても殆ど誰も歯が立たないというのが噂や通例でもなく常識である。




 さてもう一人、と後に控えた長い銀髪の青年を認めてカラウィーンは内心小首を傾げた。初めて見る若い顔である。

 もしかしたら彼女より若いかもしれない。だが彼女は見なかった振りをした。彼女は先に確認したい事があったのだから。


 カラウィーンの視線に気付いたサエス公が進み出た。


「これはカラウィーン姫…この後から伺おうと………」


「レレアンに?ホロに?そんなに大事な事?」

「ええ」


 言いかけていた言葉を呑みサエス公が深く頷いた。


「神殿まで何て珍しいですわね? でも後にして下さいますか? 今父上に話が…………」


 困った様子でカラウィーンは王に向き直ると、深い吐息と共に王は眉を顰める。


「話は解っておる。タナの事であろう………後にせよ」

「嫌です! 臨月だからちゃんと連絡を、と言っていたのに、いきなり連絡が来なくなって心配になって連絡を取れば、もう産まれてるってどういう事なの!?」


「タナが伝えるな、と言ったのだ」

「何故それも伝えてくれないのです。私が守りの祈りと出産祝いの歌だって約束していたのに………!」


「それだ。丁度お前は城からレレアンに動いた後だった。タナは巫女だった事もあるからな中の様子を知っている故、遠慮したのだ。リロールよりレレアンの奉納舞で過酷になる故に城での斎殿での休みの様な時間さえ、自分の為に取り上げたくないとな」


「だからこそ、近くに居たからこそ……!亡くなっていたらどうするつもりだったのですか………!」


 弱気な声は、それこそ本音だったのであろう。彼女は薄紅色の綺麗な唇を噛み締めた。


「過ぎた事はもう仕方なかろう。どちらにせよ産まれたのは中日だ、いくらお前でもこの距離を行って帰っての往復など無理に決まっておろうが」


「いいえ!」

 カラウィーンは柳眉を吊り上げた。


「今、何故私が居ると思っているのですか!?」

 王の口から再びため息が洩れる。


「魔力も精霊力もあれ程使うなと………」

「今使わないでいつ使うのですか!?」

「解った解ったから、喚くな。ただでさえお前は声量があるのに…………」

 その声量と声によって国民が癒されているのも知っている王は顔を更に顰めた。


 声だけでなくとも、愛する愛娘が珍しく斎殿に隠る為だけでなくこの城にいるのだ、国の民に慕われているいないに拘わらず娘を思えば、会えて嬉しやと綻ぶ表情を隠そうとしてしまう心情は親馬鹿である事を自覚していた。


「タナに会うことを許す。それよりも、いい加減礼を失する事を止めよ、まずは言う事があるだろう?」


 少女は息を呑む。

 彼女は怒りのあまり、砂ぼこりにまみれた長布を頭に巻き付けたままだった。

 暑い外なら兎も角、この国一涼しいという城で髪を覆ったままであるのは確かに礼を失っていたし、先程も話を後にしていたのだから。


「申し訳ありませんでした……!父様そして叔父様……それと……?」


 長布を外して伺えば、見事な金色の髪が絹糸の様にさらりと落ちてゆく。


 その美しさに目を細める王とサエス公であったが、ぽかんと目を見張っている銀髪の青年にカラウィーンは今度は本当に小首を傾げた。


 サエス公が進み出てかなり言いにくそうにカラウィーンに告げる。



「こちらは…………貴女の兄上にして、フォーリールフナー国の第五王子にして…………貴女の婚約者のタイミ殿です…………」


「はい?」


 カラウィーンの細い首が今度は大きく傾げた。










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