~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「7.開き始めた扉」
オリバーたちは魔獣によって怪我を負ったエミリーに付き添い、ようやくオーベルクの街に帰ってきました。他の仲間たちもとても心配しているようです。
オリバーたちが宿に戻ってきたのは陽が完全に沈んでからでした。扉を開けると、話を聞いて宿に駆けつけて来ていたビアンカが真っ先に駆け寄ってきました。
「エミリー、大丈夫?」
「大丈夫、とは残念ながら言えないですね…。」
エミリーは青白い顔で苦笑いしました。
「とにかく、このお薬を飲んでください。荒療治にはなるのですが…。」
エミリーはイザベルから渡された薬を飲みました。
「うっ、ああああああっ!」
「エミリー!」
目をカッと見開いて叫んだエミリーを見て、アリスは思わず声を大きくしました。エミリーは苦しそうです。
「血が…体が…熱い…!」
「つらいとは思いますが、どうか耐えてください。体内に混じっているであろう、呪いのかかった血液を浄化させているんです。高熱が治まった時、血液の浄化はすべて終わりです。…それまでは水以外何も口にしてはいけませんよ。」
「はい、イザベルさん…。オリバーさん、申し訳ありませんが私はもう寝室に行かせていただきます…。」
エミリーはフラフラしながら階段を上っていきました。
「せっかくカブのスープを作ったけど、何だかエミリーに悪いなぁ…。」
ハンスが肩をすくめました。
「エミリーには吾れが付き添う。皆はどうか気にせずに食事をしていてほしい。」
アリスも階段を駆け上がっていきました。
「では私もこれで失礼させていただきます。パトリックさんとレオンさんの最後の治療がありますので…。お二人とも回復が早いので、明日にはここに移動してもらうことになると思いますよ。」
イザベルがオリバーに言いました。
「わかった。ありがとう。」
「ビアンカさん、戻りますよ。」
「うん、わかった。」
イザベルとビアンカも薬屋に戻っていきました。オリバーは疲れた表情で椅子に座りました。すると、グウッとお腹が鳴る音がしました。ローズが顔を真っ赤にしています。オリバーは思わず笑ってしまいました。
「そうか、みんな俺たちが帰るまで何も食べてなかったということだな。…じゃあ飯にするとするか。」
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オリバーは食事をしながらエミリーのことを仲間に話しました。ハンスとペーターはすっかり怖れをなしたようです。
「カラスの傷…。恐ろしい話ですね。」
「同士討ちする事態は免れてよかったですね。」
「だいたいエミリーなんかが魔獣になってみろよ、あたいらじゃ絶対に勝てないぜ?」
マチルドが笑いながら言いましたが、オリバーの表情は険しいままです。
「呑気なこと言ってる場合かよ。…チュンフェイとヨウフェイ、カラスの傷をつける魔女の話、知ってたか?」
ヨウフェイはオリバーをしっかりと見据えて言いました。
「やっぱりヨウフェイたちの思ったとおりネ。…そもそもヤオミンの話はヨウフェイたちの国ではとってもとっても有名ヨ。そしてシャロンはそのヤオミンをそっくり真似してるネ。」
「何だって?」
「ヨウフェイたちの街にも、獣にかまれてカラスの傷をつけられた人が何人もいたヨ。それは全部シャロンの仕業ネ。みんなヤオミンの話を知ってるから、恐がってカラスの傷をつけられた人はみんな殺されてしまったネ。」
「つまりリバー王国とシーガルン王国を襲ったのは…、」
「シャロンに間違いないネ。」
「そんな特殊な魔術を使える魔術師なんてそういない。間違いはないだろう。やっぱりお互いに手を組んで正解だったようだな。」
「そうネ。一緒に頑張るヨ。」
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夜遅く、オリバーはローズと話をしていました。
「…なるほどな。ある程度、状況が落ち着いたら、しっかりとヨウフェイに短剣の使い方を教えてやってくれ。いいな?」
ローズはコクンと頷きました。
「お前が快く引き受けてくれて安心したよ。じゃあお前もゆっくり休め。イザベルにこってりとしぼられて疲れただろ?」
ローズは大きく息をつきながら頷きました。オリバーは思わず笑ってしまいました。その時です、何かうめき声が部屋の外から聞こえてきました。
「うう…、うう…。」
「…エミリーか。本当につらそうだな。様子を見てくるか…。」
オリバーは立ち上がり、部屋を出ました。
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部屋を出て、オリバーは少し驚きました。アリスとエミリーの部屋の前で、チュンフェイが立っているのです。
「…どうしたんだ、チュンフェイ。」
チュンフェイはオリバーを見ました。しかし、いつものようにジロリと睨みつけるような目ではありません。
「エミリーを心配しているのか?」
チュンフェイはじっとオリバーを見ていましたが、静かに頷きました。
(言葉はちゃんと通じるんだな…)
「大丈夫、イザベルの薬はよく効くからな。明日になればエミリーもきっと元気になるさ。チュンフェイも今日は疲れただろうから、ここは俺に任せて休んだ方がいいぞ。」
チュンフェイはまだオリバーを見ていましたが、そのまま自分の部屋に戻っていきました。オリバーはそれを見て思いました。
(少しずつだが、心の扉を開いてくれているみたいだな…)
チュンフェイが自分の部屋の扉を閉めると、オリバーは改めてアリスたちの部屋に向かって声をかけました。
「エミリー、苦しそうだな。大丈夫か?」
「うう…。オリバーさんですか…。」
中からエミリーの苦しそうな声が聞こえました。
「苦しくてたまらないのです…。お姉さま…、申し訳ないのですが朝までわたくしを一人にしてくいただけないでしょうか…。」
「しかし、エミリー…。」
「みっともなく苦しむ姿など、誰にも見られたくないのです…。オリバーさん、申し訳ないのですがお姉さまを連れだしてはいただけないでしょうか…。」
「ああ、わかったよ。ちょうどローズも俺の部屋に来ている。アリス、エミリーの言うとおりにしてやれ。」
「しかし…、」
「さあ、お姉さま…。」
「うむ…。」
扉を開けてアリスが出て来ました。ひどく疲れた顔をしています。
「とにかく、まずは俺の部屋で休めよ。」
「うむ…すまぬな…。」
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ローズが心配そうに部屋に入って来たアリスに話し掛けました。
「心配…。」
「うむ…。エミリーは本当につらそうだ。」
「そうじゃない…。アリスが心配…。」
「む?」
「何も食べてない…。食べ物持って来る…。」
「ああ、そうだな。まだカブのスープがあるはずだ。温めて持ってきてくれ。」
ローズは立ち上がりましたが、アリスは首をふりました。
「いや…。何だか食欲がないのだ…。」
「…欲しくなったら言って…。」
オリバーは気の毒そうにアリスを見た後、眠っているハンスたちの方を見ました。ハンスもペーターも高いびきをかいて寝ています。
「呑気なもんだ、まったく…。」
オリバーは苦笑いしました。
「アリス、今日はローズたちの部屋で寝ればいい。確かベッドは四つあったはずだな?」
ローズはコクンと頷きました。
「…わかった。そうさせてもらおう。」
「多分マチルドの寝言がうるさいけど…。まだまだ子ども…。」
「俺に言わせてみれば、お前もマチルドも大して変わらない気がするがな。いつもつかみ合っているからな。」
オリバーの言葉にローズはプクーッと膨れました。アリスはそれをみて少し笑顔を見せました。それからしばらく三人で話した後、ローズはアリスを連れて自分の部屋に戻っていきました。オリバーはベッドに入り、いろんなことを考えていましたが、そのうちに眠ってしまいました。
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翌朝、朝食を食べる前にオリバーはもう一度部屋の中のエミリーに声をかけました。
「おはよう、エミリー、様子はどうだ?」
「少しは落ち着いてきましたが…まだまだかかりそうです…。申し訳ないのですが後で水を持って来ていただけないでしょうか?そろそろ水差しが底をつきそうなのです。」
「大変そうだな。すぐに持って来るよ。」
オリバーがそう言って部屋の前から立ち去ろうとした時、
「ん?チュンフェイか。どうしたんだ?」
オリバーに声をかけられたチュンフェイはとっさに身を固くしました。が、持っていたものをオリバーに押しつけると走って下へ降りていきました。
「おーい、チュンフェイ!…これは、水差しかな?」
チュンフェイが持って来たのは冷たく澄んだ水がなみなみと注がれている水差しでした。
(仲間の心配をする…根は優しいやつなんだな)
「エミリー、水差しだぞ。」
「ありがとうございます、助かります…。」
エミリーが水差しを受け取るために部屋の扉を開けました。オリバーは一瞬ギョッとした表情を見せました。
「…どうかされましたか?」
「いや、何でもない。ともかく落ち着いてきたんならよかったな。」
「はい…。申し訳ありません。皆さんにご迷惑をかけてしまって…。」
「大変な時はお互い様さ。とにかく、早く良くなってくれ。」
オリバーはつとめて冷静に会話を続け、その場を後にしました。
(薬の影響か…)
オリバーがびっくりしたのは、エミリーの顔が薄い紫色に変色していたことです。どうやらエミリー本人も気づいていないようでした。
(アリスには会わせられないな…きっとショックを受けるだろう)
「む、オリバー。エミリーの様子はどうであった?」
「んああ…、アリスか、おはよう。…エミリーは今のところ小康状態にあるが、またいつ苦しみだすかわからない。」
オリバーはアリスに声をかけられてびっくりしましたが、冷静に答えました。
「そうか…。」
「…そうだ、頼まれごとをきいてくれないかな?」
「何だ?お前の頼みとあらば喜んできこう。」
「モニカをイザベルの薬屋まで送っていってほしいんだ。今日はモニカがイザベルに魔術を習う番だからな。そして、夕方頃にパトリックとレオンを連れて来てほしいんだ。」
「うむ、かまわぬ。では今日は一日、イザベルのところで過ごすこととしよう。」
「そうだな。いい気分転換になるだろうしな。」
アリスはモニカを連れてカトリーヌにまたがり出て行きました。
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朝食を食べながらオリバーはローズに言いました。
「ローズ、朝食を食べたら俺たちも魔術の特訓を始めるぞ。」
ローズがコクンと頷きました。
「あたいも見物していいか?オリバーの魔術指導なんて今まで見たことなかったからな。」
マチルドが興味深そうに言いました。
「そうだったか?…まあ、確かにモニカの指導はいつもイザベルに頼んでいたからな。」
「ヨウフェイも見るネ!老師の腕前を拝見させてもらうヨ!」
元気いっぱいなヨウフェイの声に、ローズは少し緊張した表情を見せました。
「みんな来るのか、俺も緊張するな。…チュンフェイはどうする?ここに残ってもハンスたちしかいないし。みんなと一緒に来るか?」
オリバーに話し掛けられて、チュンフェイはじっとオリバーを睨みましたが、黙ってヨウフェイの側に来ました。
「…一緒に来るんだな。じゃあ後で裏の納屋に行こう。」
エミリーはつらさを味わいながらも少しずつ回復してきているようです。一方でチュンフェイは徐々にオリバーたちに心を許し始めているようです。
次話ではオリバーがパカロン城に状況報告のために呼び出されます。そこでオリバーはヘルガ女王様やオットー様と再会します。どうぞお楽しみに!
ちなみにオリバーがアリスにモニカの送り迎えを頼んだ理由ですが、ヴォルフの宿はオーベルクの街の東のはずれのほうの地区にあり、逆に『隠れ家』は西のはずれのほうの地区にあるためです。歩いて行けないことはありませんが、それなりの時間がかかってしまいます。
では次話をお楽しみに!