~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「5.魔女の名」
オリバーたちがシーガルンに旅立った後、イザベルは傷ついた仲間の看病をすると同時に、ローズとモニカに魔術を教えていました。それぞれに対する苦労は尽きないようですが…。
オリバーたちがシーガルンへ旅立ってから四日、イザベルはローズにみっちりと魔術の指導をしていました。とばっちりを受けてモニカも再指導されています。そしてそれをマチルドがニヤニヤしながら見物しています。
「攻撃魔術はある程度、ものになってはいますが…、防御魔術やその他の実用魔術はまったくダメなようですね…。相手の武器を飛ばす魔術なんかは初歩の初歩なんですが…。ではモニカさん、もう一度。」
「はいっ!エクスクルージョン!」
「あだっ!」
突然ラルフが叫びました。モニカはびっくりしてラルフに駆け寄りました。
「だ、大丈夫ですか!?」
「こ、工具がいきなり襲ってきた…。」
「こりゃあ傑作だな!」
マチルドは大笑いしています。本当は人形が手に持っている棒を飛ばすはずだったのですが、近くにいたラルフが持っていた工具がいきなり吹っ飛び、ラルフの頭に命中したのです。
「また失敗してしまいましたっ…。」
イザベルは困ったような笑顔を見せると、ラルフに向かってつぶやきました。
「サブサイデンス。…大丈夫ですか?」
「あ…痛みがなくなりました。今のは何の魔術ですか?」
「鎮静魔術です。だから痛みが引いたんですよ。…さあ、モニカさん、もう一度です。」
「あ、はい!エクスクルージョン!」
その時、地上からの階段をヴォルフが降りて来ました。
「おい、みんないるか?今ダナラスフォルスから…ぎゃああああっ!」
「うわっ!ヴォルフ!血まみれだぜ!誰にやられたんだ!?」
マチルドがびっくりして叫びました。ヴォルフは恨めしそうにイザベルを見ています。
「い、イザベル!いくら敵に用心しているとは言え、入った瞬間に全身から出血するなんて罠は…、」
「リカバリー!…申し訳ありません、ヴォルフさん。ローズさんとモニカさんの魔術の訓練をしていまして…。暴発してしまったようです。今、回復魔術をかけましたので、傷は治ったかと…。」
「はあ…、はあ…、そういうことなら仕方ないな…。命懸けで帰ってきて、まさかここでまた命の危機にさらされるとは思わなかったよ…。」
「すみません。奥の部屋が空いています。そちらでお休みになってください。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
ヴォルフはよろよろと奥の方に消えていきました。イザベルは困った顔をしてモニカに向き直りました。
「…モニカさん、訓練の成果がまったく出ていませんよ。」
「すみません…。」
「あなたには魔術を使う際の緊張感が足りないようです。パトリックさんと旅をしていたときにはこれほど失敗するということはなかったでしょう?」
「は、はい…。」
「それは適度に緊張していたから暴発しなかったということですよ。
…一度下がっていてください。次はローズさんです。さあ、どうぞ。」
ローズは意識を集中させると、つぶやきました。
「エクスクルージョン…。」
すると、ものすごく大きな音がしました。人形が跡形もなくなっています。マチルドが目をまん丸にしました。
「うおぅ!すげぇぜ!人形がこなごなだ!」
「ローズさんは威力をコントロールさえできれば何とかなりそうですね…。回復魔術もなんとか成功しましたからね。」
イザベルは少し表情を和らげて言いました。
「魔術をかけたネズミが元気になりすぎてあたいらを襲ってきたときは大笑いしたけどな!」
マチルドがはやし立てると、ローズはムッとした表情でマチルドに指を向け、つぶやきました。
「フィクセイション…。」
「あ、あれ?こ、こいつ!ローズ!魔術かけやがったな!動けない!苦しい!」
「あらあらローズさん、仲間に魔術をかけちゃいけませんよ。」
「解除する…。」
「うっ、はあ…、殺す気かよ!」
マチルドがローズに飛び掛りました。二人は転がりまわって喧嘩を始めました。
「あらあら…こうなったら収拾はつきませんね。モニカさん、続きをやりますよ。」
「あ、は、はい!」
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奥の部屋ではヴォルフが疲れた顔をしてパトリックとレオンと話をしていました。
「…ということがさっきそこであってさ。」
「道理でさっきからバタバタと音がしていたわけだね。」
パトリックもレオンも、イザベルの治療のお陰でかなり回復していました。
「イザベルがいなきゃ、俺たち今頃死んでたぜ?」
「オリバーは攻撃魔術、イザベルは実用魔術が専門って感じだよな。もちろん二人ともお互いのも出来るのはわかっているが。」
「そう言えば、リリーは元気にしてるのか?」
レオンの問いに、ヴォルフは笑って答えました。
「ああ、今はパカロン城で侍女長の役目をしっかりとこなしている。昔からの仕事だから手馴れたもんだよ。」
「台所以外は、だろ?」
「ハハ、まったくだ。」
ひとしきり笑った後、パトリックが思い出したように言いました。
「それはそうと、オリバーはそろそろ戻ってくるかな?」
「道中何も起こっていなければ、そろそろ戻ってくるんじゃねぇのか?馬でならそんなに時間がかかるわけでもねぇし。」
「パトリックはあの時眠っていたが、結局オリバーと一緒にペーターからの依頼を受けるのか?」
ヴォルフがパトリックにたずねました。
「ああ、もちろんだよ。オリバーとは気心の知れた親友だからね。」
「シーガルンのセザール国王陛下はご無事なのか?」
今度はレオンが心配そうにヴォルフにたずねました。
「ああ、パカロンでヘルガ女王様やオットー様と一緒においでだ。オットー様とは旧知の仲だったらしく、大変親しくお話されておられる。」
「それなら安心だ…。」
その時、ラルフが部屋に入ってきました。
「皆さん、オリバーさんたち、帰って来ましたよ。」
「噂をすれば帰ってきたな。みんな無事か?」
「ええ、皆さん無事ですが…何だか、女の子を二人連れてきましたよ。」
ラルフの言葉に三人は驚きました。
「女の子だって?」
「とにかくオリバーと話をしなければね。向こうの部屋に行こう。立てるかい?」
パトリックはレオンに手を差し伸べましたが、レオンは笑いました。
「大丈夫だ。もう自力で立てる。」
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パトリックたちが隣の大きな部屋に行くと、オリバーたちが疲れた様子で座っていました。ラルフの言ったとおり、見たことのない少女が二人いました。ヴォルフがオリバーにたずねます。
「疑問は浮かぶがまずは置いておいて…。キンフィールドやシーガルンでは何かわかったのか?」
「うーん…、正直、相手が高度な魔術を使いこなす魔術師であること以外はわからなかったかな…。あとはその魔術師が残忍なやつだということ、か…。」
「でも、やっぱり魔術師だったのか?」
「ああ、それは間違いない。建物の壊れ方なんかを見ると、ところどころに魔術を使った痕跡があったからな。とにかくペーターの依頼どおり、その魔術師の排除に向かって動き出そう。」
「相手が明確になっただけでも収穫、というわけか。」
「そういうことだ。まあ、魔術師がどんなやつか、なんていうことはまだまだ未知数なわけだが。」
「なるほどな。…それじゃあお前に別の質問をするよ。その可愛らしい女の子たちは誰だ?」
今度はレオンがたずねました。
「ああ、そうだな、説明するよ。」
オリバーはチュンフェイとヨウフェイを連れてきたいきさつを話しました。
「…というわけだ。」
「なるほどねぇ…。」
「でもよぅ、チュンフェイ、だったっけ?姉さんのほう。あたいら外国人が嫌いだっていうんなら少しやりにくいんじゃないのか?そもそも何で外国人が嫌いなんだ?」
マチルドが首をかしげると、ヨウフェイが答えました。
「理由は二つあるヨ。一つはヨウフェイたちに呪いかけた魔女、外国人だったネ。もう一つはヨウフェイたちの国の皇帝が外国人大切にしてヨウフェイたち大切にしないでこき使うネ。」
「皇帝、ってこの国でいう王様みたいなものだよね?」
ラルフが言いました。
「本当の皇帝はそんな小さなものじゃないヨ。本来皇帝は天の神様の子供ネ。…でも今の皇帝は外国人ヨ。だからヨウフェイたちは皇帝と認めないネ。」
「…何だかよくわからねぇけど、面倒くさいんだな。」
マチルドが顔をしかめると、ヨウフェイはバカにしたように言いました。
「こんなことも理解出来ないなんて、オマエ、頭悪いネ。」
「な、何だってーっ!?レオンと一緒にするな!」
暴れまわりそうになるマチルドを、オリバーは苦笑いして押しとどめました。
「まあ、落ち着けよマチルド。とにかく、すぐに俺たちを信用しろなんて言わないさ。時間をかけてお互いに信頼を深めていけばいい。…まあ、ヨウフェイは心配なさそうだな。」
「それはそうと、ヨウフェイさんでしたっけ?あなたたちに呪いをかけた魔術師の名前、わかりますか?」
イザベルがヨウフェイにたずねました。
「わかるヨ。シャロンっていう名前ネ。」
「シャロン…聞いたことがありませんね。オリバーさんやモニカさんは知っていましたか?」
「いや、知らなかった。」
「初めて聞きましたね…。」
「外国人だけど、ヨウフェイたちの言葉話すの上手かったヨ。呪文もヨウフェイたちの言葉だったネ。」
「修行を向こうで積んだ、ということか…。東方世界の魔術事情はまったく知らないからなぁ…。」
オリバーは困った顔をしました。ビアンカが仲間たちを見渡して言いました。
「とにかく、今回のリバー王国への襲撃の黒幕は、今のところヨウフェイたちに呪いをかけたシャロンっていう魔女であるという線が濃厚だからさ、協力し合っていこう、っていう話。反対意見はある?」
もちろん反対意見などあるわけがありませんでした。
「予備の部屋をアリスさんたちの部屋の奥につくってありますから、とりあえずそこで寝てもらいましょう。」
ラルフが言いました。
「ならば案内をしよう。ついてくるのだ。まずはその重そうな荷物を置くがよい。」
アリスとエミリーがチュンフェイとヨウフェイを奥の部屋へと連れて行きました。
「俺も疲れたから部屋で休ませてもらうよ。何かあったら呼んでくれ。」
オリバーも奥の部屋へと入っていきました。
「俺たちも休むッスよ。」
「そうだな。…ローズ、どうしたんだ?」
ハンスとペーターも部屋に行こうとしましたが、ローズがハンスの服の袖をつかみました。
「先生…アリスとずっと一緒だった上に…女の子連れてきた…。仲良さそう…。」
「え…?嫉妬してるのか?」
ローズは膨れてプイッと横を向くと、自分たちの部屋に入っていってしまいました。ハンスとペーターは思わず顔を見合わせて笑いました。
チュンフェイたちの追ってきた魔女の名は「シャロン」。まだシャロンが今回の事件を起こしたとは限りませんが、ともかく二人の仲間が新たに加わったということは間違いありません。
次話ではオリバーたちが寝床をかつてのヴォルフの宿に移します。そして、ある仲間に魔の手が忍び寄ります。どうぞお楽しみに!
ちなみに『隠れ家』には全部で六の部屋があります。真ん中の部屋が大きく、地上への階段もそこに通じているのでそこが会議室となっています。
では次話をお楽しみに!