~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「4.呪いの姉妹」
ペーターからの依頼を受け、オリバーは選抜したメンバーとともにシーガルン方面への調査に出かけました。キンフィールドの調査を済ませたオリバーたちはシーガルン王国の首都ハングリアを目指しています。
オリバーたちはシーガルン王国に向かって馬に乗って急いでいました。先頭のカトリーヌにはアリスとビアンカ、真ん中のアンヌにはエミリーとオリバー、そして後ろの馬にはハンスとペーターが乗っていました。アリスはオリバーがアンヌに乗ると分かった時点でどこか淋しそうに見えたような気もしますが…。
「キンフィールドにはがれきの山が残っているだけだった…。ノーザリンは何ともなかったのか?」
オリバーがエミリーにたずねました。
「ええ。幸いにも、というのは他の地方の人たちに失礼なのでしょうが、ノーザリンには動死体の大群は姿を見せませんでした。」
「まったく、何が起こっているのかさっぱりわからないな。最近リバー王国で目立った変化みたいなものはなかったのか?」
「ありませんね…。ヘルガ女王様が王位を継承して以来、国は安定し、民衆も平和に暮らしていました。」
「だとすれば、その平和を妬んだ者が起こしたこと、という解釈もできるな。」
「私もてっきりギル大臣が陰で動いているのかと思いました。でも…どうやらまったく関係なかったようですね。」
「師匠!この峠を越えたらシーガルンだよ!」
ビアンカがオリバーに言いました。
「だが…もう日も沈む。夜に峠を越えるのは危険かもしれぬな。」
アリスは心配そうな顔をしています。
「キンフィールドで滞在時間を長く取ったからな…。しかたない、よし、ふもとの村で夜を明かそう。」
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しかしオリバーたちが峠のふもとの村で見た光景は凄惨なものでした。ハンスが思わずつぶやきました。
「村が…全滅している…。」
村に人の気配がないばかりか、あちこちに村人の死体が転がっています。ペーターは鼻を覆っています。
「何てにおいだ…。」
「どうやら動死体に襲われたらしいな。ところどころに連中の肉片が散らばっている。」
「うえぇ…。」
その時、後ろから何かのうなり声が聞こえました。ビアンカがあきれたように言いました。
「むー、動死体も薄情者だね!迷子の仲間たちを放って先に進むなんて!」
「戦うぞ!」
「エミリー!炎の矢を頼んだ!吾れがカトリーヌをあやつる!」
「はいっ、お姉さま!オリバーさん、アンヌをよろしくお願いします!」
アリスとエミリーはカトリーヌに乗りました。ビアンカもハンスとペーターに声をかけました。
「ハンス!ペーター!行くよっ!」
「よっしゃあ!衛兵隊で鍛えた成果を見せてやる!」
「俺だって修行の成果を見せてやる!」
オリバーは後ろの方で、動死体と戦う仲間たちの援護をしました。
「ファイアーストーム!」
オリバーが叫ぶと、動死体が燃え上がりました。
「今だ!放て!」
「はいっ、お姉さま!」
カトリーヌに乗ったアリスとエミリーも動死体の群れの中を駆け回りながら燃える矢を射てゆきました。
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やがて動死体は全滅しました。オリバーは疲れからか、思わず座り込んでしまいました。ビアンカが心配そうにオリバーの顔を覗き込みます。
「師匠、大丈夫?」
「ああ…。一応身につけたとは言え、炎の魔術をここまで連発することは今までなかったからな…。専門外の魔術はやっぱり体力を使うよ。」
「やはり今日はここで休んだ方がいいですね。」
「うむ。吾れらも戦ったのは久し振りだ。さすがに疲れた。」
アリスとエミリーもオリバー同様に疲れている様子です。
「泊まれそうなところを探してきますね。」
ハンスはそう言って村の中を見てまわり、すぐに戻ってきました。
「少し行ったところに宿だった建物があります。人はいませんが、あまり荒らされた様子もないので、寝るのには最適かと思います。」
「じゃあ一晩そこを借りることにしよう。案内してくれ。」
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翌朝、オリバーたちはシーガルンへの旅を再開しました。峠の頂上につくと、眼下にシーガルンの穀倉地帯が広がっていました。
「この速さで行ったら首都のハングリアには半日もあれば着くね。」
ビアンカが遠くを見ながら言いました。
「途中の村もゆうべの村のように襲われている可能性が高い。途中で補給が出来ない可能性があることも覚悟しておこう。…じゃあ行こう。」
オリバーたちは馬を走らせ、峠を下って行きました。
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お昼過ぎにオリバーたちはハングリアの街に入りました。
「これは…ひどい。」
「キンフィールドもひどかったけど、ここに比べたら…。」
「レオンさんは住人の四割はやられたと言っていたけど…。」
街の中はどんよりとした空気に包まれていました。あちこちに死体の山が積み重なっています。建物も崩され、真っ黒に焼けています。オリバーはじわじわとこみあげてくる怒りを抑えながらつぶやきました。
「ここまですることはなかったはずだ…。ここまでむごいことを…。」
「とにかく、レオンの訓練場に行ってみようよ。残っているかはわからないけど。」
ビアンカが言い、オリバーたちもそれに従いました。
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レオンの市民兵の訓練場は今にも崩れそうになっているとは言え、何とか形を残していました。
「とにかく中に入るとしよう。まずは腰を落ち着けないとな。調査はそれからだ。」
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ハンスが中を警戒しながら暗い訓練場の中に入りました。
「誰もいないようです。逃げ出したのかな?」
ハンスが言いましたが、ペーターは絶望したような顔をしています。
「レオンさんの弟子に限って、そんなことはしないッスよ…。だから…その…。」
「全滅した、ということも考えられる、ということだな…。」
アリスの言葉にペーターががっくりと肩を落としたその時、何かが天井から降ってきました。中が暗いため、はっきりと確認できません。落ちてきたものは一直線にペーターに向かって襲いかかってきました。
「うわっ!」
ペーターがサッとよけると、今度はその後ろにいたビアンカに向かって襲いかかります。
「わっ、むー、わけがわかんない!」
ビアンカも突進してきたものをよけると、後ろから羽交い絞めにしました。
「…どうやら人間みたいだね。」
ビアンカの腕の中で誰かがジタバタと暴れています。
「離すヨ!離すヨ!」
オリバーが魔術で、壊れかかった燭台に火をともしました。
「女の子だ…。」
ハンスが呟きました。その言葉通り、ビアンカに取り押さえられていたのは少女でした。オリバーが少女にたずねました。
「…見たところ、外国から来たようだな。生まれはどこだい?」
「ずーっとずーっと東の国だヨ。」
少女は答えました。
「東方世界の出身か。しゃべり方がたどたどしいわけだ。で、こんなところでいったい何をしていたんだ?」
するとその少女は力強く答えました。
「敵討ちだヨ!」
「敵討ちだって?」
少女はオリバーたちを見渡していましたが、笑顔を見せて言いました。
「…オマエたち、何となく信用できそうネ。ちょっと待つネ。」
少女は建物の奥の方へ走っていきました。そしてすぐに戻ってきました。もう一人の少女を連れています。
「姉さんだヨ。二人でずっと旅してここまで来たヨ。」
姉、と紹介された少女は黙ったままです。
「…姉さんしゃべれないネ。」
「この国の言葉、ってこと?」
ハンスがたずねましたが、少女は首を振っています。
「違うヨ。しゃべれないヨ。」
ハンスは困ったように首をかしげました。
「よくわからないけど…それにしても女の子二人っきりで旅?またどうして。」
「だから敵討ちだヨ!ワタシたちに呪いかけた悪い魔女、倒すネ!」
「呪い、だって?」
オリバーは少女の言葉にびっくりしました。
「ワタシたち、兄さんと姉さんと三人で仲良く暮らしてたヨ。でも突然悪い魔女が来てワタシたちに呪いかけたヨ。」
「呪い、って、どんな呪い?」
今度はビアンカがたずねました。
「姉さん、何もしゃべれなくなる呪いかけられたヨ。ワタシ、何も感じなくなる呪いかけられたヨ。」
「ああ、なるほど!しゃべれないっていうのはそういうことか!」
ハンスはようやく納得したようです。オリバーは少女にさらにたずねました。
「何も感じない、っていうのは、痛みとか熱さとかそういう感覚のことか?」
「そうネ。オマエ、話わかるネ。」
「はは、そりゃどうも。で、兄さんはどうなったんだ?」
少女は途端に悲しげな顔になりました。
「兄さん、何も出来なくなる呪いかけられたヨ。息が出来なくなって苦しんで死んだヨ。死んだ後、体も行方不明ネ。」
「それは…気の毒だったな。で、兄さんの敵を取るためにその魔女を追いかけてきた、というわけか?」
「そうネ。途中で足どりわからなくなったけど、悪い魔女が街を襲っているという話を聞いてここへ来たヨ。ここに潜んでいればきっと魔女が現れると思って隠れていたネ。でも来たのはオマエたちだけだったヨ。もうここにはこないかもしれないネ…。」
「…この街を襲ったのが君らが追っている魔女だということは間違いはないのか?」
「多分間違いないヨ。ワタシたちの街を襲ったときと一緒ネ。動く死体を操って襲ってきたネ。」
オリバーはしばらく考えていましたが、少女にたずねました。
「これから行くあてはないのか?」
少女は悲しそうに言いました。
「ここに長く居すぎてまた足どりがわからなくなったネ。しばらく動けないヨ。」
「…実は俺たち、この街をはじめ、こうやって動く死体に襲われた街の調査をして回っているんだ。…もしよかったら、俺たちの本拠地にしばらく滞在しないか?もしかしたらその魔女が共通の敵になって一緒に戦うことがあるかもしれない。」
少女はびっくりした様子でしたが、すぐに笑顔を見せました。
「ウン、それいいネ。オマエたちの話も聞きたいネ。」
そう言って少女は姉に何かを話しました。姉は難しい顔をしていましたが、妹が熱心に説得して心が動いたのか、オリバーたちに疑いの目を向けながらも頷きました。
「姉さんも賛成ヨ。…姉さん、外国人が嫌いネ。」
「そうなのか…。まあ、話はおいおい聞いていくとしよう。みんなもそれでいいな?」
「まあ、反対する理由はないしねー。少しでも仲間は多い方がいいと思うし。」
「お互いにとって有益ですからね。」
ビアンカとエミリーが答えました。他の仲間も頷きました。
「依存はないな。じゃあこれからよろしく、二人とも。」
「…ヨウフェイだヨ。」
突然少女が言いました。
「ん?よ、ヨウ…?」
「名前ネ。リャン・ヨウフェイ(梁柚妃)ネ。姉さんはチュンフェイ(椿妃)ネ。」
「ああ、そうか。まだ名乗ってなかったな。俺はオリバーだ。」
「オリバー?変な名前ネ。多分ヨウフェイたちの文字では書けないヨ。」
「う、そ、そうか…。…よし、もう少しここを調査したらオーベルクの『隠れ家』に戻るとしよう。そうだな、アリスとエミリーは王宮のほうを調査してきてくれ。俺たちは市街地を歩いてみるよ。」
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人物紹介
~リャン・チュンフェイ~
・「無言の呪い」
・17歳
・大太刀で戦う。
・ヨウフェイの姉。漢字表記は「梁椿妃」。東方世界から魔女に殺された兄の敵討ちをするためにやってきた。「無言の呪い」をかけられており、話すことが出来ない。外国人が嫌い。基本的にぶっきらぼうで愛想も悪い。きつい顔立ちだが、それでも時々見せる笑顔はかわいい。女性とは思えない力で大きな大太刀をふるって戦う。
~リャン・ヨウフェイ~
・「無感の呪い」
・14歳
・暗器で戦う。短剣も扱えるようになる。
・一人称は「ヨウフェイ」もしくは「ワタシ」
・チュンフェイの妹。漢字表記は「梁柚妃」。東方世界から魔女に殺された兄の敵討ちをするためにやってきた。「無感の呪い」をかけられており、視覚、聴覚、嗅覚以外の感覚がすべて麻痺している。姉にかけられた呪いの反動か、とてもおしゃべり。生意気さはマチルドと同じか、あるいはそれ以上。好奇心と向上心に満ち溢れ、機会があれば何でもやってみたいという気持ちでいる。
動死体は多くの街や村を襲い、人々を殺戮しつくしているようです。オリバーの心にはしっかりと怒りの炎が宿っています。そして予想外の仲間がオリバーたちと行動を共にするようになりました。
次話では、『隠れ家』に残っているイザベルたちのもとにオリバーたちが帰ってきます。チュンフェイとヨウフェイも仲間たちにすんなりと受け入れられるようです。どうぞお楽しみに!
ちなみにチュンフェイとヨウフェイは東方世界から三年もの歳月をかけてハングリアにたどり着いていました。小さな少女たちはさまざまな障害を乗り越え、苦労してようやくこの街にたどり着いたのです。
では次話をお楽しみに!