~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「3.ペーターの依頼」
目の前でキンフィールド城と塔の牢獄が崩れていくのを目の当たりにしたオリバーたちは、迎えに来たアリスとエミリーに連れられ、『隠れ家』と呼ばれる場所に連れて行かれるようです。
オリバーたちはオーベルクにやってきました。アリスは小さな店の前でカトリーヌの足を止めました。
「ここが吾れらの『隠れ家』だ。」
「イザベルの…薬屋じゃないか。」
オリバーは小さくつぶやきました。
「でも俺たちがキンフィールドへ行く時には人の気配なんかなかったよ?」
ハンスが悲しそうな顔をしています。しかしエミリーはそんな様子がまったくありません。
「とにかく入りましょう。」
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中に入っても人の気配はまったくありません。物音一つしないのです。
「本当に…誰もいない…。」
「本当にみんないるのかなぁ?」
ハンスとペーターは心配そうですが、アリスが笑って言いました。
「案ずるな。エミリー、入り口をあけるのだ。」
「はいっ、お姉さま。」
エミリーは返事をすると、置いてあった机の角を三度コンコンコンと叩き、それから慎重にある部分の床の板をはがしました。そこには地下へ下りる階段がありました。オリバーは驚きました。
「おおっ…。これは…地下への入り口?」
「ここが『隠れ家』です。イザベルさんによって張られた、例え魔術師でも気配を悟られないように強力な魔力線で防護されているそうです。」
エミリーが少し得意そうな顔で言いました。
「イザベルもすごい魔術師になったなぁ…。」
オリバーは感心したように言いました。
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階段を下りてゆくと、やがて地下の部屋に着きました。
「ああっ、師匠!着いたんだね!」
「ご無事でなによりです、オリバーさん。」
奥の方からイザベルとビアンカが嬉しそうに駆け寄ってきました。表情からは懐かしさも読み取れます。
「立派な地下室だな…。」
オリバーは辺りをグルッと見わたして言いました。
「ラルフさんにつくってもらったんですよ。」
すると、ラルフもひょっこりと顔をのぞかせました。
「どうも、オリバーさん。」
「ラルフ!久し振りだなぁ。すごい地下室じゃないか。」
「パトリックさんにも褒めてもらえましたよ。」
その言葉を聞いてオリバーはハッとしました。
「…そうだ、パトリックだった!パトリックはどこにいる?」
「奥の部屋で横になっています。」
オリバーは大急ぎで奥の部屋へと入っていきました。
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パトリックはベッドで眠っていました。横でモニカが泣きそうな顔をしています。
「モニカ…。怪我はなかったか?」
「パトリックさんが守ってくれたので…。でもパトリックさんが…。」
混乱しているモニカに、オリバーは励ますように言いました。
「大丈夫、パトリックはこんなことで死ぬようなやつじゃないよ。その時のことを詳しく教えてくれ。」
モニカは一言一言を噛みしめるように語り始めました。
「私たちは三日前にキンフィールドに到着しました。その時はすでに王宮の周りで兵士と動死体との戦いが始まっていました。
私たちはマティアス隊長たちの衛兵さんたちと合流して一緒に戦っていたんですが…多勢に無勢でした。マティアス隊長は私たちやヴォルフさんにヘルガ女王様をパカロンまで逃がすように言って…動死体をひきつけるために生き残った衛兵さんたちと残ったんです。
女王様の脱出は無事に成功して、今はパカロンのオットー様たちのもとへ身を寄せておられます。幸いにも王宮近くまでオットー様の軍が来て下さったので女王様を預け、ヴォルフさんと一緒にここまでパトリックさんを運んできたんです。」
「そうか…大変だったな。ヴォルフは?」
「パトリックさんたちを連れて来てくれた後、すぐにシーガルンに向かいました。オットー様から様子を見てくるように言われたらしくて…。」
イザベルが答えました。
「シーガルンか…。確か動死体の大群は西の方に向かったはずだな?レオンとマチルドも無事だといいが…。」
オリバーは心配そうです。それにはビアンカが答えました。
「見つけ次第ヴォルフがここに連れて来てくれることになってるよ。あの二人ならそうそうやられたりしないって。まずは師匠たちも一休みした方がいいよ。」
「ああ…。そうさせてもらうよ。」
「オリバーさんたちの部屋は左の部屋です。一人でこの地下室を作るのはなかなか大変でしたよ…。」
ラルフが苦笑いしながら言うと、ビアンカが口をとがらせました。
「あたしたちだって手伝ったでしょ?」
オリバーは笑いました。
「はは、ビアンカ、ラルフの言いたいのはそういうことじゃないさ。そうだろ?」
「ええ…。親方、元気にしてるかなぁ?」
ラルフは寂しそうに言いました。
「今頃カヤクとやらの研究をしてるんじゃないのか?」
その時、ペーターが思い出したように言いました。
「そうだ…。先生、気になることがあるんです。」
「どうした?」
「最近、数は少ないのですが、魔獣の目撃が報告されるようになって…。」
するとイザベルも言いました。
「そう言えばそうですね。この前お薬の材料を採取しに行った時に私も襲われました。魔術で切り抜けましたが…。ここしばらくはまったく見なかったんですけどね…。」
それを聞いてオリバーは不安そうにしました。
「まさか、禁じられた洞窟の封印が解かれたわけじゃないだろうな?」
しかし、アリスが答えました。
「それは心配無用だ。最近北の樹海にも魔獣が現れるようになったため一度あの場所を確認しに行ったのだが…あの時のままだったな。」
「さすがだな。だとしたら、動死体を操っていた魔術師が国の中に微弱な魔力を送り込んで獣たちを魔獣に変性させた可能性も出てくる。だとするとかなり危険だな…。」
「どのように危険なのですか?」
エミリーの問いに、オリバーは深刻な顔で言いました。
「リバール王の秘宝を探していた時に、エーベル・ブラッハーという魔術師のことを話しただろう?」
「ええ。忘却術でリバール王の悪政を人々の記憶から消した、という魔術師でしたよね?」
「そうだ。俺の仮説が正しかったとして、今は送り込まれている魔力は獣程度のものにしか作用していないものだが、もし相手の魔術師がエーベル・ブラッハーのように強大な魔力を持っているとすれば…。」
それを聞いてラルフは思わず身震いしました。
「リバー王国中の人々を意のままに操ることができる、ということですね…。」
しかしビアンカは別のことを考えたようです。
「でもさ、それは極論だと思うよ。だってあたしがそんな力を持った魔術師だったとしたら、あちこちの街を襲ったりしないでいきなり国民を操るもん。労力の無駄、ってやつだよ。」
「ああ、そう、確かにその通りなんだ。だが逆のことも考えられる。」
今度はエミリーが青ざめた顔で言いました。
「自分の力に酔いしれ、あえて力を制御し、人々の恐れおののく様を見て楽しんでいる、ということですね。」
「そうだ。まあ、これはあくまで俺の仮説だ。」
「だがその仮説はおそらく正しい。」
上のほうから声が聞こえました。オリバーはびっくりしましたが、イザベルたちはむしろ安心したような顔をしました。天井の板が開き、誰かが降りてきました。
「ほら、けが人一人追加だぜ!」
「レオン!大丈夫か!」
パカロンの領主、オットー様の側近であるヴォルフ、それにオリバーたちと一緒に戦ったレオンとマチルドが降りてきたのでした。レオンは深い傷を負っており、ヴォルフとマチルドに支えられています。
「見ての通りさ…。手ひどくやられちまったよ、まったく…。ヴォルフが助けに入ってくれなかったらどうなっていたことか。」
「ベッドが空いています。横になってください。」
イザベルが心配そうに言いました。
「ああ、ありがとう、イザベル…。」
オリバーはレオンにたずねました。
「シーガルンはどうなったんだ?」
「メチャクチャさ。首都のハングリアはがれきと燃えかすの山、シーガルン王国軍も壊滅だ。俺も軍の人間じゃねぇとは言え、市民兵の指導をしていた身として情けねぇよ…。」
「シーガルン国王はどうなったんですか?」
ハンスがたずねると、ヴォルフが答えました。
「シーガルンのセザール王はパカロンへと脱出された。」
「シーガルンとリバーは友好国だからな。」
レオンが言うと、マチルドが冷やかすように言いました。
「まったく、いい気なもんだぜ。この間まであれだけリバー王国のことを嫌っていたくせに。」
マチルドの言葉に、いつもなら反論するレオンも、力なく笑うだけでした。そして話を続けました。
「さっき魔術師の話をしていたがな、魔術師かどうかはわからねぇが、動死体たちを指揮している人間を見たんだ。何だか見たこともねぇような格好をしていた。遠くだったから顔もよく見えなかったが…だが明らかにアンデッドを指揮していた…ぐっ!」
「おい、無理をするな。イザベル、早く手当てを。」
「はい。今から回復術をかけます。」
オリバーは気の毒そうにレオンを見た後、ヴォルフの方を見ました。ヴォルフも深刻そうな顔をしています。
「…もう一つだけ事件が起こった。塔の牢獄の警備兵たちが壊滅していた。」
「俺たちも塔の牢獄が崩れて行く瞬間を見た…。つまり、中に捕らえられているギル大臣は…。」
オリバーは厳しい顔をしましたが、ヴォルフは首を振りました。
「逃げ出したと思うだろう?あるいは、逃がされたか。だが、驚いたことにギルは牢獄の中で殺されていた。」
「何だって!?」
オリバーはびっくりしました。ヴォルフが続けます。
「ギルが牢獄の中から何らかの形で指揮をしていたのかと思ったが…どうやらそうではなかったらしい。…俺もここで語りあいたいところだが、すぐにナンジューマのダナラスフォルスに向かって調査をしなければならない。」
ヴォルフはそう言って荷物をまとめ始めました。オリバーはヴォルフに声をかけようとしました。
「そうか、気をつけて、」
オリバーの言葉は誰かの大声で遮られました。
「先生!いえ…オリバー・ローゼンハインさん!」
突然ペーターが叫んだので、オリバーとヴォルフは驚いてペーターを見ました。
「どうしたんだ、ペーター。」
ペーターは荷物の中から重そうな袋を出しました。中には金貨や銀貨、銅貨がたくさん詰まっていました。オリバーは怪訝そうな顔をしました。
「…どういうことだ?」
ペーターは確固とした表情でオリバーに言いました。
「俺が衛兵として働いてもらった給料です。このお金で俺は先生に依頼します。この国に起きている一連の動き、調査していただけませんか?
そして…もしその原因がこの国を潰そうとしているのならば…排除していただきたいのです。」
オリバーは目をまんまるにしてペーターを見ていましたが、やがておかしそうに笑って言いました。
「まさか、自分の弟子に仕事を依頼されるとは夢にも思わなかったな。…よし、わかった。その依頼を受けてやろう。ただ…この金は…、」
「足りないのはわかっています。必ず必要な分は一生を懸けてでもお支払するつもりでいます。」
しかしオリバーは笑って言いました。
「ハハッ、何を勘違いしてるんだよ。俺はこんなにいらないよ。」
そう言ってオリバーは金貨を二枚つまみあげました。
「これで十分さ。欲しい魔術書があるんだ。
…みんな、俺はペーターからの依頼を受けることにした。可能であればみんなにも手伝って欲しい。だが、今回はもしかすると一年半前のあの戦いよりももっと危険な状況である可能性がある。だから無理強いはしない。それでも俺を手伝ってくれる、というなら…この袋から好きなだけ金貨なり銀貨なりを持っていってくれ。」
みんな黙ってオリバーの顔を見ていました。やがてビアンカがおかしそうに笑って言いました。
「やっぱり師匠はペーターの先生だね。放っておけないんだから。」
そう言ってビアンカは銀貨を二枚取りました。
「欲しい本がたくさんあるからね。これで全部買えるかな?」
「では…お薬を煮る大きな鍋は、これで足りますね。」
イザベルが銀貨を三枚取りました。
「じゃあ僕はこれで道具を買おうかな。」
ラルフが銅貨を十枚取りました。
「すまぬが、吾れらは少し多く取らせてもらうぞ。森の近くの村に住む孤児たちに食べ物を与えなくてはならぬ。」
「これだけもらっていきます。」
アリスとエミリーは金貨を二枚ずつ取りました。
「まったくみんな水臭いよなぁー。まあ、あたいは欲望に忠実に取らせてもらうよ。…と思ったけど、みじめなペーターを見てると気の毒になったから、これで許してやるよ。」
マチルドは銀貨を五枚取りました。
「俺の治療費がどのくらいになるかわからねぇが…まあ、これだけとりあえずもらっておこう。」
レオンは銀貨を一枚取りました。
「え、ええーっと…。多分パトリックさんもオリバーさんと行動すると言うと思います!だからこれがパトリックさんと私の分。」
モニカが銀貨を四枚取りました。
「じゃあ、俺は残りを全部いただくぜ!」
ハンスがニヤニヤしながら言いましたが、ビアンカに蹴飛ばされました。
「こらハンス!空気を読め!」
「イテッ!冗談だよ、冗談…。」
ハンスは銅貨を五枚取りました。そしてローズにたずねました。
「ローズはもらわなくていいのか?」
ローズはコクンとうなずきました。
「私は先生がするといったことに従うだけ…。」
「みんな…ありがとう…ございます…。」
ペーターは涙をこらえながら言いました。ビアンカはおかしそうにしながらペーターの背中をポンポン叩きました。
「ほら、泣かない泣かない!」
それを見て笑いながらオリバーは言いました。
「とにかく、情報収集が必要だ。明日、キンフィールド経由でシーガルンに行ってみよう。ただし、明日に関しては限った人数で行こうと思う。…アリスとエミリーは馬を出してくれるか?」
「うむ、任せておけ。」
「アンヌたちなら、急げば一日でシーガルンにたどり着けます。」
「よし。あとは…ハンスとペーター、ビアンカも来てくれ。ペーターも自分の馬を出してくれよ。他のみんなはここで待機していてくれ。すまないがイザベル、パトリックとレオンの手当てを頼んだぞ。」
「ええ、任せておいてください。」
イザベルが答えました。するとマチルドがオリバーにたずねました。
「おいオリバー、ローズは連れて行ってやらないのかよ?」
「パトリックとレオンには悪いがいい機会だ。ローズはイザベルについて回復術を徹底的に習え。」
ローズは連れて行ってもらえないことを残念に思ったようですが、他に思うところもあったらしく、コクンと頷きました。
「よし、出発は明日の明け方だ。シーガルンに向かうやつはしっかり休んでおいてくれ。」
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人物紹介
~イザベル・ローラン~
・「笑顔の魔女」
・22歳
・魔術で戦う。
・一人称は「私」
・いつも笑顔を絶やさない魔女。毒の魔術が十八番。その知識を生かして、今はオーベルクで薬屋を開いている。その薬屋の地下は『隠れ家』として使用可能。曽祖母は同名で、『伝説の魔女』と呼ばれた有名な魔術師。本人も彼女を目標にしようとしているが、あまりの実力差に少しだけ自信をなくしている。とはいえ、攻撃魔術のほかに実用魔術も広く使いこなすことが出来るので、仲間たちは心から頼りにしている。
~ビアンカ・ヴァルトシュタイン~
・「気まぐれ女剣士」
・22歳。
・突剣で戦う。
・一人称は「あたし」
・基本的に気まぐれで行動を起こす女剣士。とはいえ、空気は読めるので重大なことが起こった時はみんなに従う。元気印。オーベルクの豪商、ヴァルトシュタイン家の三女で、今はイザベルの薬屋に居候している。趣味は気まぐれな旅と読書。力は強くないものの、とても素早く頭の回転も早いため、戦いの中での敵との駆け引きがとてもうまい。
~レオン・ブーランジェ~
・「訓練場師範」
・27歳。
・斧槍で戦う。剣も扱える。
・一人称は「俺」
・シーガルン王国の首都ハングリアで市民兵の訓練場の師範をしている。人よりも少しだけ恵まれた体型をしているだけだが、ものすごい怪力の持ち主。彼が使っている斧槍はほとんどの仲間が持てない。よくバカ扱いされるが、訓練場の師範をしているだけあって、武術を教えるのが非常にうまい。もっとも、普段の行動の中でその頭脳が発揮されることはあまりない。
~マチルド・アルヌール~
・「元山賊」
・18歳。
・短剣などの小型武器で戦う。
・一人称は「あたい」
・レオンの訓練場に居候している少女。もともとはランダール峠の山賊の下っ端だった。仲間にちょっかいをかけたり、からかったりするのが大好きで、特にローズとレオンはよくその標的になっている。未だに時々オリバーに「仕返し」しようと試みるが、相変わらずローズに阻まれている。みんなが落ち込んでいるときに軽口をたたくのは、彼女なりにみんなを元気づけようとしているため。
~ラルフ・ハーシュ~
・「港町の大工」
・21歳。
・突剣を扱えるようになる。
・一人称は「僕」
・ロンドランド地方の港町トリポートで大工をしている。優しい青年。その人柄と腕前からか、彼に家の修理を頼む人々が後を絶たない。一年半前の戦いのときに親方とあがめていたローレンツが東方世界に旅立ってしまったことをとても寂しく思っている。薬屋の地下の『隠れ家』を設計、完成させたのはもちろんラルフ。
*ヴォルフ・ザックスの紹介は後の話で行います。
『隠れ家』にてようやくオリバーを始めとするかつての仲間たちが勢ぞろいしました。オリバーはペーターからの依頼を請け、この国で起こっている異変について調査することを決めたようです。
次話では調査のためにシーガルンに向かったオリバーたちが道中で動死体に遭遇します。そしてハングリアに着いた時、彼らを待っていたのは…どうぞお楽しみに!
ちなみに『隠れ家』をつくる時にはアリスとエミリーもわざわざノーザリンから手伝いに来てくれましたが、基本的に女性メンバーばかりなので、土運びなどはほとんどイザベルの魔術とラルフに頼りきりだったそうです。
では次話をお楽しみに!