~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「2.王国の危機」
リバー王国からの救援要請のためにやってきたペーターの話を聞いて、オリバーたちは一路リバー王国を目指しました。大急ぎで旅を続け、オリバーたちは王宮のあるキンフィールドのすぐ近くまでやってきました。
オリバーたちは歩きと船で旅を続けました。そしてリバー王国の首都、キンフィールドの手前の峠に来ました。辺りはすっかりと暗くなってしまっています。
「オーベルクにも人影はほとんどなかった…。イザベルの薬屋にも人の気配がなかったしな。」
オリバーが心配そうに言いました。
「どこか安全な場所へ避難したんじゃないですか?」
ハンスが言いましたが、ペーターは悲観的です。
「この状況で安全な場所なんて…そうそうないッスよ…。それに、パトリックさんたちが戻ってきませんね。」
オリバーも不安げな顔をしました。
「ああ…。俺もそれを心配してるんだ。俺の『家』からここへ来るにはこの道が一番近いはずだ。情報を伝えるために戻ってきてくれるはずだったんだがな…。」
その時、ローズがピクッと身体を震わせました。
「ローズ?どうした?」
ローズは少しおびえたように言いました。
「峠の向こう側…明るい…赤い…。」
ローズの言ったとおり、頂上の向こう側の空がどこか赤く見えます。
「本当だ…。」
「…最悪の事態が起こっているのかもしれない。急ぐぞ!」
四人は大急ぎで峠を上ってゆきました。
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頂上に着いた時、オリバーたちは言葉を失いました。
「そんな…。」
眼下に見えるキンフィールドの街は、真っ赤な炎に包まれていました。その火の手は王宮にも伸びていました。ペーターは気が気ではありません。
「急ぎましょう、先生!マティアス隊長たちのことが心配です!」
「あ、ああ!」
彼らは大急ぎで峠を下ってゆきました。
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街は逃げ惑う人々で大混乱していました。
「水をかけても火が消えないぞーっ!」
「早く!早く逃げろ!」
(水をかけても消えない炎…魔術に違いない)
オリバーがそう思った瞬間、ペーターの力のない声が聞こえました。
「ああっ!お、王宮が…。」
ついに丘の上に立つ王宮も真っ赤な炎に包まれました。そこへ、一人の兵士が走ってきました。
「ペーターさん!」
「あれは、衛兵隊の兵士だ!おいっ!王宮はどうなっているんだ!」
「手遅れ…でした…。ヘルガ女王陛下はじめ、多くの方々が火にまかれ…。私はペーターさんにこのことを伝えるようマティアス隊長に言われて…。」
ペーターはその場に座り込んでしまいました。そして次の瞬間、剣で自分の首を切ろうとしました。
「エクスクルージョン!」
オリバーはとっさに叫びました。ペーターの剣が遠くまで飛ばされました。ハンスはびっくりしています。
「ペーター!何でこんなことを!」
「俺のせいで隊長たちが…。だったら俺も…。」
オリバーが厳しい顔で言いました。
「いいか、ペーター。よく覚えておけ。お前はマティアスの部下であると同時に、俺の弟子だ。お前がどこで死のうと勝手だが、俺の前で死ぬことだけは絶対に許さないからな。」
「うわっ!危ない!」
ハンスの叫び声にオリバーがとっさに振り返ると、先ほどペーターに報告をした兵士が剣を振りかざして襲ってきているのです。オリバーはペーターを突き飛ばし、指先を兵士に向けました。しかしその時、ヒュン!という音がしました。そして兵士は地面に倒れこみました。
少し離れたところに、見慣れた影がありました。
「…間に合ったようですね。」
「アリス!エミリー!」
一年半前にオリバーたちと一緒に戦った狩人姉妹、アリスとエミリーが愛馬、カトリーヌとアンヌを走らせて近づいてきました。アリスはペーターに言いました。
「死に急ぐこともないだろう、ペーター。ヘルガ女王様は生きておられる。今はパカロンに避難されておいでだ。」
「隊長は!?マティアス隊長は!?」
ペーターの悲痛な問いに、アリスは悲しそうな顔をしました。
「…残念だが、マティアスは死んだそうだ。女王様を逃がすため、動死体の大群の中にわずかに生き残った衛兵とともに残ったそうだ。衛兵隊は貴様を除いて全滅だ。」
「じゃあ、この兵士は…。」
ハンスが倒れている兵士を見て青ざめた顔をしました。オリバーが淡々と言います。
「…洗脳されている。以前ローズがプレグーにやられたのと同じ状況だな。」
「とにかく、これからわたくしたちの『隠れ家』に案内します。さあ、乗ってください。私たちはオリバーさんたちを迎えに来ました。」
エミリーが言いました。
「…ありがとう…。」
ペーターは悔しさを噛みしめています。オリバーは厳しい顔をしています。
「あのマティアスが死んだなんて…信じられないな。状況を詳しく教えてくれないか?」
「吾れも細かいことはわからぬのだが、ともかくわかる範囲で教えるとしよう。さあ、カトリーヌに乗るのだ。」
「ありがとう。」
オリバーはアリスに言われた通り、カトリーヌに乗りました。
「ローズはエミリーのアンヌに乗せてもらえよ。俺はペーターの馬に乗るから。」
ハンスの言葉にローズはコクンと頷き、エミリーの愛馬、アンヌに乗りました。ハンスもすぐにペーターの馬に乗りました。
「よし、準備はいいな。行くぞ。ハアーッ!」
三頭の馬はオリバーたちがもと来た道を引き返してゆきました。
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アリスがオリバーに状況を説明しました。
「ヘルガ女王様、それにオットー様はパカロンのオットー様の城におられる。動死体の大軍団はダナラスフォルスとキンフィールドを襲った後、西の方へ侵攻していったようなのだ。」
「西の方…シーガルンか。」
「うむ、その可能性が高い。ともかく『隠れ家』に来るのだ。皆お前たちを待っている。」
「わかった。…そうだ、パトリックとモニカを知らないか?向こうを出るとき、先に馬でここに来させたんだが…。」
「うむ、二人とも本拠地で待っている。…パトリックは満身創痍といった感じなのだが…。」
「な、何だって!?」
オリバーは思わず声を大きくしました。
「女王様たちを逃がす際、衛兵隊と一緒に動死体の軍団と戦ったそうなのだが…ヴォルフとモニカに運ばれてきた時には生きているのが不思議というほどに傷ついていたのだ…。」
「そんな…。」
「マティアス隊長が戦死してあのパトリックさんも瀕死の重傷、信じられませんね…。」
オリバーもハンスも茫然としました。
「しかし…、こんな形とはいえまたお前に逢えたことは嬉しいな。」
アリスが少し感慨深げに言いました。
「はは、そうかい?俺も嬉しいかな。」
「何!?本当か!?お前にそう言ってもらえるとは…。」
ローズが思わずエミリーの体をギュッとつかみました。エミリーは苦笑いしてローズに声をかけようとしましたが、あるものを見つけて叫びました。
「オリバーさん!あれを!」
「どうした?…ああっ!」
エミリーが指差した方向を見て、オリバーは愕然としました。一年半前にギル大臣を閉じ込めた塔の牢獄が炎の中でガラガラと崩れていっているのです。
「あの中にギル大臣がいるはずだ…。果たして巻き込まれて死んだか、それとも上手く逃げ延びて生きているのか…。もし生きているとしたら、かなり厄介なことになるぞ。少なくとも今回のことはギル大臣が計画したことだと考えてもいいだろう。」
「先生、様子を見に行きませんか?」
ハンスが心配そうに言いました。
「いや…。まだ俺たちも体勢を整えていない。うかつに動くのは危険だろう。まずはエミリーたちの言う『隠れ家』に行ってからだな。」
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人物紹介
~アリス・クラメール~
・「樹海の狩人・姉」
・26歳
・弓矢で戦う。短剣も少しだけ扱えるようになる。
・一人称は「吾れ」
・ノーザリン地方の樹海の狩人。エミリーの姉。とても凛々しい女性。尊大な話し方は相変わらず。普段は樹海で狩りをすると同時に、樹海の近くの孤児たちの世話をしている。愛馬の名前は「カトリーヌ」。オリバーと久しぶりに再会できたせいか、以前のようにオリバーに対する好意を隠すようなことは減った。意外と精神面がもろい面も妹離れできていない面も相変わらず。
~エミリー・クラメール~
・「樹海の狩人・妹」
・19歳
・弓矢で戦う。短剣も少しだけ扱えるようになる。
・一人称は「私」
・ノーザリン地方の樹海の狩人。アリスの妹。大人しく礼儀正しい女性。動物たちの世話をするのが得意だし、好き。アリスとともに孤児たちの世話もしている。愛馬の名前は「アンヌ」。少し過保護気味な姉に少し困っている。街の中を歩くことにはかなり慣れてきたけれど、それでもまだよく迷子になる。少しだけ年下には厳しい面も。
オリバーたちが到着すると同時に、キンフィールド城は焼け落ちてしまいました。しかし何とかアリスたちの到着が間に合ったおかげで女王様たちの安否の確認はできました。はたして今回の件の首謀者はギル大臣なのか、それとも…。
次話ではオリバーたちが『隠れ家』に到着します。そこではかつて苦楽を共にした懐かしい仲間たちが待ち構えています。そして、ペーターがオリバーにある依頼をするようですが…どうぞお楽しみに!
ちなみにこのキンフィールドの大炎上で、キンフィールドの住民の3割が命を落としました。あとでこの事実を知ったオリバーたちは激怒したようです。
では次話をお楽しみに!