~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「1.訪問者たち」
オリバーと仲間たちがリバー王国の悪の大臣を倒してから一年半が経ちました。リバー王国では王位に就いたヘルガ女王様のお陰で平和な日々がもたらされていました。
オリバーは自分の故郷に戻り、それまでと同じように魔術の研究をしながら二人の弟子とともに暮らしていました。そんなある日、オリバーたちのもとに訪問者が訪れます。物語はそこから始まります。
とある国のとある村、魔術師のオリバー・ローゼンハインは自分の家で夜遅くまで古代の魔術書の翻訳作業をしていました。
(ふう…。相変わらず、地道な作業は骨が折れる…)
オリバーが首を鳴らすと、部屋の扉をたたく音が聞こえました。
「先生、言われたものを手に入れてきました。」
「ん、ハンスか。ご苦労さん。」
弟子のハンスが部屋に入ってきました。彼は怪しげな物がたくさん入った袋をドサリと床に下ろしました。
「こんな生きたトカゲやら、ネズミの尻尾やら、いったい何に使うんですか?」
「以前イザベルからもらった薬の本に呪い薬についての記述を見つけたんだ。機会があったら試そうと思ってな…。」
「イザベルさん…。懐かしいですね。」
ハンスは目を細めました。
「ああ。…ペーターがいなくなって以来、何だか少し寂しくなったなぁ。」
オリバーは寂しそうに笑いました。
「先生が残れって言ったくせに…。それに今は俺の他にも弟子がいるじゃないですか。」
その時、扉をノックして誰かがオリバーの部屋に入ってきました。
「先生…、ハンス…、ご飯の準備…できてる…。」
「おう、ありがとう、ローズ。さて、もう夜も遅くなっちまったし、飯にするとしよう。」
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オリバーとハンス、ローズは食卓を囲んで談笑しながら遅い夕食を食べていました。すると、扉を叩く音がします。オリバーが首をかしげました。
「おかしいな、今日は特に誰と会う約束もしていないのに。」
「こんな遅い時間に…怪しいですね。俺が出てきます。先生も念のため用心してください。」
「ああ。」
ハンスは静かに槍を構えると、扉の方に向かって歩きました。
「こんな夜中に、誰だ!」
「…その声はハンスだね。」
外から明るいおかしそうな声が聞こえました。ハンスは面喰いました。
「なっ、なぜ俺の名前を知っている!?」
「ハハッ、そんなに動揺するようでは、用心棒の任務は任せられそうにないね。」
ハンスはまごまごしていますが、オリバーはその声に聞き覚えがあったらしく、ガタリと立ち上がりました。
「この声…、もしかして!」
オリバーは急いで扉に向かっていきました。そしてハンスをどかすと、扉を開けました。
「やっぱりお前か!」
オリバーは外にいた人物を見て顔をほころばせました。
「久し振りだね、オリバー。一年半前にリバー王国で別れて以来だね。」
女性の声も聞こえてきます。
「お久しぶりです、オリバーさん!」
「モニカ!元気そうだな!こんなところで立ち話もなんだ、中に入ってくれ。」
「そのつもりで来たからね。フランソワは裏の納屋に繋いでおくよ。」
外に立っていたのは、一年半前、オリバーと一緒にリバー王国の悪い大臣たちを倒した騎士のパトリックと魔術師のモニカでした。
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オリバーは昔の仲間に久し振りに会えてとても嬉しそうです。
「こっちに帰ってきていたのか。」
「いや、私たちがここに帰って来たのもつい二日前だよ。少し遠くまで旅をしていたのだけど、ここへ戻るついでにリバー王国にも寄ったよ。オーベルクで薬屋をやっているイザベルには会えたよ。」
「そうか、みんな元気にしてるのか?」
「みんな元気らしいよ。イザベルの薬屋もオーベルクでは大した評判だね。で、ビアンカがそこに居候しているんだ。」
「ビアンカか。懐かしいな。」
「ローズのライバルだね。」
ハンスが言うと、ローズはほんの少しだけ口の端を上げました。
「私たちが行った時にはビアンカはまたフラフラと気まぐれの旅に出ていていなかったんだけど、他のみんなの様子も聞けたよ。
…ペーターはマティアスの元で衛兵として張り切っているらしいよ。
ラルフはトリポートに戻って大工を続けているらしい。
北の樹海に帰ったアリスとエミリーはあの狩人小屋を拠点に樹海を見回っていると同時に、あの辺りの村の子どもたちの面倒を見てやったりしているらしいね。」
「懐かしい名前ばかりだな。」
オリバーは昔を思い出すように目を閉じました。
「レオンは改めてリバー王国から分離したシーガルン王国で、兵士たちのための訓練場を再開したようだよ。マチルドも何だかんだでレオンの訓練場にいるらしいんだけど、やっぱり口論ばかりしているらしいね。」
「相変わらずだな、あの二人は。」
オリバーは笑いました。
「唯一、ローレンツのことはわからないけどね。途中までは一緒に旅をしていたんだけど、東方世界に一人で向かって行ったよ。」
「ローレンツならきっと元気でやってるさ。街の様子はどうだった?」
「ヘルガ女王様が統治されて以来、国は活気を取り戻したよ。人々も安心して暮らせているようだね。」
「そうか、それはよかったな…。俺たちの行動の甲斐があったってもんだ。」
オリバーはとても嬉しそうです。パトリックも感慨深げです。
「もう一年半も前の話か…。でも昨日のように思い出されるよ。ハンスもローズも、あの時のまだ幼かった様子がまるでないね。」
「モニカもしっかりとお前を助けてくれているようだな。」
「旅の伴としては最高のパートナーだよ。何度も魔術で助けてもらったからね。」
「暴発しちゃうこともありましたけどね…。」
モニカが恥ずかしそうに言いました。
「はは、そこは相変わらずなんだな。モニカらしくていいよ。」
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いつしか、話は一年半前のリバー王国での戦いの話になっていました。
「あの一件でハンスもローズもよく成長してくれた。本当はハンスをレオンの元で修行させようとも思ったんだが、レオンは俺には力不足だ、って固辞してな。」
「ええっ!?その話、初耳ですよ!?」
ハンスはびっくりしました。
「ペーターをマティアスに頼んだのも本人にはその時までいっさい言っていなかったしな。とにかくハンスは、最近は少し手強い魔獣の討伐も一人で任せられるようになった。」
パトリックは目を丸くしました。
「それはすごいね。ローズの魔術の方はどうなんだい?」
「まだ戦いで通用するレベルではないが、ものすごい勢いで上達している。一年半前はほんの少しだけイザベルに仕込まれただけだったが、今ではイザベルがくれた初歩の魔術の本に書いてある中でも簡単なものは完全に身につけた。
別に、俺やモニカのように生まれつき魔力を備えていなかったとしても、必死に修行さえすれば誰にでも魔術は身に付くが、ローズはもともと潜在能力が高かったらしいからな。
とはいえ、やっぱり魔術の習得には体力が必要だからな、せいぜい週に二回程度しかやらせていないが。空いた日にはハンスと一緒に武器で戦う訓練をさせている。」
「ローズ、相変わらずあのスプーンで訓練してるんですよ。どれだけ先生のことを…痛ッ!」
ハンスがからかうように言うと、ローズがハンスの足を思い切り蹴飛ばしました。パトリックは笑っています。
「ハハハ…。ハンスは魔術の修行はしないのかい?」
「俺は敵に向かって自分で突撃していく方が好きですから。」
ハンスはそう言って自信たっぷりに胸を張りました。
「ハハッ、君らしいな。ローズの方は、昔のモニカのように、魔術が暴発したりはしなかったのかい?」
「最初の頃はひどかったですよ。初めから先生の得意な呪いの魔術を試そうとしてそれが暴発して、俺は全身に痛みを味わうと同時に、三日間も悪夢にうなされました。他にも間違って魔獣を召喚したり、物置を吹っ飛ばしたりしたこともありましたしね。」
「呪いの魔術は難しいもんね…。まずは簡単な炎の魔術から入るべきでしたよ、ローズさん。」
モニカが言うと、ローズは口をとがらせました。
「モニカだって失敗してたくせに…。」
「も、もう大丈夫ですよ!ねっ、パトリックさん!」
「まあ、一緒に旅に出てからは二、三回しかないかな。食料を全部燃やしてしまって三日間飲まず食わずで旅をしたときは死ぬかと思ったけど…。」
「…やっぱり、変わってない…。」
ローズは勝ち誇ったように言いました。
「そんなぁ!だって、少なくとも飲み物は、氷の魔術で作った氷を溶かして何とかなったじゃないですか!」
「お互い、魔術師の弟子には苦労してる、ってことですね。」
「ハハハ、モニカは弟子というわけではないけれどね。」
ハンスの言葉にオリバーとパトリックが大笑いしたので、ローズとモニカは膨れっ面をしました。
「これからどうするつもりなんだ?」
オリバーは改めてパトリックにたずねました。
「しばらくはどこへも行くあてはないから、当分はここにとどまろうと思うよ。もし何か手助けが入り用なときは声をかけてほしい。」
「そうか。それなら気が向いたときでいいからここへ来てハンスの訓練相手をしてやってくれないか?どうも最近、俺では物足りなくなってきたみたいだからな。」
「そうか。私で相手になるかはわからないけれど、ハンスがどれだけ成長したのかも見てみたいしね。」
「モニカも時々ここへきてローズの話し相手になってやってくれ。男ばっかりの環境でつまらないだろうからな。」
「ローズさんはオリバーさんさえいれば…あ、いえ、何でもないです。わかりました。では時々お邪魔させていただきます。」
モニカは視線を感じ、慌てて訂正しました。
その時でした。入り口の扉がドンドンという音を立てています。誰かが強く扉を叩いているようです。
「…今度こそ、怪しいんじゃないですか?もう一度行ってきますね。」
ハンスは先ほどのように槍を抱え、扉の前まで行きました。
「誰だ!こんな夜遅くに!」
「頼む!開けてくれ!一大事なんだ!」
外から聞こえてくる切羽詰まった声は、ハンスの耳に覚えがあったようです。
「こ、この声、もしかして!」
ハンスが驚いて扉を開けました。ボロボロの鎧を着た兵士が転がり込んできました。
「ペーター!ペーターじゃないか!」
「ひ、久し振りッス、先輩…。先生も、ローズも、あ、パトリックさんたちも…。」
リバー王国の衛兵隊長、マティアスのところに預けたオリバーの元弟子、ペーターでした。オリバーもびっくりしています。
「ペーター!どうしたんだ!傷ついているじゃないか!ローズ!手当ての準備だ!」
ローズは慌てて頷くと、奥の部屋に入っていきました。
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ベッドで手当てを受け、ペーターはようやく落ち着きを取り戻したようです。
「懐かしいなぁ、この家。先生によくしごかれていたっけ…。」
「ペーター、一体どうしたんだ?こんなボロボロになって帰ってきて…。」
オリバーは本当に心配そうです。
「そうでした…。実は、リバー王国が侵略されているんです。」
「何だって!?」
ペーターの言葉に、オリバーは驚きました。パトリックも動揺しているようです。
「リバー王国と敵対する国は近隣にはないと思うけれど…。」
「他国に攻められたわけではありません。事の発端はリバー王国の南部、ナンジューマ地方の中心都市であるダナラスフォルスへの侵略です。生き残って逃げてきた兵隊たちによれば、ダナラスフォルスを襲ったのは人間ではなかった、ということでした。」
「人間じゃなかった、だって?」
オリバーは眉をひそめました。何か嫌な予感がしているようです。ペーターはさらに続けます。
「その翌日、キンフィールドの王宮が襲撃されました。押し寄せて来たのは…武器を持った無数の動死体でした。」
「動死体だって!?」
ハンスが思わず大声を上げました。オリバーも唖然としています。
「つまり、魔術師がどこかで動いている…?」
「そういうことかもしれません。とにかく俺はマティアス隊長に言われて、先生に救援を要請に来たんです。衛兵や王国軍だけではこの相手は手に負えない、と…。無我夢中で隊長から借りた馬を走らせ、五日でここへやってきました。この傷は動死体たちの群れを突破する時につけられたものです。」
「私たちが二週間ほど前に行った時には何事も起こっていなかったのに…。」
モニカも信じられないと言った表情をしています。オリバーは意を決したように言いました。
「…わかった、ペーター。すぐにリバー王国に向かって出発しよう。パトリック、モニカ、一緒に来てくれるか?」
「ああ、もちろんだよ。」
「行きましょう。」
二人ははっきりと言いました。
「ハンスとローズも来てくれるな?」
「当たり前でしょう!な、ローズ?」
ローズもコクンと頷きました。
「パトリック、悪いがフランソワに乗って先にリバー王国に行って様子を見てきてくれ。」
「わかったよ。モニカ、行こう。」
「はい!」
パトリックとモニカは外へ出て行きました。そして掛け声と馬の走る音が聞こえました。
「俺たちもすぐに出発しよう。俺たちに馬はないが、歩きに船を乗り継いで急いで行けば、十日でリバー王国のキンフィールドに着ける。」
「ありがとうございます、先生。」
ペーターはオリバーに感謝しました。
「お前は傷が癒えるまでここで休んでいろ。後から追いかけてこい。」
「そんなわけには行きませんよ。一刻も早くマティアス隊長の所へ戻って報告をしないと…。」
「…ちょっと待ってて…。」
ローズがペーターに向かってつぶやきました。
「リカバリー…。」
すると、ペーターの傷口がスッとふさがりました。
「あれ?傷が治った!」
「成功…。」
ローズは嬉しそうです。ハンスは目をまん丸にしています。
「ローズ!いつの間に回復術を身につけたんだ!?」
「まだ途中段階…。一か八か…。」
オリバーは少しだけ顔をしかめましたが、すぐに表情を引き締めました。
「身に付けきっていない魔術をいきなり使うのは感心しないが、とにかくこれですぐにリバー王国へ向かえるな。よし、支度をしよう。」
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人物紹介
~オリバー・ローゼンハイン~
・「高名な魔術師」
・26歳。
・魔術のほか、突剣で戦うこともある。
・一人称は「俺」
・このお話の主人公。呪いの魔術の専門家。今までに多くの依頼をこなしてきた。悪の大臣を倒したのもそのうちの一つ。豊富な知識と強いリーダーシップで仲間たちを引っ張る。もともとは「闇の魔術師」で、その過去は今でも後悔している。その分人の役に立とうと一生懸命。
~ハンス・アルノルト~
・「一番弟子」
・15歳
・槍で戦う。剣も少しだけなら扱える。
・一人称は「俺」
・オリバーの一番弟子。当然オリバーとともに過ごしてきた時間は一番長い。かつて闇の魔術師によって荒廃させられた村からオリバーに引き取られた。最近は戦いの腕前が急上昇中で、オリバー譲りの指揮力も上がってきている。女性メンバーからの信用度も高い。
~ローズ・ミニエー~
・「三番弟子」
・20歳
・短剣で戦う。魔術も扱える。
・一人称は「私」
・オリバーの三番弟子。一年半前のリバー王国での戦いをきっかけにオリバーの弟子になる。もとは貴族の末娘。相変わらず内気で人と話すのが苦手だが、それでも以前よりは口がなめらかになったし、かわいい笑顔もよく見せるようになった。オリバーのことがずっと好きだが、当の本人がまったく気づいてくれないので最近とても焦ってきている。
~ペーター・ヘルマン~
・「衛兵」
・17歳
・剣で戦う。槍も少しだけなら扱える。
・一人称は「俺」
・オリバーの元・二番弟子。今はリバー王国の衛兵。オリバーの死んだ親友の弟。一年半前のリバー王国での戦いをきっかけに衛兵隊に入る。平和なリバー王国での日々に慣れすぎて腕が落ちてしまっているし、よく油断するようになってしまった。でもいざという時は手がつけられないほどに強くなる。でも女性メンバーからの信用度はまだ低い。
~パトリック・ティボー~
・「鉄血の騎士」
・26歳
・槍で戦う。馬から降りると剣で戦う。
・一人称は「私」
・オリバーとは古くからの知り合い。高名な騎士、と周囲の人は理解しているが、実際には馬に乗って戦っているだけなので厳密な意味での騎士ではない。しかし、その紳士的な立ち振る舞いや人との接し方は、並の騎士よりもずっと騎士らしい。普段は愛馬フランソワに乗ってあちこちを旅し、見聞を深めている。仲間に、特に女性に対しては紳士的だが、敵に対してはいっさいの容赦がない。
~モニカ・クラウス~
・「暴発魔女」
・16歳
・魔術で戦う。
・一人称は「私」
・氷の魔術に長けていて、リバー王国の戦い以来パトリックとともに旅をしている。内に秘められた魔力があまりにも膨大なため、よく魔術を暴発させてしまう。その回数は減ったとはいえ、そこは相変わらず。それでも大好きなパトリックの前では緊張するのか、成功率がグンと上がる。パトリックとともに旅をしてきたおかげで、少々のことではひるまない勇気が身についた。
平和な暮らしが続いていたオリバーたちの前に飛び込んできた新たなわざわいのしらせ、それはあまりに突然訪れました。はたしてリバー王国の、そしてオリバーたちの運命は…?
次話ではオリバーたちがリバー王国に到着します。峠を登ったオリバーたちの足元に広がっていたのは、炎に包まれたキンフィールドの街並みでした。そしてオリバーたちの目の前で…。どうぞお楽しみに!
ちなみにローズは何度も回復術を動物で練習してきましたが、ネズミをオオカミに変成させてしまったり、猫の足を三メートルほどの長さにしてしまったりと失敗の連続でした。ハンスに言わせてみれば、ペーターの傷を一度で治せたのは奇跡といっても過言ではなかったのです。
では次話をお楽しみに!