灰色の世界
山の斜面に家が段々に建っている町に住んでいた。
私の家は中腹あたりにあり、その日もいつものように学校から帰るとすぐに制服を着替えて遊びに出掛けた。
「行ってきまーす」
段々に建っている家々は一段に五軒ほどの家が立ち並び、両端に行き来するための坂道と家々の前を通る道路でH字になっている。
家を出て左端の坂道に出ると、道路脇の草むらの中に分厚い本が落ちているのに気付いた。
なぜかその分厚い本が気になって拾い上げてみると、両手で抱えるか小脇に抱えるくらいの大きさがあり厚みは7〜8センチ程の厚さがあった。
私はその本を嬉しそうに抱えて振り返ると、上の段の家が目に入った。
その家はあり得ないくらいの大豪邸だった。
他の段には五軒ほど家があるのにも関わらず、その大豪邸の奥には他の家が見えなくて一段全てに一つの家しか建っていないようだった。
さらに上の段を見上げると洋風のお城のような家が建っているのが見え、奥にも同じよなお城の屋根が見えた。
気付くと家々の前を通っているはずの道路がなく、その大豪邸が建っている段の入り口のは大きな門扉が建っていた。
坂道を少し登って中を覗き見ようと思ったけど、塀が高くて上手く見えない。
仕方なく坂を下りその大きな門扉に近付いてみると、鍵がかかっていない事に気付いた。
私はギィ、と静かにその門を開けて中に入ると、そこはテーマパークのようだった。
他の段では家が建っている場所には家ではない可愛い建物が立ち並んでいて、楽そうに踊っている人たちがいた。
明らかに他の段とは違う広さ、気分が上がるような晴天。
所々に二人掛けや四人掛けのテーブルが置かれていて、ドレスを着た人たちがティータイムを楽しんでいた。
私は可愛い建物に興味を惹かれ、一番手前にあった建物に近付いた。
中を覗き込んでみると、そこには可愛いドレスや洋服が飾られていて、小物などがキラキラと光っていた。
その眩しさに、可愛さに、楽しさに心が躍るのを感じる。
ずっと見ていた気分だった。
その時、何かを思い出しかけたけど、すぐにどこかへ消えてしまった。
頭に?が浮かんだけど特に何も思わず、すぐに目の前の可愛くて楽しい光景に意識が持って行かれてしまう。
私はずっとニコニコしながらウィンドウショッピングを楽しんだり、一緒にダンスをしたりティータイムを楽しんだりしていたけど、ふと「家に帰らないと」と思った。
可愛い建物を眺めながら歩いていると、出口らいしところを見つけた。
そこは、テーマパークのキャストさん達が出入りするような感じの場所で、少し近寄りがたかった。
でも帰らないといけないと思っていたからその場所に近付いて行くけど、近付くにつれ警備員の存在が目に付くようになる。
そして出入り口のところ、壁と壁の隙間を通って出て行くような感じの場所の前に大きな幕が道を塞ぐように張られていた。
私はその場で立ち止まり、その幕に書かれている文字を読もうとしたけど読めそうで読めない。
よく見ると書かれている文字は反転していたり、逆さまになっていたり、文字の大きさもバラバラで読む方向もバラバラだった。
なんて書いてあるのか分からない。
「この路ハ」「廻レ」「⚠️」「逆さ」……バラバラの文字を読めるところだけ読んでみるけど何が何だか訳が分からずにいると、近くにいた警備員の人と目が合った。
その警備員はとても険しい顔付きで「ここから出るつもりか」とでも言うような目つきで私を見ていた。
私は咄嗟に目に入ったお手洗いマークを指差した。
「トイレに行きたいんですけど……」
そう言うと、警備員は少し顔を和らげて「ここからどうぞ」と出入り口の方を手で差し示した。
ありがとうございますとお礼をしながら壁と壁の隙間を通り、バックヤードみたいな所からトイレの場所近くの天幕を捲り外へ出た。
すると、強い風が突然吹いてきて反射的に目を閉じた時だった。
『外はすぐに崖だから気を付けて』
一瞬思い出しかけて消えていったアレが妹の声だったと気付いた。
足を止めてパッと目を開けるとすぐ目の前には本当に崖があり、あと一歩足を出していたら崖から転落していた。
私は思わず「うわぁー‼︎」と悲鳴を上げて尻餅を付いた。
恐怖に涙が出てきたけど、こぼれ落ちる前に袖で拭って家に帰る道を探そうと視線を上げると、そこは一面灰色の世界だった。
私は恐怖と混乱で、しばらく立ち尽くした。
でもなぜか帰る家はあると確信を持っていた。
私に家はこの一段下だ、頑張ってここから下の段に降りようと崖を覗くと降りられそうな段差がいくつかあるのが見え、そっと足を降ろしながらゆっくりと下へ降りて行く。
やっとの事で下に降りられたが、未だ目の前には一面灰色の世界が続いている。
空も地面も全て灰に覆われていて、特に見える建物らしきものが上の方からパラパラと崩れて行くのが見えた。
音もなく降り積もる灰、風に巻き上げられてて舞う灰、崩れ落ちる灰。
でも、何故か臭いはなかった。
込み上げる恐怖にまた袖で涙を拭いながら家のある方向へと向き直った時だった。
ずっと抱えていた分厚い本が、急に熱く感じて思わず手を離した。
するとその本は燃えながら地面に落ち、地面に落ちた箇所から徐々に灰になって崩れ、そのまま風に飛ばされていってしまった。
何となく、手に何かを持っていた安心感があったからか、その安心が無くなってまた涙が溢れてくる。
両手で袖を握り、そのまま目に押し当てる。
そして数歩、そのまま歩いていると坂道になったと感じて目を開けた。
すると、目の前には見慣れた光景が広がっていた。
段々になって建ち並んでいる家、知っている道、歩き慣れた坂道。
キョロキョロと見渡してみると、私が立っている場所はあの分厚い本を拾った道路脇の草むらだった。
洋館のあった場所を見上げてみるけどそこに洋館は無く、見知った近所の人の家があった。
呆然としながら家に帰ると、遊びに行くのか玄関から妹が飛び出してきた。
「わっ、もう帰ってきたの?」
「うん」
「遊びに行って来るね」
「うん」
元気に走っていく妹の背中を見ていると「そうだ!」と言いながら立ち止まった妹が、くるりと向き直り戻ってきた。
忘れ物でもしたのかと玄関のドアを開けたままでいると、妹は私の前で立ち止まり
「分厚い本見つけても、拾ったらダメだよ」
と言った。
その顔は怒っているわけでも無く、無表情とも言い難い顔をしていた。
そして私の返事も聞かずにそのまま走って遊びに出掛けて行った。
もしかしたら、妹もあの本を拾ってあの不思議な世界から戻ってきたのかもしれない。
今の私のように。
不思議な気持ちのまま玄関ドアを閉めようとした時だった。
「なにこれ、本?」と外から聞こえた誰かの声に思わず振り返る。
ガチャン。
玄関ドアが閉まる音と同時に、私は目を覚ました。




